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異世界に転移したら、何のスキル?スキル名が文字化けで役立たず扱いなんですけど?  作者: 奈汪翳芳
第2章 第2章お転婆王女のお忍び漫遊と他の転移者たちのその後

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第57話 紙ができた! ……でも、トイレットペーパーにはまだ遠い?

 翌朝。

「……どうなってるかな」

 俺は、蝉丸の自宅にある錬金術工房へ向かっていた。

 昨日作った植物繊維の試作品。

 あれが、ちゃんと紙になっているのか。

 それが気になって仕方がない。

 正直、寝る前にも一度考えてしまったくらいだ。

 トイレットペーパー。

 たったそれだけのものなのに、ここまで苦労するとは思わなかった。

「おはようございます、海斗さん!」

 工房の前で、唯衣が手を振っていた。

「おはよう。早いな」

「気になって、早く目が覚めちゃいました!」

「俺もだよ」

「ですよね!」

 俺たちは顔を見合わせて笑った。

 すると、工房の扉が開いた。

「お二人とも、おはようございます」

 蝉丸が顔を出す。

「試作品ですが、乾燥はほぼ終わっています。確認してみましょう」

「おおっ!」

「本当ですか!?」

 俺と唯衣は、ほとんど同時に声を上げた。

「ただし、まだ完成したとは限りませんからね」

「分かってるって」

「はい! まずは見てみましょう!」

 俺たちは、蝉丸の後について工房へ入った。

   ◇ ◇ ◇

 乾燥棚の上。

 そこには、昨日作った薄い繊維の層が並べられていた。

 見た目は、昨日とずいぶん違う。

 水を含んでいたときは、白っぽくて頼りない感じだった。

 だが、今は水分が抜け、薄い板のようになっている。

「……おお」

 俺は思わず身を乗り出した。

「これ、紙じゃないか?」

「見た目は紙に近いですね」

 蝉丸が頷く。

「ただ、乾燥した状態で繊維がどの程度結びついているか、確認する必要があります」

「じゃあ、触ってみてもいいか?」

「端の部分から、慎重にお願いします」

 俺は、試作品の端を指先でつまんだ。

 そして、ゆっくり持ち上げる。

「……おっ?」

 剥がれた。

 板に張り付いていた繊維の層が、破れることなく持ち上がったのだ。

「おおおっ!」

「できてる!」

 唯衣が目を輝かせた。

 確かに、紙だ。

 少なくとも、紙の形にはなっている。

 俺は試作品を光にかざしてみた。

 薄い繊維が重なり合い、ところどころに小さな隙間がある。

 均一とは言い難い。

 表面も少しでこぼこしている。

 だが、それでも――。

「……やったな!」

「はい!」

 唯衣が嬉しそうに頷く。

 蝉丸も、ほっとしたように笑った。

「ひとまず、紙状のものを作ることには成功しましたね」

「これで第一段階クリアか」

「そうですね。ただし、まだ実用性は分かりません」

「……ですよね」

 喜んだのも束の間。

 俺は試作品を見つめ直した。

 紙ができた。

 それは間違いない。

 しかし、俺たちが本当に欲しいのは、これではない。

 目標はトイレットペーパー。

 つまり、肌に触れても痛くなく、必要なときに安心して使える紙だ。

「じゃあ、次は使い心地の確認ですね!」

 唯衣が元気よく言った。

「そうだな。まずはどのくらい丈夫なのか調べよう」

「破れやすさや、水に触れたときの変化も確認したいですね」

 蝉丸が帳面を開く。

「ただし、肌に直接当てる試験はまだしません。植物の種類も完全には特定できていませんし、刺激になる成分が残っている可能性もありますから」

「分かった。まずは紙そのものの性質を調べよう」

