第48話 ついに完成! 異世界の我が家で初めてのお風呂
翌朝。
俺たちは、朝食を済ませると、さっそく浴室へ向かった。
昨日の試作で、木製浴槽と加熱釜、そして魔導換気扇には、それぞれ改善すべき点が見つかっていた。
今日は、その最終確認を進める。
「……いよいよだな」
浴室の入口で、俺は小さく呟いた。
「ですね!」
唯衣が満面の笑みで頷く。
「今日こそ、お風呂に入れるんですよね?」
「問題がなければな」
「海斗さん、昨日も同じこと言ってましたよ」
「安全確認は大事だからな」
「分かってますけど……楽しみなんです!」
その気持ちは、俺にもよく分かる。
異世界に来てから、まともに湯船に浸かる機会はなかった。
身体を洗うにしても、水を汲んで温めて、という手間がかかる。
それが当たり前の生活だった。
だからこそ、自分たちの家に風呂を作るという目標は、思っていた以上に大きな意味を持っていた。
「では、始めましょう」
蝉丸が作業道具を手に取る。
「まずは床と排水の確認ですね」
「よし、頼む」
俺たちは、それぞれの持ち場についた。
◇ ◇ ◇
最初に確認するのは、浴槽を支える床だ。
水の入った浴槽は、想像以上に重くなる。
さらに、入浴する人間の体重も加わる。
その重さを支えられるよう、床板の下には補強用の横木を追加していた。
「ここを踏んでみてもいいですか?」
蝉丸が尋ねる。
「ああ。ゆっくり頼む」
蝉丸が床に体重をかける。
ミシッという嫌な音はしない。
俺も近くを歩いてみたが、目立った沈み込みはなかった。
「ひとまず、大丈夫そうですね」
「そうだな。ただ、水を張った状態でも確認しよう」
続いて、排水口を確認する。
浴槽の水を抜いたとき、排水がきちんと流れるか。
浴室の床に落ちた水が、排水口へ向かうか。
排水管に詰まりがないか。
確認することはいくつもある。
「水を少し流してみるぞ」
俺が桶から水を流す。
床に広がった水は、緩やかな傾斜に沿って排水口へ向かっていった。
しばらくすると、床に水が溜まることなく流れていく。
「おお、いい感じですね!」
唯衣が嬉しそうに声を上げた。
「まだ少量だからな。大量に流したときも確認する必要がある」
「はい!」
俺たちは何度か水を流し、排水管の接続部も調べた。
水漏れは見当たらない。
ただし、これで排水設備のすべてが完成したわけではない。
浴室の排水は、台所の排水と同じく、共用の処理槽へ流れる仕組みになっている。
その処理槽では、スライムを利用した処理方法も試している最中だ。
だが、まだ十分な効果が確認できたわけではない。
だから、処理後の水を川へ流すことについては、慎重に判断する必要がある。
「排水は流れていますが、処理槽の確認も忘れないようにしましょう」
蝉丸が言った。
「そうだな。使い始めてからも、状態を見ていこう」
便利になったからといって、何も考えずに使っていいわけではない。
その点は、しっかり守らなければならないだろう。
◇ ◇ ◇
次は、魔導換気扇だ。
蝉丸が改良した試作品は、昨日のものより羽根が大きくなり、保護用の格子も取り付けられていた。
「回転速度を調整できるようにしました」
「おお、すごいな」
「魔力の流量を変えることで、弱運転と強運転を切り替えられます。強く回しすぎると振動が増えるので、その範囲も調整しました」
「なるほど」
浴室の壁には、換気扇を取り付けるための枠が用意されている。
外側には雨が直接入りにくい覆いを設け、内側から取り外して掃除できるようにした。
換気扇を回すだけではなく、空気が入ってくる場所も必要だ。
そこで、反対側の壁の下部に小さな給気口を設けてある。
「では、動かしてみましょう」
蝉丸が魔力を流す。
カチッ。
羽根がゆっくりと回り始めた。
弱運転では、静かな風が外へ流れていく。
続いて、強運転。
