第62話 石工の親方に相談しよう! ……ピザ窯の材料選び
翌朝。
俺たちは朝食を済ませると、さっそく村へ向かう準備を始めた。
「今日は石工の親方に会いに行くんですよね?」
唯衣が確認する。
「ああ。ロッソさんに紹介状を書いてもらったからな」
俺は懐から折り畳んだ紙を取り出した。
昨日、パン職人のロッソさんに相談したところ、ピザ窯に使う石について注意された。
普通の石を適当に積み上げればいい、というものではないらしい。
高温にさらされる石は、種類によってはひびが入ったり、割れたりする。
水分を含んだ石を急に熱すると、内部の水分が膨張して危険なこともあるそうだ。
……うん。
やっぱり、専門家に相談して正解だった。
「石工の方なら、耐火性のある石や煉瓦についても詳しいでしょうね」
蝉丸が頷いた。
「窯の内側と外側では、必要な材料も違うはずです。熱を受ける部分だけでなく、熱を逃がしにくくする構造も考えないと」
「そこまで考えるのか……」
「当然です。せっかく作るのですから、長く使えるものにしましょう」
「そうだな」
俺は頷いた。
ピザ窯は、ただ一度ピザを焼くためだけのものではない。
うまく作れれば、パンや肉料理にも使えるはずだ。
この世界の生活を快適にするためにも、きちんとしたものを作りたい。
「私、ピザを焼くのが楽しみです!」
唯衣が両手を合わせる。
「まだ材料選びの段階だからな?」
「分かってますよ!」
「本当に?」
「……たぶん!」
「自信満々に言ってくれ」
俺たちは笑いながら、村へ向かった。
もちろん、今日も森の奥へ入るつもりはない。
目的地は村の職人街――といっても、王都のように店がずらりと並んでいるわけではない。
鍛冶場や木工所、石材を扱う作業場が、村のあちこちに点在しているだけだ。
それでも、この村で暮らすために必要な仕事は、村人たちがそれぞれ担っている。
俺たちだけで何とかしようとせず、知識を持つ人に相談する。
それが、今の俺たちにできる一番確実な方法だった。
◇ ◇ ◇
「ここですね」
蝉丸が足を止めた。
目の前には、木の看板が掛かった作業場があった。
看板には、石を加工するための道具らしき絵が描かれている。
建物の脇には、大小さまざまな石材が積まれていた。
四角く切りそろえられたもの。
平たい板状のもの。
表面がごつごつしたままのもの。
そして、焼き物らしい赤茶色の煉瓦も見える。
「……おお」
思わず声が出た。
こうして並んでいると、石にもいろいろな種類があるのだと分かる。
「失礼しまーす!」
唯衣が元気よく声を掛けた。
「誰かいませんか?」
「おう、いるぞ!」
奥から、低くよく響く声が返ってきた。
やがて、作業場の奥から一人の男性が現れた。
年齢は五十歳前後だろうか。
日に焼けた肌に、太い腕。
作業着には石の粉が付いている。
「何の用だ?」
「突然すみません。俺たち、ピザ窯を作ろうと思っていまして」
「ピザ窯?」
男性が首を傾げた。
「パン窯とは違うのか?」
「基本的な仕組みは近いと思います。ただ、今回は少し違う形にしたくて」
「ほう」
俺はロッソさんから預かった紹介状を差し出した。
「パン職人のロッソさんに、こちらを紹介していただきました」
「おお、ロッソの紹介か!」
男性の表情が和らいだ。
「俺はガストン。ここの石工をまとめている」
「佐藤海斗です」
「武藤唯衣です!」
「真田蝉丸です」
「よろしくお願いします」
俺たちが頭を下げると、ガストンさんも軽く頷いた。
「それで、ピザ窯だったな。どんなものを作るつもりだ?」
「屋外に設置する、小さな窯を考えています」
俺は手帳を開き、簡単に描いた図を見せた。
丸い空間。
前面に薪を入れるための開口部。
内部の床で料理を焼き、上部に熱が回る構造だ。
インターネット検索で見つけた情報を参考にしたものだが、まだ大まかな形しか決まっていない。
「ふむ……」
ガストンさんは図をじっくりと眺めた。
「形は分かった。だが、材料は決めているのか?」
「そこを相談したいんです」
「なるほどな」
