第35話 浄化槽の素材を集めよう! ……森の案内人と、と小さな変化
「……となると、次は材料だな」
浄化槽の構造について調べ終えた俺は、腕を組んだ。
仕組みの大まかなイメージはできた。
排水を受け止める槽を用意し、固形物と水を分ける。さらに、スライムの力を利用できないか試し、最後に処理した水の状態を確認する。
ただし、これはあくまで計画だ。
プルルが泥水の泥を底に集めたことはあるが、それだけで汚水を安全に処理できるとは限らない。
実際の排水を使う前に、まずは小さな実験を重ねる必要がある。
「配管も必要ですよね」
隣で図面を見ていた蝉丸が言った。
「ああ。家の排水口から浄化槽まで、それから各槽をつなぐ管も必要だ」
「普通の木材では、長期間水に触れる場所には向かないでしょうね。腐食しますし、継ぎ目から漏れる可能性もあります」
「石や粘土を使う方法もあるけど、管にするとなると難しいな」
「そこで、魔物素材を利用できないかと思うんです」
蝉丸が図面の端を指で叩いた。
「骨の中には硬く、形の整ったものがあります。虫型の魔物の外殻も、種類によっては丈夫です。形状や状態が適していれば、そのまま使えるものもあるかもしれません」
「全部を錬金術で加工する必要はないってことか」
「はい。素材そのものの形や性質を活かせるなら、その方が効率的です。逆に、形が合わないものや強度が足りないものは、錬金術で加工する方法を考えればいいと思います」
なるほど。
素材を何でもかんでも加工するのではなく、使えるものはそのまま利用し、必要なものだけ手を加える。
その方が手間も魔力も節約できるだろう。
「ただし、見た目が丈夫そうだからといって、すぐに採用するのは危険です」
蝉丸が真剣な表情で続けた。
「水を通しても漏れないか。長期間使っても割れないか。錬金術で加工した場合、何か有害な成分が溶け出さないか。魔物素材ですから、普通の材料とは違う性質がある可能性も考えないといけません」
「それに、掃除や修理ができる構造にしないとな」
「そうですね。詰まったときに取り外せない配管なんて、考えたくもありません」
「まったくだ」
俺は頷いた。
せっかく快適な生活を目指して浄化槽を作るのに、完成後の管理が大変になったら本末転倒だ。
「よし。まずは森へ行って、使えそうな素材を探そう」
「森ですか?」
唯衣が顔を上げた。
「ああ。骨や虫型の魔物の外殻が手に入れば、試作品を作れるかもしれない」
「私も行く!」
唯衣が元気よく手を挙げた。
「危険な場所だから、勝手に先へ行かないこと。それが条件だぞ」
「分かってるよ!」
……本当に分かっているのだろうか。
足元でぷるぷると揺れているプルルを見つめる唯衣を見て、俺は少しだけ不安になった。
「俺も行こう」
慎之助が立ち上がった。
「森の中なら、危険察知が役に立つだろうしな」
「助かります」
「それに、魔物素材が手に入るなら、酒造りにも何か使えるかもしれん」
「どうして何でも酒に結びつけるんですか」
蝉丸が呆れたように言った。
「可能性は無限大だろ?」
「酒に結びつける発想だけは無限大ですね……」
「褒め言葉として受け取っておこう」
「褒めてません」
いつものやり取りに、俺は苦笑した。
こうして、俺たちは森へ向かう準備を始めた。
◇ ◇ ◇
「……おい。森に行くのか?」
出発の準備をしていると、聞き慣れた声がした。
振り返ると、黒い狼の耳を持つ獣人――ペローが立っていた。
「ああ。浄化槽に使えそうな魔物素材を探しに行こうと思ってな」
「なるほど」
ペローは俺たちの荷物を見てから、広げていた図面に目を向けた。
「水を流す管や、汚水を入れる槽を作るのか?」
「そういうことだ。骨や虫型の魔物の外殻が使えないかと思ってる」
「だったら、俺も行こう」
「いいのか?」
「この辺りの森なら、ある程度は分かる。素材になりそうな魔物の痕跡も探せるはずだ」
ありがたい申し出だった。
俺たちだけで森を歩き回るより、土地勘のあるペローに案内してもらった方が安全だろう。
「助かる。ありがとう」
