第40話 水道計画と浄化槽! ……まずは土地の調査から
翌朝。
「よし。今日は土地の調査から始めよう」
朝食を終えた俺は、家の前で地面に広げた図面を見下ろしていた。
図面といっても、まだ簡単なものだ。
四軒の家。
井戸。
川。
そして、これから作る予定の貯水槽と浄化槽。
それぞれの位置を大まかに描いただけで、細かい寸法は決まっていない。
「水道を作るなら、まずは高低差を調べないとな」
「貯水槽を高い場所に置くためですね」
蝉丸が頷いた。
「はい。井戸から水を汲み上げて貯水槽にため、そこから各家へ流す。十分な高低差があれば、家ごとにポンプを動かさずに済みます」
「そういうこと」
もちろん、高い場所ならどこでもいいわけではない。
貯水槽そのものの重さに耐えられる地盤が必要だし、家までの距離が遠すぎても配管が長くなる。
水が流れるための高さも確保しなければならない。
考えることは多い。
だが、ここを適当に決めてしまうと、後から修正するのが大変になる。
「まずは、村の人に土地のことを聞いてみよう」
「私も行きます!」
唯衣が元気よく手を挙げた。
「じゃあ、唯衣は俺と一緒に地形を確認。蝉丸は図面と道具を頼む」
「分かりました」
こうして俺たちは、村の外れにある土地を歩き始めた。
◇ ◇ ◇
「この辺りなら、少し高くなっていますな」
案内してくれたのは、村長だった。
俺たちが水道設備を作りたいと相談すると、村長は快く協力してくれた。
「昔、ここに小さな倉庫を建てる話があったのですが、地面の具合を調べるところまでで終わりましてな」
「地面の具合、ですか?」
「ええ。場所によっては雨が降ると土がぬかるみます。重い物を置くなら、よく確かめたほうがよいでしょう」
「なるほど……」
俺は周囲を見渡した。
確かに、少し離れた場所には水が流れた跡がある。
雨が降ったときに、どこへ水が集まるのか。
地面が崩れやすい場所はないか。
そういった点も考えなければならない。
「貯水槽には、かなりの量の水をためる予定なんです」
「ほう。どのくらいですかな?」
「まだ決めていません。使う水の量を見積もってからですね」
四軒分の生活用水だ。
台所や洗い場で使う水だけでなく、将来的には風呂でも水を使う。
貯水槽が小さすぎれば、すぐに空になってしまう。
逆に大きくしすぎれば、設置するための土台も大がかりになる。
「まずは一日にどれくらい水を使うか、考えないとな」
「そうですね。使う場所ごとに、おおよその量を見積もりましょう」
蝉丸が図面に書き込む。
「それから、井戸から貯水槽までの距離も重要です。ポンプで水を上げる高さが大きくなるほど、必要な力も増えます」
「ポンプの性能も考えないといけないわけか」
「はい」
水道を作るといっても、管をつなげれば終わりではない。
水源から水をくみ上げ、ためて、必要な場所まで運ぶ。
その一つ一つに、仕組みと計算が必要になる。
「海斗さん、あそこはどうですか?」
唯衣が少し離れた場所を指差した。
そこは周囲より高く、見通しもいい。
「確かに高さは十分そうだな」
「でも、地面が少し柔らかいですね」
蝉丸が足元を確かめながら言った。
「このまま貯水槽を置くのは避けたほうがよさそうです」
「じゃあ、候補の一つとして記録しておこう。地盤をどう補強するかも含めて、あとで考えよう」
すぐに決めない。
それも大事なことだ。
◇ ◇ ◇
続いて、俺たちは浄化槽を設置する予定の場所へ向かった。
水道と同じくらい、いや、場合によってはそれ以上に重要なのが排水設備だ。
「浄化槽は、できるだけ家から近いほうが配管は短くて済みますね」
蝉丸が図面を見ながら言った。
「ただ、近すぎるのも困る」
「臭いや、点検・清掃のしやすさですね」
「そう。それに、井戸や川との位置関係も考えないといけない」
俺たちの計画では、台所や洗い場、これから作る風呂などから出る排水を、一つの浄化槽へ集める。
家ごとに別々の処理設備を作るつもりはない。
配管で排水を集め、浄化槽の中でまとめて処理する。
そして、スライムによる浄化が実用になるかを確かめたうえで、処理した水を川の下流へ流す。
もちろん、スライムを入れれば何でもきれいになると決まったわけではない。
浄化能力がどの程度あるのか。
どんな汚れに対応できるのか。
どれくらいの量を処理できるのか。
それらを確認してから、実際の排水を流す必要がある。
「浄化槽の容量も、使う水の量から考える必要がありますね」
「そうだな。水道ができれば、今より使う水の量も増えるだろうし」
「さらに、風呂を作れば一度に大量の水が流れます」
蝉丸が図面に書き足した。
「排水が集中したときにも、処理槽から水があふれない構造にしないといけません」
