第39話 快適な暮らしを目指して! ……水道にキッチン、魔導コンロまで作ろう
翌朝。
俺は家の外に出ると、昨日から続けている実験の様子を確認した。
並んでいるのは、同じ量の泥水を入れた三つの透明な容器だ。
一つ目にはプルル。
二つ目にはブルル。
三つ目には、何も入れていない。
「……見た目は、そんなに変わらないか」
容器を持ち上げ、光にかざしてみる。
どれも水中に細かな泥が漂っている。ただ、底の方には少しずつ泥が沈殿し始めていた。
「スライムが泥を食べてくれる、というわけではなさそうですね」
蝉丸が記録用の紙を見ながら言った。
「少なくとも、今の実験だけでは判断できないな」
「何も入れていない容器でも、泥は沈んでいますからね」
俺は三つの容器を並べ直した。
スライムに水をきれいにする能力があるのなら、生活排水の処理にも役立つかもしれない。
だが、期待していることと、実際にできることは別だ。
「もう少し条件を変えて試してみよう。泥の量を変えたり、スライムを入れておく時間を変えたり」
「分かりました。変化を記録して、比較できるようにしておきます」
「頼む」
今すぐ答えを出す必要はない。
大事なのは、実際に使えるかどうかを確かめることだ。
そんなことを考えていると、唯衣が家の中から顔を出した。
「海斗さん、朝ご飯できましたよ!」
「おう、ありがとう」
「今日は昨日の残りを温めただけですけどね」
「十分だよ」
食事を済ませたら、今日もやることが山ほどある。
何しろ、俺たちの目標はただ家を建てることではない。
日本にいた頃に近い、快適な生活環境をこの世界で作ることなのだから。
◇ ◇ ◇
「まずは、水道をどうするかだな」
朝食を終えた俺たちは、家の前に集まっていた。
井戸はすでに掘ってある。
手押しポンプも使えるようになっている。
だが、毎回井戸まで水を汲みに行く生活は、できれば避けたい。
「水を家まで運ぶんじゃなくて、家の中で使えるようにしたいんですよね?」
唯衣が聞く。
「そう。台所でも、洗い場でも、蛇口をひねれば水が出る。そういう生活にしたい」
「便利そうですね」
蝉丸が頷いた。
「問題は、どうやって水を運ぶかです」
「そこはポンプを使う」
俺は地面に簡単な図を描いた。
「まず、井戸の水をポンプで高い場所まで汲み上げる」
図の上の方に、大きな四角を描く。
「ここに貯水槽を置くんだ」
「高い場所に水をためておくんですか?」
「そう。水を使うたびにポンプを動かすんじゃなくて、いったん高い場所にためておく」
そして、貯水槽から家へ向けて配管を延ばす。
高い位置にある水は、重力によって低い場所へ流れていく。
つまり、貯水槽に十分な高さがあれば、各家へ水を送れるはずだ。
「なるほど。水を汲み上げるときだけ動力が必要で、あとは高低差を利用するわけですね」
「そういうこと」
「それなら、家ごとにポンプを設置する必要もありませんね」
「そう。設備を共有できれば、材料も節約できる」
ただし、貯水槽を置く場所は慎重に決めなければならない。
高ければいいというものでもない。
地面が柔らかい場所に設置すれば、重さで傾いたり、最悪の場合は倒れたりする。
水は見た目以上に重い。
容量が大きくなれば、それだけ土台にも強度が必要になる。
「まずは土地の高低差を調べよう。貯水槽を置ける場所があるか、村の人にも相談したい」
「分かりました。配管の長さも測っておきます」
蝉丸が頷いた。
「それから、井戸の水をそのまま貯水槽へ入れるのではなく、途中にろ過装置を設けたい」
「ろ過装置?」
唯衣が首を傾げる。
「砂や砂利を使って、水に混じっている細かな泥やゴミを取り除くんだ」
「それだけで飲める水になるんですか?」
「いや、そこは別の話だ」
俺は首を振った。
「砂や砂利で取り除けるのは、主に目に見える汚れや細かな粒子だ。飲み水として安全かどうかは、それだけじゃ判断できない」
ろ過した水に有害な物質や病原体が残っている可能性もある。
だから、まずは生活用水として使えるかを確認する。
飲み水にするなら、別途、安全性を確かめる必要があるだろう。
