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異世界に転移したら、何のスキル?スキル名が文字化けで役立たず扱いなんですけど?  作者: 奈汪翳芳
第2章 第2章お転婆王女のお忍び漫遊と他の転移者たちのその後

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第56話 いよいよ紙作り! ……錬金術工房で植物の繊維と格闘する一日

 翌朝。

「……よし。今日こそ紙を作るぞ!」

 俺は、蝉丸の自宅の前で気合いを入れて拳を握った。

 目の前にあるのは、ほかの家より少し大きめの丸太小屋だ。

 建物の横には増築された小さな工房があり、窓からは棚に並んだ瓶や道具が見える。

 そう。

 蝉丸の自宅には、錬金術のための工房が併設されているのだ。

 薬草の加工や素材の調合、魔法道具の試作などを行うための場所らしい。

 以前から何度か中に入ったことはあるが、俺は錬金術について詳しいわけではない。

 だからこそ、今日の作業には期待していた。

「海斗さん、そんなに張り切ってどうしたんですか?」

 隣で唯衣が首を傾げた。

「どうしたもこうしたもないだろ。トイレットペーパー作りだぞ?」

「それは分かってますけど……」

「快適な生活のためには重要な一歩だ」

「ふふっ。確かにそうですね!」

 唯衣は笑って頷いた。

 この世界に来てから、何度も思い知らされた。

 文明のありがたさというものは、失って初めて分かる。

 電気。

 水道。

 風呂。

 そして、清潔なトイレ。

 日本で暮らしていたころは、どれも当たり前だった。

 だが、今は違う。

 欲しいものがあるなら、自分たちで作るしかない。

「お二人とも、準備ができましたよ」

 工房の入口から蝉丸が顔を出した。

「おはようございます」

「おう。今日はよろしく頼む」

「はい。錬金術の設備を使えるので、材料の処理はここで進めましょう」

「助かる」

 俺たちは蝉丸に案内され、工房の中へ入った。

   ◇ ◇ ◇

「……おお」

 工房に入った俺は、思わず声を漏らした。

 室内には大きな作業台が置かれ、壁際には素材を保管する棚が並んでいる。

 瓶や壺には、それぞれ中身と採取日らしきものが書かれた札が付いていた。

 別の棚には、金属製の器具や木製の型、計量用の道具などが整然と並んでいる。

 奥には魔法コンロと加熱用の鍋。

 窓際には、薬草や素材を乾燥させるための棚もあった。

「本格的だな」

「錬金術をするなら、これくらいは必要ですからね」

 蝉丸は眼鏡を押し上げた。

「温度や分量を変えながら試験することも多いので、道具はできるだけ整理しています」

「なるほど」

「ただし、今日使うものは別の場所にまとめておきました。錬金術用の薬品と混ざると困りますから」

「それは大事だな」

 植物の繊維を扱うつもりが、間違えて怪しげな薬品を混ぜてしまった、なんてことになったら笑えない。

「それで、海斗さん」

 蝉丸が作業台の上に紙を広げた。

「昨日、検索した情報をまとめておきました」

「おお、助かる」

 紙には、植物から繊維を取り出し、紙へ加工するまでの手順が書かれていた。

「基本的な流れは、植物の繊維を取り出す、不要な部分を除く、繊維を柔らかくする、細かくほぐす。それから水に分散させて薄く広げ、乾燥させる、というものです」

「なるほど」

「ただし、植物の種類によって適した処理が違います。アルカリ性の液で煮る方法もありますが、今回は材料の入手しやすさと安全性を考えて、まずは水で処理してみましょう」

「いきなり大量生産はしない、と」

「はい。少量ずつ試して、違いを比較します」

 蝉丸が真剣な顔で頷いた。

「特に、今回の目的はトイレットペーパーです。紙として形になれば終わり、というわけではありません」

「柔らかさも必要だしな」

「それに、植物によっては肌への刺激になる成分が含まれている可能性もあります。正体が分からない植物を、いきなり肌に使うのは避けるべきです」

「そのとおりだな」

 紙なら何でもトイレットペーパーに使える、というわけではない。

 硬すぎれば肌を傷つけるかもしれないし、刺激があれば困る。

 まずは紙らしいものを作る。

 そのあとで、柔らかさや使い心地を確かめる。

 順番に進めるしかない。

「じゃあ、始めよう」

「はい!」

「頑張りましょう!」

 こうして、蝉丸の錬金術工房で、俺たちの紙作りが始まった。

   ◇ ◇ ◇

 最初に取り掛かったのは、植物の繊維を取り出す作業だった。

「まずは、この茎からですね」

 蝉丸が、昨日集めた細長い植物を手に取った。

「外側の硬い部分を取り除いて、中の繊維を確認します」

「分かった」

 俺はナイフを使い、茎の表面を少しずつ剥がしていく。

