第32話 トイレ建設開始! ……手押しポンプは村でも大人気
翌朝。
「では、昨日の候補地を確認しましょうか」
朝食を終えた俺たちの前で、ダンさんが腕まくりをした。
昨日相談したトイレの設置場所を、実際に確認してもらうためだ。
「わざわざありがとうございます」
「いえいえ。皆様には色々と驚かされておりますからな」
「驚かされる?」
「ええ。特に、あの手押しポンプは凄い」
ダンさんは感心した様子で頷いた。
「村にも1台だけ設置していただきましたが、あれは本当に便利ですな!」
「ああ……使ってもらえているならよかったです」
村の井戸にも、試験的に手押しポンプを1台設置してある。
ただし、耐久性については、まだ分からない。
何度も使っているうちに部品が摩耗するかもしれないし、どこかに不具合が出る可能性もある。
だから、今のところは1台だけだ。
問題なく使えることが確認できてから、増設を考えるつもりだった。
「昨日も、井戸の前に人が並んでいましたよ」
「……並んでいた?」
「ええ。急ぎでない人は順番待ちをして、水を汲んでいるようです」
「そんなにですか?」
思わず聞き返した。
「桶を引き上げる必要がありませんからな。取っ手を動かすだけで水が出る。今までの苦労を考えれば、当然でしょう」
「なるほど……」
ダンさんの話では、村人たちは交代でポンプを使っているらしい。
急いでいる人は先に使わせてもらい、時間に余裕がある人は後ろに並ぶ。
中には、何度も使いに来る人もいるそうだ。
「ただ、まだ1台だけですからな。皆が使うとなると、順番待ちになるのも仕方ありません」
「耐久性が確認できたら、増やすことも考えます」
「本当ですか!」
ダンさんの顔が明るくなった。
「ええ。ただ、まずは長く使えるかどうかを確かめないといけません。壊れやすいものを増やしても、かえって困りますから」
「それはそうですな。焦らず進めましょう」
便利なものを作ったからといって、すぐに大量生産できるわけではない。
部品の加工方法も、組み立て方も、まだ改善の余地がある。
それに、俺たちがいつまでも村の設備を作り続けられるとも限らない。
いずれは村の職人にも製作方法を覚えてもらい、自分たちで修理や製作ができるようにしたいところだ。
……まあ、それはもう少し先の話だろう。
「さて、今日はトイレの場所を確認しましょう」
「お願いします」
俺たちはダンさんと一緒に、村の外れへ向かった。
◇ ◇ ◇
「ここです」
俺が候補地を指差す。
家からは少し離れているが、歩いて行くのに苦労するほどではない。
井戸からも距離を取ってある。
周囲には木々があり、村の道から中が見えにくい場所だ。
ダンさんはすぐに返事をせず、地面を踏みしめながら周囲を確認した。
「ふむ……」
少し歩いては立ち止まり、斜面の向きや地面の様子を確かめている。
「この辺りなら、大雨が降っても水が集まりにくそうです。ただ、地下水の流れまでは、見ただけでは判断できませんな」
「やっぱり、そうですよね」
「井戸との距離だけで安全が決まるわけではありませんから。土の種類や地下水の流れ、穴の深さも関係します」
ダンさんは地面を少し掘り、土の状態を確かめた。
「ここなら候補地としては悪くないと思います。ただ、実際に掘る前に、もう少し調べた方がよいでしょう」
「分かりました。確認してから進めます」
便利さだけを考えて、後から問題が起きるのは避けたい。
特に今回は排泄物を扱う設備だ。
地下水を汚染したり、雨水と一緒に汚れが流れ出たりするようなことがあれば、俺たちだけでなく、周囲にも迷惑を掛けてしまう。
「排泄物の処理方法も、決めておく必要がありますな」
「はい。そこも考えています」
「堆肥にするおつもりですか?」
「将来的には、できれば。ただ、十分に処理されていないものを、そのまま畑に使うつもりはありません」
「それは大切なことですな」
ダンさんが頷く。
見た目が乾いていたり、臭いが弱くなったりしただけで、安全になったとは限らない。
