第58話 ついに完成! ……異世界初のトイレットペーパー
翌朝。
「蝉丸、今日は頼むぞ!」
「朝から気合いが入っていますね、海斗さん」
蝉丸の自宅にある錬金術工房。
俺が勢いよく入っていくと、蝉丸は苦笑しながら作業台を整えていた。
「そりゃそうだろ。昨日の試作品、紙にはなったんだからな」
「ええ。材料による違いも分かりましたし、今日はその結果を踏まえて改良してみましょう」
「私も頑張ります!」
唯衣も元気よく手を挙げた。
俺たちの目標は、トイレットペーパーを作ること。
昨日の試作品は、紙の形にはなったものの、少し引っ張るだけで破れてしまうものもあった。表面がごわごわしているものもあり、まだ実用には程遠い。
それでも、有望な植物は見つかっている。
ならば、次は改良だ。
「まずは、昨日一番丈夫だった植物を中心に使おう」
「はい。ただ、繊維を細かくほぐしすぎても、短くなりすぎると強度が落ちる可能性があります」
蝉丸が帳面を開いた。
「今回は、繊維を取り出す段階と、ほぐす段階の両方を少しずつ変えてみます。条件を一度に変えすぎると、何が結果に影響したのか分からなくなりますからね」
「なるほど。さすが蝉丸」
「こういう実験は、錬金術でも基本ですから」
「頼もしいな!」
「……海斗さん、今日は褒めるのが早いですね」
「完成が懸かってるからな!」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
よし。
今日こそ、トイレットペーパーへの道を切り開いてやる!
◇ ◇ ◇
最初に、昨日と同じ植物から繊維を取り出した。
外側の硬い部分を取り除き、繊維を傷つけないように分けていく。
その後、鍋に入れて水で煮る。
「昨日より少し長く処理してみましょう」
蝉丸が鍋の様子を確認する。
「ただし、繊維の状態を見ながらです。長く煮れば必ずよくなる、というわけではありません」
「分かった」
俺は火力を調整した。
唯衣は、取り出した繊維を種類ごとに分け、作業台に並べていく。
「これ、昨日より柔らかくなってます!」
「本当か?」
「はい。指でほぐしやすいです!」
俺も確認してみる。
確かに、昨日より繊維がほぐれやすい。
それを水の中で少しずつ分散させ、木の棒で丁寧にかき混ぜる。
昨日と違うのは、必要以上に叩かないこと。
繊維を細かくすることだけに集中せず、ある程度の長さを残す。
「よし。これで試してみよう」
蝉丸が、網を張った木枠を作業台に置いた。
俺たちは繊維が均一に広がるよう、水の中でゆっくりとかき混ぜる。
そして、木枠ですくい上げた。
水が網目から落ちていく。
残った繊維が、薄い層を作った。
「……昨日より、均一じゃないか?」
「そうですね。大きな塊が減っています」
蝉丸が頷く。
「これなら、乾燥後の状態にも期待できそうです」
「よし!」
俺は思わず拳を握った。
とはいえ、まだ途中だ。
繊維の層を慎重に板へ移し、余分な水を抜く。
その後、工房の乾燥棚へ運んだ。
「乾燥には、もう少し時間が必要ですね」
「昨日も待ったからな。今日も焦らずいこう」
「はい!」
唯衣が元気よく返事をした。
俺たちは別の試作品も作りながら、乾燥するのを待つことにした。
◇ ◇ ◇
昼過ぎ。
工房の乾燥棚を確認すると、最初に作った試作品が、ほぼ乾いていた。
「……そろそろ確認できそうですね」
蝉丸が慎重に端を持ち上げる。
薄い繊維の層が、板からゆっくり剥がれた。
「おおっ!」
唯衣が目を輝かせる。
「昨日よりきれい!」
俺も手に取ってみた。
表面のでこぼこが少なくなり、繊維も比較的均一にまとまっている。
昨日のものより、見た目は明らかに改善されていた。
「じゃあ、強度を確認しよう」
俺は端を持ち、ゆっくり引っ張った。
……ピッ。
「……あっ」
小さな裂け目ができた。
「まだ弱いですね」
蝉丸が冷静に記録する。
「ただ、昨日の試作品よりは、明らかに丈夫になっています」
「おお。改良の効果は出てるんだな」
「はい。もう少し繊維の絡み方を改善できれば、さらによくなるかもしれません」
「なるほど……」
俺は裂けた部分を見つめた。
確かに、昨日よりはいい。
だが、トイレットペーパーとして使うには、まだ不安が残る。
「次は、ほぐし方を変えてみましょう。繊維を必要以上に短くせず、全体に均等に広げられる方法を探します」
「分かった。ほかの植物も混ぜてみるのはどうだ?」
「可能性はありますね。ただ、まずは一種類で条件を整えてから、混合した場合と比較するのがよいと思います」