「気にするな。俺も世話になった身だからな」
ペローは軽く肩をすくめた。
……いや、そこは俺たちの方こそ感謝している。
以前、森で危険な状況に遭遇したとき、俺たちはペローの知識や判断に助けられた。
彼がいなければ、どうなっていたか分からない。
だからこそ、今回の申し出も本当にありがたかった。
「じゃあ、よろしく頼む」
「ああ。準備ができたら出発しよう」
その横で、唯衣が嬉しそうに笑った。
「ペローも一緒なんだね!」
「そうだな」
「森に詳しいなら、いろいろ教えてほしいな。どんな魔物がいるのかとか、どんな素材が使えるのかとか!」
「分かる範囲なら教えるよ」
「やった!」
ペローは少し照れたように笑った。
……うん。
この二人、最近ちょっと距離が縮まっている気がする。
本人たちが自覚しているかどうかは、別として。
◇ ◇ ◇
森へ向かう道は、村の外れから少し歩いたところにあった。
ペローを先頭に、俺、唯衣、慎之助、蝉丸の順で進んでいく。
唯衣はプルルを連れていた。
「プルル、今日は素材探しだからね。あんまり遠くに行っちゃ駄目だよ」
唯衣が声をかけると、スライムはぷるんと身体を揺らした。
「返事をしているみたいですね」
蝉丸が興味深そうに眺める。
「実際に意思疎通ができているのか、単に反応しているだけなのかは、まだ分かりませんけど」
「でも、私のことは分かってると思うよ」
唯衣はそう言って、プルルを優しく撫でた。
「そうだといいですね」
蝉丸が微笑む。
森に入ると、空気が少しひんやりした。
木々の枝葉が日差しを遮り、地面には枯れ葉が積もっている。
鳥の鳴き声。
風に揺れる枝の音。
遠くから聞こえる、何かの獣の声。
のどかな景色ではあるが、ここは魔物のいる森だ。
油断はできない。
「この辺りには、どんな魔物がいるんだ?」
俺が尋ねると、ペローは周囲を見ながら答えた。
「比較的多いのはグレイウルフだな。ほかにも、角のあるネズミ型の魔物や、岩のような外殻を持つ虫型の魔物がいる」
「今回の目的に合いそうだな」
「ああ。ただし、魔物の死骸を見つけても、すぐに触るなよ。毒が残っていたり、別の魔物が近くにいたりする場合がある」
「分かった」
俺たちは慎重に森を進んだ。
しばらく歩いたところで、ペローが片手を上げる。
「止まってくれ」
全員が足を止めた。
ペローは地面にしゃがみ込み、枯れ葉の間を調べる。
「……ここを通ったな」
「何が?」
「角ネズミだ。足跡が新しい。近くにいるかもしれない」
「素材は手に入りそうか?」
「骨なら使える可能性はある。ただ、今から生きた魔物を狩る必要はない。まずは、自然に残されたものを探そう」
俺は頷いた。
必要だからといって、無闇に魔物を狩るつもりはない。
素材を得ることより、まずは安全が優先だ。
その後もペローの案内で森を進み、俺たちはいくつかの素材を見つけた。
最初に見つけたのは、古いグレイウルフの骨だった。
すでに風雨にさらされ、肉などはほとんど残っていない。
「これなら、状態を確認して使えるかもしれない」
俺は骨を慎重に持ち上げた。
「ただ、古くなって脆くなっている可能性もあります。管に使うなら、まず強度試験ですね」
蝉丸が骨を観察する。
「形状も重要です。まっすぐで、内部に大きな亀裂がなければ、短い試験管の候補にはできそうです」
「なるほど」
次に見つけたのは、角ネズミのものと思われる骨だった。
こちらは比較的小さく、細い管や接続部の試作品に向いていそうだ。
そして最後に、岩甲虫の抜け殻らしきものを見つけた。
「これは……」
蝉丸が目を輝かせた。
「かなり硬いですね。外殻の一部なら、そのまま槽の補強材に使えるかもしれません」
「全部を槽にするのは難しそうだけどな」
「ええ。形が合う部分はそのまま利用し、隙間や接続部分は錬金術で整える方法が考えられます」
俺たちは見つけた素材を一つずつ確認し、持ち帰る分だけを選んだ。
骨は亀裂や劣化の状態を確認する。
外殻は欠けや変色がないか調べる。
汚れや付着物がひどいものは、試験用としても慎重に扱うことにした。
