第59話 畑の次はピザ窯! ……焼きたてのピザが食べたい
翌朝。
「……うーん」
俺は、蝉丸の錬金術工房にある乾燥棚を眺めていた。
棚には、植物の繊維から作った紙が何枚も並んでいる。
昨日までの実験で、紙らしいものを作ることには成功した。
だが、問題は残っている。
手触りが硬い。
ごわごわしている。
そして、少し力を入れると破れてしまう。
「トイレットペーパーとして使うには、まだまだだな……」
「そうですね」
隣で蝉丸が頷いた。
「柔らかさも強度も、もう少し改善したいところです。肌に直接触れるものですから、安全性も確認しなければいけません」
「やっぱり、一筋縄じゃいかないか」
俺は苦笑した。
インターネット検索で製紙の基本的な知識は調べられる。
しかし、この世界にある植物が日本のどの植物に近いのか、どの程度の処理が適しているのかまでは、実際に試さなければ分からない。
知識があっても、実験は必要だ。
「まあ、焦っても仕方ないな」
「ええ。改善点は見えてきましたから、引き続き試していきましょう」
蝉丸は記録用の紙に、昨日の実験結果を書き足した。
そのとき。
「おはようございまーす!」
工房の入口から、元気な声が響いた。
「おう、おはよう、唯衣」
「おはようございます、蝉丸さん!」
「おはようございます」
唯衣は工房に入ってくると、乾燥棚を覗き込んだ。
「紙、どうなりました?」
「まだ改良中だな」
「そっかぁ……」
少し残念そうな顔をする。
「でも、前よりは良くなってますよ」
蝉丸が説明すると、唯衣の顔がぱっと明るくなった。
「じゃあ、完成も近いですね!」
「そうだといいな」
俺は笑った。
トイレットペーパーが完成すれば、俺たちの生活はまた一つ便利になる。
ただ、生活を快適にするためにやりたいことは、まだまだ残っていた。
「そういえば、海斗さん」
「ん?」
「今日は何をするんですか?」
「そうだな……」
俺は少し考えた。
「畑の様子を見てから、次に作るものを考えようと思ってる」
「畑ですか?」
「ああ。せっかく作ったんだから、きちんと世話をしないとな」
「それなら私も行きます!」
「頼むよ」
蝉丸も記録用の紙を片付けた。
「僕も一緒に行きます。工房にこもりきりだと、材料の管理以外にできることがありませんからね」
「よし。じゃあ、三人で行こう」
俺たちは工房を出た。
◇ ◇ ◇
丸太小屋の並ぶ土地へ戻ると、朝の風が頬を撫でた。
少し離れた場所には井戸があり、手押しポンプも問題なく動いている。
家の周囲には、俺たちが少しずつ整えてきた生活の設備がある。
そして、その一角には――。
「うん。順調そうだな」
俺は畑を見渡した。
すでに耕してある土。
整えられた畝。
植えられた作物。
畑は、俺たちがこの土地で暮らし始めてから少しずつ手を入れてきたものだ。
まだ大規模な農園というほどではない。
それでも、自分たちで食べるものを育てられる場所があるのは心強い。
「草も少し生えてきてますね」
唯衣が畝の間を覗き込む。
「この辺りは抜いておこうか」
「はい!」
俺たちは畑の様子を確認しながら、雑草を取り除いていった。
作物の種類や育ち具合については、村の農家にも相談している。
土地によって向いている作物は違うし、種をまく時期や水の量も考えなければならない。
現代日本で暮らしていたころは、野菜なんて店で買えばいいと思っていた。
だが、実際に育ててみると、思っていた以上に手間がかかる。
「……農家の人って、すごいんだな」
思わず呟いた。
「本当ですね」
蝉丸も頷く。
「毎日様子を見て、天候も気にして、病気や虫にも注意する。収穫できるまで気が抜けません」
「しかも、これで全部うまく育つとは限らないんだよな」
「そうですね。だからこそ、経験が必要なのでしょう」
俺たちは、村の人たちから教わったことを思い出しながら作業を進めた。
唯衣は特に熱心だった。
「この子たち、大きくなったら何にして食べようかなぁ」
「収穫できるかどうかは、まだ分からないぞ?」
「分かってます。でも、考えるだけなら自由ですよね!」
「まあ、それはそうだな」
唯衣は嬉しそうに笑った。
「自分で育てた野菜で料理するのって、楽しそうです!」
「収穫できたら、みんなで料理しよう」
「約束ですよ!」
「ああ、約束だ」
畑仕事を終えるころには、日が少し高くなっていた。
大仕事をしたわけではない。
