第38話 スライムの能力を調べよう! ……水がきれいになったのは誰のおかげ?
「さて、と……まずは何から始めるか」
翌朝。
俺は作業台の上に並べた道具を眺めながら、腕を組んでいた。
木製の容器が三つ。
その隣には、同じ量の水を入れた瓶が四本。
さらに、昨日森から持ち帰った魔物の骨とロックビートルの外殻。
そして――。
「ぷるっ!」
「ぶるっ!」
「ぐるっ!」
三匹のスライムが、俺たちの足元で元気よく跳ねていた。
「……名前だけ聞くと、掛け声みたいですね」
蝉丸が眼鏡を押し上げる。
「いいじゃない! 覚えやすいでしょ?」
唯衣が胸を張った。
「プルル、ブルル、グルル! ほら、可愛い!」
「まあ、確かに覚えやすいな」
「海斗さんまで!」
「褒めてるんだぞ?」
「本当かなぁ……」
唯衣は少し疑わしそうな顔をしたが、すぐに三匹へ視線を戻した。
その表情は、すっかり飼い主のものだった。
ただし、俺たちが今日やろうとしているのは、単なるスライムとの触れ合いではない。
目的は、浄化槽の実験だ。
スライムが泥や汚れに対して何らかの働きを持っているのか。
もしそうなら、どんな条件で、どの程度の効果があるのか。
それを確かめたい。
もちろん、現時点では何も分かっていない。
「まずは、比較できるように条件をそろえましょう」
蝉丸が作業台に紙を広げた。
「水の量、泥の量、観察する時間。それぞれ同じにします」
「三匹を別々の容器に入れて、反応を見るんだな?」
「はい。それと、スライムを入れない容器も用意します」
「それが比較用か」
「そうです。スライムを入れた容器だけ変化しても、自然に泥が沈んだだけという可能性がありますから」
「なるほどな」
さすが蝉丸。
こういうとき、本当に頼りになる。
「じゃあ、泥水を使おう。昨日と同じように、川辺の土を少し混ぜるんだ」
「はい。ただし、今回は泥の量もそろえます」
俺たちは川辺から持ち帰っておいた土を水に混ぜ、四つの容器へ同じ量ずつ分けた。
一つは比較用。
残り三つは、それぞれのスライム用だ。
ただし、スライムを直接泥水へ放り込むわけではない。
まずは容器の中に小さな仕切りを設け、スライムが水に触れられる状態と、触れられない状態を作れるようにした。
スライムが泥を取り込むのか。
水に何か作用するのか。
あるいは、そもそも何の変化も起こさないのか。
少しでも原因を絞り込むためだ。
「では、始めましょう」
蝉丸が記録用の紙を持つ。
「プルル、お願いね」
「ぷるっ!」
唯衣が声を掛けると、プルルは容器のそばへ移動した。
ブルルは少し離れた場所で、ぷよぷよと身体を揺らしている。
グルルはというと――。
「ぐるっ!」
「……グルル、そっちは実験用じゃないぞ」
俺が指摘すると、グルルはぴたりと止まった。
そのまま、ゆっくりと向きを変える。
「……分かってるのかな?」
「たぶん、海斗さんの声に反応しただけじゃないですか?」
蝉丸が冷静に答えた。
「ですよね」
「唯衣ちゃん、今のは『分かった』じゃなくて『何か呼ばれた』くらいだと思うぞ」
慎之助さんが笑う。
「そんなことないよ! ねえ、グルル?」
「ぐるっ!」
「ほら!」
「……都合よく解釈してないか?」
「してません!」
実験を始める前から、いつもの調子だった。
だが、こういう時間も悪くない。
異世界に来てから、俺たちはずっと生活の基盤を整えている。
水を確保し、家を建て、トイレを作り、排水の問題を考える。
どれも地味な作業だ。
けれど、毎日の暮らしに直結する大事なことでもある。
せっかくなら、焦らず確実に進めたい。
◇ ◇ ◇
「……一時間経ちましたね」
蝉丸が時計を確認した。
俺たちは四つの容器を並べ、順番に状態を確認する。
まずは比較用。
泥は少しずつ底へ沈み始めていた。
水面近くは、最初よりわずかに透明に見える。
「次はプルルの容器だな」
覗き込む。
「……ん?」