魔物素材だからといって、何でも使えるわけではない。
むしろ、水を扱う設備だからこそ、慎重にならなければならない。
「よし。ひとまず、これだけあれば試作品は作れそうだ」
俺が荷物をまとめると、ペローが周囲を見渡した。
「日が傾く前に戻ろう。森の奥まで入る必要はない」
「そうだな。今日は素材探しが目的だし」
俺たちは来た道を戻り始めた。
◇ ◇ ◇
帰り道。
唯衣は、ペローの隣を歩いていた。
「ねえ、ペロー」
「ん?」
「さっきの岩甲虫って、どうやって見分けるの?」
「足跡や、木の幹についた傷を見るんだ。外殻の欠片が落ちていることもある」
「へえ……。ペローは、そういうのを全部覚えてるの?」
「全部じゃないよ。昔から森で暮らしてきたから、自然と身についただけだ」
「すごいね」
唯衣は素直に感心していた。
「私、動物は好きだけど、森で暮らす知識は全然ないから」
「好きなことと、知識があることは別だからな」
「うん。でも、少しずつ覚えたいな」
ペローは唯衣を見て、わずかに表情を和らげた。
「なら、また教えるよ。森に入るときは、危険な場所を避ける方法も覚えた方がいい」
「本当? ありがとう!」
唯衣が笑う。
ペローは少しだけ視線を逸らした。
「……別に、大したことじゃない」
その耳が、ほんのわずかに赤く見えたのは気のせいだろうか。
俺は少し後ろから二人を眺めていた。
すると、隣に来た慎之助が小声で囁いた。
「海斗君」
「何です?」
「若いっていいなぁ」
「何の話ですか」
「いや、別に?」
「……変なことを考えてませんか?」
「考えてない、考えてない」
慎之助はにやにやしている。
絶対に何か考えている顔だ。
蝉丸も小さく笑った。
「でも、二人とも自然に話せるようになってきましたね」
「そうだな」
俺は前を歩く二人を見た。
まだ恋人同士というわけではない。
ただ、一緒にいる時間が増えて、少しずつ互いを知っていく。
それは悪いことではないだろう。
「……まあ、本人たちのペースに任せよう」
「そうですね」
蝉丸が頷いた。
◇ ◇ ◇
作業場所に戻ると、俺たちは集めてきた素材を並べた。
グレイウルフの骨。
角ネズミの骨。
岩甲虫の外殻。
どれも、すぐに浄化槽へ使えると決まったわけではない。
これから状態を確認し、洗浄し、必要に応じて加工しなければならない。
「まずは小さな試作品を作ろう」
俺は骨を手に取った。
「短い管にして、水を通してみる。漏れがないか、割れないか。問題がなければ、次の段階に進む」
「外殻の方は、錬金術で形を整えたものと、そのままのものを比較しましょう」
蝉丸が提案する。
「加工したことで強度が上がるとは限りませんからね。比較しないと分かりません」
「頼りにしてるぞ、蝉丸」
「任せてください」
その横で、唯衣がペローに声をかけた。
「今日はありがとう。ペローが案内してくれたおかげで、いろいろ見つかったよ」
「役に立ったならよかった」
「また森に行くときも、お願いしていい?」
「もちろん。ただし、危険な場所には近づかないこと」
「うん。約束する!」
ペローは、少し困ったように笑った。
「……本当に分かってるんだろうな?」
「分かってるってば!」
二人のやり取りに、俺たちは思わず笑った。
さて。
浄化槽づくりは、まだ始まったばかりだ。
素材の安全性も、耐久性も、排水を適切に処理できるかどうかも、これから確かめていかなければならない。
プルルの力についても、まだ分からないことだらけだ。
川へ水を流すのは、十分な処理ができると確認してから。
焦らず、一つずつ進めていこう。
「よし。明日は素材の洗浄と、試作品づくりだな」
「はい!」
「俺も手伝おう」
ペローが言った。
「助かる。よろしく頼む」
こうして、浄化槽づくりの準備は少しずつ進み始めた。
そして――。
森での素材探しを通じて、唯衣とペローの距離も、ほんの少しだけ近づいたのだった。
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