羽根の回転が速くなり、換気口の近くで風の流れがはっきりと感じられた。
「おおっ!」
慎之助が声を上げる。
「昨日より、ずっと風が強いじゃないか!」
「はい。羽根の形状と回転速度を調整した結果です」
蝉丸は少し得意げだ。
「では、浴室に湿気がこもったときも、外へ排出できるか確認したいですね」
「どうやって?」
唯衣が首を傾げる。
「まずは、濡らした布を室内に置いて、換気扇を回したときの乾き方を比較する方法があります。ただ、今日一日で性能を完全に評価できるわけではありません」
「なるほど」
俺は頷いた。
実際に入浴してみて、湯気がどれくらい残るかも確かめる必要がある。
それでも、少なくとも換気扇は安定して動いている。
異常な振動もない。
異音も、今のところ気にならない。
「台所用も同じように試験しましょう」
蝉丸が言った。
「そっちは料理の煙や臭いを外へ出すためだからな」
「はい。浴室用とは別に設置します」
こうして、浴室用と台所用の二台が、ひとまず実用試験へ進める状態になった。
「蝉丸、ありがとう。これなら、かなり便利になりそうだ」
「いえ。まだ改良の余地はありますが、役に立てそうでよかったです」
蝉丸は照れくさそうに眼鏡を押し上げた。
「いやあ、さすが蝉丸だな!」
慎之助が肩を叩く。
「これで酒の臭いも消せるか?」
「……慎之助さん」
「はい?」
「浴室の換気扇で酒の臭いを消そうとしないでください」
「なぜだ!」
「台所用ですら、酒の臭いを完全に消せる保証はありません」
「そんな……!」
「そもそも、飲みすぎないでください」
唯衣が呆れた顔をする。
「はい……」
慎之助がしょんぼりした。
相変わらずである。
◇ ◇ ◇
昼を過ぎたころ。
いよいよ、浴槽と加熱釜の本格的な試験に取りかかった。
グスタフにも来てもらい、加熱釜と配管の状態を一緒に確認する。
「まずは水を張るぞ」
浴槽へ水を入れていく。
水位が上がるにつれて、木材の接合部や床の状態を注意深く観察した。
水漏れはない。
床にも目立った沈み込みはない。
「今のところ、問題はなさそうだな」
俺が言うと、ロドルフも満足そうに頷いた。
「よし。次は加熱だ」
屋外の加熱釜に薪をくべる。
最初から火力を強くせず、少しずつ水を温めていく。
蝉丸が配管の接続部を確認し、グスタフが釜の温度を見ている。
俺は浴槽へ流れ込む水の温度を確かめた。
「……温かくなってきたな」
「本当ですか?」
唯衣が手を伸ばしかける。
「まだだ。温度を確認してからな」
「分かってます!」
俺は水温を確かめながら、加熱の具合を調整した。
熱すぎれば危険だ。
温度が低すぎれば、風呂としては物足りない。
しかも、釜の中の水が十分に流れていることも確認しなければならない。
しばらく調整を続けると、浴槽の水が徐々に温かくなってきた。
「……よし。これなら、温度を調整しながら使えそうだ」
俺が言うと、グスタフが頷いた。
「ただし、火を止めたあともしばらく熱が残る。釜に水が残っているか、火が完全に消えているか、使い終わったあとの確認も忘れるな」
「分かりました」
配管からの漏れもなく、加熱釜も異常なく動いている。
今日の試験では、大きな問題は見つからなかった。
もちろん、今後も定期的な点検は必要だ。
だが――。
「これで、ようやく風呂に入れそうですね」
蝉丸が言った。
「……ああ」
俺は浴槽を見つめた。
木の浴槽。
外に置かれた加熱釜。
温めた水を送る配管。
排水設備。
そして、湿気を外へ逃がす換気扇。
まだ改善できる部分はある。
それでも、俺たちが目指していた風呂が、目の前に形になっていた。
「やったー!」
唯衣が両手を上げた。
「今日、入れますよね!?」
「試験は通ったけど、最初は一人ずつだ。温度を確かめながら入ろう」
「もちろんです!」
返事が早い。
どうやら、相当楽しみにしていたらしい。
◇ ◇ ◇