病原体が残っている可能性もある。
堆肥として利用するなら、適切な処理方法を調べ、十分に処理できる仕組みを整える必要がある。
「まずは、安全に使える設備を作ることですね」
「その通りです」
俺たちは、トイレの候補地を改めて確認した。
これで場所については、大きな問題がなさそうだ。
ただし、穴を掘るのはまだ先。
土の状態や排泄物の処理方法を確認してからにする。
「それでは、建物の方を先に進めましょう」
俺が言うと、蝉丸が設計図を広げた。
「外壁と屋根を先に仕上げておけば、内部の設備を取り付ける作業に集中できますね」
「そういうことだ」
よし。
ようやく、本格的な建設開始だ。
◇ ◇ ◇
「では、作業を分担しましょう」
蝉丸が設計図を見ながら言った。
「私は木材の加工を続けます。海斗さんは寸法の確認と組み立てをお願いします」
「分かった」
「俺は運搬だな!」
慎之助が勢いよく手を挙げた。
「力仕事なら任せておけ!」
「お願いします。ただし、無理はしないでくださいね」
「おう!」
「それと、唯衣さんは……」
「私は?」
「プルルの様子を見ながら、部材の整理をお願いします」
「分かりました!」
唯衣は足元にいるプルルを抱き上げようとした。
しかし、プルルはぴょこんと跳ねて、その手をすり抜ける。
「あっ、プルル!」
「ぷるっ!」
「待ってよー!」
プルルは楽しそうに跳ねながら、積み上げた木材の方へ向かっていった。
「おいおい、そっちは危ないぞ」
俺が声を掛けると、プルルはぴたりと止まった。
「ぷる?」
「木材が倒れたら危ないからな。そっちには行かないように」
「ぷるっ!」
返事をするように身体を揺らし、プルルは唯衣の足元へ戻ってきた。
「えらいね、プルル!」
唯衣が嬉しそうに褒める。
……本当に、言葉が通じているのだろうか。
テイムの効果なのか、単に声の調子で判断しているのか。
まだ分からないことばかりだ。
「まあ、危ない場所に近づかないならいいか」
「海斗さん、プルルは賢いですよ!」
「それは認める」
少なくとも、以前より意思疎通ができているような気はする。
レベルが上がった影響なのかもしれないが、確かなことはまだ分からない。
「それじゃ、始めよう」
俺たちは作業に取り掛かった。
蝉丸が錬金術で木材の表面を整え、俺が寸法を確認する。
慎之助が加工済みの木材を運び、俺たちで組み上げていく。
以前なら、木材を揃えるだけでも大変だっただろう。
だが、蝉丸の錬金術があれば、加工の手間をかなり減らせる。
「この板、少し長いですね」
蝉丸が木材を持ち上げた。
「設計図だと、こっちは少し短くていいはずだ」
「では、寸法を合わせます」
「頼む」
加工した木材を組み合わせ、柱を立て、壁を固定する。
少しずつではあるが、形になっていく。
「よし、そこを押さえてくれ」
「おう!」
慎之助が柱を支える。
「蝉丸、固定できるか?」
「はい。今やります」
蝉丸が手を動かし、接合部分を整える。
俺は全体を確認しながら、歪みが出ていないかを確かめた。
こういう作業は、地味だが面白い。
頭の中で考えたものが、実際に形になっていく。
キャンプで簡単なシェルターを作ったことはあるが、きちんとした建物を作るのは初めてだ。
それでも、少しずつ進んでいる実感がある。
「……よし。これならいけそうだ」
俺は組み上がった壁を見上げた。
まだ屋根も扉もない。
内部の設備も、これからだ。
それでも、ただの木材の山だったものが、建物らしくなってきている。
「順調ですね」
蝉丸が満足そうに頷いた。
「この調子なら、外側は予定より早く仕上がりそうです」
「助かるよ」
「いえ。私も、こういう作業は嫌いではありませんから」
蝉丸は眼鏡を押し上げた。
……本当に、頼りになる仲間だ。
◇ ◇ ◇
昼過ぎ。
俺たちが休憩していると、村の方から人の声が聞こえてきた。
「次の方、どうぞ!」
「はいよ。少しだけ使わせてもらうぞ」
「順番を守ってくださいねー!」
……何だ?
