第45話 いよいよ浴室作り! 換気扇も忘れずに
魔導コンロで、ひとまず温かい料理を作れるようになった。
まだ長時間使った場合の安定性や魔石の消費量など、確認すべきことは残っている。
それでも、台所は少しずつ形になってきた。
作業台に、棚。
そして、魔導コンロ。
流し台と給排水設備が整えば、かなり快適に料理ができるようになるはずだ。
……ただし。
「そういえば、換気扇も必要だな」
俺は台所を見回しながら呟いた。
「換気扇ですか?」
隣にいた蝉丸が、眼鏡を押し上げる。
「ああ。料理をしていると、蒸気や臭いがこもるだろう? 空気を外へ逃がす仕組みが欲しいんだ」
「なるほど。空気を外へ排出する装置ですね」
「そういうことだ」
現代日本なら、台所に換気扇があるのは当たり前だ。
スイッチを押せば、ファンが回って空気を外へ送り出してくれる。
だが、この世界には電気がない。
普通の電動換気扇を持ち込むこともできない。
「魔導コンロを作れたんだから、換気扇も魔法で動かせないかな?」
「構造次第では可能かもしれません」
蝉丸は少し考えてから答えた。
「魔石の魔力を利用して羽根を回転させる仕組みを作れれば、空気を動かすことはできるでしょう。ただ、回転軸や羽根の形状、魔力の消費量など、検討することはありますね」
「やっぱり簡単じゃないか」
「ですが、試す価値はあります。魔導コンロの魔導回路とは仕組みが異なるでしょうから、別に考える必要がありますね」
「よし。換気扇も計画に入れよう」
俺はそう決めた。
台所を快適にするなら、料理の道具だけでは足りない。
空気の流れも考える必要がある。
そして――。
「次は、お風呂だな」
俺が続けて言うと、唯衣が待ってましたと言わんばかりに顔を輝かせた。
「来ましたね、お風呂!」
「私、ずっと楽しみにしてたんです!」
「まあ、気持ちは分かる」
この世界に来てから、まともな風呂には入れていない。
身体を洗うこと自体はできる。
井戸水を汲んで、布で身体を拭いたり、川の水で汚れを落としたり。
ただ、俺たちが日本で当たり前のように入っていた、湯船に浸かる風呂とは違う。
温かい湯に肩まで浸かって、一日の疲れを取る。
あれが恋しい。
心の底から恋しい。
「……湯船」
俺は思わず呟いた。
「海斗さん、今、すごく遠い目をしてましたよ」
「気のせいだ」
「絶対にお風呂のこと考えてましたよね?」
「……否定はしない」
唯衣が笑う。
「ですよね!」
そこへ、慎之助が家の中から顔を出した。
「お風呂の話か?」
「はい。そろそろ作ろうと思いまして」
「おお! いいじゃないか!」
慎之助が勢いよく頷く。
「湯船に浸かって、風呂上がりに冷たい飲み物を飲む。最高だな!」
「まだお風呂も完成してませんよ」
「だから、今から楽しみにしておくんだろう?」
「気が早いですね」
「楽しみがあるのはいいことだ!」
相変わらずだ。
だが、慎之助の言うことも分かる。
快適な暮らしを実現するなら、風呂は欠かせない。
しかも、浴室を作るなら、最初から換気設備も考えておきたい。
「浴室にも換気扇が必要だな」
俺が言うと、唯衣が首を傾げた。
「お風呂にも?」
「ああ。湯を張った浴室は湿気がこもるだろう? そのままだと、壁や天井、木材が傷みやすくなる」
「確かに……」
蝉丸が頷いた。
「湿気を外へ逃がせるようにしておくべきですね。窓を設けるだけで十分な換気ができるとは限りませんし」
「そういうことだ。台所用と浴室用、二つ作る必要があるな」
「なるほど。用途によって必要な風量も違いそうですね」
「風量?」
「どれくらいの空気を動かせるか、ということです。台所では調理中の蒸気や臭いを外へ排出したいですし、浴室では湿気を減らしたい。設置場所やファンの大きさも考えたほうがよさそうです」
