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異世界に転移したら、何のスキル?スキル名が文字化けで役立たず扱いなんですけど?  作者: 奈汪翳芳
第2章 第2章お転婆王女のお忍び漫遊と他の転移者たちのその後

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第51話 トイレットペーパーが欲しい! ……異世界にないもの

 異世界での生活にも、少しずつ慣れてきた。

 丸太小屋がある。

 井戸から水を汲み上げる手押しポンプもある。

 魔道具のおかげで、台所では水が使えるし、薪を燃やさなくても料理ができる。

 風呂だってある。

 もちろん、現代日本の自宅と比べれば不便なところは多い。

 それでも、最初にこの世界へ来たときのことを思えば、ずいぶん快適になったものだ。

「……うん。悪くない」

 朝食を終えた俺は、椅子の背もたれに身体を預けた。

 窓の外には、朝日に照らされたネリス村の景色が広がっている。

 畑では村人たちが作業を始めていた。

 遠くから聞こえる鳥の鳴き声。

 風に揺れる木々。

 そして、台所から漂ってくる焼きたてのパンの香り。

 会社勤めをしていたころには、こんな朝を過ごす余裕なんてなかった。

 朝は時間との戦い。

 食事を済ませたら出勤。

 帰宅したら疲れ果てて、風呂に入って寝るだけ。

 それが今では、朝食のあとにのんびりと外の景色を眺めている。

「海斗さん、またぼんやりしてますよ」

 向かいの席から唯衣が声を掛けてきた。

「いや、こういう生活もいいなと思ってな」

「分かります! 朝からゆっくりできるって幸せですよね」

 唯衣は満面の笑みを浮かべた。

 その足元では、三匹のスライムがぷるぷると揺れている。

 プルル、ブルル、グルル。

 唯衣の従魔たちだ。

「ぷるっ!」

「ブルルッ!」

「グルルッ!」

「はいはい、みんなも朝ご飯は食べたでしょ?」

 唯衣が三匹を撫でる。

 スライムたちは嬉しそうに跳ねた。

 ……平和だ。

 実に平和である。

 こんな生活を続けられるなら、俺としては大満足だ。

 ただし。

 どれだけ快適になったとしても、現代日本と同じ暮らしができているわけではない。

 むしろ、生活を整えれば整えるほど、足りないものが目につくようになってきた。

 例えば――。

「……トイレットペーパー」

「え?」

 唯衣が顔を上げた。

「どうしたんですか、急に?」

「いや。ちょっと思い出しただけだ」

「何を?」

「日本のトイレットペーパー」

 俺がそう答えると、唯衣は数秒ほど考え込んだ。

 そして。

「あああっ!」

 突然、大きな声を上げた。

「そうです! それです!」

「うおっ、びっくりした!」

「トイレットペーパーですよ!」

「いや、今そう言っただろ」

「だって、すっかり忘れてました!」

 唯衣は勢いよく立ち上がった。

「こっちに来てから、ずっと布とか水とかで何とかしてましたけど……紙があったら絶対に便利ですよね!」

「まあ、そうだな」

 俺も頷く。

 この世界にも紙は存在する。

 王都では、書類や帳簿、手紙などに使われていた。

 ただし、紙はそれなりに高価なものだ。

 少なくとも、気軽に使い捨てられるような代物ではない。

 それに、俺たちが使いたいのは、文字を書くための紙ではない。

 もっと柔らかくて、薄くて、気兼ねなく使える紙だ。

「でも、紙って高いんですよね?」

 唯衣が首を傾げた。

「そうなんだよな。文字を書くための紙を、トイレで使うわけにはいかない」

「もったいないですもんね……」

「それに、あの紙じゃ硬すぎるだろうし」

「うっ……。想像したくないです」

 唯衣が顔をしかめる。

 俺は苦笑した。

 こういう話は、どうしても現代日本の感覚が抜けない。

 トイレに行けば、紙がある。

 使い終われば水を流す。

 それだけのことが、どれほどありがたいものだったのか。

 異世界へ来てから、嫌というほど思い知らされている。

「……よし」

 俺は椅子から立ち上がった。

「作るか」

「えっ?」

「トイレットペーパー」

 唯衣の目が輝いた。

「作れるんですか!?」

「いや、まだ分からない」

「分からないんですか!」

「紙なんだから、何とかなる可能性はあるだろ」

「ずいぶん大雑把ですね……」

「最初から何でも分かっていたら苦労しないって」

 俺は肩をすくめた。

 幸い、俺にはインターネット検索のスキルがある。

 使い方にはまだ分からない部分もあるが、少なくとも知識を探すことはできる。

 異世界の技術だけでは難しいことでも、現代の知識があれば手掛かりくらいは見つかるはずだ。

「まずは、紙の作り方を調べてみよう」

「私も手伝います!」

「助かる」

 俺たちは居間の机へ移動した。

 机の上には、蝉丸が使っている帳面や、家の設計図、村人からもらった資料などが置かれている。

 その隅を片付け、俺は椅子に座った。

 目を閉じる。

 意識を集中する。

 すると、頭の中に見慣れた検索画面が浮かび上がった。

 文字化けしたスキル名とは違い、今では検索画面の操作にもだいぶ慣れてきた。

 もっとも、周囲の人間にはこの画面が見えない。

