第08話 異世界の街道と、初めて見る魔物
川を渡り終えた俺たちは、しばらく休憩を取ってから再び歩き始めた。
さっきまでの川辺とは違い、今度は少し開けた場所が続いている。
左右には草原が広がり、その先にはところどころ木々がまとまって生えていた。
道らしい道はある。
ただ、日本の道路とはまるで違う。
土が踏み固められているだけで、舗装なんてされていない。
「これが、この世界の街道か……」
俺が呟くと、隣を歩いていた慎之助さんが辺りを見回した。
「街道っていうより……でっかい獣道じゃね?」
「確かに」
蝉丸も苦笑する。
「でも、これでも王都へ続く主要街道なんでしょう?」
「そうらしいぞ」
前方を歩いていた騎士に聞くと、振り返って教えてくれた。
「この道は王都と各地を結ぶ主要街道の一つです。商人や冒険者も頻繁に利用します」
「冒険者……」
その単語を聞いた瞬間、慎之助さんの目が輝いた。
「出たな! 異世界名物!」
「何がですか?」
「冒険者だよ、冒険者!」
慎之助さんは楽しそうに俺の肩を叩く。
「ギルドに登録して、依頼受けて、魔物倒して、金稼ぐ! これだよ!」
「……そういう世界なんですかね」
「さっき騎士さんも言ってたじゃん。いるんだから、たぶんあるだろ」
「まあ……」
確かに。
ここまで異世界らしいものを見てしまうと、冒険者ギルドというものにも少し期待してしまう。
もっとも。
俺たちは今、それどころではない。
まずは王都に行って、この世界について詳しく知ること。
そして、今後どうするかを決めなければならない。
帰れる可能性があるのか。
日本に戻る方法はあるのか。
それとも――。
ここで生きていくしかないのか。
「海斗?」
「ん?」
考え込んでいた俺の顔を、唯衣が覗き込んでいた。
「難しい顔してるよ?」
「ああ……ちょっと、この先のこと考えてた」
「日本に帰れるか、とか?」
「うん」
「……そっか」
唯衣も少しだけ表情を曇らせた。
「帰りたいよね」
「まあな」
俺は空を見上げた。
青い空。
白い雲。
見た目だけなら、日本と何も変わらない。
それなのに、俺たちはもう日本にはいない。
そう考えると、改めて妙な気分になる。
◇
しばらく歩いた頃だった。
「止まって!」
前方から騎士の声が響いた。
隊列が一斉に止まる。
「どうした?」
俺たちも足を止め、前を見る。
騎士たちが剣に手を掛けていた。
何かいる。
草むらの向こう。
ガサッ。
小さな音がした。
「魔物ですか?」
蝉丸が尋ねる。
「まだ分かりません。皆さんは動かないでください」
騎士の一人が慎重に前へ進む。
すると――。
草むらから、何かが飛び出した。
「うわっ!」
誰かが叫ぶ。
俺も思わず身構えた。
しかし。
飛び出してきたものを見て、俺は拍子抜けした。
「……ウサギ?」
そこにいたのは、一匹のウサギだった。
ただし。
普通のウサギではない。
額から一本の角が生えている。
「ホーンラビットです」
騎士が説明した。
「角兎とも呼ばれます。比較的弱い魔物ですが、突進には注意してください」
「角兎……」
唯衣が目を輝かせる。
「かわいい!」
「待って、唯衣ちゃん」
俺は慌てて止めた。
「魔物だから」
「でもウサギだよ?」
「角がある」
「角があるだけでしょ?」
「いや、そこが重要なんだと思う」
唯衣が近づこうとした瞬間。
ホーンラビットがこちらを向いた。
「キュッ!」
次の瞬間。
地面を蹴った。
「危ない!」
騎士が叫ぶ。
だが――。
俺の身体は勝手に動いていた。
一歩前へ。
ホーンラビットの突進を横へ避ける。
「え?」
俺自身が驚いた。
速い。
昨日までなら、こんな動きはできなかった。
ホーンラビットが通り過ぎる。
その瞬間、俺は腕を伸ばして角兎の身体を軽く掴んだ。
「……捕まえた」
「ええっ!?」
唯衣が声を上げる。
俺の手の中で、ホーンラビットがじたばたしている。
「すごい……」
蝉丸が眼鏡を押し上げた。
「今の動き、昨日より明らかに速くありませんでした?」
「やっぱりそう思う?」
「はい」
俺も自覚している。
レベルが上がったことで、身体能力そのものが底上げされている。
ただ。
「でも、これって……」
俺はホーンラビットを見た。
「昨日の狼より弱そうだな」
「そうですね」
蝉丸が頷く。
