第34話 排水問題を解決せよ! ……スライムで浄化槽が作れるのか?
家を建てる。
そう決めてから、俺たちは毎日のように新しい問題と向き合っていた。
木材の加工。
井戸の整備。
水を汲み上げる手押しポンプ。
そして、トイレ。
現代日本では、蛇口をひねれば水が出るし、トイレを流せば汚水は見えないところへ消えていく。
だが、この世界ではそうはいかない。
水を確保するところから始まり、使い終わった水をどう処理するのかまで、自分たちで考える必要がある。
「……やっぱり、排水処理が一番の問題だな」
俺は地面に広げた図を見下ろした。
その隣では、蝉丸が眼鏡を押し上げながら図面を確認している。
「そうですね。水を使えるようにするだけなら、井戸とポンプで何とかなります。でも、使った水をそのまま流すわけにはいきません」
「特にトイレの排水はな」
「ええ。川に直接流すなんて論外です」
蝉丸が即答した。
俺たちの生活拠点の近くには川がある。
生活用水を確保するうえで便利な場所だが、だからこそ、川を汚すわけにはいかない。
上流を汚せば、自分たちだけでなく、下流で暮らす村人たちにも影響が出る。
それに、見た目がきれいな水だからといって、安全とは限らない。
そこは絶対に間違えてはいけないところだ。
「村では、排泄物を一か所に集めて処理しているんだよな?」
「はい。昨日、ガレスさんから聞いた話では、村では専用の容器や集積場所を利用し、決められた場所で処理しているそうです」
「昔からのやり方ってことか」
「この地域では、それが一般的なのでしょうね」
村には村の事情がある。
住民全員が使う設備を整備するには、土地も人手も必要だ。
回収や運搬を担当する人も必要になる。
だからこそ、村全体で集めて処理する方法が定着しているのだろう。
だが――。
「俺たちは、せっかく自分たちで家を建てるんだ」
俺は図面の端を指で叩いた。
「できるだけ、現代日本に近い生活を実現したい」
「……つまり?」
「家の中にトイレを作る。水も使えるようにする。そして、排水は自分たちの敷地内で処理する」
蝉丸の目が少し大きくなった。
「浄化槽を設ける、ということですね」
「そう。それができれば、いちいち排泄物を外へ運び出す必要も減らせるはずだ」
もちろん、何もかも簡単に解決するとは思っていない。
浄化槽を作るには、排水を受け入れる構造が必要だ。
中で汚れを分解する仕組みも必要になる。
さらに、処理が終わった水をどう確認し、どこへ流すのかも決めなければならない。
設備を作っただけで、安全な水ができるわけではないのだ。
「問題は、どうやって浄化するかだな」
「普通に考えれば、微生物の働きを利用する方法があります」
蝉丸が図面の余白に書き込みながら答えた。
「現代地球にも、微生物によって汚れを分解する排水処理の仕組みがあります。ただ、こちらの世界に同じ仕組みをそのまま持ち込めるかは分かりません」
「水質も、温度も、環境も違うかもしれないからな」
「はい。処理に必要な条件がそろっているか、確かめる必要があります」
俺は腕を組んだ。
スキルのインターネット検索なら、一般的な浄化槽の構造や処理方法について調べることはできる。
しかし、この世界の土や水の性質までは、検索しただけで分かるわけではない。
現地で調べ、実際に試すしかないのだ。
そのとき。
「……あれ?」
俺は、少し離れた場所で丸くなっている小さなスライムに目を向けた。
プルルだ。
唯衣がテイムしたスライムで、最近は俺たちの近くで過ごすことが多くなっている。
プルルは、こちらの視線に気づいたのか、ぷるんと身体を揺らした。
「そういえば、プルルって泥水の実験をしていたよな?」
「はい。泥を集めるような動きは見られましたね」
蝉丸もプルルを見る。
「ただ、あれは泥が底に沈んだだけなのか、スライムが何かをしていたのか、まだ判断できません」
「上の水が少しきれいに見えたのは確かだけどな」
「見た目だけでは、浄化されたとは言えません。目に見えない汚れや、病原体などが残っている可能性もありますから」
「……だよな」
俺は頷いた。
プルルが泥を集められるとしても、それだけで生活排水やトイレの排水を処理できるとは限らない。
