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異世界に転移したら、何のスキル?スキル名が文字化けで役立たず扱いなんですけど?  作者: 奈汪翳芳
第1章 異世界転移とスローライフの始まり

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第31話 男女別トイレを作ろう! ……快適な暮らしへの第一歩

「……よし。まずは場所を決めよう」

 翌朝。

 俺は、村の外れに広がる土地を見渡していた。

 目の前には建築途中の丸太小屋。

 少し離れたところには、手押しポンプを取り付けた井戸。

 そして、これから作らなければならないものがある。

「トイレですね」

 隣で蝉丸が眼鏡を押し上げた。

「そう。トイレだ」

「ようやくですね!」

 唯衣が勢いよく手を挙げる。

「私、もうあの村の共同トイレには戻りたくないです!」

「気持ちは分かる」

 俺も頷いた。

 この世界に来てから、何度も思った。

 文明のありがたさというものは、失って初めて分かる。

 電気。

 水道。

 風呂。

 そして、清潔なトイレ。

 日本で暮らしていたころは、どれも当たり前だった。

 だが、今は違う。

 快適な生活を手に入れたければ、自分たちで作るしかない。

「それで、海斗さん」

 蝉丸が手元の紙を広げた。

「昨日、検索した情報をまとめてみました」

「おお、助かる」

「ただし、現代の設備をそのまま再現するのは難しいですね。水道管も専用の部品もありませんし、排水処理の仕組みも一から考える必要があります」

「そこは仕方ないな」

 インターネット検索で、基本的な仕組みや構造を調べることはできる。

 だが、必要な部品がこの世界にあるとは限らない。

 材料の強度だって、実際に使ってみなければ分からないことがある。

 便利な知識が手に入っても、それだけで何でも完成するわけではないのだ。

「だから、まずは作れるものから作ろう」

「屋外トイレですね!」

 唯衣が答える。

「そう。屋外トイレを先に作って、室内の水洗トイレは別途、じっくり考える」

「賛成です」

 蝉丸も頷いた。

「水洗式は排水の処理まで考えないといけませんからね。中途半端に作ると、かえって衛生環境を悪化させる可能性があります」

「うん。そこは絶対に妥協したくない」

 せっかく井戸を掘ったのだ。

 自分たちの排泄物で水を汚染するようなことになれば、笑い話にもならない。

「それと、もう一つ」

 唯衣が真剣な顔で手を挙げた。

「男女別にしてくださいね!」

「分かってるよ」

「本当に?」

「本当だ」

「入口も別ですよ?」

「分かってる」

「中で仕切るだけとか、そういうのは駄目ですからね!」

「そんなことは考えてないって!」

 どうやら、よほど大切な問題らしい。

 まあ、当然だろう。

 俺だって、女性が安心して使える設備は必要だと思っている。

「入口を別々にして、壁もしっかり作る。内側から鍵も掛けられるようにしよう」

「鍵!」

 唯衣の顔がぱっと明るくなった。

「それなら安心です!」

「外から開けられないようにする仕組みも考えないとな」

「そうですね。簡単な木製の掛け金なら、こちらでも作れそうです」

 蝉丸が設計図に書き込んでいく。

「扉の隙間も、できるだけ小さくしたいですね」

「うん。着替えや着座のときに、外から中が見えないようにしよう」

「……海斗さん」

「ん?」

「こういう話になると、急に真剣ですね」

「当たり前だろ。生活に直結するんだから」

「ふふっ。そうですね」

 唯衣は満足そうに笑った。

 よし。

 これで、トイレの仕様についてはだいたい決まった。

 問題は――。

「どこに作るか、だな」

 俺は周囲を見回した。

 家から遠すぎると、夜中に使うのが大変だ。

 かといって、近すぎるのも困る。

 井戸の近くは論外。

 雨が降ったときに汚水が流れていくような場所も避けなければならない。

「まず、井戸から十分に離しましょう」

 蝉丸が地図代わりの紙に印を付けた。

「地面の傾斜も確認したいです。雨水が井戸の方向へ流れるような場所は避けましょう」

「だな。地面の下を水がどう流れるかまでは、見ただけじゃ分からないし」

「村の井戸掘りをしてくれたダンさんにも相談した方がよさそうですね」

「そうしよう」

 俺たちは土地を歩きながら、候補地を探すことにした。

   ◇ ◇ ◇

「ここはどうでしょう?」

 最初に唯衣が指差したのは、家の裏手にある少し平らな場所だった。

 家から歩いて一分もかからない。

 木々が視線を遮ってくれるので、人目も気になりにくい。

「距離は悪くないな」

「でも、少し低いですね」

 蝉丸が地面を確認する。

「大雨が降ったとき、水が集まる可能性があります」

「じゃあ、ここはやめておこう」

「ええっ、いい場所だと思ったのに!」

「水が溜まるトイレは嫌だろ?」

「……それは嫌です」

 唯衣は素直に引き下がった。

 次の候補地は、畑に近い場所だった。

 家からも近く、平坦で作業もしやすそうだ。

「ここならどうだ?」

「畑に近いのは便利ですね」

 蝉丸が周囲を確認する。