 俺たちは、試作品をいくつかに分けて確認することにした。

   ◇ ◇ ◇

 最初の試験は、強度の確認だった。

「じゃあ、端を持って引っ張ってみるぞ」

 俺は試作品の両端をつまんだ。

 ゆっくりと力を加える。

 ……ビリッ。

「あっ」

 簡単に破れた。

「……弱いな」

「かなり弱いですね」

 蝉丸が記録する。

「繊維の結びつきが十分ではないのかもしれません。あるいは、繊維が短すぎる可能性もあります」

「なるほど」

 俺は破れた紙片を見つめた。

 普通の紙よりも、ずっと頼りない。

 少し力を入れただけで裂けてしまう。

「でも、紙になったのは確かですよね?」

 唯衣が尋ねる。

「そうだな。最初の試作品としては成功だ」

「じゃあ、次はもっと丈夫にすればいいんですね!」

「簡単に言うなあ」

「だって、まだ一回目ですもん!」

 唯衣は笑った。

 確かに、そのとおりだ。

 最初から完璧なものができるとは思っていない。

 むしろ、こうして問題点が分かっただけでも大きな前進だ。

「次は、別の植物で作った試作品も比べてみましょう」

 蝉丸が提案する。

「昨日、四種類の植物を試したんですよね?」

「そうだな」

「なら、種類によって結果が違うかもしれません」

「よし。順番に確認しよう」

 俺たちは、乾燥棚に並んだ試作品を一つずつ調べていった。

 最初のものは、すぐに破れた。

 二つ目は、少し丈夫だったが、表面がごわごわしている。

 三つ目は、繊維がうまくまとまらず、端から崩れてしまった。

 そして四つ目。

「……これは?」

 俺は慎重に試作品を持ち上げた。

 ほかのものより、繊維が均一に広がっている。

 指で軽く曲げてみる。

 多少はしなる。

 引っ張ると、すぐには裂けなかった。

「おおっ!」

 唯衣が声を上げた。

「これ、さっきのより丈夫です!」

「そうですね」

 蝉丸も興味深そうに確認する。

「繊維の長さや絡み方が、ほかの植物と違うのかもしれません」

「これが一番有望か?」

「現時点では、その可能性が高そうです」

 蝉丸は帳面に印を付けた。

「ただ、試料の量が少ないので、もう少し作って確かめたいですね」

「よし。次はこの植物を中心に試してみよう」

 俺は頷いた。

 ようやく、先に進めそうな手応えが出てきた。

   ◇ ◇ ◇

 続いて、水に触れたときの変化を確認する。

「トイレットペーパーとして使うなら、ここも重要ですね」

 蝉丸が小さな容器を用意した。

「ただし、今回の試験は紙の性質を見るためのものです。水に触れたからといって、衛生面で安全になるわけではありません」

「もちろん」

 俺は頷いた。

 試作品を少しだけ切り取り、容器の水に浸す。

 すると――。

「あっ、崩れてきた」

 唯衣が覗き込む。

 紙の端が少しずつほぐれ、繊維が水の中に広がっていった。

「……水に弱いんだな」

「植物繊維の結びつきが弱いのでしょう。水に触れた際に、繊維が離れやすいようです」

「でも、トイレットペーパーなら水に溶けやすい方がいいんじゃないか?」

「そこは、少し違います」

 蝉丸が説明した。

「水に触れたときに繊維がほぐれやすいことと、使用中に破れにくいこと。その両方のバランスが必要です」

「なるほど……」

 確かに、使用中にすぐ破れてしまっては困る。

 だからといって、水に触れてもまったく崩れない紙では、処理する際に問題が出るかもしれない。

 丈夫さだけを追い求めればいいわけではないのだ。

「いやあ、奥が深いな」

「本当にそうですね」

 唯衣も感心したように頷いた。

「普段は何も考えずに使ってましたけど、いろいろな工夫があるんですね」

「そうだな」

 俺は、破れた試作品を見つめた。

 トイレットペーパー。

 たった一枚の紙。

