↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に転移したら、何のスキル?スキル名が文字化けで役立たず扱いなんですけど?  作者: 奈汪翳芳
第2章 第2章お転婆王女のお忍び漫遊と他の転移者たちのその後

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
55/64

第53話 危機一髪! 唯衣を救った狼獣人

 紙作りの準備を始めてから、二日目。

「うーん……やっぱり、簡単にはいかないな」

 俺は机の上に並べた植物の繊維を見つめていた。

 昨日、森から採取してきた四種類の植物。

 そのうち二種類は、茎から繊維を取り出すことができた。

 ただ、繊維が硬かったり、短すぎたりして、紙にするには少し工夫が必要そうだった。

「海斗さん、こっちはどうですか?」

 隣で作業していた唯衣が、細い繊維の束を持ち上げた。

「おっ。そっちは結構いい感じだな」

「ですよね!」

「ただ、まだ紙にできるかどうかは分からないけどな」

「まずは試してみましょう!」

 唯衣はやる気満々だった。

 その足元では、三匹のスライムがぷるぷると揺れている。

 プルル、ブルル、グルル。

「ぷるっ!」

「はいはい。これは食べ物じゃないからね」

 唯衣がプルルを指でつつく。

 スライムは不思議そうに身体を揺らした。

 ……本当に分かっているのだろうか。

「とりあえず、今日は繊維をほぐしてみよう。植物によっては、水に浸したり、叩いたりする必要があるらしい」

「叩くんですか?」

「そう。細かくほぐして、繊維同士が絡みやすくなるようにするんだ」

「なるほど……」

 唯衣が興味深そうに頷いた。

 俺は検索スキルで調べた情報を思い返す。

 紙作りの基本的な仕組みは分かった。

 だが、どの植物が適しているか、どれくらい処理すればいいのかまでは、実際に試してみなければ分からない。

 この世界の植物は、日本の植物と同じとは限らないからな。

「まずは少量ずつ試して、違いを比べてみよう」

「分かりました!」

 こうして、俺たちは再び紙作りに取り掛かった。

 ……とはいえ。

「海斗さん」

「ん?」

「ちょっと休憩しませんか?」

「……そうだな」

 始めてから、まだそれほど時間は経っていない。

 しかし、細かい作業を続けていると、思った以上に疲れる。

 俺は手を止め、肩を回した。

「少し外の空気でも吸ってくるか」

「私も行きます!」

「いや、唯衣はここで休んでいてもいいぞ?」

「せっかくですから、村の近くを散歩してきます。プルルたちも一緒ですし」

 唯衣は足元の三匹を見た。

 プルルたちは、待ってましたと言わんばかりに跳ねている。

「……分かった。ただし、森の奥には入るなよ」

「もちろんです!」

「村から離れすぎないこと。魔物を見かけたら、近づかずに戻ってくること」

「分かってますって!」

 唯衣が頬を膨らませる。

「海斗さん、心配しすぎですよ」

「この世界じゃ、用心するに越したことはないからな」

「……はい。気をつけます」

 唯衣は笑顔で頷くと、三匹のスライムを連れて家を出ていった。

 俺はその後ろ姿を見送る。

 まあ、村の近くを散歩するくらいなら大丈夫だろう。

 そう思いながら、俺は机の上の植物に目を戻した。

 まさか、この直後に問題が起こるとは思いもしなかった。

 ◇ ◇ ◇

「うーん! いい天気!」

 村の外れを歩きながら、唯衣は大きく伸びをした。

 朝の空気は澄んでいて、風も気持ちいい。

 遠くでは村人たちが畑仕事をしている。

 少し離れたところには森が広がり、その向こうには山々が連なっていた。

「やっぱり、自然っていいなあ」

「ぷるっ!」

「ふふっ。プルルもそう思う?」

 唯衣はしゃがみ込み、プルルの頭に当たる部分をそっと撫でた。

 ブルルとグルルも、負けじと彼女の足元に寄ってくる。

「はいはい。みんな可愛いね」

 スライムたちを順番に撫でてから、唯衣は再び歩き始めた。

 日本にいたころから、唯衣は動物や自然が好きだった。

 だからこそ、異世界での暮らしは大変なことも多いが、楽しいこともたくさんある。

 見たことのない植物。

 不思議な魔物。