「騎士さんも比較的弱い魔物と言っていましたし」
騎士が苦笑する。
「ホーンラビットは、この辺りでは珍しくありません。肉も食べられますよ」
「食べられるんですか?」
唯衣が食いついた。
「はい」
「……海斗」
「なんだ?」
「食べよう」
「即決だな」
「だって異世界のウサギだよ?」
「理由になってないような……」
とはいえ。
食料になるならありがたい。
俺たちはまだ、王都まで数日歩かなければならない。
食料は多いほうがいい。
騎士に教えてもらいながら処理をすると、ホーンラビットの肉は思ったよりしっかりしていた。
「普通のウサギ肉と変わらないのかな」
「魔物だから、少し違うかもしれません」
蝉丸が興味深そうに肉を見る。
「魔力を含んでいる分、味にも違いが出る可能性があります」
「魔物の肉って、そんなに違うのか?」
「種類にもよりますね」
騎士が答える。
「魔力の強い魔物ほど、肉の味が良いと言われています」
「へえ……」
魔力と味。
そんな関係まであるのか。
異世界というのは、本当に何でもありだな。
◇
その日の昼。
俺たちはホーンラビットの肉を焼いて食べることになった。
焚き火を起こし、串に刺した肉を炙る。
脂が落ちるたびに、じゅうじゅうと音がする。
「いい匂い……」
唯衣が串を見つめている。
「まだ焼けてないぞ」
「分かってるよ」
「その顔は分かってないだろ」
「分かってるってば!」
そんなやり取りをしていると、慎之助さんが俺の横に座った。
「なあ、海斗ちゃん」
「なんです?」
「魔物の肉ってことはさ」
「はい」
「酒に合うんじゃね?」
「また酒ですか」
「旅と肉と酒。最高じゃん」
「酒はないですよ」
「…………」
慎之助さんが黙り込んだ。
「どうしたんです?」
「いや……」
遠くを見る。
「……王都に着いたら絶対に酒を探す」
「そこは好きにしてください」
「いや、海斗ちゃんも付き合えよ?」
「俺まで巻き込まないでください」
俺が笑うと、蝉丸が呆れたように言った。
「佐藤さん、異世界に来てから酒の話しかしてませんよ」
「違うぞ」
「何がです?」
「俺は異世界文化を調査してるんだ」
「酒限定で?」
「重要な文化だぞ」
「……まあ、否定はしませんけど」
蝉丸まで少し笑った。
こうしていると。
ほんの少しだけ、異世界に来たという現実を忘れられる。
昨日までなら、考えられなかった。
俺たちが日本とはまったく違う場所で、魔物の肉を焼いているなんて。
それでも――。
俺は焼けた肉を一口食べてみた。
「……うまい」
「本当?」
唯衣も一口。
「……おいしい!」
「普通のウサギ肉より味が濃い気がする」
蝉丸も食べて頷く。
「魔力の影響でしょうか?」
「たぶんな」
騎士たちも満足そうに食べている。
俺は肉を噛みながら、ふと思った。
この世界には、まだ知らない食べ物が山ほどある。
魔物もいる。
魔法もある。
冒険者もいるらしい。
そして――。
俺には、読めない三つのスキルがある。
今のところ、何の役に立つのか分からない。
それでも。
昨日、レベルが上がった。
身体も少し強くなった。
なら。
この世界で生きていくために、俺自身ができることを一つずつ増やしていけばいい。
「……まあ、何とかなるか」
「何が?」
唯衣が首を傾げる。
「いや」
俺は焼けた肉をもう一口食べた。
「これからのこと」
「うん」
唯衣は笑った。
「きっと何とかなるよ」
その言葉に、俺も頷いた。
まだ何も分からない。
帰れるかどうかも分からない。
自分のスキルが何なのかも分からない。
それでも――。
少なくとも、今は一人じゃない。
俺たちは仲間と一緒に、この世界を歩いている。
◇
昼食を終え、再び王都へ向かって歩き出す。
しかし。
その日の午後。
俺たちは再び、足を止めることになる。
今度は――。
さっきのホーンラビットとは比べものにならないほど、大きな気配が近づいてきていた。
騎士たちが一斉に武器へ手を伸ばす。
「全員、止まれ!」
緊張した声が響く。
俺は前方の森を見つめた。
木々の向こうで。
何かが動いた。
――ズシン。
地面が、わずかに揺れた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
もしよろしければ、ブックマークと評価の方もよろしくお願いいたします。




