第37話 スライム探し再び! ……プルルのお友達は見つかるのか?
浄化槽づくりに必要な魔物素材を集め、配管の試作品も完成した。
だが、まだ肝心な問題が残っている。
スライムによる浄化作用だ。
プルルが泥水の実験で泥を集めたことはあるものの、それが排水の処理に役立つかどうかは分からない。
そもそも、一匹だけで十分な働きができるのかも不明だ。
「……やっぱり、仲間を増やしたいよな」
朝食を終えた俺は、作業台の上に置いた図面を眺めながら呟いた。
「そうですね。仮にプルルに浄化作用があるとしても、一匹で家全体の排水を処理するのは難しいかもしれません」
蝉丸が頷く。
「ただ、数を増やせば必ず処理能力が上がるとも限りません。個体ごとに能力が違う可能性もありますし、複数のスライムを同じ槽に入れたときにどうなるかも分かりません」
「結局、実験するしかないってことか」
「はい。まずは仲間を増やして、性質を比較するところからでしょうね」
俺は唯衣に視線を向けた。
「というわけで、今日はスライム探しだ」
「うん!」
唯衣は待ってましたと言わんばかりに頷いた。
「プルルとブルルのお友達を探すんだよね!」
「そう。ただし、今の唯衣がテイムできるのは、全部で五匹までだ」
「今はプルルとブルルの二匹だから……」
唯衣は指を折って数えた。
「あと三匹だね!」
「そういうことだ」
「十匹くらい仲間にできたら、もっと実験の幅が広がると思ったんだけどなぁ」
「それはレベルが上がってから考えよう」
「はーい!」
返事だけは元気だ。
……まあ、本人が楽しそうならいいか。
「俺も行こう」
慎之助が椅子から立ち上がった。
「危険察知もあるし、森の中では役に立つだろう」
「ありがとうございます」
「それに、スライムが何か変わったものを食べるなら、酒造りの参考になるかもしれん」
「どうしてそこに酒が出てくるんですか?」
蝉丸が呆れた顔をした。
「未知の生物を調べるのは大事だろ?」
「目的が違う気がしますけど……」
「気にするな、蝉丸。慎之助さんはいつも通りだ」
「海斗君、それは褒めてるのか?」
「さあ?」
「おい!」
そんなやり取りをしていると、入口からペローが顔を出した。
「準備はできたか?」
「ああ。今日も案内を頼む」
「分かった。スライムなら、水辺や湿った場所で見かけることがある。ただし、種類によって生息場所が違う。必ず見つかるとは限らないぞ」
「見つからなくても、場所が分かれば十分だ」
「そうか。なら、行こう」
こうして俺たちは、プルルとブルルを連れて森へ向かうことになった。
◇ ◇ ◇
村の外れを抜け、森へ続く道を歩く。
昨日、魔物素材を探した場所よりも、今日は少し水辺を中心に回る予定だ。
「この先に、小さな沢がある。雨のあとには水がたまる場所もできるから、スライムがいるならその辺りかもしれない」
ペローが先頭を歩きながら説明してくれた。
「スライムって、やっぱり水が好きなの?」
唯衣が尋ねる。
「種類によるな。湿った場所を好むものもいれば、洞窟や森の奥にいるものもいる。水辺にいるからといって、水を浄化する能力があるとは限らない」
「そっか……」
唯衣は腕の中のプルルを見た。
「プルルはどうなんだろう?」
「それを調べるためにも、まずは観察だな」
俺は答えた。
「見つけたスライムが仲間になってくれるかどうかも分からないし、能力も一匹ずつ確かめないと」
「うん。無理やり仲間にするつもりはないよ」
唯衣は真面目な顔で頷いた。
「プルルもブルルも、私のところに来てくれたんだもん。新しい子たちも、ちゃんと様子を見てから決める」
「それなら安心だ」
俺が笑うと、唯衣も笑顔を返した。
やがて、木々の間から水の流れる音が聞こえてきた。
「この先だ」
ペローが手で合図をする。
俺たちは足元に注意しながら、ゆっくり沢へ近づいた。
透明な水が、石の間を流れている。
周囲には苔が生え、湿った土の上には小さな草が広がっていた。
「……おお」
唯衣が目を輝かせた。
「こういう場所、スライムがいそう!」
「声が大きいぞ。驚かせないようにな」
「分かってるって」
唯衣は声を潜めた。
俺たちは沢の周辺を、少し距離を保ちながら調べ始めた。
石の裏。
倒木の陰。
水がたまった窪み。
湿った落ち葉の下。
しかし、なかなかスライムは見つからない。
「いないな……」
俺が呟くと、慎之助が周囲を見回した。
「危険な気配はないが、何かがいるような気配もないな」
「危険察知でスライムの存在まで分かるんですか?」
蝉丸が尋ねる。
「いや、そこまでは分からん。危険を感じるかどうかだけだ。小さな魔物がいるかどうかまでは、確実には判断できないな」
「なるほど」
蝉丸は納得したように頷いた。
そのときだった。
「……あっ!」
