第61話 ピザ窯を作ろう! ……まずは土台から
翌朝。
「……よし。今日は窯の土台作りだな」
俺は丸太小屋の前で、昨日まとめた設計図を広げていた。
ピザ窯。
それは、俺がこの異世界でぜひとも作りたいと思っていた設備の一つだ。
焼きたてのピザ。
香ばしい生地。
とろりと溶けたチーズ。
想像するだけで腹が減ってくる。
「海斗さん、朝からずいぶん気合いが入ってますね」
声を掛けてきたのは蝉丸だった。
「そりゃそうだろ。ピザが食べられるんだぞ?」
「まだ窯もできていませんけどね」
「分かってるよ」
「本当に?」
「……分かってるって」
俺が答えると、蝉丸は眼鏡の位置を直して笑った。
「それなら、まずは安全な設計から始めましょう。窯は高温になりますから、適当な材料を積み上げるだけでは危険です」
「そうだな。そこは慎重にやろう」
昨日、パン職人のロッソさんから教わったことを思い出す。
窯は、ただ石を積んで火を燃やせばいいというものではない。
熱を蓄える構造。
燃焼に必要な空気の流れ。
煙を逃がす仕組み。
そして、火災を防ぐための設置場所。
どれも大切だ。
便利な設備を作るつもりが、火事を起こしてしまったら本末転倒である。
「それで、唯衣は?」
「畑の様子を見に行っていますよ。終わったらこちらに来るそうです」
「了解」
畑はすでに作ってある。
だから、今日も作物の世話は欠かせない。
畑仕事を続けながら、空いた時間で窯を作っていく。
それが今の俺たちの計画だった。
「ところで、蝉丸」
「はい?」
「窯を作る場所は、昨日の候補地でいいと思うか?」
「位置としては悪くないと思います。ただ、実際に地面の状態を確認した方がいいですね。基礎が傾いたり、雨水が集まったりする場所は避けたいです」
「なるほど」
「それに、周囲の草木を片付けて、燃えやすいものを近くに置かないようにする必要があります」
「よし。まずは現地確認だな」
俺たちは設計図と道具を持ち、窯を作る予定の場所へ向かった。
◇ ◇ ◇
「ここですね」
蝉丸が立ち止まった。
そこは、丸太小屋と畑から少し離れた開けた場所だった。
周囲には十分な空間があり、家の壁に直接熱が伝わるような位置でもない。
ただし、まだ窯を作るには準備が必要だった。
「まずは草を刈るか」
「そうですね。作業範囲を決めて、燃えやすいものを取り除きましょう」
俺たちは作業場所を確認しながら、地面の状態を調べた。
土が柔らかすぎないか。
水が溜まりやすい窪地ではないか。
窯を置いたときに、地面が沈んだり傾いたりしないか。
見ただけでは分からないこともある。
「村の人にも確認した方がいいな」
「ええ。地盤については、井戸掘りをしてくれたダンさんにも相談できそうです」
「よし。基礎を作る前に、ちゃんと聞いておこう」
焦る必要はない。
窯は一度作ってしまうと、簡単には動かせない。
最初の準備が大切なのだ。
そこへ。
「お待たせしましたー!」
唯衣が駆けてきた。
「畑の世話は終わったのか?」
「はい! 作物の様子を確認して、必要なところだけ水をあげてきました!」
「お疲れさん」
「それで、今日は何をするんですか?」
「まずは窯を作る場所の準備だ。草を刈って、基礎を作る前に地面を確認する」
「なるほど!」
唯衣は周囲を見渡した。
「ここにピザ窯ができるんですね!」
「ああ。完成すれば、焼きたてのピザが食べられるぞ」
「楽しみです!」
唯衣は嬉しそうに笑った。
「私、具をいっぱい乗せたいです!」
「乗せすぎると、生地が焼きにくくなるぞ」
「えっ、そうなんですか?」
「水分が多すぎたり、具を盛りすぎたりすると、うまく焼けないことがあるらしい」
「……ピザって、奥が深いんですね」
「まだ窯もできてないのに、料理の心配か」
「だって、食べるのも楽しみなんですもん!」
まあ、気持ちは分かる。
俺だって、早く食べたい。
ただ、その前にやることがある。
「よし。まずは草刈りから始めよう」
「はい!」
俺たちは道具を手に取り、作業を始めた。
◇ ◇ ◇
しばらくして。
「……ふう。こんなところかな」
窯を作る予定の範囲から草を取り除き、周囲の燃えやすいものも片付けた。
地面の状態も大まかに確認できたが、基礎を作る前に、もう一度ダンさんに見てもらうことになった。