まして、排泄物を含む排水には、さまざまな汚れが混ざっている。
スライムに任せればすべて解決、というほど都合のいい話ではないだろう。
それでも――。
「試してみる価値はあると思う」
「浄化槽の中で、スライムの働きを利用するということですか?」
「ああ。もしプルルに水の汚れを処理する能力があるなら、浄化槽の一部として利用できるかもしれない」
もちろん、最初から実際の汚水を入れるつもりはない。
まずはきれいな水に少量の土や植物由来の汚れを混ぜ、プルルがどう反応するかを調べる。
その次に、別の種類の汚れでも同じことが起きるのかを確認する。
結果が安定してから、浄化槽の構造を考えるべきだ。
「まずは、プルルの能力を調べるところからだな」
「賛成です。能力が分からないまま設備を作っても、失敗する可能性が高いですから」
蝉丸が頷いた。
よし。
やるべきことが見えてきた。
◇ ◇ ◇
「プルル、ちょっと協力してくれるか?」
俺が声を掛けると、プルルはぷるんと身体を揺らした。
「……返事をしているのか?」
「喜んでいるようにも見えますけどね」
蝉丸が苦笑する。
俺たちは、まず小さな容器を三つ用意した。
一つ目には普通の水。
二つ目には水と少量の土。
三つ目には、同じ割合で土を混ぜた水とプルル。
それぞれの容器には、内容が分かるように印を付けた。
「これで、プルルがいる場合といない場合を比べられるな」
「ええ。ただ、土が沈んだだけでも上澄みは透明に近づきます。色や見た目だけで判断しないようにしましょう」
「了解」
俺たちは容器を同じ場所に並べ、時間を置くことにした。
しばらくすると、三つ目の容器の中で、プルルがゆっくりと形を変えた。
身体の一部が伸び、底にたまった土へ触れる。
「おっ?」
俺は思わず身を乗り出した。
プルルは土の周辺を覆うように動いたあと、元の丸い形に戻った。
「……何かをしているようには見えますね」
蝉丸が慎重に観察する。
「でも、これだけでは分かりません」
「そうだな」
俺は頷いた。
しばらく時間を置いてから、三つの容器を確認した。
一つ目の水には、目立った変化はない。
二つ目は、土が底に沈んでいる。
三つ目も、土の一部が底に集まっていた。
ただし、プルルがいる容器では、土の集まり方が少し違って見えた。
「……確かに、何か違うような気はする」
「ですが、これだけでは浄化能力があるとは断定できませんね」
「うん。まずは何度か繰り返そう」
俺は記録用の紙に、観察した内容を書き込んだ。
試験の日時。
水と土の量。
プルルの様子。
時間が経過したあとの変化。
こうして記録しておけば、次に試したときと比較できる。
「それに、プルルの身体に負担がかかっていないかも確認しないとな」
「そうですね。能力の検証より、プルルの安全が優先です」
蝉丸の言葉に、俺は頷いた。
プルルは実験道具ではない。
俺たちの仲間として、一緒に暮らしている存在だ。
無理をさせるわけにはいかない。
そのとき、作業の様子を見ていた唯衣が近づいてきた。
「何してるの?」
「プルルの能力を調べているところだよ」
「能力?」
「もしかしたら、水の汚れを処理する手助けができるかもしれないんだ」
「えっ、本当?」
唯衣は目を輝かせたあと、すぐにプルルのそばへしゃがみ込んだ。
「プルル、疲れてない? 無理してない?」
プルルがぷるんと揺れる。
「……大丈夫ってことかな?」
「そこは、まだ分からないな」
俺が苦笑すると、唯衣は少し考え込んだ。
「じゃあ、ちゃんと休ませながら調べようね。プルルが嫌がることはしないでね」
「もちろんだ」
俺は約束した。
便利な能力があるなら、生活を改善するために利用したい。
だが、そのために仲間を犠牲にするつもりはない。
それだけは、はっきりしていた。
◇ ◇ ◇
夕方。
俺たちは、改めて浄化槽の構造について話し合っていた。
「仮にプルルが汚れを処理できるとして、どんな構造にすればいいでしょう?」
蝉丸が尋ねる。
「まずは、排水を受け入れる槽が必要だな」
俺は地面に図を描いた。
「いきなりプルルのいる場所へ全部流し込むんじゃなくて、最初に大きな固形物や沈殿物を分ける。その後、処理槽へ流す」