「……蝉丸」
「はい?」
「お前、換気扇にも本気だな」
「当然です」
蝉丸は真顔だった。
「快適な生活を実現するには、細かいところも大切ですから」
「ごもっとも」
俺は頷いた。
浴室の換気扇は、単に空気を動かせばいいわけではない。
湿気を外へ逃がし、浴室の木材や建材を長持ちさせる必要がある。
台所の換気扇も同様だ。
調理中の蒸気や臭いを排出し、できればコンロ付近から効率よく空気を吸い込めるようにしたい。
ただし、外へ空気を出すだけでは不十分だ。
排出した分だけ、どこかから新しい空気が入ってこなければならない。
「給気口も考えないとな」
「空気の入口ですね」
「ああ。換気扇だけ強くしても、空気が入ってこなければうまく流れないからな」
「窓や壁の一部に給気口を設ける方法が考えられますね」
「それでいこう。虫が入らないように網も付けたい」
「分かりました。設計に追加しておきます」
蝉丸が紙に書き込んでいく。
よし。
これで台所と浴室の換気設備についても、計画に入れることができた。
あとは、実際にどうやって作るかだ。
魔石の魔力を使って羽根を回転させる。
言葉にすれば簡単だが、安定して動かすには試行錯誤が必要になるだろう。
魔導コンロと同じように、いきなり完成品を作ろうとせず、小さな試作品から始めるのがよさそうだ。
「まずは浴槽の相談に行こう」
「はい!」
唯衣が元気よく返事をした。
こうして、俺たちは村の職人ロドルフさんの工房へ向かうことになった。
◇ ◇ ◇
「浴槽、ですか?」
ロドルフさんは、俺の説明を聞いて首を傾げた。
木材を削る道具や、大小さまざまな桶が並ぶ工房。
壁際には樽も置かれている。
その中で、ロドルフさんは腕を組み、考え込んでいた。
「ええ。人が中に入って、温かい湯に浸かれるくらいの大きさです」
「なるほど……」
ロドルフさんは、近くに置いてあった大きな桶を指差した。
「このくらいでは小さいですか?」
「そうですね。もう少し深さが欲しいです」
俺は手振りを交えながら説明する。
「座ったときに、肩のあたりまで湯に浸かれるくらい。できれば大人が一人、ゆったり入れる大きさが理想です」
「肩まで……」
ロドルフさんが目を丸くした。
「それほど大量の湯を入れるのですか?」
「はい」
「……なるほど。確かに、今まで作った桶とは用途が違いますな」
この世界にも風呂そのものは存在するらしい。
ただ、俺たちが求めているような、湯船にたっぷり湯を張って浸かる形式は一般的ではない。
少なくとも、この村では馴染みがないようだった。
「板を組み合わせて、外側を金属の輪で締める形なら作れそうですが……」
ロドルフさんが考えながら言う。
「問題は、湯を張ったときに板がどれほど膨らむか、そして隙間から漏れないかですな」
「やっぱり、そこですよね」
「ええ。普通の樽なら、多少の水漏れは木が水を吸うことで収まることもあります。ただ、大きな浴槽となると、強度も考えなければなりません」
蝉丸も頷いた。
「底の部分も大変そうですね。人が入ったときの重さに加えて、水の重量もありますから」
「そうですな」
ロドルフさんが頷く。
「底板を厚くし、支えを増やす必要がありそうです」
俺は浴槽の大きさを説明しながら、簡単な図を描いていく。
形は長方形ではなく、少し角を丸めたもの。
底は平らにし、外側に補強材を入れる。
浴槽の縁は、手を置いても痛くないように滑らかに仕上げてもらう。
「こんな感じでしょうか」
俺が紙を差し出す。
ロドルフさんはしばらく眺めてから、頷いた。
「形は分かりました。これなら、試作品を作ってみる価値はありそうです」
「本当ですか?」