「それで、次は材料ですね」
蝉丸が設計図を広げる。
「窯の床や内側には、高温に耐えられる材料が必要です。外側の形を作る材料も、熱に弱いものは避けなければなりません」
「この世界には、耐火煉瓦みたいなものはあるのかな?」
「王都なら専門の職人が扱っているかもしれません。ただ、この村で手に入るかは分かりませんね」
「だったら、まずはロッソさんに聞いてみよう」
パン窯を使っている人なら、材料についても詳しいはずだ。
俺たちは一度、パン屋へ相談に行くことにした。
◇ ◇ ◇
「おう、いらっしゃい」
パン屋に入ると、ロッソさんが出迎えてくれた。
「昨日はありがとうございました」
「いやいや。窯作りは面白そうだからな。それで、今日はどうした?」
「材料について相談したくて」
俺が説明すると、ロッソさんは腕を組んだ。
「なるほど。窯の内側は、火に強い材料を使わなきゃならん。普通の石を何でも使えばいいってわけじゃない」
「やっぱりそうですよね」
「熱で割れたり、欠けたりする石もある。湿気を含んだ石を急に熱すると危険な場合もあるからな」
「……それは怖いですね」
唯衣が小さく呟いた。
「だから、材料選びは慎重にするんだ。俺の窯も、職人に相談しながら作ったものだからな」
「ロッソさんの窯は、どこで材料を手に入れたんですか?」
「町の石工に相談したよ。耐熱性のある材料を選んでもらった」
「石工さんですか」
「ああ。窯の基礎や石積みについても詳しいはずだ。紹介してやろうか?」
「本当ですか?」
「もちろんだ。俺も新しい窯には興味があるからな」
ロッソさんは笑った。
「ただし、火を入れる前には必ず確認しろよ。作った直後にいきなり高温にするのは危ない。材料を乾燥させたり、少しずつ熱を入れたりする必要がある」
「分かりました」
俺は真剣に頷いた。
こういう知識は、実際に窯を使っている人から聞くのが一番だ。
インターネット検索で構造を調べられても、現地の材料の性質までは分からない。
だからこそ、知識と経験の両方が必要になる。
「紹介状を書いておくよ。まずは石工に相談して、どんな材料が使えるか確認するといい」
「ありがとうございます!」
俺たちは何度も頭を下げた。
◇ ◇ ◇
帰り道。
唯衣が楽しそうに歩いていた。
「ピザ窯、少しずつ形になってきましたね!」
「まだ材料も揃ってないけどな」
「でも、昨日は設計図だけでしたよ?」
「まあ、それはそうだ」
「今日は場所も決まったし、材料の相談先も見つかりました!」
「そう考えると、前進してるな」
蝉丸も頷いた。
「急いで作るより、きちんと準備した方が結果的には早いと思います。失敗して作り直すのは大変ですからね」
「その通りだな」
俺は空を見上げた。
青い空。
遠くに広がる森。
少し離れた場所には、俺たちの丸太小屋と畑がある。
この土地での暮らしは、少しずつ整ってきた。
井戸ができた。
水を使う設備も整えた。
畑では作物を育てている。
そして今度は、ピザ窯だ。
もちろん、まだ完成には時間がかかる。
トイレットペーパーの改良だって、途中のままだ。
やることは山ほどある。
それでも、焦るつもりはなかった。
せっかく手に入れた自由な時間だ。
昔のように、毎日を仕事だけで終わらせる必要はない。
自分たちの生活を、自分たちの手で少しずつ作っていけばいい。
「……よし」
俺は設計図を丸めた。
「明日は石工さんに相談だな」
「はい!」
「楽しみですね!」
唯衣と蝉丸が笑う。
ピザ窯が完成したら、最初に何を焼こうか。
定番のチーズとトマトか。
燻製肉を乗せたピザもいい。
畑で育てた作物を使えれば、さらに楽しいだろう。
考え始めると、想像が止まらない。
「……早く食べたいな」
俺が呟くと、唯衣が吹き出した。
「海斗さん、結局そこなんですね!」
「当たり前だろ」
俺は笑った。
こうして、ピザ窯作りは最初の一歩を踏み出した。
次は、材料選び。
それから、基礎作り。
完成までは、まだ少しかかりそうだ。
けれど――。
焼きたてのピザをみんなで囲む日を思い浮かべながら、俺たちは家へと戻った。
いつも読んでいただきありがとうございます。
もしよろしければ、ブックマークと評価の方もよろしくお願いいたします。




