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異世界に転移したら、何のスキル?スキル名が文字化けで役立たず扱いなんですけど?  作者: 奈汪翳芳
第2章 第2章お転婆王女のお忍び漫遊と他の転移者たちのその後

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第55話 撫でたい気持ちは変わらない……でも、もっと知りたい

 ペローが帰っていったあと。

 唯衣は、しばらく村の入口がある方向を眺めていた。

「…………」

「……唯衣?」

「……はいっ!?」

 俺が声を掛けると、唯衣は肩を跳ねさせた。

「いや、どうしたんだ?」

「な、何がですか?」

「いや、ずっと向こうを見てたからさ」

「べ、別に何でもないですよ!」

 唯衣は慌てて首を振った。

 ……分かりやすいな。

 隣では慎之助さんが、ニヤニヤと笑っている。

「いやあ、青春だねえ」

「慎之助さん」

「はい」

「余計なことを言わないでください」

「まだ何も言ってないだろう?」

「顔が言ってます」

「顔は正直なんだよ」

「少しは隠してください」

 俺たちがそんなやり取りをしていると、唯衣が頬を膨らませた。

「二人とも、何なんですか!」

「いや、別に?」

「そうそう。俺たちは何も言ってないぞ」

「絶対、何か思ってますよね!?」

「さて、どうだろうなあ」

「慎之助さん!」

 唯衣が抗議の声を上げる。

 いつもの調子だ。

 けれど、耳まで赤くなっているのを見ると、やっぱり何かあったらしい。

 ……まあ、無理に聞き出すつもりはないけどな。

 俺は肩をすくめた。

「とりあえず、片付けるぞ。昼飯の食器がそのままだ」

「あっ、そうでした!」

 唯衣は慌てて食器を集め始めた。

 ただし。

 その手元は、どこか落ち着かない。

 何度も村の入口の方へ視線を向けている。

 ……これは、しばらくそっとしておいた方がよさそうだ。

   ◇ ◇ ◇

 食器を洗い終えたあと。

 唯衣は自分の家へ戻るかと思いきや、俺の家の前に残っていた。

「海斗さん」

「ん?」

「少し、相談してもいいですか?」

「もちろん」

 俺は近くの丸太に腰を下ろした。

 唯衣も、その隣に座る。

 いつもなら、こういうときはもっと勢いよく話し始めるのだが。

 今日は妙に口が重い。

「……ペローさんのことか?」

「っ!」

 唯衣が勢いよくこちらを向いた。

「な、何で分かったんですか!?」

「いや、さっきからずっと気にしてただろ」

「そ、それは……」

 唯衣は視線を落とした。

 膝の上で、両手の指をもじもじと動かしている。

「……私、ペローさんのこと、最初は可愛いなって思ってたんです」

「うん」

 それは知っている。

 初めて会ったときから、唯衣はペローの狼耳や尻尾に興味津々だった。

 本人の許可を得てからは、撫でることまで楽しんでいたくらいだ。

「狼の姿も、人間の姿も、どっちも素敵だなって思ってました」

「うん」

「でも……今日、ちょっと違う気持ちになったんです」

「違う気持ち?」

「はい」

 唯衣はゆっくり頷いた。

「森で魔物に囲まれたとき、私、本当に怖かったんです」

 その声が、少しだけ小さくなる。

「どうしようって思って……逃げなきゃって思ったのに、足が動かなくて」

「……そうだったのか」

 俺は黙って続きを待った。

「そこにペローさんが来てくれたんです」

 唯衣は顔を上げた。

「すごく速くて、格好よくて……。私を守ってくれて」

 言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。

「助けてもらったとき、すごく安心したんです。ああ、この人が来てくれたから大丈夫なんだって」

「……なるほど」

「それで、ペローさんが人間の姿に戻って、怪我がないか確認してくれたとき……」

 唯衣の頬が、また赤くなった。

「……ドキッとしました」

「…………」

「…………」

 俺は思わず空を見上げた。

 なるほど。

 これは、かなり分かりやすい。

「……海斗さん?」

「いや、何でもない」

「今、絶対に何か思いましたよね!?」

「いやあ、青春だなあと思って」

「それ、慎之助さんと同じこと言ってます!」

「俺も同じことを思ったんだから仕方ないだろ」

「もう!」

 唯衣が頬を膨らませる。

 けれど、その表情はどこか嬉しそうだった。

「……でも」

 唯衣は、再び視線を落とした。

「私、ペローさんのこと、まだあまり知らないんですよね」

「まあ、そうだな」

 これまで一緒に行動した時間はある。

 それでも、彼の過去や故郷のことなど、知らない部分は多い。

「獣人のことも、狼のことも、もっと知りたいです。ペローさんが何を好きなのかとか、何が苦手なのかとか……」

「うん」

「だから、またお話ししたいなって」

 唯衣は、少し照れくさそうに笑った。

「……これって、変ですか?」

「いや。全然変じゃないだろ」

 俺は即答した。

「相手のことをもっと知りたいって思うのは、自然なことだと思うぞ」

「……そうですよね」

「ただし」

「ただし?」

「質問攻めにしすぎるなよ」

