第47話 初めての異世界風呂と、換気扇の試運転
翌朝。
俺たちは、朝食を済ませると、さっそく作業に取りかかった。
今日の目標は二つ。
木製浴槽の最終確認と、魔導換気扇の試運転だ。
「いよいよ風呂が使えるんですね!」
唯衣が目を輝かせている。
「まだ分からないぞ。昨日の浴槽も換気扇も、試作品だからな」
「でも、もうすぐですよね?」
「問題がなければ、な」
「その言い方、何か起こりそうで怖いんですけど……」
蝉丸が眼鏡を押し上げた。
「試作品というのは、そういうものです。動かしてみなければ分からない問題もありますから」
「まあ、確かに」
俺は頷いた。
現代日本なら、風呂も換気扇も珍しいものではない。
だが、この世界では一から作る必要がある。
材料を集め、仕組みを考え、職人に説明し、試作してもらう。
そして、実際に使ってみて問題があれば直す。
地道な作業の繰り返しだ。
それでも――。
「快適な生活のためだ。頑張ろう」
「おー!」
唯衣が元気よく拳を上げた。
「俺も手伝うぜ」
慎之助も続く。
「では、まず浴槽からですね」
蝉丸の言葉に、俺たちはロドルフの工房へ向かった。
◇ ◇ ◇
「おう、来たか!」
工房に入ると、ロドルフが笑顔で出迎えてくれた。
作業台の上には、昨日見せてもらった木製浴槽が置かれている。
大きな桶のような形だが、底や側面は厚い木材で組まれており、縁もしっかり補強されていた。
「これが昨日の浴槽だ。水を張って一晩置いてみたが、目立った漏れはなかったぞ」
「本当ですか?」
「ああ。念のため、今朝も確認した。接合部から水が滲んでいる様子もない」
「それはよかった」
俺は浴槽の周囲を確認した。
木材に大きな歪みはない。
底も安定している。
ただし、これで完成というわけではない。
「ロドルフさん。実際に使う前に、もう少し確認させてください」
「もちろんだ。何をすればいい?」
「まず、浴槽を置く場所を決めます。それから、空の状態と水を張った状態で、ぐらつきがないか調べたいんです」
「なるほどな」
ロドルフが頷いた。
「水が入れば、相当な重さになるからな」
「そうです。人が入ったときの重さも考えないといけません」
浴槽そのものだけでなく、水と人間の体重が加わる。
床が耐えられなければ、せっかくの風呂も使えない。
「浴室の床は、先にしっかり補強しておいたほうがよさそうですね」
蝉丸が言った。
「そうだな。浴槽の脚だけで支えるより、重さを広い範囲に分散させたい」
「床板の下に横木を増やす方法がよさそうです」
「それでいこう」
浴槽の確認を終えた俺たちは、完成した浴槽を村の外れにある家へ運ぶことにした。
もちろん、水は抜いてある。
「よし、せーの!」
俺と慎之助、ロドルフの三人で持ち上げる。
「……重いな」
「木だけでも、結構な重さがありますね」
蝉丸が反対側を支えながら言った。
「これに水が入るんですよね?」
唯衣が尋ねる。
「そうだな」
「……お風呂って、意外と大変なんですね」
「作るところから始めているからな」
俺たちは慎重に浴槽を運び、浴室に予定していた場所へ設置した。
床の補強は仮の状態なので、まだ大量の水は張らない。
まずは水平になっているかを確認し、脚の下に薄い板を挟んで微調整する。
「よし。これなら、ひとまず安定している」
「では、床の補強を仕上げてから水を張るのですね」
蝉丸が確認した。
「ああ。今日のうちに全部終わらせようと焦る必要はない」
俺は浴槽を見た。
ここまで来たのだ。
あと少しで、ちゃんと湯に浸かれる生活が手に入る。
そう考えると、自然と気分が弾んだ。
◇ ◇ ◇
次は、風呂釜の確認だ。
浴槽の設置場所から少し離れた屋外には、グスタフに製作を依頼していた金属製の加熱釜が置かれていた。
薪を燃やして釜の中の水を温め、その湯を配管で浴槽へ送る仕組みだ。
浴槽のすぐそばで火を焚く必要がないよう、加熱設備は外に置く。
「グスタフさん、加熱釜はどうですか?」
「形にはなったぞ。ただし、実際に水を流して試すのはこれからだ」
グスタフは釜の側面を軽く叩いた。
「火を入れる部分と、水を通す部分は分けてある。だが、管の接続部から漏れないか、熱を加えても問題がないかは確認しなきゃならん」
「ありがとうございます。そこは慎重にお願いします」
「分かってる。熱い水が漏れれば危険だからな」
俺は配管を確認した。
釜で温めた水を浴槽へ送る管。
浴槽から水を抜くための排水管。
そして、必要に応じて水を補充するための経路。
どれも、ただ繋げばいいわけではない。
「最初は少量の水で試しましょう。漏れがないことを確認してから、少しずつ量を増やす」
「いい判断だ」
グスタフが頷いた。
「それと、火を強くしすぎないことだ。水が十分に流れていない状態で加熱すると、釜が傷むおそれもある」
「分かりました」
俺たちはまず、加熱釜に少量の水を入れ、配管の接続部を一つずつ確認した。
水漏れはない。
次に、薪を少しだけ燃やす。
釜の温度が上がり始めると、俺たちは配管に異常がないか、慎重に様子を見た。
「……今のところ、問題なさそうですね」
蝉丸が言う。
「まだ油断はできない。温度が上がったときに、接合部が緩む可能性もある」
俺はそう答えた。
しばらくして、加熱釜から浴槽へ水を送る。
最初は少量だ。
浴槽に入った水に手を近づけてみる。
「……少し温かくなっています」
唯衣が嬉しそうに言った。
「おお、本当だ!」
慎之助も手を伸ばしかけたが、俺が止めた。
「待ってください。まだ温度を確認している途中です」