ガストンさんは図を返すと、作業場の脇に積まれた石を指差した。
「まず、そこらの石を拾ってきて積めばいい、という考えは捨てろ」
「……やっぱり駄目ですか?」
「全部が駄目とは言わん。土台や外側に使える石もある。だが、火に直接さらされる場所は別だ」
ガストンさんは、赤茶色の煉瓦を一つ手に取った。
「窯の内側は高温になる。石や煉瓦の種類によっては、熱で割れたり、表面が剥がれたりする。水分が残っていれば、なお危険だ」
「ロッソさんも、同じことを言っていました」
「そうか。あいつも窯を使う職人だからな」
ガストンさんは煉瓦を軽く叩いた。
「それに、窯は熱をためる必要がある。内側に熱に強い材料を使い、外側は熱を保ちやすい構造にする。材料だけでなく、組み方も重要だ」
「なるほど……」
俺は真剣に話を聞いた。
ネット検索なら、構造や作り方の情報は調べられる。
しかし、実際にこの世界で手に入る材料が、検索結果に載っているものと同じとは限らない。
そこは現地の職人に聞かなければ分からない部分だ。
「この煉瓦は使えますか?」
蝉丸が、別の山に積まれた煉瓦を指差した。
「それは普通の建築用だな。外壁や炉の周囲には使える場合もあるが、火が直接当たる場所に使うなら、製造方法や材質を確認しなきゃならん」
「見た目だけでは判断できないんですね」
「そういうことだ」
ガストンさんは頷いた。
「耐火用の煉瓦を作っている職人もいる。窯を作るなら、そちらに相談するのが確実だろう」
「この村で手に入りますか?」
「少量なら、近くの町から取り寄せられるはずだ。ただし、数は確認しないとな」
「分かりました」
俺は手帳に書き込んだ。
耐火用の煉瓦。
外側の石材。
断熱に使える材料。
必要な数量。
調べることが一気に増えてきた。
「それから、土台だ」
ガストンさんが続けた。
「窯はそれなりに重くなる。地面が柔らかかったり、水が集まる場所だったりすると、あとで傾くことがある」
「やっぱり、地面の確認が必要ですね」
「ああ。井戸を掘ったダンに見てもらうんだろう?」
「はい。昨日、相談をお願いしました」
「なら、その結果を待ってから土台を作るといい。土の状態が分からないまま工事を始めるのは勧められん」
「分かりました」
焦って先に進めるより、きちんと確認する。
せっかくの設備を、数か月で壊したくはない。
「ちなみに、土台にはどんな材料を使うんですか?」
唯衣が尋ねた。
「地面の状態や窯の大きさによるな。石を組むこともあるし、固めた土台を作ることもある。まずは設置場所を見てからだ」
「なるほど……」
唯衣は頷きながら、手帳に何かを書き込んでいた。
どうやら、ピザが焼ける日を想像しながらも、ちゃんと話を聞いているらしい。
「それで、ガストンさん」
俺は図を広げ直した。
「この大きさなら、材料はどれくらい必要になりそうでしょうか?」
「正確な量は、設計をもう少し固めてからだな」
「ですよね」
「ただ、最初から大きく作る必要はない。まずは一度に焼く枚数を決めろ。窯を大きくすれば、その分だけ材料も薪も必要になる」
「……確かに」
俺は考え込んだ。
四人で食べるだけなら、巨大な窯は必要ない。
とはいえ、村人たちを招いて料理を振る舞うこともあるかもしれない。
今後、パンや肉料理にも使うなら、ある程度の大きさは欲しい。
「最初は、四人分を無理なく焼ける大きさにしたいです」
「なら、その条件で設計を詰めてみろ。必要なら俺も相談に乗る」
「ありがとうございます!」
俺は深く頭を下げた。
ガストンさんは気さくに笑った。
「いいってことよ。職人同士、困ったときは助け合うもんだ」
「俺たちは職人じゃないですけどね」
「これから覚えりゃいい」
「……そうですね」
その言葉が、妙に嬉しかった。
この村に来てから、俺たちは何かを作ろうとするたびに、村人たちに助けてもらっている。
井戸もそうだ。
家造りもそう。
これから作るピザ窯も、俺たちだけでは完成しないだろう。
でも、それでいい。