「うっ……」

 唯衣が固まった。

「今日も結構な勢いだったからな。ペローが嫌がってなかったからよかったけど、相手の様子はちゃんと見ておけよ」

「……はい」

「それと、耳や尻尾を触りたいときも、今までどおり本人に確認すること」

「それはもちろんです!」

 唯衣は勢いよく顔を上げた。

「勝手に触ったりしません!」

「ならいい」

 俺は頷いた。

 唯衣は動物が好きだ。

 その気持ち自体は悪いことじゃない。

 ただ、ペローは動物ではなく、一人の人間……いや、獣人だ。

 可愛いから触りたい。

 それだけで終わらせず、相手の気持ちも尊重する。

 それができれば、きっと大丈夫だろう。

「……ありがとうございます、海斗さん」

「どういたしまして」

 唯衣は立ち上がると、ぱんぱんと服についた草を払った。

「よしっ!」

「おっ、元気が戻ったな」

「はい!」

 唯衣は明るく笑った。

「今度会ったら、もっと色々お話ししてみます!」

「おう。頑張れ」

「頑張るって、何をですか!?」

「さあな?」

「海斗さん!」

 俺は笑ってごまかした。

   ◇ ◇ ◇

 その日の夕方。

 俺たちは、明日からの作業について話し合っていた。

 集めてきた植物から繊維を取り出し、紙を作る。

 言葉にすれば簡単だが、実際には試行錯誤が必要になるだろう。

「まずは、繊維を柔らかくするところからですね」

 蝉丸が紙に工程を書き出している。

「植物の種類によって、処理の仕方も変わるはずです。いきなり大量に作るのではなく、少量ずつ試すのがいいでしょう」

「そうだな」

 俺は頷いた。

「最初からトイレットペーパーみたいな柔らかいものができるとは思ってないし」

「ですよね」

 唯衣が苦笑する。

「まずは、紙として使えるものができれば成功ですね!」

「そういうこと」

 ただし、紙ができても、それをすぐにトイレットペーパーとして使えるとは限らない。

 肌触りも大切だし、植物によっては刺激になる成分が含まれている可能性もある。

 使い道を考えながら、安全性も確認しなければならない。

「……地道な作業になりそうだな」

「何を言ってるんですか、海斗さん!」

 唯衣が胸を張る。

「地道な作業こそ、スローライフの醍醐味ですよ!」

「……そういうものか?」

「そういうものです!」

「なるほど」

 俺は笑った。

 まあ、確かに。

 急いで何かを成し遂げる必要はない。

 少しずつ試して、失敗して、工夫して。

 そんな生活も悪くない。

 そのとき。

「そういえば、唯衣ちゃん」

 慎之助さんが、何気ない調子で声を掛けた。

「ペロー君とは、また会う予定でもあるのかい?」

「ぶっ!」

 唯衣が飲みかけていた水を吹きそうになった。

「な、何でそんなこと聞くんですか!?」

「いや、単純に気になっただけだよ」

「そ、それは……」

 唯衣は視線を泳がせる。

「……また、会えたらいいなとは思ってますけど」

「ほう」

 慎之助さんの口元が緩む。

「なるほど、なるほど」

「慎之助さん!」

「はいはい。何も言いませんよ」

「絶対に言ってます!」

 俺は思わず吹き出した。

 いや、本当に分かりやすい。

 唯衣はしばらく俺たちを睨んでいたが、やがて小さく息を吐いた。

「……もう、二人とも意地悪です」

「悪かったって」

 俺は笑いながら謝った。

「でも、いいんじゃないか。会いたいと思う相手がいるのは」

「……っ」

 唯衣が口を閉じた。

 それから、ほんの少しだけ笑う。

「……はい」

 その返事は、いつもの明るい声よりもずっと小さかった。

 けれど。

 その顔は、とても嬉しそうだった。

   ◇ ◇ ◇

 夜。

 自分の家へ戻った俺は、ベッドに横になりながら天井を見上げていた。

「……恋、か」

 思わず呟く。

 唯衣は、まだ自分の気持ちをはっきり恋だとは言っていない。

 ただ、ペローのことをもっと知りたい。

 また会いたい。

 そう思っているらしい。

 それだけでも、十分な一歩なのだろう。

「……うまくいくといいな」

 俺は小さく笑った。

 もちろん、二人がどうなるかは分からない。

 ペローが唯衣をどう思っているのかも、まだ分からない。

 だからこそ、急かすつもりはなかった。

 唯衣には唯衣のペースがある。

 ペローにも、ペローの事情がある。

 二人が少しずつ距離を縮めていければ、それでいい。

 ……ただ。

「慎之助さん、絶対にからかうだろうな」

 そこだけは、少し心配だった。

 明日もきっと、いつもどおりの一日が始まる。

 植物の繊維を取り出して。

 紙を作る方法を試して。

 失敗したら、また調べて考える。

 そんな日々の中で。

 唯衣とペローの関係も、少しずつ変わっていくのかもしれない。

「……さて、寝るか」

 俺は目を閉じた。

 快適な暮らしも。

 紙作りも。

 そして、仲間たちの新しい関係も。

 どれも、一日で完成するものじゃない。

 焦らず、少しずつ。

 俺たちの異世界スローライフは、今日も続いていく。


いつも読んでいただきありがとうございます。


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