確かに、こちらも泥が底に集まっている。
ただ、比較用との差は――。
「分からんな」
「そうですね」
蝉丸も頷いた。
続いてブルル。
こちらも、泥が底へ沈んでいる。
最後にグルル。
やはり、同じような状態だった。
「三匹とも、見た目は大差ないね」
唯衣が少し残念そうに言う。
「まだ一時間だからな。これだけで判断するのは早い」
俺はそう答えた。
水の濁り方には、土の種類や粒の大きさも関係する。
時間が経てば、スライムがいなくても泥は沈む。
だからこそ、比較用の容器が必要なのだ。
「それに、見た目だけでは分からない変化もあるかもしれません」
蝉丸が記録を続ける。
「例えば、泥の沈み方が少し違うとか、スライムの身体に変化があるとか」
「なるほど。じゃあ、そっちも観察しよう」
俺たちは容器の外側から、三匹の様子を確認した。
プルルは、いつもどおり丸い身体を保っている。
ブルルは時々、表面を小さく震わせていた。
グルルは容器の隅へ移動して、じっと動かなくなった。
「グルル、どうしたの?」
唯衣が心配そうに声を掛ける。
グルルは少しだけ身体を揺らした。
「具合が悪いのかな?」
「今の段階では、何とも言えないな」
俺は容器を軽く確認した。
温度も、置き場所も、ほかの容器とほぼ同じ。
ただ、グルルが何を感じているのかまでは分からない。
「無理はさせないようにしましょう」
蝉丸が言った。
「反応が気になるなら、いったん仕切りを外して、休ませてもいいと思います」
「そうだな。今日はここまでにしよう」
「えっ、もう?」
唯衣がこちらを見る。
「実験は逃げないからな。それに、スライムたちは道具じゃない。嫌がっている様子があれば、無理に続ける必要はないだろ」
「……うん。そうだね」
唯衣は頷き、グルルの容器のそばへしゃがんだ。
「グルル、疲れちゃった?」
「ぐる……」
小さな身体が、ぽよんと揺れる。
「じゃあ、今日は休もうね」
唯衣は仕切りを外し、三匹が落ち着ける場所へ容器を移した。
俺たちは実験結果を記録し、泥水は排水に流さず、土と水を分けて処理することにした。
こういう細かいところも大事だ。
まだ何も分かっていない段階で、適当に捨てるわけにはいかない。
◇ ◇ ◇
「さて、次は素材の試験だな」
午後。
スライムたちが休んでいる間に、俺たちは作業台を片付け、昨日持ち帰った素材を並べ直した。
灰色狼の骨。
ホーンラットの骨。
ロックビートルの外殻。
どれも、この世界ならではの材料だ。
「まずは骨の管ですね」
蝉丸が短い管状に加工した試作品を手に取った。
昨日、水を通す簡単な試験をしたものだ。
そのときは目立った漏れがなかった。
しかし――。
「短時間で漏れなかったからといって、長く使えるとは限りません」
「だよな」
水が染み込むかもしれない。
時間が経つとひびが入るかもしれない。
接合部分が弱くなる可能性もある。
「それに、魔物の素材ですからね。普通の骨と同じ性質とは限りません」
「魔力の影響もあるかもしれない、ってことか」
「はい。そこは慎重に調べたいです」
俺たちはまず、骨の管に少量の水を通し、接合部や表面に変化がないか確認した。
続いて、同じ形に加工した別の試作品を用意する。
こちらは蝉丸が錬金術で処理したものだ。
「未処理のものと、処理したもの。両方を比較するわけだな」
「そうです。処理した方が丈夫になるのか、それとも別の性質が出るのか。調べてみないと分かりません」
試作品を布の上へ並べ、一定時間ごとに表面を確認する。
今のところ、どちらにも目立った変化はない。
「……地味だな」
慎之助さんが呟いた。
「こういうのは地味なものですよ」
「いや、もっとこう、錬金術で光り輝くとか!」
「光ったら成功なんですか?」
「成功っぽいだろ!」
「見た目で判断しないでください」
蝉丸の正論に、慎之助さんが肩を落とす。
「夢がないなぁ」
「夢より、漏れない管が欲しいんです」
「それはそう」
