第04話 いざ王都へ……その前に異世界の常識を知ろう
ステータスを確認してから、しばらく。
俺たちは、これからどうするかを話し合っていた。
といっても、選択肢はほとんどない。
この場に留まり続けるわけにはいかない。
周囲の地理も分からない。
食料も水も無限ではない。
そして何より――。
「王都へ行くしかないですよね」
蝉丸が言った。
「だな」
俺も頷く。
ペーリンド王国の騎士たちは、俺たちを王都へ連れていくと言っている。
少なくとも、今の俺たちにとっては、それが一番安全そうな選択肢だった。
「王都って、どんなところなんでしょうね?」
唯衣が聞く。
「さあな」
慎之助さんが腕を組む。
「異世界の王都って言ったら、城があって、城壁があって、冒険者ギルドとかあるんじゃねえか?」
「ずいぶん詳しいですね」
「漫画とかゲームの知識だよ」
「実際にあるかは分かりませんよ」
「そこは期待しようぜ」
慎之助さんは楽しそうだった。
「それより、海斗」
「はい?」
「お前のスキル」
「……それですよね」
俺は改めてステータスを開いた。
「ステータスオープン」
――パッ。
目の前に半透明の画面が浮かぶ。
名前。
年齢。
種族。
レベル。
能力値。
そして――。
**گەڕان بە ئینتەرنێت**
**هەڵگرتن**
**بەهێزکردنی جەستە**
「やっぱり読めないな」
俺はため息をついた。
「何か試してみたらどうです?」
蝉丸が言う。
「例えば?」
「スキル名を口にしてみるとか」
「……これを?」
「はい」
「読めないんだけど」
「発音は適当でもいいんじゃないですか?」
「適当でいいのか?」
「分かりません」
「おい」
思わずツッコんでしまった。
まあ、確かに。
使えるものなら試してみたい。
俺はスキル欄を見ながら、文字を真似して声に出してみる。
「……ゲ……ガ……?」
当然、何も起こらない。
「ダメですね」
「そりゃそうだろ」
慎之助さんが笑う。
「読めないんだから」
「ですよね」
俺はステータスを閉じた。
王都に行けば、鑑定できる人がいるかもしれない。
今は、それに期待するしかない。
◇
しばらくすると、騎士たちから声がかかった。
「出発するぞ!」
ざわめきが広がる。
いよいよ移動だ。
四百八十八人。
それだけの人数が、一斉に動き始める。
飛行機の周囲には、何人かの騎士が残るらしい。
「飛行機はどうするんですか?」
俺が騎士に尋ねる。
「王都から人を派遣する」
「回収するんですか?」
「分からない」
騎士は首を横に振った。
「我々にも、あれをどう扱えばいいのか分からないからな」
「ですよね……」
俺としても、ここに置いていくことには不安がある。
しかし、今の俺たちにはどうすることもできない。
「戻ってくることはできますか?」
「道を覚えておけばな」
「なるほど」
俺は周囲を見回した。
目印らしい目印が、ほとんどない。
草原。
森。
遠くの山。
それだけだ。
この世界の地図すら持っていない。
「……戻ってくるの、難しそうですね」
「そうだな」
慎之助さんも苦笑した。
◇
俺たちは騎士たちに囲まれるようにして歩き始めた。
先頭に騎士。
その後ろに俺たち。
最後尾にも騎士。
まるで大規模な護送隊だ。
「なんか、ドナドナされてる気分だな」
慎之助さんが言った。
「その言い方やめてくださいよ」
蝉丸が苦笑する。
「いや、分かるけど」
俺も思った。
数百人の日本人が、異世界の騎士に囲まれて移動している。
客観的に見れば、かなり異様な光景だろう。
しかも――。
歩き始めてから、まだ一時間も経っていないのに。
「……疲れた」
誰かが呟いた。
「早いな!」
慎之助さんがツッコむ。
「いや、飛行機で長時間座ってたんだぞ」
「ああ、それもそうか」
確かに。
飛行機でずっと座っていたところから、突然、長距離を歩けと言われても厳しい。
しかも、靴が歩行用とは限らない。
スーツ姿の人もいる。
ヒールを履いた女性もいる。
子供もいる。
「これは時間がかかりそうですね」
蝉丸が周囲を見渡す。
「そうだな」
俺も頷く。
騎士たちはそれを見て、歩く速度を落としてくれた。
どうやら、こちらの事情も考えてくれているらしい。
◇
「ところで」
俺は隣を歩いている騎士に声をかけた。
「少し聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「さっき言っていた、魔物っていうのは……」
「ああ」
騎士は周囲を警戒しながら答える。
「この辺りにもいる」
「普通に?」
「普通に、とは?」
「その……」
俺は言葉を選ぶ。
「人間を襲ったりする生き物が、普通にいるんですか?」
「魔物だからな」
あっさり言われた。
「危険なものもいる」
