第05話 異世界初の野営と、初めてのレベルアップ
# 第1章 異世界転移とスローライフの始まり
## 第5話 異世界初の野営と、初めてのレベルアップ
「そろそろ休憩にしましょう」
先頭を歩いていた騎士が、後ろを振り返って声を上げた。
その言葉を聞いた瞬間。
「休憩!」
「やった!」
「もう歩きたくない……」
四百八十八人のあちこちから、安堵の声が上がった。
俺たちは異世界に来てから、ひたすら歩き続けている。
飛行機から降ろされ、見知らぬ草原を歩き、騎士たちに案内されながら移動してきた。
最初のうちは、異世界に来たという興奮もあった。
しかし、人間というのは悲しいもので。
どれだけ興奮していても、歩き続ければ普通に疲れる。
「いやぁ……異世界って、思ったより足にくるな」
俺は腰を伸ばしながら呟いた。
「海斗くん、普段運動してないの?」
隣を歩いていた唯衣が、不思議そうに俺を見る。
「一応、昔は格闘技をやってたけどな。仕事を始めてからは……まあ、察してくれ」
「なるほど。運動不足のお兄さんだったんだね」
「その言い方はやめてくれ」
「ふふっ」
唯衣が楽しそうに笑う。
その横では、慎之助さんが地面に座り込みながら、大きく息を吐いていた。
「いやぁ……ビールが飲みてぇ」
「まだ言ってるんですか」
「だって異世界だぞ? 異世界に来たんだから、まず酒だろ」
「普通はそこじゃないと思います」
「じゃあ何だ?」
「……帰る方法を探す、とか?」
「それも大事だな」
慎之助さんは真面目な顔で頷いた。
「でも酒も大事だ」
「大事なんですね……」
この人、本当にぶれない。
俺は苦笑した。
すると、少し離れたところから眼鏡を押し上げながら蝉丸が近づいてきた。
「ちなみに、この世界の酒について騎士さんに聞いてきました」
「おお!」
慎之助さんの目が輝いた。
「何がある?」
「ワイン、蜂蜜酒、エール。それから地域によっては果実酒や発酵酒もあるそうです」
「ほう……!」
「ビールに近いものもあるらしいですよ」
「よし」
慎之助さんが立ち上がった。
「俺、この世界で生きていける気がしてきた」
「基準が酒なの、どうかと思いますけど」
思わず突っ込む。
すると蝉丸が笑った。
「まあ、僕も少し興味ありますけどね」
「お前も飲むのか?」
「僕は普通です。慎之助さんほどではありません」
「普通の酒好きは、自分を普通って言うんだよ」
「それは偏見ですよ」
くだらない会話をしていると、少し離れた場所から声が飛んできた。
「食事を配ります!」
騎士たちが、こちらへ向かって声を張っている。
どうやら王国側が用意してくれた食料らしい。
簡単なパンと干し肉。
それに水。
異世界に来てから、初めての食事だった。
「……硬い」
一口かじった唯衣が、微妙な顔をした。
「これ、パン……だよね?」
「たぶん」
俺もかじってみる。
硬い。
とにかく硬い。
顎が疲れる。
「保存食だから仕方ないんじゃない?」
蝉丸はそう言いながら、少しずつパンをかじっている。
慎之助さんは干し肉を噛みながら呟いた。
「酒が欲しい」
「だから、何でも酒につなげないでください」
「だって肉だぞ?」
「そうですけど」
俺は干し肉を見つめた。
味は悪くない。
ただ、塩気が強く、かなり硬い。
けれど――。
「これ、保存食としては優秀だな」
「そうなの?」
唯衣が首を傾げる。
「水分が少ないし、塩分もある。長期間持ち運ぶなら便利だと思う」
「へえ」
蝉丸が感心したように俺を見る。
「海斗さんって、こういう知識もあるんですね」
「キャンプやってたからな。山で何日か過ごすなら、食料の保存とかは結構重要なんだよ」
「なるほど」
蝉丸は頷いた。