 そして、狼の耳や尻尾を持つ獣人。

「……ペローさん、今頃何してるのかな」

 ふと、唯衣の頭に黒い狼獣人の姿が浮かんだ。

 ペロー。

 第1章で海斗たちが助けた、狼獣人の男性だ。

 旅の途中で出会い、しばらく行動を共にした。

 彼の黒い狼の姿を見たとき、唯衣は思わず大興奮してしまった。

 何しろ、狼そのものの姿にもなれるのだ。

 耳も尻尾も、毛並みも、全部が魅力的だった。

 ……いや、本人に聞かれたら怒られるかもしれないが。

「また会えたら、狼の姿を見せてもらいたいなあ」

「ぷるっ?」

「ううん、何でもないよ」

 唯衣は笑って首を振った。

 ペローは、まだ海斗たちと一緒に暮らしているわけではない。

 助けたことをきっかけに知り合っただけで、彼には彼の事情がある。

 それでも、唯衣にとっては気になる相手だった。

 もっと話してみたい。

 獣人の暮らしについても知りたい。

 そして、できることなら、またあの狼の姿を見てみたい。

「……あっ」

 そんなことを考えながら歩いているうちに、唯衣は森の入口近くまで来ていた。

 昨日、紙作りの材料を探しに来た場所だ。

「ここ、昨日も通ったところだよね」

 唯衣は周囲を見渡した。

 村からそれほど離れてはいない。

 少し歩けば、すぐに戻れる距離だ。

「ちょっとだけ、あっちを見てみようかな」

 木々の隙間から、見慣れない花が見えた。

 淡い紫色の花弁。

 細長い茎。

 風に揺れる姿が、どこか可愛らしい。

「わあ……綺麗」

 唯衣は思わず近づいた。

 もちろん、森の奥へ入るつもりはない。

 ただ、少しだけ花を見たいと思ったのだ。

 そのときだった。

「……グルルル」

「え?」

 低い唸り声が聞こえた。

 唯衣は顔を上げる。

 茂みの向こうから、大きな獣が姿を現した。

 灰色の毛並み。

 鋭い牙。

 普通の狼よりも一回り大きな身体。

 そして、赤く光る目。

「……魔物?」

 唯衣の表情が強張った。

 獣は唯衣をじっと見つめている。

 口元から涎が垂れ、低い唸り声が続いていた。

「……っ」

 唯衣はゆっくり後ずさった。

 逃げなければ。

 そう思った瞬間――。

「グルルルッ!」

 魔物が地面を蹴った。

「きゃっ!」

 唯衣は咄嗟に横へ飛び退く。

 鋭い牙が、ほんの少し前まで彼女がいた場所を通り過ぎた。

「な、何なの!?」

 唯衣は慌てて走り出した。

 プルルたちも必死に後を追う。

 だが、逃げた先の茂みから、別の魔物が飛び出してきた。

「えっ!?」

 右側にも、もう一匹。

 気づけば、複数の狼型魔物に囲まれていた。

「うそ……!」

 完全に油断していた。

 村の近くなら大丈夫。

 森の入口なら危険も少ない。

 どこかで、そんなふうに考えていたのかもしれない。

 けれど、ここは異世界だ。

 魔物に人間の都合は関係ない。

「……どうしよう」

 唯衣は震える手で短剣を抜いた。

 王国から支給された護身用の武器だ。

 訓練は受けている。

 けれど、複数の魔物を相手に戦った経験はない。

「みんな、下がって!」

 唯衣はスライムたちを背中側へ下がらせようとした。

「ぷるっ!」

 プルルが前に出る。

「駄目! 危ないよ!」

 だが、スライムたちは唯衣を守ろうとするように、魔物たちとの間に立った。

 その直後。

 一匹の魔物が飛び掛かってきた。

「っ!」

 唯衣は短剣を振る。

 刃が魔物の身体をかすめた。

 しかし、相手はすぐに距離を取る。

 そこへ別の一匹が横から迫った。

「きゃあっ!」

 唯衣は身体をひねって避けたが、足を滑らせて地面に倒れた。

 短剣が手から離れる。

「……っ!」

 魔物たちが一斉に距離を詰めてきた。

 怖い。

 身体が震える。

 早く立ち上がらなければ。

 逃げなければ。

 そう思うのに、足に力が入らなかった。

「ぷるるっ!」

 プルルが魔物の一匹へ体当たりする。

 だが、相手の身体をわずかに揺らしただけで、弾き飛ばされてしまった。

「プルル!」

 唯衣が叫ぶ。

 そして――。

 一匹の魔物が、唯衣へ向かって飛び掛かった。

「いやあああっ!」

 唯衣は目を閉じた。

 その瞬間。

 ドンッ!