「ええ。ただし、最初から完璧にできるとは限りません。まずは水を張って、漏れがないか確かめる必要があります」
「もちろんです」
「それから、湯を沸かす設備はどうされるのです?」
「そこも、これから相談しようと思っています」
俺は答えた。
「浴槽の中で直接火を使うのではなく、浴室の外で水を温めて、温かくなった水を浴槽へ送る仕組みにしたいんです」
「外で水を温めて、浴槽へ送る……?」
「はい。浴槽の近くに薪を燃やす設備を置いて、そこで水を温めます。それから、配管を通して浴槽へ送るつもりです」
ロドルフさんは、俺の説明を聞きながら図を見直した。
「なるほど。浴槽の中に火を入れずに済むわけですな」
「そういうことです。ただ、具体的な仕組みはまだ決めていません。釜や配管については、鍛冶屋さんにも相談するつもりです」
「分かりました。では、まず浴槽の寸法を決めましょう。湯を張った状態でどれだけの重さになるか分かれば、底や支えの構造も考えやすくなります」
「お願いします」
ロドルフさんは頷いた。
「まずは木材を選び、形を確かめながら試作してみましょう」
「ありがとうございます」
俺は深々と頭を下げた。
浴槽については、これで一歩前進だ。
◇ ◇ ◇
工房を出た俺たちは、次に鍛冶屋へ向かった。
目的は、湯を沸かすための釜と、配管に使う金属部品について相談することだ。
「いらっしゃい!」
鍛冶屋の中から、威勢のいい声が響いた。
グスタフさんだ。
太い腕に、広い肩。
いかにも力仕事が得意そうな体格をしている。
「今日は何の用だ?」
「相談したいことがありまして」
「相談?」
「はい。家に浴室を作ろうと思っているんです」
「浴室?」
グスタフさんが首を傾げた。
「それで、何を作ってほしいんだ?」
「まずは、薪で水を温めるための釜です。それから、温めた水を浴槽へ送るための配管も必要になります」
「……待て待て」
グスタフさんが片手を上げた。
「話がまだよく分からん。釜で水を温めるのは分かるが、どうやって浴槽へ送るつもりなんだ?」
「すみません。順番に説明します」
俺は作業台の空いている場所を借り、簡単な図を描いた。
まず、浴室の外に薪を燃やす釜を置く。
釜の中に水を通す部分を設け、火の熱で水を温める。
温めた水は配管を通して浴槽へ送る。
浴槽には別の給水管も用意し、必要に応じて水を足せるようにする。
「……つまり、釜で温めた水を、管を通して浴槽に入れるわけか」
「はい。今考えているのは、その方法です」
「釜から浴槽まで、水を押し出す力はどうする?」
「そこも検討中です。高低差を利用するか、必要ならポンプを使うか。実際の配置を見ながら決めたいと思っています」
グスタフさんは図を見つめた。
「なるほどな。だが、釜の中で水をどう温めるかによって、作り方が変わってくるぞ」
「そうですよね」
「それに、火を強くしすぎれば水が熱くなりすぎる。釜や配管が傷まないようにする必要もある」
「はい。そこも安全に使えるようにしたいです」
グスタフさんは腕を組んだ。
「まずは浴槽の大きさを決めて、必要な湯の量を出すことだな。それから釜の大きさや火力を考える。最初から適当に作るわけにはいかん」
「分かりました」
「配管も、熱い水を通して問題のない材料を使わなきゃならん。接続部分から漏れないようにする必要もある」
「そのあたりは、グスタフさんに相談しながら決めたいと思っています」
「よし。仕組みはまだ検討段階だが、必要なものは分かった。浴槽の寸法が決まったら、もう一度図を持ってこい」
「ありがとうございます」
やはり、専門家に相談するのが一番だ。
俺の知識だけで、すべてを作れるわけではない。
現代の知識が役立つ場面はある。
だが、実際に加工し、形にするには、この世界の職人たちの技術が必要になる。