唯衣が小さく声を上げた。
「どうした?」
「見て、あそこ!」
唯衣が指差した先。
水辺の石の陰に、半透明の小さな塊があった。
ぷるん。
身体を揺らしながら、ゆっくり動いている。
「スライムだな」
ペローが頷いた。
「小型の個体だ。今のところ、こちらに気づいていないようだ」
「可愛い……!」
唯衣が思わず一歩踏み出す。
「唯衣、待て」
俺が声をかけると、唯衣はぴたりと止まった。
「あ、ごめん」
「まずは観察だ。どんな反応をするか分からないからな」
「うん」
俺たちは少し離れた場所から、スライムの様子を見守った。
そのスライムは、石の表面をゆっくり移動している。
ときどき身体を縮めたり、伸ばしたりしていた。
「プルルと似ていますね」
蝉丸が言った。
「でも、色が少し違うな」
プルルは透明感のある淡い色をしているが、目の前のスライムは青みがかって見えた。
「種類が違うのかもしれませんね」
「それなら、能力も違う可能性があるな」
俺は慎重に観察を続けた。
やがて、唯衣が小さな果実を取り出した。
「これ、食べるかな?」
「いきなり近づけるのか?」
「少し離れたところに置くだけだよ」
唯衣はそう言って、スライムから距離を取ったまま、果実を地面に置いた。
俺たちは動かずに様子を見る。
数分が経過した。
スライムは、ゆっくりと果実に近づいた。
そして――。
ぷるん。
身体の一部を伸ばし、果実に触れた。
「おお……」
慎之助が小声で感心する。
スライムは果実を包み込むように身体を広げ、少しずつ取り込んでいった。
「食べた……!」
唯衣の顔が輝く。
「プルルも果物を食べるから、同じような食性なのかな?」
「まだ一例だけどな」
俺は答えた。
「ただ、少なくとも、その果実には興味があるみたいだ」
食べ終わったスライムは、しばらくその場にとどまっていた。
逃げる様子もない。
唯衣は少し考えてから、ゆっくりと声をかけた。
「ねえ……。私たちと一緒に来ない?」
もちろん、人間の言葉が通じるかどうかは分からない。
それでも唯衣は、優しい声で話しかけた。
「ご飯もあげるし、危ないところに無理やり連れていったりしないよ」
スライムは、ぷるん、と身体を揺らした。
その動きが返事なのかどうかは分からない。
だが、少なくとも逃げようとはしていなかった。
「唯衣、テイムを試してみるか?」
「うん」
唯衣は目の前のスライムを見つめ、意識を集中させた。
しばらくして――。
「……あれ?」
「どうした?」
「何か、反応がある」
唯衣の表情が変わった。
「この子、私のことを警戒しているけど……嫌がってはいないみたい」
「それなら、もう少し様子を見るか?」
「ううん。今なら、気持ちが伝わりそうな気がする」
唯衣はスライムに手を伸ばした。
触れる直前で止め、相手の反応を確かめる。
スライムは逃げなかった。
唯衣がそっと触れる。
その瞬間、スライムの身体が淡く光った。
「……!」
俺たちは思わず息を呑んだ。
光はすぐに収まった。
目の前のスライムは、さっきと変わらない姿でそこにいる。
ただ、唯衣の顔にははっきりとした喜びが浮かんでいた。
「……成功した、と思う」
「本当か?」
「うん。従魔のところに、新しく表示が出た!」
唯衣は自分の状態を確認した。
「従魔数は三匹。上限五匹だから、あと二匹だね!」
「よかったな」
「うん!」
唯衣は新しく仲間になったスライムをそっと抱き上げた。
「これからよろしくね」
スライムは、ぷるん、と身体を揺らした。
「名前はどうするんだ?」
俺が尋ねると、唯衣は少し考え込んだ。
「うーん……。プルルとブルルの次だから、呼びやすい名前がいいな」
「安直に決めるなよ?」
「安直じゃないもん!」
唯衣は頬を膨らませた。
そして、新しいスライムをじっと見つめる。
「……グルル、ってどうかな?」
「プルル、ブルル、グルルか」
慎之助が笑った。
「並べると、なんだか呪文みたいだな」
「分かりやすいじゃないですか」
蝉丸も苦笑する。
「そうでしょ?」
唯衣は嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、今日からグルルね!」
グルルと名付けられたスライムは、唯衣の腕の中でぷるんと揺れた。
……気に入ったのだろうか。
それとも、単に身体が揺れただけなのだろうか。
まあ、名前を付けるのは唯衣だ。
本人が納得しているなら、それでいい。
◇ ◇ ◇
その後も、俺たちは沢の周辺を調べた。
だが、すぐに次のスライムが見つかるわけではなかった。
いくつか石を確認し、倒木の陰も調べたが、見つかったのは小さな虫や普通の水生生物ばかりだ。
「今日は一匹だけか」
俺が呟くと、ペローが頷いた。
「スライムはどこにでもいるわけじゃない。ここで見つかったのは運がよかった方だろう」