「そういう知識があるなら、案外この世界でも役立つかもしれませんね」
「そうだといいんだけどな」
俺はそう答えながら、周囲を見回した。
草原。
遠くに森。
さらにその向こうには、巨大な山。
俺たちが元いた世界とは、何もかも違う。
だけど。
生きていくために必要なことは、意外と変わらないのかもしれない。
食べる。
寝る。
安全な場所を確保する。
そして、危険を避ける。
まずは、そこからだ。
◇
「出発します!」
休憩が終わり、再び歩き始めた。
今度は先ほどよりも少しゆっくりとしたペースだった。
俺たちは騎士の一人に、いくつか質問をしてみる。
「そういえば、魔法って誰でも使えるんですか?」
蝉丸が尋ねた。
「誰でも、というわけではありません」
騎士は歩きながら答えてくれた。
「魔力を持つ者なら、基本的な魔法は使えます。ただし、得意不得意があります」
「なるほど」
「火、水、風、土、光、闇。それから無属性。一般的には、その七つが基本属性です」
「へえ……」
唯衣が目を輝かせた。
「じゃあ、火の魔法とか本当にあるんですか?」
「ありますよ」
騎士が笑った。
「ただ、簡単な火種程度ならともかく、戦闘で使うような魔法には訓練が必要です」
「見てみたい!」
唯衣が身を乗り出す。
「いつか機会があれば」
「絶対ですよ!」
どうやら唯衣は、完全に異世界を楽しみ始めているらしい。
俺も少しだけ期待していた。
魔法。
モンスター。
異世界。
そんなものが実際に存在する世界なのだ。
元の世界では、どれだけ想像しても見ることはできなかった。
だから――。
少しくらい、ワクワクしてもいいと思う。
そのときだった。
――ガサッ。
「……?」
森に近い草むらが、大きく揺れた。
騎士たちが一斉に足を止める。
「全員、止まれ!」
鋭い声が響いた。
俺たちの周囲にいた騎士たちが、すぐさま剣を抜く。
「魔物か?」
「分かりません!」
別の騎士が答える。
その瞬間。
――ドンッ!
草むらから、何かが飛び出した。
「きゃあっ!」
悲鳴が上がる。
飛び出してきたのは、灰色の毛皮を持つ巨大な狼だった。
普通の狼より一回り。
いや、二回りは大きい。
鋭い牙がむき出しになっている。
「灰色狼だ!」
「下がってください!」
騎士が叫んだ。
しかし。
灰色狼の狙いは、俺たち全員ではなかった。
――いや。
正確には。
俺たちの中の一人だった。
「唯衣!」
灰色狼が、唯衣へ向かって一直線に飛びかかる。
「えっ――」
唯衣の身体が硬直した。
近くにいた騎士が剣を構える。
だが、間に合わない。
距離が近すぎる。
「危ない!」
考えるより先に、身体が動いていた。
俺は唯衣と灰色狼の間へ飛び込む。
灰色狼が牙を剥く。
目の前に迫る巨大な口。
怖い。
怖いけど――。
ここで避けたら、唯衣が噛まれる。
だったら。
やるしかない。
右足を踏み込む。
腰を落とす。
相手の突進に合わせて、身体を密着させる。
そして――。
「――ッ!」
右拳を、ほんのわずかに突き出した。
打ったという感覚すら、ほとんどなかった。
ただ。
全身を一瞬でつないで。
足から腰へ。
腰から肩へ。
肩から拳へ。
力を一気に通す。
昔、祖母に呆れられながら何度も練習した。
映像教材を見ながら覚えた、あの技。
――寸勁。
ズンッ!!
鈍い衝撃音が響いた。
灰色狼の身体が、まるで見えない壁に弾き飛ばされたように吹き飛ぶ。
地面を二度、三度と転がり。
そのまま動かなくなった。
静寂。
「…………」
「…………」
「…………」
周囲の誰も、言葉を発しなかった。
俺自身も。
「……え?」
自分の拳を見つめる。
今、俺。
何した?
確かに寸勁を使った。
でも――。
こんな威力だったか?