「それと、釜を屋外に置くなら、煙の逃げ道も必要だな」
グスタフさんが続ける。
「薪を燃やすんだから、煙突を付けるか、煙が人や建物に向かわない場所へ排気する仕組みを考えたほうがいい。周囲の木材に熱が伝わりすぎないよう、釜の置き場所にも気をつけるんだ」
「はい。火災対策も含めて考えます」
「よし。安全に使えるものを作ろうじゃないか」
グスタフさんが豪快に笑った。
俺たちは鍛冶屋を後にした。
◇ ◇ ◇
家へ戻る道すがら、唯衣が嬉しそうに言った。
「お風呂、だんだん本当にできそうになってきましたね!」
「そうだな」
「木の浴槽に、薪で沸かしたお湯!」
「まだ試作品の段階だけどな」
「それでも楽しみです!」
唯衣は満面の笑みだ。
蝉丸も頷く。
「浴槽の寸法が決まれば、湯の量や釜の大きさも計算できます。配管の取り回しも考えやすくなりますね」
「そうだな。浴室の床や壁も作らないといけない」
「湿気対策も必要です」
「換気扇もな」
「台所用と浴室用、両方ですね」
「ああ。魔石でファンを回す仕組みを考えよう。ただ、最初から二つとも完成させるのは難しいだろうから、まずは小さな試作品を作ってみたい」
「分かりました。羽根を回転させる魔導回路を考えてみます」
「台所用はコンロ付近の蒸気や臭いを外へ出せるように。浴室用は湿気を逃がせるように、設置場所も考えないとな」
「排気口だけでなく、空気が入る場所も必要ですね」
「そうだ。給気口も忘れずに作ろう」
蝉丸が頷いた。
「それなら、浴室の設計と並行して換気扇の試作も進められそうです」
「よし。ひとつずつ進めよう」
俺は指を折って数えた。
浴槽。
浴室。
釜。
配管。
給水。
排水。
換気扇。
給気口。
安全対策。
「……考えることが多いな」
「でも、ひとつずつ解決すればいいんですよ」
唯衣が言った。
「台所だって、少しずつできてきてるじゃないですか」
「そうだな」
最初は、ただの土地だった。
テントを張って寝るところから始まった。
それが今では、四軒の家が建ち、台所の設備も形になりつつある。
この世界に来たときは、どうなることかと思った。
元の世界に帰れるかどうかも分からない。
日本に残してきた家族や生活のことを考えると、不安が消えたわけではない。
それでも。
今の俺たちは、ここで暮らすためのものを、自分たちの手で少しずつ作っている。
「……悪くないな」
俺は小さく呟いた。
「何がです?」
蝉丸が聞く。
「いや。こうやって、必要なものを自分たちで作っていく生活も」
「そうですね」
蝉丸も微笑んだ。
「大変ですけど、完成したときの達成感は大きいと思います」
「私は早く湯船に入りたいです!」
唯衣が勢いよく言った。
「……まあ、それが一番の目的だな」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
お風呂の完成までは、まだ時間がかかるだろう。
浴槽の試作。
釜の製作。
配管の設置。
浴室の施工。
換気扇の試作と設置。
そして、湯を張って安全を確かめる試験。
どれも欠かせない。
けれど――。
異世界で、温かい湯に浸かる日も、少しずつ近づいている。
俺は空を見上げた。
今日も、青空が広がっている。
「よし。まずは浴槽ができるのを待とう」
「はい!」
「その間に、換気扇の試作と浴室の設計も進めましょう」
「そうだな」
こうして。
俺たちの異世界スローライフは、次の段階へ進むことになった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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