「そうか……」
「別の場所を探すなら、少し森の奥へ進む必要がある。ただ、今日は無理をしない方がいい」
ペローの言葉に、俺は頷いた。
無理をして危険な場所に入る必要はない。
今回の目的は、浄化槽に使えそうなスライムを探すこと。
焦って仲間を増やすより、安全に進める方が大切だ。
「今日はここまでにしよう」
「うん。グルルも来てくれたしね!」
唯衣は満足そうだった。
「でも、あと二匹かぁ……」
「まだ二匹もいる、と考えればいいだろ」
俺が言うと、唯衣は顔を上げた。
「そうだね!」
気持ちの切り替えが早い。
その前向きさは、見習いたいところだ。
俺たちは来た道を戻り始めた。
帰り道、唯衣はグルルに話しかけていた。
「ねえ、グルル。プルルとブルルと仲良くしてね」
グルルはぷるんと揺れる。
「それから、これからみんなで暮らすことになるかもしれないけど、嫌だったら無理しなくていいからね」
その言葉に、俺は少しだけ驚いた。
唯衣は、浄化槽の実験のためにスライムを集めようとしている。
だが、彼女にとってスライムは、ただの実験材料ではないのだ。
プルルも、ブルルも、そしてグルルも。
ちゃんと意思を持った仲間として接している。
だからこそ、無理やり従わせるのではなく、相手の様子を見ながら仲間になってもらおうとしているのだろう。
「……唯衣らしいな」
俺が呟くと、隣を歩いていたペローが頷いた。
「ああ。ああいうところは、いいと思う」
「だな」
ペローは前を歩く唯衣を見つめ、すぐに視線を逸らした。
……おや?
これは、もしかすると。
「海斗君」
後ろから慎之助が小声で話しかけてきた。
「何です?」
「若いっていいなぁ」
「またそれですか」
「いや、別に何も言ってないぞ?」
「顔に出てます」
蝉丸が苦笑する。
「そっとしておきましょう。二人のことは、本人たちに任せればいいんですから」
「そうだな」
俺は頷いた。
浄化槽づくりも、スライム探しも、まだ始まったばかりだ。
そして、唯衣とペローの関係も、まだこれから。
どちらも、焦らず一歩ずつ進めていけばいい。
◇ ◇ ◇
作業場所に戻ると、俺たちはプルル、ブルル、グルルの三匹を並べて観察することにした。
ただし、無理に同じ容器へ入れるようなことはしない。
まずは少し離れた場所に、それぞれが落ち着けるスペースを用意する。
「同じスライムでも、性質が違うかもしれませんからね」
蝉丸が言った。
「まずは食べ物への反応、動き方、泥水への反応を別々に観察しましょう。最初から一緒にすると、どの個体が何をしたのか分からなくなります」
「なるほど。比較実験ってわけだ」
「はい」
俺たちは記録用の紙を用意した。
プルル、ブルル、グルルの体色。
大きさ。
食べ物への反応。
泥水に対する反応。
そして、変わった動きがあれば、その都度記録する。
ただし、泥水が澄んで見えたとしても、それだけで浄化できたとは判断しない。
まずは、どんな変化が起きるのかを観察するところからだ。
「スライムが三匹になっただけでも、できることが増えましたね」
蝉丸が記録を見ながら言った。
「そうだな。まだ浄化槽に使えるかは分からないけど、少なくとも比較できる個体が増えた」
「これからあと二匹まで増やせれば、さらに違いが分かるかもしれません」
「よし。焦らず探していこう」
唯衣はプルル、ブルル、グルルを交互に見て、嬉しそうに笑った。
「みんな、仲良くしてね!」
プルルがぷるん。
ブルルもぷるん。
グルルもぷるん。
三匹が揃って揺れた。
「……おお!」
唯衣が目を輝かせる。
「今、三匹とも返事したよ!」
「偶然かもしれませんよ」
蝉丸が冷静に指摘した。
「そうかもしれないけど、可愛いからいいの!」
「それは否定しませんけど……」
俺は思わず笑った。
浄化槽の完成には、まだまだ時間がかかりそうだ。
素材の耐久性。
配管の漏水対策。
スライムの性質。
そして、処理した水の安全性。
確かめるべきことは山ほどある。
それでも、今日一日で確かな前進はあった。
新しいスライム、グルルが仲間になったのだ。
唯衣がテイムできるのは、現在のところ五匹まで。
プルル、ブルル、グルルの三匹が仲間になった今、残る枠は二匹だ。
十匹という当初の目標には届かないが、今はこの制限の中でできることを進めよう。
「明日も、少しずつ実験だな」
俺が呟くと、蝉丸が頷いた。
「はい。焦らず、確実に進めましょう」
こうして、浄化槽づくりは新たな段階へと進み始めた。
そして、プルル、ブルルに続いてグルルも仲間になったことで、唯衣のスライム探しは、あと二匹を目標に続くことになりそうだった。
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