「確かに。その方が違いも分かりやすいな」
地道な作業だ。
だが、こうして一つずつ問題を潰していくしかない。
「……紙作りって、大変ですね」
唯衣がしみじみと呟いた。
「本当にな」
俺も頷く。
普段は何気なく使っている紙。
その一枚を作るだけでも、材料の選別から加工、乾燥まで、さまざまな工程が必要になる。
ましてや、肌に触れるものとなれば、丈夫さだけでなく柔らかさも大切だ。
「でも、ここまで来たんですから!」
唯衣が顔を上げた。
「絶対に、使いやすいものを作りましょう!」
「……そうだな」
俺は笑った。
「よし。もう一度、挑戦だ!」
◇ ◇ ◇
その後も、俺たちは試行錯誤を続けた。
繊維をほぐす時間を変える。
水の中での混ぜ方を変える。
木枠ですくい上げるときの厚さを調整する。
条件を記録し、乾燥後の状態を比べる。
すべてが一度にうまくいくわけではなかった。
繊維が偏って、薄い部分から破れてしまったもの。
乾燥したあと、板から剥がすときに崩れてしまったもの。
表面が硬く、ごわごわしたもの。
失敗するたびに、蝉丸が原因を考え、俺たちが次の試験方法を相談する。
そして夕方。
「……これは、どうでしょう?」
蝉丸が、最後に乾燥させていた試作品を持ち上げた。
昨日より薄い。
表面も比較的均一だ。
俺は端を持ち、ゆっくり引っ張ってみた。
……ピッ。
少し裂けたものの、すぐに全体が崩れることはなかった。
「おおっ!」
唯衣が声を上げる。
「今日の中では一番いいんじゃないですか!?」
「そうだな!」
俺は何度も頷いた。
「まだ改善の余地はあるけど、かなり進歩したぞ!」
蝉丸も満足そうに笑った。
「ええ。少なくとも、繊維の処理方法と広げ方については、方向性が見えてきました」
俺は試作品を光にかざした。
薄い繊維が重なり、ところどころに小さな隙間がある。
まだ、市販のトイレットペーパーとは比べものにならない。
それでも、昨日より確実に前へ進んでいる。
「……よし」
俺は試作品をそっと作業台へ置いた。
「今日はここまでにしよう」
「えっ、もう終わりですか?」
唯衣が少し残念そうに言った。
「材料も少なくなってきたし、そろそろ片付けないとな。それに、今から作っても乾燥が間に合わない」
「……確かに」
「焦って雑に作るより、今日の結果を整理した方がいい」
蝉丸が帳面を閉じた。
「明日は、今日の条件で再現できるか確認しましょう。それから、表面を柔らかくする方法についても調べたいですね」
「よし。明日も頑張ろう」
「はい!」
◇ ◇ ◇
工房の片付けを終え、外へ出る。
夕暮れの風が、頬を撫でた。
「……結局、今日も完成まではいきませんでしたね」
唯衣が少しだけ肩を落とす。
「まあ、そう簡単にはいかないさ」
俺は笑った。
「でも、昨日よりよくなっただろ?」
「……はい!」
「なら、十分な成果だ」
俺は頷いた。
紙を作ること自体は、できるようになってきた。
次は、もっと柔らかく、使いやすくする。
それができれば、トイレットペーパーとしての実用化に近づくだろう。
「……そういえば」
唯衣が、ふと思い出したように口を開いた。
「ペローさん、紙を見たらどんな反応をするんでしょうね?」
「またペローか」
「ち、違います! 純粋に気になっただけです!」
「はいはい」
俺は笑ってごまかした。
けれど、唯衣がペローのことを考えているのは、もう隠しようがない。
以前なら、耳や尻尾を撫でたいという話ばかりだった。
今は、彼が何を考え、どんな暮らしをしてきたのかを知りたがっている。
……まあ、いい変化なんだろう。
「また会えたら、見せてみればいいさ」
「……はい!」
唯衣は嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、俺も自然と頬が緩んだ。
さて。
明日は、柔らかさの改善方法を調べよう。
植物繊維だけで、どこまで使いやすい紙が作れるのか。
それとも、別の材料を組み合わせる必要があるのか。
まだ分からないことは多い。
だが、俺たちには検索スキルがある。
蝉丸の工房もある。
そして、失敗しても一緒に考えてくれる仲間がいる。
「……よし。明日も頑張るか」
俺は空を見上げた。
異世界での快適な暮らしは、一日にして成らず。
それでも、今日も一歩進んだ。
そのことが、素直に嬉しかった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
もしよろしければ、ブックマークと評価の方もよろしくお願いいたします。