 何かが、魔物の横腹へ激突した。

「ギャンッ!」

 魔物が地面を転がる。

「……え?」

 唯衣は恐る恐る目を開けた。

 目の前に立っていたのは――。

 艶のある黒い毛並み。

 鋭い牙。

 大きな身体。

 そして、見覚えのある後ろ姿。

「……ペローさん?」

 黒い狼が、ゆっくりと振り返った。

 間違いない。

 この黒い毛並み。

 あの鋭い眼差し。

 そして、唯衣を守るように前へ出る姿。

「ペローさん!」

 唯衣の声が震えた。

 ペローは短く鼻を鳴らすと、再び魔物たちへ向き直った。

「グルルルル……!」

 低い唸り声が森に響く。

 魔物たちが警戒する。

 だが、ペローは一歩も引かなかった。

 次の瞬間、黒い影が走った。

 一匹目の魔物が吹き飛ぶ。

 二匹目が横から飛び掛かるが、ペローは身体をひねってかわし、鋭い牙を相手の首元へ突きつけた。

 動きに無駄がない。

 ただ力任せに戦っているわけではなかった。

 相手の動きを見極め、危険な攻撃を避け、確実に相手を退けている。

 唯衣は、その姿を呆然と見つめていた。

 いつものように耳や尻尾を撫でたくなるような、可愛らしい狼の姿。

 けれど、今のペローは違った。

 大きな身体で唯衣を守り、魔物たちを相手に一歩も退かない。

 その姿は、驚くほど頼もしかった。

「……すごい」

 唯衣は思わず呟いた。

 やがて、魔物たちは勝ち目がないと判断したのか、少しずつ距離を取り始めた。

 ペローが低く唸る。

「グルルルッ!」

 その一声に押されるように、魔物たちは森の奥へ逃げていった。

 静寂が戻る。

 ペローはしばらく周囲を警戒していたが、やがて唯衣のほうへ向き直った。

「……怪我はないか?」

「……え?」

 聞き慣れた声。

 唯衣は目を丸くした。

「ペローさん、今……」

 黒い狼の身体が、淡い光に包まれる。

 次の瞬間、そこに立っていたのは、人間の姿をしたペローだった。

 頭には狼の耳。

 背中側には、黒い尻尾。

 服には少し土がついていたが、本人は気にした様子もない。

「怪我はないかって聞いてるんだ」

「あ……は、はい!」

 唯衣は慌てて頷いた。

「大丈夫です! ペローさんこそ、怪我はありませんか?」

「俺は平気だ」

 ペローはそう答えると、地面に落ちていた短剣を拾い、唯衣へ差し出した。

「ほら。落としたぞ」

「あ、ありがとうございます……」

 唯衣は短剣を受け取った。

 指先が少し震えている。

 さっきまで、もう駄目だと思っていた。

 もしペローが来てくれなかったら。

 そう考えるだけで、胸が苦しくなった。

「……ペローさん」

「ん?」

「助けてくれて、ありがとうございます」

 唯衣は深く頭を下げた。

「本当に……ありがとうございました」

「気にするな。無事でよかった」

 ペローは少し困ったように笑った。

「ただ、森の近くを一人で歩くのは危ないぞ。村の近くだからって、魔物が出ないわけじゃない」

「……はい」

 唯衣は素直に頷いた。

 反論するつもりはなかった。

 自分の判断が甘かったことは、十分に分かっている。

「海斗たちには知らせたほうがいいな。心配しているだろう」

「……そうですね」

 唯衣は顔を上げた。

 そして、改めてペローを見つめた。

 いつもなら、耳や尻尾に目がいってしまう。

 可愛い。

 触ってみたい。

 そんな気持ちが先に出ていた。

 けれど、今は違う。

 自分が危険な目に遭ったとき、ペローは迷わず助けに来てくれた。

 身体を張って、魔物たちの前に立ってくれた。

 その姿が、頭から離れない。

「……あの」

「どうした?」

「ペローさんは、どうしてここに?」

 ペローは少しだけ視線を森へ向けた。

「村の近くを歩いていたんだ。森の様子も気になってな」

「それで、私の声が聞こえたんですか?」

「ああ。悲鳴が聞こえたから、急いで来た」

「……そうだったんですね」

 唯衣は胸の前で手を握った。

 偶然だったのかもしれない。

 たまたま近くにいて、たまたま声が聞こえた。

 それだけのことだ。

 それでも。

 今の唯衣にとっては、その偶然が何よりもありがたかった。

「……本当に、ありがとうございます」

「もういいって。無事ならそれでいい」

 ペローは照れくさそうに頭を掻いた。

 その仕草を見て、唯衣は少しだけ笑った。

 そして、ふと思った。

 この人のことを、もっと知りたい。

 どんな暮らしをしてきたのか。

 何が好きなのか。

 何を考えているのか。

 狼の姿だけではなく、人としてのペローを知りたい。

 そんな気持ちが、胸の奥に芽生え始めていた。

「……ペローさん」

「ん?」

「もしよかったら、今度……もっとお話ししてもいいですか?」

 ペローは少し驚いたように目を瞬かせた。

 それから、穏やかに笑った。

「ああ。もちろんだ」

「……ありがとうございます!」

 唯衣の顔がぱっと明るくなる。

 その足元では、プルルたちが元気よく跳ねていた。

「ぷるっ!」

「ブルルッ!」

「グルルッ!」

「ふふっ。みんなも、ペローさんにお礼を言ってるみたい」

「そうか」

 ペローは三匹を見下ろし、少しだけ表情を和らげた。

「お前たちも、よく頑張ったな」

「ぷるるっ!」

 スライムたちは嬉しそうに揺れた。

 唯衣はその様子を見て、また笑った。

 けれど、胸の中では、さっきまでとは違う気持ちが静かに膨らんでいた。

 可愛いから、好き。

 それだけではない。

 頼もしいと思った。

 優しいと思った。

 そして――。

 もう一度、会いたいと思った。

 唯衣はまだ、その気持ちに名前を付けられなかった。

 ただ一つ、確かなことがある。

 今日から、ペローを見る目が少しだけ変わった。

 そして、この出会いが二人の関係を変えるきっかけになることを、唯衣はまだ知らなかった。


いつも読んでいただきありがとうございます。


もしよろしければ、ブックマークと評価の方もよろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。