第52話 紙の材料を探そう! ……森で見つけた植物の可能性
「それで、紙作りに使える植物を探しているんです」
村の集会所。
俺は、村長や数人の村人を前にして説明していた。
「紙、ですか?」
村長が首を傾げる。
「ええ。文字を書くための紙ではなく、もっと薄くて柔らかい紙です。できれば、使い捨てにできるものが欲しいんですが」
「使い捨て……」
村長は不思議そうに呟いた。
まあ、無理もない。
この世界では紙そのものが貴重品だ。
それを一度使っただけで捨てるなんて、普通は考えないだろう。
「なるほど。皆様の故郷には、そういう便利な紙があるのですな」
「はい。まあ、便利というか……」
俺は少し言葉に詰まった。
トイレットペーパーの説明は、意外と難しい。
用途を詳しく説明すればするほど、妙な空気になりそうだ。
「ええと……衛生用品の一種です」
「衛生用品ですか」
「そうです。生活を清潔に保つためのものですね」
「なるほど」
村長は納得したように頷いた。
……本当に理解しているかどうかは、少し怪しい。
「植物なら、森にいくらでもありますぞ」
そう言ったのは、集会所にいた年配の村人だった。
名前はダンさん。
井戸掘りや土木作業に詳しく、以前から俺たちの設備作りにも協力してくれている。
「ただ、紙に使えるかどうかは分かりませんな。繊維が取れる植物なら、いくつか心当たりがありますが」
「本当ですか?」
「ええ。縄を作ったり、布を織ったりするのに使う植物もありますからな」
「それです!」
俺は思わず身を乗り出した。
「そういう植物を探していたんです!」
「おお、そうでしたか」
ダンさんは嬉しそうに笑った。
「でしたら、村の者に聞いてみましょう。森に詳しい者なら、もっと知っているはずです」
「ありがとうございます!」
これで材料探しの手掛かりができた。
やはり、最初から自分たちだけで何とかしようとするより、土地の人たちに相談したほうが早い。
この世界には、この世界なりの知識と経験がある。
それを教えてもらえるのは、本当にありがたいことだ。
「じゃあ、今日は森へ行くんですか?」
隣で話を聞いていた唯衣が、期待に満ちた顔で尋ねてきた。
「そうだな。実際に植物を見てみたい」
「私も行きます!」
「もちろん。唯衣には植物探しを手伝ってほしいしな」
「任せてください!」
唯衣は胸を張った。
動物好きなだけでなく、自然の中で過ごすこと自体も好きらしい。
こういう作業では、頼りになるだろう。
「俺も行くぞ」
慎之助さんが片手を上げた。
「力仕事があるかもしれませんからね」
「そういうことだ。植物を引っこ抜くのも、荷物を運ぶのも任せろ」
「まだ何を採るかも決まってませんけどね」
「細かいことは気にするな」
「はいはい」
いつもの調子である。
こうして俺たちは、森に詳しい村人を案内役に頼み、材料探しへ出掛けることになった。
◇ ◇ ◇
村を出て、森へ向かう。
空は晴れていて、風も心地よい。
足元には草が生い茂り、遠くから鳥の鳴き声が聞こえてくる。
「やっぱり、森はいいですね!」
唯衣が楽しそうに歩いていた。
「そうだな」
俺も頷く。
日本にいたころから、キャンプや山歩きは好きだった。
ただ、今歩いている森には、見たことのない植物がいくつも生えている。
葉の形が違うもの。
茎が妙に太いもの。
遠目には普通の草に見えるのに、近づくと表面が青白く光っているものまであった。
「……あれは何ですか?」
俺が指差すと、案内役の村人が答えた。
「ああ、あれは夜になると淡く光る草ですな。薬草として使うこともありますが、紙には向かないでしょう」
「なるほど」
「こちらは繊維が強い植物です。乾燥させれば、縄の材料になります」
村人が別の植物を示す。
細長い茎に、細い葉が何枚もついていた。
「これなら、紙にも使えそうですね」
「どうでしょうな。繊維が取れることと、紙に向いていることは別でしょうから」
「確かに」
俺は頷いた。
検索で基本的な製紙方法を調べることはできた。
だが、どの植物が適しているかは、実際に試してみる必要がある。
繊維の長さや強さ。
取り出しやすさ。
加工に必要な手間。
そして、完成した紙の柔らかさ。
確認すべきことはいくらでもある。
「とりあえず、候補になりそうな植物を少しずつ採ってみよう」
「分かりました!」
唯衣が元気よく返事をした。
俺たちは案内役に教えてもらいながら、数種類の植物を少量ずつ採取していった。
もちろん、根こそぎ採るようなことはしない。
村人に確認し、採取しても問題のないものだけを選ぶ。
使える植物が見つかったとしても、森の資源を減らしてしまっては意味がないからだ。
「この草はどうですか?」
唯衣が、葉の広い植物を指差した。
「茎がしっかりしているし、繊維が取れそうです」
「そうだな。これも少し持ち帰ってみよう」