「前処理を設けるわけですね」
「ああ。スライムに何でも任せるんじゃなくて、負担を減らす仕組みにしたい」
さらに、その先には処理状態を確認するための区画を設ける。
処理が不十分な水を、そのまま外へ出さないためだ。
「最後に、処理した水を確認できる場所も必要だな」
「水質を確かめるためですね」
「そう。問題がないと確認できるまでは、川へ流さない」
俺たちの目的は、ただ汚水を家の外へ追い出すことではない。
自分たちの敷地内で処理し、周囲の環境を汚さずに生活することだ。
もしプルルの能力が利用できたとしても、処理後の水が本当に安全かどうかは別の問題になる。
見た目が透明になっただけでは不十分だ。
臭いや色の変化だけで判断することもできない。
どこまで汚れが減ったのか、どんな水質になったのかを、できる限り確認する必要がある。
「……浄化槽が完成するまでには、まだ時間がかかりそうだな」
「ですが、方向性は見えてきました」
蝉丸が図を眺める。
「前処理、スライムによる処理、処理状態の確認。この三つを基本に考えればよさそうです」
「よし。まずは小さな実験用の槽を作ろう」
「本格的な設備を作るのは、試験結果を見てからですね」
「その通り」
俺たちは頷き合った。
もちろん、実際のトイレの排水を使った試験は、まだ先の話だ。
処理能力や衛生面を確認しないまま汚水を流し込めば、プルルの健康を損ねるかもしれないし、設備そのものが汚染される危険もある。
だからこそ、段階を踏む。
まずは小規模な実験。
次に、処理槽の構造を検討する。
それから、必要な安全対策や点検方法を整える。
そして、処理した水が十分に浄化されていると確認できるまでは、川へ放流しない。
これが、俺たちの新しい方針だった。
「家の中にトイレを作って、水を使えて、排水も自分たちで処理できる……」
俺は完成予想図を眺めた。
「そこまでできれば、かなり快適になるはずだ」
「そうですね。村のやり方を否定するわけではありませんが、私たちの生活に合った仕組みを作りたいです」
「うん。村の設備には村の設備の役割がある。俺たちは、自分たちの家でできることをやるだけだ」
そのうえで、うまくいった方法があれば、村の人たちにも説明できるかもしれない。
ただし、今はまだ計画段階だ。
成功したと胸を張れるものは、何一つない。
「……さて」
俺は立ち上がり、実験用の容器を見た。
「明日も、まずはプルルの様子を確認しよう」
「はい」
蝉丸が記録用の紙をまとめる。
唯衣はプルルをそっと撫でた。
プルルは気持ちよさそうに、ぷるんと身体を揺らした。
排水問題を解決するには、まだまだ時間がかかるだろう。
それでも、何も考えずに村の仕組みをそのまま使うのではなく、自分たちが望む生活に必要なものを、一つずつ作っていく。
そのための第一歩は踏み出せた。
家の中にトイレを作る。
浄化槽を設ける。
プルルの能力を調べ、もし利用できるなら、その働きを処理に役立てる。
そして、十分に浄化された水だけを、環境への影響を確認しながら川へ戻す。
――これが、俺たちの目指す生活だ。
「よし。明日も頑張ろう」
そう呟いた俺の横で、慎之助さんが顔を出した。
「ところで海斗君。排水処理がうまくいったら、風呂も作れるのか?」
「……慎之助さん」
「はい?」
「トイレと風呂は別問題です」
「いや、分かってるけどさ!」
「まずは排水処理をどうにかしてからです」
「くっ……。快適な風呂への道は遠いか」
「酒造りの話も、まだ途中でしょう?」
「それはそれ、これはこれ!」
いつもの調子に、俺たちは思わず笑った。
やるべきことは多い。
けれど、目指すものははっきりしている。
この異世界でも、できる限り快適に暮らす。
そのために、俺たちは知恵を絞り、手を動かし、試行錯誤を続けていく。
そして――。
その小さな試みが、いつか村の暮らしそのものを変えることになるのかもしれない。
このときの俺は、まだそこまで考えてはいなかった。
今はただ、目の前の課題を一つずつ片づけるだけだ。
いつも読んでいただきありがとうございます。
もしよろしければ、ブックマークと評価の方もよろしくお願いいたします。