俺は手を止めた。
「今の声、村の井戸の方からだよな?」
「そうですね」
蝉丸も耳を澄ませた。
「もしかして、手押しポンプですかね?」
「たぶん」
村に設置したポンプは、今も順調に使われているらしい。
急ぎでない人たちが順番待ちをしているという話は聞いていたが、どうやら今日も同じような状況らしい。
「いやあ、あれは便利だからな」
慎之助が水筒を傾けた。
「桶を引っ張り上げなくてもいいんだろ? そりゃ、皆が使いたがるわけだ」
「便利なのは間違いないけど、まだ試験中だからな」
俺は念を押した。
「長く使ったときにどうなるか、確認してからじゃないと増やせない」
「分かってるって」
慎之助は笑った。
「でも、あれを使ったら、今までの水汲みには戻りたくないだろうな」
「それはそうですね」
蝉丸も同意した。
「特に、毎日大量の水を使う家庭や、畑仕事をする人には助かるはずです」
確かに。
水は生活に欠かせない。
飲み水だけではない。
料理、洗濯、掃除、家畜の世話、畑の水やり。
毎日使う量を考えれば、汲み上げる手間が減るだけでも大きな違いだ。
「……耐久試験も兼ねて、使用状況を記録してみるか」
「記録ですか?」
「ああ。どれくらいの頻度で使われているか、どこかに不具合が出ていないか。分かれば、改良の参考になるだろう」
「それはいい考えですね」
蝉丸が頷いた。
「村の方にお願いして、気づいたことを教えてもらうのもよさそうです」
「よし。後でダンさんに相談してみよう」
便利な道具を作るだけでは駄目だ。
長く使えること。
修理できること。
使う人が困らないこと。
そこまで考えて、初めて生活を支える道具になる。
……まあ、今はトイレの建設が先だけどな。
◇ ◇ ◇
午後の作業が終わるころには、2つの建物の外壁がかなり形になっていた。
「今日はここまでにしましょう」
蝉丸が設計図を片付ける。
「明日は屋根と扉ですね」
「そうだな。内側の掛け金も作らないと」
俺は建物を見回した。
まだ完成には遠い。
だが、昨日までは何もなかった場所に、確かな形ができている。
「……よし」
俺は満足して頷いた。
「少しずつ、生活が整ってきたな」
「はい!」
唯衣が元気よく答える。
「これで、完成に近づきましたね!」
「まだ先は長いぞ」
「分かってます。でも、楽しみです!」
その足元で、プルルがぴょこんと跳ねた。
「ぷるっ!」
「お前も嬉しいのか?」
「ぷるるっ!」
プルルは、今度は組み上がった壁の方へ近づいていった。
そして――。
「……あれ?」
壁の角に触れた瞬間、プルルの身体が少しだけ平たくなった。
まるで、柔らかい粘土のように。
「今の見ましたか?」
蝉丸が目を見開く。
「ああ。壁に合わせて形が変わったように見えた」
唯衣が慌ててしゃがみ込む。
「プルル、もう一回やってみて!」
「ぷるっ!」
プルルは元気よく跳ねた。
だが、今度は壁に触れても、普通に跳ね返っただけだった。
「……偶然かな?」
「まだ判断できませんね」
蝉丸は慎重に言った。
「レベルアップの影響かもしれませんが、今の一度だけでは何とも言えません。もう少し観察してみましょう」
「そうだな」
俺は頷いた。
プルルのレベルが上がったことは確認できている。
だが、何が変わったのかは、まだ分からない。
身体が柔らかくなったのか。
壁に触れるときだけ形を変えたのか。
それとも、俺たちが見間違えただけなのか。
今の段階では、何も断言できない。
「プルル。無理はするなよ」
「ぷるっ!」
元気な返事が返ってきた。
「……分かってるのかなあ」
唯衣が苦笑する。
「でも、何かできることが増えたなら、嬉しいですね」
「そうだな。これからも様子を見ていこう」
俺たちは、プルルの行動を記録することにした。
餌を食べた量。
身体の大きさ。
動き方。
そして、今日のような不思議な変化。
焦らず、一つずつ確認していけばいい。
◇ ◇ ◇
夕方。
俺たちは作業道具を片付け、テントの前で一息ついた。
「いやあ、今日も働いたな!」
慎之助が大きく伸びをする。
「外壁ができてきましたね」
蝉丸が満足そうに頷いた。
「明日も作業を進めれば、かなり形になると思います」
「よし。明日も頑張ろう」
俺は建設途中のトイレを眺めた。
扉を付けて、屋根を仕上げる。
その後は内部の設備を整え、排泄物を安全に処理できる仕組みを考える。
室内の水洗トイレについても、排水処理の方法を調べながら、少しずつ準備を進めていくつもりだ。
やることは多い。
だが、焦る必要はない。
この世界で快適に暮らすために、一つずつ積み上げていけばいい。
「……それにしても」
俺は村の方へ目を向けた。
「手押しポンプが、あそこまで使われるとはな」
「それだけ便利ということですよ」
蝉丸が答える。
「実際に使ってもらうと、改良すべき点も見えてくるでしょう」
「だな。耐久性を確かめながら、少しずつ改善していこう」
村の暮らしも、俺たちの暮らしも、少しずつ変わっていく。
派手な冒険とは違う。
だが、こういう変化も悪くない。
「ぷるっ!」
足元でプルルが跳ねた。
「お前も、何か新しいことを覚えたのかもしれないな」
「ぷるるっ!」
「まあ、ゆっくり確かめていこう」
俺は笑った。
明日もまた、やることがある。
屋根を仕上げて、扉を付けて、トイレを完成へ近づける。
そして、プルルの変化も観察する。
快適な異世界生活への道のりは、まだまだ続く。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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