「やった!」
唯衣は嬉しそうに植物を採取した。
その姿を見ながら、俺はふと思った。
紙作りは、ただ便利なものを作るだけではない。
材料を知ること。
土地のことを知ること。
そして、村の人たちと一緒に考えること。
それも、この世界で暮らしていくために必要なことなのだろう。
◇ ◇ ◇
「……ん?」
植物を採取している途中だった。
唯衣が突然、森の奥へ視線を向けた。
「どうした?」
「今、何か動きませんでした?」
俺もそちらを見る。
木々の向こう。
少し離れた茂みが、かすかに揺れていた。
「風じゃないか?」
「うーん……」
唯衣は首を傾げる。
その足元で、プルルたちもぴょこぴょこと跳ね始めた。
「ぷるっ!」
「ブルルッ!」
「グルルッ!」
「みんな、どうしたの?」
唯衣がしゃがみ込む。
スライムたちは、茂みのほうを向いていた。
俺は少しだけ警戒した。
この森には魔物がいる。
普段は村の近くまで来ることは少ないらしいが、絶対に安全というわけではない。
「ダンさん、あの辺りには何かいるんですか?」
俺は案内役の村人に尋ねた。
「さて……。小動物なら珍しくありませんが、念のため近づかないほうがよいでしょう」
「分かりました」
俺たちは作業を中断し、周囲を確認した。
だが、茂みから何かが飛び出してくることはなかった。
しばらくすると、揺れも収まった。
「……行ったのかな?」
唯衣が呟く。
「かもしれないな」
「ちょっと気になりますけど……」
「気になるからって、追いかけるのはなしだぞ」
「分かってます!」
唯衣は頬を膨らませた。
「私だって、危ないことくらい分かります!」
「ならいいんだけど」
俺は苦笑した。
好奇心が強いのは悪いことではない。
ただ、この世界では、好奇心だけで行動すると命に関わることもある。
特に、森の中では。
「では、採取を続けましょう」
案内役の村人が声を掛けた。
「日が傾く前に戻ったほうがいいですからな」
「そうですね」
俺たちは再び作業に戻った。
結局、持ち帰ることになった植物は四種類。
どれが紙作りに向いているのかは、まだ分からない。
それでも、最初の一歩としては十分だろう。
◇ ◇ ◇
昼過ぎ。
俺たちは採取した植物を持って村へ戻った。
「お帰りなさい!」
村の入口では、何人かの村人が声を掛けてくれた。
「何か見つかりましたか?」
「ええ。いくつか候補が見つかりました」
俺は採取した植物を見せた。
「これを使って、紙が作れるか試してみるつもりです」
「ほう。これが紙になるんですか」
「まだ分かりませんけどね」
俺は苦笑した。
植物を採取できたからといって、すぐに紙が完成するわけではない。
これから繊維を取り出し、細かくほぐし、紙の形にする必要がある。
それに、柔らかさや吸水性も確認しなければならない。
先は長い。
「まずは、乾燥させるものと、すぐに処理するものに分けましょう」
「そうですね」
唯衣が頷く。
「せっかく採ってきたんですから、無駄にしないようにしないと!」
「その通りだ」
俺たちは家に戻り、採取した植物を机の上に並べた。
四種類の植物。
どれも、見た目は普通の草や茎にしか見えない。
しかし、この中に紙作りの材料として優れたものがあるかもしれない。
「……さて」
俺は袖をまくった。
「まずは、どれから試そうか」
「全部、少しずつ試してみましょう!」
唯衣が答える。
「一つずつ比べれば、違いも分かりますよね?」
「そうだな。最初から一つに絞るより、そのほうがいい」
俺は頷いた。
現代の知識は、確かに役に立つ。
でも、実際に手を動かして、試して、失敗してみなければ分からないことも多い。
それに、この世界の植物には、この世界ならではの特徴があるはずだ。
その特徴を知ることができれば、もっと良い方法が見つかるかもしれない。
「明日は、繊維を取り出すところから始めよう」
「はい!」
唯衣が笑う。
足元では、プルルたちが植物の匂いを嗅ぐように身体を伸ばしていた。
「こらこら。これは食べ物じゃないぞ」
「ぷるっ?」
「食べられるかどうかも、まだ分からないからな」
俺がそう言うと、三匹は不思議そうに身体を揺らした。
……まあ、スライムたちにとっては、紙の材料なんてどうでもいいのかもしれない。
それでも。
この小さな試みが、いつか村の暮らしを変えるきっかけになる可能性はある。
そう考えると、少しだけ胸が躍った。
トイレットペーパー作り。
まずは材料探しが終わった。
次は、紙の形にできるかどうか。
俺たちの挑戦は、まだ始まったばかりだ。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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