即座に納得した。
次はロックビートルの外殻だ。
こちらは板状の部分を切り出し、容器の蓋や接続部に使えないか試す予定だった。
外殻は硬い。
しかし、硬いからといって建材に向いているとは限らない。
衝撃で割れるかもしれないし、加工した断面から水が染み込むかもしれない。
「まずは小さな部品にして、力を加えてみましょう」
蝉丸が言った。
「いきなり大きな設備に使うのは危険です」
「同感だ」
俺は頷いた。
小さく試す。
記録する。
問題があれば原因を考える。
それを繰り返すしかない。
便利な設備を作りたいからといって、手順を飛ばしていいわけじゃないのだ。
◇ ◇ ◇
夕方。
俺たちは、今日の実験結果をまとめていた。
スライムの泥水実験では、三匹とも泥が沈んだものの、比較用の容器との差ははっきりしなかった。
つまり、浄化能力があるとはまだ言えない。
骨の管も、短時間の試験では問題が見つからなかっただけだ。
長期間の耐久性は不明。
ロックビートルの外殻についても、加工しやすさや強度を、もう少し調べる必要がある。
「……一日かけて、分かったことが少ないですね」
蝉丸が記録用の紙を眺める。
「いや、そうでもないさ」
俺は答えた。
「少なくとも、今の段階ではスライムの力を当てにできないことが分かった。素材も、すぐに使えると決めつけない方がいい」
「……確かに」
「分からないことが分かっただけでも、前進だろ」
俺は三匹の方へ目を向けた。
プルルは唯衣の膝元で、ぷよぷよと身体を揺らしている。
ブルルはその隣。
グルルは少し離れたところで、ゆっくりと跳ねていた。
「ぷるっ!」
「ぶるっ!」
「ぐるっ!」
「ふふっ。みんな元気になったみたい!」
唯衣が嬉しそうに笑う。
その様子を見て、ペローも小さく口元を緩めた。
「無理をさせずに調べる。それが一番だろうな」
「そうですね」
俺は頷いた。
浄化槽が完成するまでには、まだ時間がかかりそうだ。
素材の性質も、スライムの能力も、未知の部分ばかり。
それでも、一つずつ確かめていけば、いつか答えにたどり着けるはずだ。
――そのとき。
「……あれ?」
唯衣が、グルルを見て首を傾げた。
「どうした?」
「グルル、さっきより少し大きくなってない?」
「え?」
俺たちは一斉にグルルを見る。
……確かに。
ほんのわずかだが、朝より身体が大きくなったように見える。
「餌を食べたからでしょうか?」
蝉丸が記録を確認する。
「ただ、食べた量はプルルやブルルと大きく違わないはずです」
「じゃあ、実験の影響か?」
「それも分かりません。時間経過や、ほかの要因も考えられます」
蝉丸はすぐに断定せず、グルルの大きさを測って記録した。
明日も同じように測れば、変化が続いているかどうか確認できる。
「グルル、成長してるのかな?」
唯衣が期待を込めた目で尋ねる。
「その可能性はある。でも、今はまだ何とも言えないな」
「そっかぁ……」
唯衣は少し残念そうにしながらも、グルルを優しく撫でた。
「でも、元気ならいいよね!」
「ぐるっ!」
グルルが跳ねる。
その姿を見て、俺は小さく笑った。
浄化槽の完成には、まだまだ試行錯誤が必要だ。
けれど、焦る必要はない。
この世界での暮らしは、これから何年も続いていくのだから。
まずは安全に。
確実に。
俺たちにできることから進めていこう。
……ただし。
「海斗さん!」
「ん?」
「明日は、スライムたちのお友達探しもしたい!」
「……そっちもやるのか?」
「もちろん!」
唯衣は元気よく手を挙げた。
「まだテイムできる枠が二匹分あるんだもん!」
「そうだったな……」
俺は森の方角を見た。
スライムの能力を調べること。
浄化槽の素材を試すこと。
そして、新しい仲間を探すこと。
どうやら明日も、のんびりしている暇はなさそうだ。
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