「流入量と処理能力の両方を考える必要があるわけか」
「はい」
俺は浄化槽の候補地を見回した。
ここなら家からの配管をまとめやすそうだ。
だが、実際に設置する前に、村の排水処理に詳しいガレスさんにも確認してもらいたい。
既存の処理方法と、どこが違うのか。
どのくらいの容量が必要なのか。
スライムを使うなら、どのような構造にすれば安全に管理できるのか。
専門的な部分は、詳しい人の意見を聞くべきだろう。
「あと、放流する場所も確認しておかないとな」
「川の下流ですね」
「ああ。井戸や村の水場に影響しない場所を選びたい」
浄化槽を作る場所だけでなく、その先まで考える必要がある。
排水は、浄化槽に入れたら消えてなくなるわけではないのだから。
◇ ◇ ◇
「おや、海斗さん。今日は何を調べているんです?」
村へ戻る途中、ダンさんと出会った。
井戸掘りや水汲みの設備に詳しい、頼りになる人だ。
「水道を作ろうと思いまして」
「水道?」
「井戸から水を汲み上げて、高い場所にある貯水槽へためるんです。そこから管を通して、各家へ水を送ろうと考えています」
「なるほど。水を運ぶ手間を減らすわけですな」
「そうです」
ダンさんは興味深そうに図面をのぞき込んだ。
「井戸の水を上まで運ぶなら、ポンプが必要でしょう。手押しのものよりも、もっと強い力が要るかもしれませんな」
「やっぱり、そうですよね」
「どのくらい高い場所まで上げるかで変わります。井戸の深さだけでなく、地面から貯水槽までの高さも関係しますぞ」
「その辺りを調べているところなんです」
俺は図面を見せた。
「それと、貯水槽に入れる前に、砂や砂利でろ過することも考えています」
「泥や小さなゴミを取り除くわけですな」
「はい。ただ、それだけで飲み水として安全になるわけではないので、まずは生活用水として使うつもりです」
「なるほど。そこは慎重に考えたほうがよろしいでしょう」
ダンさんは納得したように頷いた。
「設置場所が決まったら、井戸からの配管やポンプについて、一緒に考えましょう」
「ありがとうございます。助かります」
専門知識を持った人が協力してくれるのはありがたい。
俺が現代の仕組みを知っていても、この世界で使える材料や道具まで全部分かるわけではない。
だからこそ、村の人たちと相談しながら進める必要がある。
◇ ◇ ◇
昼過ぎ。
俺たちは家へ戻り、調査結果を整理した。
「貯水槽の候補地が二か所。浄化槽の候補地が一か所」
蝉丸がまとめた紙を机に置く。
「それから、井戸から貯水槽までの距離と高低差を測り直す必要があります」
「浄化槽については、ガレスさんに相談だな。スライムの試験結果も見せて、どこまで分かっているか説明しよう」
「はい。現時点では、泥水の実験で明確な浄化効果は確認できていません。生活排水を流す前に、もっと小規模な試験が必要です」
「その通り」
焦る必要はない。
水道も排水設備も、一度作ってしまえば長く使うものだ。
後から問題が見つかれば、修理にも手間がかかる。
「台所の設計も進めたいですね」
唯衣が図面をのぞき込む。
「流し台があって、食器を洗えて、食材を切る場所もあって……」
「魔導コンロも忘れずに」
「もちろんです!」
唯衣が笑った。
「料理がもっと楽になるといいですね」
「そのためにも、まずは水道と排水の仕組みを固めないとな」
俺は机の上に広がった図面を見た。
水を運ぶ。
使った水を集める。
浄化槽で処理する。
安全性を確認したうえで、川の下流へ流す。
その流れがきちんと機能してこそ、家の中で水を使う生活が成り立つ。
台所も、風呂も、便利な設備だけを作ればいいわけではない。
家全体の仕組みとして考える必要があるのだ。
「よし。明日はガレスさんに浄化槽の相談をして、それから水道の設置場所をもう少し詳しく調べよう」
「分かりました」
蝉丸が頷く。
「私も手伝います!」
唯衣も元気よく答えた。
俺たちの家造りは、まだまだ続く。
けれど、少しずつ形は見えてきた。
水を運ぶ仕組み。
使った水を処理する仕組み。
そして、快適に料理をするための台所。
どれも、今の生活を一段階上へ進めるために必要なものだ。
「……さて」
俺は立ち上がった。
「明日も頑張りますか」
異世界でのスローライフ。
それは、何もしないでのんびり過ごす生活ではないらしい。
快適な暮らしを手に入れるために、今日も俺たちは頭と手を動かすのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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