「貯水槽には蓋をして、虫や小動物が入らないようにもしたいな。ろ過材を交換したり、槽の中を掃除したりできる構造も必要だ」
「思ったより考えることが多いですね」
「水は毎日使うものだからな」
便利さだけを優先して、衛生面をおろそかにするわけにはいかない。
それに、せっかく作るなら長く使える設備にしたい。
◇ ◇ ◇
「次は、排水ですね」
蝉丸が別の紙を広げた。
「水を家まで送れるようになったら、今度は使った水をどうするか、という問題が出てきます」
「それは、浄化槽にまとめて集めるつもりだ」
俺は地面に家を四軒描き、その近くに大きな箱を描いた。
「台所や洗い場、これから作る風呂。それぞれから出る排水を配管で集めて、この浄化槽へ送る」
「全部まとめて、ですか?」
「そう。家ごとに別々の処理設備を作るんじゃない。排水は基本的に一か所へ集めて、まとめて処理する」
排水の種類によって、汚れの量や成分は違う。
台所からは食べかすや油分が出る。
風呂からは皮脂や石鹸などが混じった水が出る。
洗い場からも、汚れや洗剤が流れてくる。
だからといって、それぞれを別々に処理する設備を作る必要はない。
浄化槽に集める前に、大きな食べかすなどを取り除き、油分が大量に流れ込まないようにする。
そのうえで、排水をまとめて浄化する仕組みにすればいい。
「そして、その浄化槽でスライムを使う」
俺は浄化槽の横に、丸い生き物の絵を描いた。
「プルルたちの浄化能力が使えれば、排水処理の助けになるかもしれない」
「ただし、まだ能力は確認できていませんね」
「その通り。泥水の実験では、はっきりした違いは出なかった。だから、いきなり生活排水を流し込むのは危険だ」
まずは小規模な実験で、スライムがどんな汚れに反応するのか、どれくらいの量を処理できるのかを調べる。
処理した水についても、見た目がきれいになっただけで安全だと決めつけてはいけない。
「それで、浄化ができた水は?」
唯衣が尋ねる。
「川の下流へ流す予定だ」
「下流なら、上流の井戸や村の水場から離せますね」
「そう。ただし、放流する場所も考えないといけない。水が逆流したり、川岸が崩れたりしない場所を選ぶ必要がある」
川の上流へ戻ってしまえば、せっかく浄化した意味がなくなる。
井戸や畑に影響が出るような場所も避けたい。
浄化槽の大きさも、四軒分の排水を処理できる容量にしなければならない。
「まずはガレスさんに相談だな。村の排水処理に詳しい人だから、浄化槽の構造や放流場所について意見を聞こう」
「分かりました」
蝉丸が図に注釈を書き加える。
「配管は、骨材や魔物の外殻を使えるかもしれません。ただ、強度や水漏れ、腐食のような変化を確認する必要があります」
「そうだな。水を通すものだから、使えると決めつけずに試験しよう」
新しい設備を作るたびに、問題は出てくる。
だが、ひとつずつ確かめていけばいい。
◇ ◇ ◇
「それから、台所も何とかしたいな」
俺は家の中を見回した。
今の調理場所は、必要最低限のものしかない。
食材を切る台。
鍋や道具を置く棚。
あとは調理するための場所。
これから先もここで暮らすなら、もっと使いやすくしたい。
「作業台と流し台、それに食器や調理器具をしまう棚が欲しいですね」
唯衣が楽しそうに言う。
「調理台の高さも、使う人に合わせて決めたいですね」
蝉丸も意見を出す。
「流し台には給水管をつないで、使った水は排水管から浄化槽へ送る。ここは他の排水と同じ仕組みにする」
「なるほど。水を使う場所を増やしても、排水先はひとつなんですね」
「そういうこと」
台所だけ別の排水設備を作るのではなく、家の中の配管を通して、共通の浄化槽へ送る。
これなら設備の管理もしやすい。
ただし、食べかすや油をそのまま流さないよう、流し台には取り外して掃除できる受け皿を付けたい。
浄化槽に余計な負担をかけないためにも、入口でできることはやっておくべきだろう。
「それと、調理に使う熱源も新しくしたい」
「今の火を使う方法では駄目なんですか?」
唯衣が尋ねる。
「料理はできるけど、火加減を調整しにくいし、室内で使うなら安全面も考えないといけない。できれば魔石を使った魔導コンロを作りたい」