 唯衣は別の植物を手に取り、繊維が取れそうな部分を探していた。

「……うーん。見た目は普通の草なのに」

「実際に加工してみないと分からないからな」

「そうですね」

 しばらく作業を続けると、細い繊維らしきものが取れた。

「おっ、これか?」

 俺が指先でつまむ。

 細く、長い。

 引っ張ってみると、すぐには切れなかった。

「思ったより丈夫ですね」

 蝉丸が興味深そうに覗き込む。

「繊維の長さや強さは、紙の仕上がりに関係します。ただ、これだけでは判断できません」

「じゃあ、候補の一つだな」

「そうですね。植物ごとに分けて、記録しておきましょう」

 蝉丸は小さな札を用意し、植物の名前や特徴を書き込んでいく。

 名前が分からないものは、採取した場所や形を記録しておいた。

 同じ場所で採れた植物でも、茎の太さや状態が違うものは別にしておく。

 地味な作業だ。

 だが、こういう記録が後で役に立つ。

「……海斗さん」

「ん?」

「これ、思っていた以上に時間がかかりますね」

 唯衣が、手元の植物を見ながら呟いた。

「だな」

 俺も頷いた。

 現代なら、紙もトイレットペーパーも店で買える。

 だが、この世界では材料を探すところから始めなければならない。

 植物を集めて。

 繊維を取り出して。

 加工して。

 失敗したら、原因を考えてやり直す。

 普段何気なく使っているものが、どれだけの工程を経て作られているのか。

 こういうときに、改めて実感する。

「でも、ちょっと楽しいです!」

 唯衣が顔を上げた。

「自分たちで、今までなかったものを作るんですよね?」

「そうだな」

「だったら、失敗しても次に活かせばいいんです!」

「……お前、前向きだな」

「もちろん!」

 唯衣は笑った。

「だって、完成したら絶対に便利ですもん!」

「それは間違いない」

 俺も笑い返した。

   ◇ ◇ ◇

 昼前。

 取り出した繊維を、小さな鍋に分けて入れる。

「ここからは、柔らかくする工程ですね」

 蝉丸が説明した。

「今回は植物ごとに分けて、まずは水で煮てみましょう。どのくらい柔らかくなるかを比較します」

「分かった。火加減はどうする?」

「急激に煮立たせず、様子を見ながらですね。植物によって必要な時間も違うはずです」

「了解」

 俺は魔法コンロの火力を調整した。

 鍋の中では、植物の繊維がゆっくりと煮られていく。

 しばらくすると、青臭い匂いが漂ってきた。

「……なんか、草を煮てる匂いですね」

 唯衣が鼻をひくつかせる。

「実際に草を煮てるからな」

「それはそうですけど!」

 思わず笑ってしまった。

 蝉丸は鍋の様子を確かめながら、経過時間や繊維の状態を記録していた。

 錬金術師らしく、こういう細かい観察には慣れているらしい。

 さらに時間が経つと、繊維の一部が柔らかくなってきた。

「そろそろ確認してみましょう」

 蝉丸が火を止める。

 十分に冷ましてから、俺たちは繊維を少しずつ取り出した。

「……これは、いいんじゃないか?」

 指で触れてみる。

 さっきより柔らかくなっている。

 ただ、硬い部分も残っていた。

「確かに柔らかくなっていますね。でも、まだ繊維がまとまっています」

「もう少し処理が必要か」

「ええ。無理に細かくすると繊維が傷むかもしれません。まずは、どの程度ほぐれるかを確かめましょう」

 俺たちは繊維を水に戻し、木の棒で少しずつ叩いた。

 指で揉む。

 木の棒で叩く。

 水の中で揺すりながら、細かく分けていく。

 すると――。

「おおっ!」

 唯衣が声を上げた。

「なんか、ふわふわしてきました!」

 鍋の中には、細かな繊維が広がっていた。

 まだ均一ではない。

 小さな硬い部分も残っている。

 それでも、さっきまでの植物の姿とはまるで違う。

「これが紙の材料になるんですね」

「そう。少なくとも、次の工程を試せる状態にはなってきた」

 俺は頷いた。

 ただし、まだ成功ではない。

 繊維が細かくなっても、紙としてまとまるとは限らないからだ。

「よし。次は水に分散させて、薄く広げてみよう」

「はい!」

 蝉丸が、木枠に細かな網を張った道具を持ってきた。

「これを使って、繊維をすくい上げてみます」

「おお、準備がいいな」

「工房にある道具を参考にして作りました。まずは試作品ですけどね」

 俺たちは繊維を水に混ぜ、ゆっくりとかき回した。

 細かな繊維が、水の中にふわりと広がっていく。

 それを網の張られた木枠ですくい上げる。

 水が下へ落ちる。

 網の上に、薄い繊維の層が残った。

「……おお!」

 俺は思わず身を乗り出した。

「紙っぽい!」

「まだ、紙とは言い切れませんよ」

 蝉丸が冷静に釘を刺す。

「乾燥したときに、きちんとまとまるかどうかが問題です」

「分かってるって」

 とはいえ。