「おっと、そうだった」
俺は水温を確かめながら、加熱の具合を調整した。
熱すぎないか。
水の流れが止まっていないか。
配管から漏れていないか。
一つずつ確認していく。
結果――。
「……ひとまず、仕組みとしては動いているな」
俺は息を吐いた。
加熱釜で温めた水が、配管を通って浴槽へ届く。
それだけのことだ。
だが、この世界では、それが大きな一歩だった。
「やりましたね、海斗さん!」
唯衣が笑顔で言う。
「まだ試験段階だよ。長時間使っても問題がないか、温度を安定させられるか、確認は必要だ」
「それでも、前進です!」
「……そうだな」
俺も笑った。
完璧ではない。
けれど、ちゃんと前に進んでいる。
◇ ◇ ◇
「さて、次は換気扇だな」
俺たちは蝉丸が持ってきた魔導換気扇の試作品を取り出した。
木枠の中央に、小さな羽根が取り付けられている。
その横には魔石と魔法陣が組み込まれた部品があった。
魔石から供給される魔力を回転運動に変え、羽根を回す仕組みだ。
「まずは、風呂場用から試しましょう」
蝉丸が言った。
「台所用とは別にするんだよな?」
「はい。台所では料理の煙や臭いを外へ出す必要があります。浴室では湿気を排出するのが主な目的ですから、設置場所や風量も変わってきます」
「なるほど」
同じ換気扇でも、用途が違えば必要な性能も違う。
浴室では湿気を逃がすことが重要だ。
台所では、調理中に発生する煙や臭いを効率よく排出したい。
「では、動かしてみます」
蝉丸が魔力を流した。
カチッ。
小さな音とともに、羽根が回り始める。
ふわり。
木枠の向こうから、弱い風が流れてきた。
「おお!」
唯衣が声を上げる。
「回りましたね!」
「ええ。回転自体は安定しています」
蝉丸が魔力の流れを確認する。
だが、俺は羽根の前に手をかざした。
「……風が弱いな」
「そうなんです。回転はしていますが、これでは浴室の湿気を十分に外へ出せるか分かりません」
「台所で使うなら、もっと風量が必要だろうな」
「はい。羽根の形状や大きさ、回転速度を見直す必要があります」
慎之助が腕を組んだ。
「でも、魔力で羽根を回すところまではできたんだろ?」
「そこは成功です。ただ、実用化するには改良が必要ですね」
「なら、次は風を強くすればいいんだな」
「単純に回転を速くするだけでは、魔力の消費が増えたり、振動が大きくなったりする可能性があります」
蝉丸が真面目な顔で説明する。
「風量と消費魔力のバランスを調べなければいけません」
「確かに」
俺は頷いた。
魔導具だからといって、魔力を増やせば何でも解決するわけではない。
安定して動くこと。
安全であること。
維持費が高くなりすぎないこと。
毎日使う道具なら、そうした条件も大切だ。
「それと、羽根がむき出しなのも危ないですね」
唯衣が木枠を覗き込む。
「指を入れたら、怪我しそう」
「その通りです。保護用の格子を取り付けましょう」
蝉丸は試作品を止めた。
「それから、浴室に取り付けるなら、水が直接かからないようにしなければなりません。掃除や修理のために、取り外しやすい構造にすることも必要です」
「台所のほうも、油や汚れが付くからな」
俺が言う。
「どちらも、手入れができることを前提に設計したほうがいい」
「分かりました。改良案をまとめておきます」
蝉丸は試作品を見つめた。
「まだ完成とは言えませんが……魔力で換気を行う仕組みそのものは、実現できそうです」
「そうだな」
俺は頷いた。
「急がず、ちゃんと使えるものにしていこう」
浴槽も、加熱釜も、換気扇も。
それぞれ少しずつ形になってきた。
けれど、まだ仕上げが残っている。
浴室の床を補強する。
排水がきちんと流れるか確認する。
加熱釜を長時間動かして、温度と配管の安全性を確かめる。
換気扇の風量を改善し、浴室と台所にそれぞれ設置する。
やることは多い。
それでも――。
「……あと少しだな」
俺が呟くと、唯衣が笑った。
「はい! もうすぐ、お風呂に入れますね!」
「そうだな。ただし、安全確認が終わってからだ」
「分かってます!」
唯衣は元気よく頷いた。
慎之助は、まだ湯の入っていない浴槽を覗き込んでいる。
「なあ、海斗」
「何です?」
「風呂ができたら、最初に入っていいか?」
「……安全確認が終わってから、順番に入ります」
「そこは俺を優先してくれてもいいだろ!」
「どうしてです?」
「長年の苦労を癒やしたい!」
「俺たち全員、同じように苦労してますよ」
「ちぇっ」
慎之助が肩を落とす。
その様子を見て、唯衣が笑い、蝉丸も小さく吹き出した。
俺もつられて笑った。
異世界に来てから、何度も不便な思いをした。
水を汲むのも、火を起こすのも、家を建てるのも簡単ではない。
けれど、その不便を一つずつ解消していくのは、思っていたより楽しかった。
自分たちの手で暮らしを作っていく。
それは、会社に勤めていた頃には味わえなかった感覚だ。
「よし。明日は床と排水の確認を進めよう」
俺はみんなを見た。
「それが終わったら、加熱釜と換気扇の最終試験だ」
「了解です」
「頑張ります!」
「俺も手伝うぜ」
それぞれが頷いた。
俺たちの異世界スローライフは、まだ始まったばかり。
そして――。
快適な風呂の完成まで、もう一歩のところまで来ていた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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