魔石の魔力を熱に変える。
火力を調整できれば、煮込み料理も炒め物も作りやすくなるはずだ。
ただし、魔石の力をどうやって熱に変えるかは、この世界の技術に関わる部分だ。
俺のスキルで現代の調理器具や加熱装置の仕組みを調べることはできても、魔石や魔法陣の性質まで自動的に分かるわけではない。
「そこは蝉丸の錬金術が頼りだな」
「任せてください。魔石から熱を取り出す仕組みを、小さな装置から試してみましょう」
「最初からコンロを完成させようとせず、まずは小さな加熱器で実験するわけですね」
「はい。どの程度の熱が出るのか、魔石をどれくらい消費するのか。それから、装置が過熱しないかも確認します」
「よし。それでいこう」
最初から大きなものを作る必要はない。
小さな装置で安全に動くことを確かめてから、調理に使える大きさへ改良していけばいい。
◇ ◇ ◇
「あと、換気も必要だな」
俺は天井と壁を見上げた。
「魔導コンロなら薪を燃やす煙は出ないとしても、料理のにおいや油を含んだ蒸気は出る。室内にこもらないようにしたい」
「換気扇を作るんですか?」
「そう。魔石でファンを回せれば、空気を外へ送り出せるはずだ」
魔導コンロが魔力を熱に変える装置だとすれば、換気扇は魔力を回転運動に変える装置になる。
同じ魔石を使うにしても、必要な仕組みは別だ。
「排気口には雨や虫が入らないような工夫も必要ですね」
蝉丸が言った。
「それに、外へ空気を出すなら、室内に新しい空気が入る経路も必要です。完全に密閉した部屋では、うまく換気できません」
「なるほど。窓も含めて考えよう」
換気扇が完成するまでは、窓を開けて換気する。
魔導コンロも換気扇も、作って終わりではない。
実際に使ってみて、熱のこもり方や空気の流れを確かめる必要がある。
「水道に浄化槽、台所に魔導コンロ、換気扇……」
俺は指を折って数えた。
「考えることが多いな」
「でも、ひとつずつ完成させれば、確実に暮らしやすくなります」
唯衣が笑った。
「私、家の中で料理できるようになるのが楽しみです」
「俺もだよ」
外で火を使って料理する生活も悪くはない。
でも、雨の日や寒い日にも快適に調理できるなら、その方がいい。
それに、きちんとした水道と排水処理が整えば、食器を洗うのも楽になる。
毎日の小さな手間が減るだけでも、生活は大きく変わるはずだ。
◇ ◇ ◇
「まずは、地形と配管の計画からですね」
蝉丸が図面をまとめた。
「貯水槽を置ける場所、井戸からの距離、各家への配管。それから浄化槽の位置と、川の下流にある放流候補地を調べます」
「浄化槽のことはガレスさんに相談。水の設備はダンさんにも見てもらおう」
「はい。魔導コンロと換気扇は、僕が錬金術で試作品を作ります」
「俺は必要な情報を調べて、設計を手伝うよ」
俺のスキルは、知識を探すためのものだ。
だが、調べた知識をこの世界で形にするには、材料も技術も協力してくれる仲間も必要になる。
インターネットで見つけた仕組みを、そのまま持ち込めるとは限らない。
だからこそ、実際に作り、試し、問題があれば直す。
それを繰り返すしかない。
「……よし。明日から、まずは地形の確認と水道の計画を進めよう」
「はい!」
唯衣が元気よく返事をした。
蝉丸も図面を抱えて頷く。
やることは多い。
けれど、目指す方向ははっきりしている。
水を汲む手間を減らす。
使った水は浄化槽へ集め、スライムによる浄化を試しながら、安全に処理する。
台所を整え、魔導コンロと換気扇を作る。
どれも、快適な暮らしには欠かせないものだ。
「せっかく異世界に来たんだ」
俺は、これから設備を作っていく家を見渡した。
「ただ住めるだけじゃなくて、ちゃんと暮らしやすい家にしよう」
「賛成です!」
「僕も協力します」
三人で頷き合う。
異世界でのスローライフは、まだ始まったばかり。
そして俺たちは、その暮らしを自分たちの手で作り上げていくのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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