「海斗くん……?」
背後から唯衣の声が聞こえた。
「大丈夫か?」
「う、うん……」
唯衣が呆然と頷く。
その直後。
――ピコン。
頭の中で、電子音のような音が鳴った。
同時に、目の前に見慣れた半透明の画面が現れる。
『レベルが上がりました』
『佐藤海斗 レベル1→レベル2』
「……は?」
俺は思わず声を漏らした。
周囲を見る。
けれど。
誰もこちらを見ていない。
正確には、みんな俺の顔を見ている。
ステータス画面そのものを見ている様子はない。
当然だ。
この画面は、俺にしか見えない。
俺は以前ステータスを開いたときのことを思い出した。
唯衣たちにも、それぞれ本人にしか見えていなかった。
つまり今も同じ。
俺だけが、この結果を確認できている。
恐る恐るステータスを確認する。
【名前】佐藤 海斗
【年齢】29
【種族】人族
【レベル】2
【スキル】
・گەڕان بە ئینتەرنێت
・هەڵگرتن
・بەهێزکردنی جەستە
レベルが、本当に上がっている。
「…………」
「海斗さん?」
蝉丸が不思議そうに声をかけてきた。
「あ、いや……」
「どうしました?」
「……レベルが上がった」
「え?」
「今、ステータスを確認したら……俺、レベル2になってる」
俺がそう告げると、三人の顔が一斉に変わった。
「本当に?」
唯衣が聞く。
「ああ」
「魔物を倒したから……ですかね?」
蝉丸が考え込む。
「たぶん、それしかないと思う」
慎之助さんが、倒れた灰色狼を見る。
「なるほどな。魔物を倒すとレベルが上がる可能性がある、と」
「そういうことみたいです」
俺は答えながら、もう一度ステータスを確認した。
やはりレベルは二。
ただし。
能力値がどのくらい上がったのかは、まだ分からない。
今のところ、表示されているのは名前やレベル、スキルだけ。
もっと詳しいことは、あとで落ち着いて調べる必要がありそうだ。
そんなことを考えていると、先ほど間に合わなかった騎士が俺のところまで走ってきた。
「大丈夫ですか!」
「はい。俺は大丈夫です」
騎士は俺の顔と、倒れている灰色狼を交互に見る。
「……今のは、あなたが?」
「ええ。まあ……」
「拳だけで?」
「……そうなりますね」
騎士は絶句した。
「信じられん……」
別の騎士も近づいてきた。
「灰色狼が、あれほど吹き飛ぶとは……」
「そんなに珍しいんですか?」
「灰色狼は、一般人が相手にできる魔物ではありません。ましてや素手で倒すなど……」
どうやら、俺が思っていた以上に大変なことをしてしまったらしい。
俺は自分の拳を見る。
別に特別なことをしたつもりはなかった。
唯衣が襲われそうだったから、昔覚えた技を使っただけだ。
ただ――。
さっきの一撃。
あれは明らかに、俺の知っている寸勁とは違った。
身体が妙に軽い。
力も入る。
もしかすると、レベルというものは単純に数字が増えるだけではないのかもしれない。
「海斗くん」
唯衣が俺の服の袖を掴んだ。
「助けてくれて、ありがとう」
「ああ。怪我がなくてよかった」
「でも……」
唯衣が少しだけ眉を下げる。
「無茶しないでね?」
「……分かった」
俺は苦笑して頷いた。
その横で慎之助さんが、ニヤニヤしながら言った。
「へえ~。海斗ちゃん、意外とやるじゃん」
「茶化さないでくださいよ」
「いやいや。こりゃ面白くなってきたな」
蝉丸も眼鏡を押し上げる。
「少なくとも、海斗さんのスキルが役立たずだと決めつけるのは早そうですね」
「……そうかな?」
俺は、誰にも見えないステータス画面をもう一度見る。
**گەڕان بە ئینتەرنێت**
**هەڵگرتن**
**بەهێزکردنی جەستە**
相変わらず意味は分からない。
何のスキルなのかも分からない。
だけど。
少なくとも俺には、レベルというものが存在している。
そして、この世界では魔物を倒すことで成長できるらしい。
――異世界。
そう実感するには、十分すぎる出来事だった。
俺はステータス画面を閉じる。
周囲には何も見えない。
誰にも見えない。
この力について、今すぐ詳しく話す必要もないだろう。
まずは自分で確かめる。
そう決めた。
このときの俺は、まだ知らなかった。
この「レベル」という仕組みが。
後々、俺たちの異世界生活を大きく左右することになるとは――。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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