「……なるほど」
背筋が少し寒くなった。
やはり。
この世界には、本当に魔物がいる。
「強いんですか?」
「種類による」
「弱い魔物も?」
「いる」
「例えば?」
「ゴブリン、スライム、角兎、灰色狼などだな」
「……」
俺は思わず聞き返した。
「スライム?」
「ああ」
「本当に?」
「何かおかしいか?」
「いえ……」
むしろ。
予想通りすぎて驚いた。
ゴブリン。
スライム。
角兎。
灰色狼。
異世界ものの定番が、普通に存在している。
「じゃあ、ドラゴンとかも?」
慎之助さんが横から聞いた。
騎士の顔が一瞬で真剣になった。
「……いる」
「おお」
「ただし――」
騎士が慎之助さんを見る。
「我々が気軽に語っていい存在ではない」
「そんなに強いのか?」
「比べること自体が間違いだ」
その言葉に、俺たちは黙った。
どうやらドラゴンは、本当に別格らしい。
「まあ、俺たちが出会うことなんてないだろ」
慎之助さんが言う。
「そうだといいですね」
蝉丸が苦笑する。
俺も同感だった。
異世界に来て早々、ドラゴンと遭遇なんてしたくない。
◇
さらに歩いていると。
今度は別の騎士が声をかけてきた。
「お前たちは、金を持っているか?」
「お金?」
「そうだ」
「日本円ならありますけど……」
財布を取り出す。
千円札。
五千円札。
一万円札。
硬貨。
それを見た騎士が首を傾げる。
「……紙の金か?」
「はい」
「珍しいな」
「こっちでは違うんですか?」
「王国では硬貨が一般的だ」
騎士が腰の袋から硬貨を取り出した。
銅色。
銀色。
そして、金色の硬貨。
「銅貨、銀貨、金貨?」
「その通りだ」
「分かりやすいですね」
蝉丸が言う。
「価値は?」
「銅貨十枚で銀貨一枚。銀貨十枚で金貨一枚だ」
「十進法なんですね」
「基本はな」
俺は日本円を財布に戻した。
「じゃあ、日本のお金は使えないですよね」
「当然だ」
「ですよね」
まあ、予想通りだ。
俺たちは、この世界では無一文。
それどころか。
身分証もない。
住む場所もない。
仕事もない。
完全な異世界難民だ。
「……結構、詰んでません?」
唯衣が小さく呟いた。
「考えるな」
慎之助さんが言う。
「考えたら負けだ」
「でも……」
「王都に行けば何とかなる」
「本当ですか?」
「たぶん」
「たぶんなんですね」
「異世界生活なんて、始まったばかりだぞ?」
慎之助さんは笑った。
「何とかするしかないだろ」
「……そうですね」
唯衣も少しだけ笑った。
◇
昼頃。
俺たちは一度、休憩することになった。
騎士たちが周囲を確認している間に、俺たちは持ってきた飲料水を分け合う。
「こういうの、いつまで続くんだろうな」
誰かが呟く。
「王都まで何日かかるんですか?」
俺が騎士に聞く。
「この人数なら、早くても数日だ」
「数日……」
思ったより遠い。
俺たち四人は顔を見合わせた。
「まあ、歩くしかないな」
慎之助さんが言った。
「そうですね」
蝉丸も頷く。
俺は周囲を見る。
広い草原。
遠くに森。
さらにその向こうには、巨大な山。
日本では見たことのない景色だった。
俺は何となく、山を眺めた。
「……あっちに行ってみたいな」
「山ですか?」
唯衣が聞く。
「ああ」
キャンプやアウトドアが好きだった俺にとって、こういう自然は少しだけ心をくすぐる。
ただ。
今はまだ無理だ。
何がいるか分からない。
魔物までいる世界だ。
「安全が確認できたら、ですけどね」
「そうだな」
俺は頷いた。
この世界で生きていくなら。
まずは安全な場所を見つける。
そして、食料を確保する。
住む場所も必要だ。
仕事だって必要になるだろう。
帰る方法も探さなければならない。
考えれば考えるほど、やることは多い。
けれど。
不思議と、絶望はしていなかった。
俺には、キャンプやサバイバルの経験がある。
学生時代からアウトドアを続けてきた。
ナイフ一本あれば、ある程度は何とかできる。
……まあ。
この世界に魔物がいることを除けば、だが。
「海斗さん」
唯衣が俺を見る。
「どうしました?」
「なんか、ちょっと楽しそうですよ?」
「俺が?」
「はい」
「そうかな」
「そうですよ」
自分では分からない。
けれど。
知らない世界。
見たことのない自然。
未知の生き物。
そして、まだ何も分からない自分のスキル。
不安なのは間違いない。
それでも。
どこかで、ほんの少しだけ。
この世界を知りたいと思っている自分がいた。
――ただし。
このときの俺は、まだ知らなかった。
数日後。
王都で俺たちを待ち受けているのが――。
この世界の常識を根底から覆すほどの、とんでもない出来事になることを。
いつも読んでいただきありがとうございます。
もしよろしければ、ブックマークと評価の方もよろしくお願いいたします。