自分たちにできないことは、知っている人に教わればいい。
その代わり、俺たちにできることで村に返していけばいいのだ。
◇ ◇ ◇
作業場を出るころには、昼が近づいていた。
「いやあ、思ったより考えることが多かったですね」
蝉丸が手帳を見ながら言った。
「石を積めば完成、というわけにはいかないんですね」
「そうだな」
俺も頷いた。
「材料も構造も、ちゃんと考えないと危ない」
「でも、少しずつ形になってきましたね!」
唯衣は明るい声で言った。
「昨日までは、ただ『ピザ窯が欲しい』って話してただけですから」
「それは否定できないな」
「今日は、必要な材料が分かりました!」
「正確には、必要な材料を調べる方法が分かった、だな」
「細かいです!」
「大事なところだろ」
三人で笑う。
そのとき、俺の腹が小さく鳴った。
「……昼飯にするか」
「賛成です!」
唯衣が即答した。
蝉丸も頷く。
「帰る前に、パンを買っていきませんか? ロッソさんの店なら、焼きたてがあるかもしれません」
「いいな」
俺たちはパン屋へ向かった。
店先からは、香ばしい匂いが漂っている。
「いらっしゃい!」
ロッソさんが顔を出した。
「どうだった、石工のところは?」
「色々教えてもらいました。やっぱり、材料は慎重に選んだ方がいいみたいです」
「だろうな。窯は火を使うから、そこを間違えると危ない」
「はい。紹介していただいて助かりました」
「なに、気にするな」
ロッソさんは笑い、焼きたてのパンをいくつか紙袋に入れてくれた。
「今日はこれを持っていきな。窯が完成したら、今度はお前さんたちのピザを食わせてくれよ」
「もちろんです」
俺は笑った。
「完成したら、ぜひ」
「楽しみにしてるぞ」
パンを受け取り、俺たちは家へ戻ることにした。
◇ ◇ ◇
帰宅後。
俺たちは食卓にパンとスープを並べ、昼食を取りながら今日の話を整理した。
「まず、ダンさんに地面を確認してもらう」
俺が指を一本立てる。
「それから、耐火用の煉瓦を扱う職人に相談する」
指を二本。
「材料の種類と数を確認して、窯の設計を固める」
三本目。
「最後に、土台を作る」
「順番としては、それがよさそうですね」
蝉丸が頷く。
「先に土台を作ってしまうと、材料や設計の変更があったときに困りますから」
「私も賛成です」
唯衣もパンをちぎりながら言った。
「早くピザを食べたいですけど、失敗して壊れちゃったら悲しいですもんね」
「そういうことだ」
俺は笑った。
焦らない。
安全を確認する。
必要な知識を集める。
そして、少しずつ作る。
これが、俺たちのやり方だ。
食事を終えたあと、俺は手帳を開き、今日分かったことを整理した。
ピザ窯の内側には耐火性のある材料が必要。
外側の石材は、熱や構造に合わせて選ぶ。
土台は地面の状態を確認してから。
窯の大きさは、最初に焼く量を基準に決める。
まだ完成には遠い。
だが、昨日より確実に前へ進んでいる。
「……よし」
俺は手帳を閉じた。
「明日は、ダンさんに土地を見てもらおう」
「はい!」
「耐火煉瓦のことも、もう少し調べておきます」
蝉丸が言う。
「私は、どんなピザを焼きたいか考えておきます!」
「それは材料選びと関係あるのか?」
「ありますよ! 具材によって焼き方も変わるかもしれません!」
「……まあ、確かに」
唯衣の言葉に、俺は少し考えた。
ピザのことなら、まだまだ調べる余地がある。
チーズ。
ソース。
具材。
生地。
焼き方。
考えるだけで、楽しみになってくる。
「よし。じゃあ、みんなで少しずつ準備していこう」
「はい!」
三人の返事が重なった。
こうして。
俺たちのピザ窯作りは、材料選びと設計の段階へ進んだ。
完成までは、まだ時間がかかりそうだ。
それでも――。
異世界での暮らしは、確実に楽しくなり始めていた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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