けれど、土に触れて作物の様子を確かめるだけでも、意外と時間が過ぎるものだ。
俺は手についた土を払いながら、周囲を見渡した。
畑。
井戸。
丸太小屋。
少しずつ整ってきた生活の基盤。
ここまで来るのに、いろいろなことがあった。
そして、これからも必要なものは増えていくだろう。
「……次は何を作ろうかな」
そんな考えが、ふと頭に浮かんだ。
◇ ◇ ◇
昼食を終えた俺たちは、丸太小屋の前で一息ついていた。
慎之助さんは椅子に座り、のんびりと空を眺めている。
「いやぁ、いい天気だな」
「そうですね」
俺は頷いた。
「こういう日は、外で何か食べたくなりますね」
「おっ。いいことを言うじゃないか、海斗君」
慎之助さんが身を乗り出した。
「肉を焼くか?」
「それもいいですけど……」
俺は少し考えた。
「ピザなんて、どうです?」
「……ピザ?」
慎之助さんが首を傾げる。
唯衣が反応した。
「ピザ! いいですね!」
「知ってるのか?」
「もちろんです! チーズがとろけて、具がいっぱい乗ってるやつですよね!」
「そう、それ」
「食べたいです!」
即答だった。
蝉丸も興味を示す。
「ピザですか。確かに、今ある設備でも生地を作るところまではできそうですね。ただ、焼き方が問題です」
「そうなんだよ」
俺は頷いた。
「鍋やフライパンで試す方法もあるけど、せっかくなら窯で焼いてみたい」
「窯、ですか?」
「パンを焼くような窯だよ。高温で焼けるようにすれば、普通の調理とは違った仕上がりになるはずだ」
俺は頭の中で、ピザ窯の構造を思い浮かべた。
耐火性のある材料。
熱を蓄える床。
熱が逃げにくいドーム状の天井。
煙を外へ逃がす煙道。
そして、薪を燃やすための空気の通り道。
インターネット検索で基本的な構造を調べることはできる。
ただし、ここで手に入る石や粘土が、どの程度の熱に耐えられるのかは確かめなければならない。
知識だけで、いきなり火を入れるわけにはいかないのだ。
「作るなら、まず設計からですね」
蝉丸が言った。
「材料の耐熱性も確認したいです。熱に弱い石を使うと、割れたり崩れたりする危険があります」
「そうだな。火事になったら大変だ」
俺たちの家は木造だ。
窯を家のすぐそばに作るのは避けたい。
燃えやすいものから十分に距離を取り、煙が家の中へ流れ込まない位置を選ぶ必要もある。
「場所も考えないといけませんね」
唯衣が周囲を見渡した。
「畑の近くはどうですか?」
「作業場所としては便利だけど、煙が作物に影響しないかも考えたいな」
「なるほど……」
「それに、火を使う場所だから、周囲の草木も片付けておきたい」
「じゃあ、場所を決めるところからですね!」
唯衣は楽しそうだった。
慎之助さんが腕を組む。
「つまり、窯を作って、ピザを焼いて、食べる」
「はい」
「素晴らしい計画だ」
「まだ設計段階ですよ」
「計画があるだけで十分だ!」
「気が早いなぁ……」
俺は苦笑した。
とはいえ、慎之助さんの気持ちも分かる。
異世界に来てから、俺たちは生活に必要なものを一つずつ作ってきた。
丸太小屋。
井戸。
水を使うための設備。
そして、今はトイレットペーパーの改良にも取り組んでいる。
便利なものを作るのは大変だ。
だが、完成したときの喜びも大きい。
「よし。まずはパン職人のロッソさんに相談してみよう」
俺は言った。
「パン窯の構造について詳しい人なら、参考になる話を聞けるはずだ」
「いいですね!」
唯衣が頷く。
「私も行きます!」
「僕も同行します。設計や材料の話なら、記録を取っておきたいですから」
「決まりだな」
こうして、俺たちは次の目標を決めた。
畑はすでにある。
これからは、育てている作物の世話を続けながら、収穫を楽しみに待つ。
そして、その一方で――。
新しい料理を作るための準備を進めるのだ。
焼きたてのピザ。
とろけるチーズ。
香ばしい生地。
想像しただけで、腹が減ってくる。
「……よし」
俺は立ち上がった。
「次はピザ窯だ」
「「賛成!」」
唯衣と慎之助さんの声が重なる。
蝉丸も笑顔で頷いた。
「では、まずは安全な設計から始めましょう」
異世界でのスローライフ。
やりたいことは、まだまだ尽きそうにない。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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