 俺が突然、何もない空間を見つめているようにしか見えないのが難点だ。

「……紙の作り方」

 頭の中で検索ワードを入力する。

 すると、いくつもの情報が表示された。

 紙の歴史。

 植物繊維を使った紙の製造方法。

 古紙を再利用する方法。

 和紙の作り方。

 機械で大量生産する方法。

 いろいろある。

「へえ……」

 俺は思わず声を漏らした。

「どうですか?」

「紙って、木を細かくすればできるってわけじゃないんだな」

「違うんですか?」

「植物の繊維を取り出して、それをほぐして、水の中で広げて、薄くすいて乾燥させる。基本的には、そんな感じらしい」

「へえ……」

 唯衣も興味深そうに頷いた。

「でも、トイレットペーパーって、もっと柔らかいですよね?」

「そうなんだよな」

 普通の紙を作るだけなら、何とかなるかもしれない。

 だが、トイレットペーパーとなると話は別だ。

 柔らかさ。

 吸水性。

 肌触り。

 そして、使ったあとに処理しやすいこと。

 ただ薄い紙を作ればいいというものではない。

「機械で作る方法もあるけど……」

 検索結果を読み進める。

 現代のトイレットペーパーは、繊維を細かく処理し、紙を薄く均一に仕上げるための設備が使われているらしい。

 もちろん、そんな機械をこの世界でいきなり用意できるはずもない。

「最初から日本と同じものを作ろうとするのは無理か」

「じゃあ、少しずつ改良していくんですね?」

「そういうこと」

 俺は頷いた。

「まずは、紙そのものを作れるかどうか試してみよう」

「材料はどうするんですか?」

「植物の繊維だな。木でも作れるけど、もっと簡単に加工できる植物があるかもしれない」

「それなら、村の人に聞いてみませんか?」

「……ああ、そうだな」

 俺は少し考えた。

 この世界の植物について、俺はまだほとんど知らない。

 日本で紙に使われる植物が、こちらにもあるとは限らない。

 逆に、この世界にしかない植物が、紙作りに向いている可能性もある。

 そういう知識は、長年この土地で暮らしている村人たちのほうが詳しいだろう。

「よし。村の人たちに相談してみよう」

「はい!」

 唯衣が元気よく返事をした。

 そのとき、玄関のほうから声がした。

「おーい、海斗君。いるか?」

 聞き慣れた声。

 慎之助さんだ。

「いますよ!」

 俺が答えると、すぐに玄関の扉が開いた。

「おはようございます、慎之助さん!」

「おう、唯衣ちゃん。おはよう」

 慎之助さんは片手を上げて挨拶すると、俺の向かいに腰を下ろした。

「何してたんだ?」

「紙を作ろうと思って」

「紙?」

「トイレットペーパーです」

「……なるほど」

 慎之助さんは腕を組み、真剣な顔で頷いた。

「確かに必要だな」

「ですよね」

「酒を飲む前に、まずトイレ環境を整えるべきだ」

「いや、慎之助さん。酒を飲む前って、何ですか」

「人生の優先順位だ」

「その順位、たまにおかしいですよね」

 唯衣が笑った。

 慎之助さんは気にした様子もなく続ける。

「で、どうやって作るんだ?」

「それを今から調べるところです」

「よし。俺も手伝おう」

「いいんですか?」

「当たり前だろ。こういう生活の基盤を整えるのは大事だからな」

 意外にも、慎之助さんは真面目な顔をしていた。

 普段は酒の話ばかりしているが、こういうときは頼りになる。

「ありがとうございます」

「なあに。完成したら、村のみんなも喜ぶだろうしな」

「そうですね」

 トイレットペーパーができれば、俺たちだけでなく、村の人たちにとっても便利なものになるかもしれない。

 もちろん、最初から大量生産できるとは思っていない。

 まずは小さな試作品。

 それがうまくいけば、少しずつ改良していけばいい。

「じゃあ、決まりだな」

 俺は立ち上がった。

「まずは村の人に、紙作りに使えそうな植物がないか聞いてみよう」

「了解です!」

 唯衣が笑う。

「私、そういう植物を探すの得意かもしれません!」

「どうして?」

「自然が好きだからです!」

「……まあ、頼りにしてるよ」

「はい!」

 慎之助さんも立ち上がった。

「俺は力仕事担当だな」

「まだ何をするかも決まってませんけどね」

「細かいことは気にするな」

「またそれですか」

 三人で笑いながら、俺たちは家を出た。

 今日の目標は、トイレットペーパー作りの第一歩。

 この世界にない便利なものを、少しずつ形にしていく。

 それが俺たちの暮らしを、もっと快適にしてくれるはずだ。

 ……とはいえ。

 紙作りが、そんなに簡単にいくとは思っていない。

 植物を探すところから始めるのだ。

 まずは材料を見つける。

 そして、村の人たちの知恵も借りる。

 現代の知識だけでは、この世界で暮らしていくことはできない。

 この土地で生きてきた人たちの経験も、同じくらい大切なのだから。

「さて、と」

 俺は青空を見上げた。

「どんな紙ができるかな」

 異世界でのスローライフ。

 その快適さを一段階引き上げるための挑戦が、今、始まった。


いつも読んでいただきありがとうございます。


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