夕方。
俺たちは、それぞれ入浴の準備を整えた。
最初に浴室へ入ったのは、俺だ。
「……なんだか緊張するな」
浴槽に手を入れて、水温を確かめる。
熱すぎない。
温度は、ゆっくりと調整してある。
俺は慎重に湯へ足を入れ、少しずつ身体を沈めた。
「…………」
肩まで浸かる。
温かい。
それだけなのに――。
「……はぁぁぁ」
思わず、深いため息が漏れた。
身体の力が抜けていく。
温かい湯が、疲れた身体を包み込む。
目を閉じると、今日までの作業が思い浮かんだ。
土地を決めて。
家を建てて。
水を引いて。
台所を作り。
排水設備を整え。
そして、風呂を作った。
日本にいたころなら、当たり前だったことだ。
けれど、ここでは当たり前ではない。
自分たちで考え、職人たちの力を借りて、一つずつ形にしてきた。
「……最高だな」
俺は小さく呟いた。
浴室の換気扇は、弱運転で静かに回っている。
湯気が少しずつ外へ流れていく。
これなら、湿気がこもるのも抑えられそうだ。
ただし、換気扇を回していても、使い終わったあとは壁や床に残った水分を拭き取り、しっかり乾かす必要がある。
そこまで含めて、ようやく快適な浴室になる。
俺はしばらく湯に浸かったあと、ゆっくりと浴槽から出た。
身体を拭き、浴室の床に残った水を排水口へ流す。
換気扇を強運転に切り替え、浴室の湿気を外へ逃がす。
「……よし」
初めての入浴は、無事に終わった。
◇ ◇ ◇
その後、唯衣、慎之助、蝉丸も順番に入浴した。
全員が浴室から出てきたときには、そろって満足そうな顔をしていた。
「……いやあ、これはいいな!」
慎之助が首を回す。
「風呂って、こんなにありがたいものだったんだな!」
「日本にいたころは、普通に入ってたでしょう」
蝉丸が笑う。
「だからこそだよ。失って初めて分かるありがたみってやつだ」
「珍しく、いいことを言いますね」
「珍しくは余計だ!」
唯衣は頬を緩めていた。
「私、明日も入りたいです!」
「明日も入ればいいだろ」
「そうですけど!」
唯衣は楽しそうに笑った。
「だって、自分たちの家にお風呂があるんですよ? すごくないですか?」
「……確かに」
俺も頷いた。
自分たちの家に、温かい風呂がある。
それだけで、暮らしの質が大きく変わる。
もちろん、これで終わりではない。
加熱釜の点検。
配管の確認。
浴室と台所の換気扇の清掃。
排水処理槽の観察。
これからも、定期的に確認していく必要がある。
特に排水については、まだ安全な処理方法を確立できていない。
便利になったからこそ、責任を持って管理しなければならないのだ。
「……でも、ひとまずは完成だな」
俺が言うと、三人が頷いた。
「はい!」
「よし、今日は祝いだ!」
慎之助が拳を握る。
「何を祝うんです?」
蝉丸が尋ねた。
「風呂の完成だ!」
「……お酒を飲みたいだけじゃないですか?」
「それもある!」
「堂々と言わないでください」
唯衣が笑い出す。
俺も笑った。
会社を辞めたとき、俺はただ、静かな場所でのんびり暮らしたいと思っていた。
それが今では、異世界の辺境で、仲間たちと一緒に家を作り、生活に必要な道具まで生み出している。
思い描いていたスローライフとは、少し違う。
けれど――。
「……悪くないな」
心から、そう思えた。
俺たちの異世界生活。
家造りから始まった最初の大仕事は、ひとまず一区切りだ。
明日からは、もう少し落ち着いて暮らせるだろう。
……たぶん。
この世界で、何事もなく過ごせる日が続くとは限らない。
それでも今夜だけは。
温かい風呂に入れた喜びを、ゆっくりと味わおうと思う。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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