 けれど、そこには材料の選び方も、繊維の加工方法も、強度の調整も関係している。

 何気なく使えるものほど、作る側には工夫が必要なのだろう。

   ◇ ◇ ◇

 昼食を挟み、俺たちは次の試験について話し合った。

「まずは、今日の結果を整理しましょう」

 蝉丸が帳面を開く。

「一番丈夫だったのは、四つ目の植物。次点が二つ目ですね」

「二つ目は、表面がごわごわしていたな」

「ええ。繊維が硬いのか、処理が足りないのかは、まだ分かりません」

「じゃあ、次は煮る時間を変えてみるか?」

「それも一つの方法です。ただ、繊維が傷む可能性もあります。処理時間だけでなく、ほぐし方や繊維の混ぜ方も変えてみたいですね」

「なるほど」

 俺は頷いた。

 こういうとき、蝉丸の知識は本当に頼りになる。

 俺は検索で基本的な製法を調べられる。

 だが、目の前の材料を観察し、どこを変えればよさそうか考えるのは、実際に手を動かしている俺たち自身だ。

 検索結果を読んだだけで、すべてが解決するわけではない。

「それと、紙を柔らかくする方法も考えたいですね」

 唯衣が言った。

「今のままだと、ちょっと硬いですから」

「確かにな」

「ただ、柔らかくするために何かを混ぜるなら、その材料が肌に触れても問題ないか確認しなければなりません」

 蝉丸が続けた。

「正体の分からない薬草や錬金術用の薬品を、安易に混ぜるわけにはいきませんからね」

「そうだな。まずは材料の安全性を確認する。それから試す」

「はい!」

 唯衣が元気よく返事をした。

 俺たちは、次回の試験で使う植物を選び、必要な量をまとめておくことにした。

 今日の成果は、紙状のものを作れたこと。

 そして、植物の種類によって仕上がりに違いがあると分かったことだ。

 まだトイレットペーパーには遠い。

 だが、最初の一歩としては十分だろう。

   ◇ ◇ ◇

 夕方。

 片付けを終えた俺たちは、工房の外へ出た。

 少し冷たい風が頬を撫でる。

「……今日は疲れましたね」

 唯衣が大きく伸びをした。

「そうだな。細かい作業が多かった」

「でも、楽しかったです!」

 唯衣は笑った。

「明日は、もっと丈夫な紙ができるといいですね」

「そうだな」

 俺も頷いた。

 そのとき、唯衣がふと思い出したように口を開いた。

「……ペローさんにも、見せてみたいな」

「またペローか」

「ち、違いますよ!」

 唯衣が慌ててこちらを向く。

「紙作りの話です! こんなことをしてるって知ったら、きっと驚くと思うんです!」

「はいはい」

「本当ですからね!?」

「分かってるって」

 俺は笑った。

 唯衣は少し頬を赤くしながら、視線を落とした。

「……それに、ペローさんの故郷では、どんなものを使っていたのかも聞いてみたいです」

「なら、今度会ったときに聞けばいいさ」

「……はい!」

 唯衣の顔が明るくなる。

 相手のことを知りたい。

 話をしてみたい。

 また会いたい。

 その気持ちは、少しずつ大きくなっているらしい。

 ただ、俺たちが無理に背中を押す必要はない。

 唯衣が自分のペースで、ペローとの距離を縮めていけばいいのだ。

「さて、明日も頑張るか」

 俺は空を見上げた。

 紙作りは、まだ始まったばかりだ。

 丈夫さ。

 柔らかさ。

 材料の安全性。

 考えなければならないことは多い。

 それでも、少しずつ前に進んでいる。

 まずは、今日見つけた有望な植物を使って、もう一度試作品を作る。

 そして、より使いやすい紙へ近づけていこう。

 俺たちの異世界スローライフ。

 快適な暮らしへの道は、まだまだ続く。


いつも読んでいただきありがとうございます。


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