 目の前にあるものは、確かに紙の原型に見えた。

 俺たちは慎重に木枠を傾け、余分な水を落とした。

 そして、繊維の層を崩さないように、平らな板の上へ移す。

「ここから乾燥ですね」

「どのくらいかかる?」

「厚さや湿度によります。焦って強い火に近づけると、縮んだり傷んだりするかもしれません」

「じゃあ、風通しのいい場所で乾かそう」

「それがよさそうですね」

 蝉丸は工房の乾燥棚を確認し、風が通る場所に試作品を並べた。

 薬草などを乾かすための棚だが、今回はほかの素材と混ざらないよう、専用の板を使う。

 あとは待つだけだ。

 ……いや。

 正確には、待ちながら次の試験の準備をする。

   ◇ ◇ ◇

 午後。

 俺たちは一度、作業の手を止めて昼食を取ることにした。

 蝉丸の工房には小さな休憩スペースもあり、机と椅子が置かれている。

「いやあ、こういう場所があると便利だな」

 俺がパンをかじりながら言うと、蝉丸が頷いた。

「作業中に食事を取ることもありますからね。ただ、素材を扱う場所と食事をする場所は分けるようにしています」

「それは正しい」

 唯衣も頷く。

「薬草とパンを間違えたら大変ですもんね」

「さすがに、そんな間違いはしませんよ」

 蝉丸が苦笑した。

「……たぶん」

「今、少し不安になる言い方をしましたよね?」

「気のせいです」

「本当かなあ……」

 俺たちは笑いながら食事を済ませた。

 食後、試作品の様子を確認する。

 表面は少しずつ乾いてきている。

 だが、端の方はまだ湿っていた。

「……今日は触らない方がよさそうですね」

 蝉丸が言った。

「だな。焦って失敗するより、しっかり乾かしてから確認しよう」

「はい」

 唯衣は試作品を眺めながら、ふと思い出したように呟いた。

「……ペローさんにも、見せてみたいな」

「ん?」

 俺は唯衣を見る。

「紙を?」

「はい。だって、こんなものを作ってるって知ったら、きっと驚きますよね」

「まあ、そうかもしれないな」

「それに、ペローさんの故郷では、どんなものを使ってたのかなって」

 唯衣は少し考えるように首を傾げた。

「暮らし方も、村によって違うんですよね?」

「そうだろうな」

「だったら、もっと色々聞いてみたいです」

 その声は、以前のように動物への興味だけではなかった。

 相手がどんな場所で育ち、どんな生活をしてきたのか。

 何を大切にしているのか。

 そういうことを知りたいのだろう。

 俺は小さく笑った。

「今度会ったときに、聞いてみればいいさ」

「……はい!」

 唯衣の顔が明るくなった。

 その様子を見て、慎之助さんが工房の入口から顔を出した。

「おやおや。今日もペロー君の話かい?」

「し、慎之助さん! いつからそこに!?」

「今来たところだよ」

「本当ですか!?」

「本当、本当」

 慎之助さんは笑いながら、乾燥中の試作品を覗き込んだ。

「おっ、これが紙か?」

「まだ試作品です」

 蝉丸が答える。

「乾燥させて、ちゃんとまとまるか確認するところです」

「なるほどなあ。いやあ、こういうのを見ると、文明ってのは地道な積み重ねなんだと実感するよ」

「珍しくまともなことを言いますね」

「珍しくは余計だろ!」

 俺たちは笑った。

   ◇ ◇ ◇

 夕方。

 作業を終えた俺たちは、工房の片付けをしていた。

 使った道具を洗い、植物の残りを種類ごとにまとめる。

 まだ正体が分からない植物については、別の棚に置き、後日改めて調べることにした。

「今日の結果を記録しておきます」

 蝉丸が帳面を開く。

「植物の種類、繊維の状態、煮た時間、ほぐれやすさ。それから、乾燥後の状態も確認しましょう」

「頼む」

「はい。次は、今回の結果を見て処理方法を調整します」

 俺は乾燥棚に並んだ試作品を見つめた。

 まだ完成には程遠い。

 それでも、今日の作業で一歩進んだことは確かだ。

 植物から繊維を取り出し、薄く広げるところまではできた。

 あとは、乾燥した試作品を確かめる。

 もし失敗していたら、原因を探してやり直す。

 少しずつ、確実に。

「……明日が楽しみだな」

 俺が呟くと、唯衣と蝉丸も頷いた。

「私もです!」

「僕も、どの植物が一番紙に向いているのか気になりますね」

 俺たちのトイレットペーパー作り。

 最初の試作品は、果たして紙として使えるのか。

 その答えは、明日になれば分かるはずだ。

 そして、紙作りが一段落したら、今度は柔らかさを改善する方法も考えなければならない。

 便利な暮らしへの道のりは、まだ長い。

 けれど。

 こうして仲間と一緒に試行錯誤する時間も、悪くないと思えた。


いつも読んでいただきありがとうございます。


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