「ただ、井戸からの距離が十分かどうか、もう少し調べた方がいいでしょう。それに、風向きによっては家や畑に臭いが流れるかもしれません」

「うーん……」

 便利そうに見えても、考えることは多い。

 日本なら、建物の配置や排水設備まで計画された土地が用意されていることも多い。

 だが、ここは自分たちで決める必要がある。

「トイレって、作る前からこんなに大変だったんですね……」

 唯衣が遠い目をした。

「普段、何気なく使ってるものだからな」

「これを考えた昔の人って、すごいんですね」

「本当にそう思う」

 俺たちはさらに土地を歩き回った。

 そして、家から少し離れた場所に、緩やかな傾斜のある一角を見つけた。

 井戸からも距離がある。

 雨水が流れ込むような窪地でもない。

 周囲には木々があり、村の道からも中が見えにくい。

「……ここかな」

 俺が呟く。

「私も、ここがいいと思います」

 唯衣が頷いた。

「人目が気にならないし、家からも遠すぎないです」

「地面の状態を確認して問題がなければ、候補としてはよさそうですね」

 蝉丸も同意する。

 ただし、これで決まりというわけにはいかない。

 地下水の流れや土の状態については、専門家の意見も必要だ。

「よし。ダンさんに見てもらおう」

 そう決めたときだった。

「ぷるっ!」

「ん?」

 足元から、聞き慣れた声がした。

 見下ろすと、青みがかった半透明の身体が、ぷるぷると揺れていた。

「プルル?」

「ぷるっ!」

 プルルは元気よく跳ねると、俺の靴にぺたりとくっついた。

「お前、いつの間に来たんだ?」

「朝からずっと一緒でしたよ?」

 唯衣が不思議そうに言った。

「えっ?」

「海斗さんが地面を見ている間、ずっと後ろをついてきてました」

「全然気づかなかった……」

「ぷるるっ!」

 プルルは得意げに身体を揺らした。

「……もしかして、こいつも一緒に暮らすつもりなのか?」

「もちろんです!」

 唯衣が即答した。

「私の従魔ですから!」

「いや、まあ、それはそうなんだけど……」

 俺はプルルを見つめた。

 以前、泥水の中に入っていたことがある。

 そのときは、泥が下に集まり、上の水が少し澄んで見えた。

 だが、それだけで水が安全になったとは言えない。

 微生物や目に見えない汚染物質までは分からないのだ。

 だから、今のところプルルに浄水を任せるつもりはない。

「プルル」

「ぷる?」

「お前、土を集めたりできるのか?」

「ぷるる?」

 プルルが首を傾げるように揺れた。

「……いや、さすがに分からないか」

 俺が苦笑した、そのとき。

 プルルの身体が、ほんの一瞬だけ淡く光った。

「……あれ?」

「今、光りましたよね?」

 唯衣がしゃがみ込む。

「うん。見えた」

「ぷるっ!」

 プルルは元気よく跳ねた。

 だが、それ以上の変化はない。

「レベルが上がったから、何か変わったんでしょうか?」

「可能性はあるけど、まだ分からないな」

 俺は慎重に答えた。

「身体が大きくなったわけでもないし、できることが増えたかどうかも分からない」

「じゃあ、これから観察ですね!」

「そういうこと」

 唯衣は小さな手帳を取り出し、何やら書き始めた。

 餌を食べた量。

 身体の大きさ。

 動き方。

 光った時間。

 いつの間にか、かなり細かく記録しているらしい。

「……本格的だな」

「大切なことですから!」

 唯衣は真剣だった。

 その姿を見て、俺は少しだけ笑った。

 新しい世界で生きていくには、分からないことを一つずつ確かめていくしかない。

 プルルのことも。

 トイレのことも。

 そして、この世界そのものについても。

   ◇ ◇ ◇

 昼過ぎ。

 俺たちは村へ向かい、井戸掘りを担当してくれたダンさんに相談した。

「トイレを作る場所ですか?」

「はい。井戸から離して、雨水が流れ込まない場所を考えているんですが」

 俺が説明すると、ダンさんは腕を組んだ。

「それなら、実際に地面を見てみましょう。見た目だけでは分からないこともありますからな」

「ありがとうございます」

「それと……」

 ダンさんは少し不思議そうな顔をした。

「トイレを2つ作るんですか?」

「はい。男性用と女性用で分けます」

「なるほど」

 ダンさんは納得したように頷いた。

「確かに、入り口を分けておけば使いやすいでしょうな」

「中から鍵も掛けられるようにする予定です」

「鍵まで?」

「安心して使えるようにしたいので」

「いやあ、皆様は色々と考えますなあ」

 ダンさんは感心したように笑った。

 俺たちが考えているのは、決して贅沢な設備ではない。

 ただ、安心して用を足せる場所が欲しいだけだ。

 しかし、この世界では、その当たり前を作ることから始めなければならない。

「では、明日、村の仕事が落ち着いたら見に行きましょう」

「助かります」

「それまでは、穴を掘るのは待ってください。土の状態を確認してからの方が安全です」

「分かりました」

 焦って作って、後から問題が見つかるのは避けたい。

 ここは専門家の意見を聞こう。

 それに、屋外トイレといっても、ただ穴を掘って板を置けばいいわけではない。

 排泄物が雨水と一緒に流れ出さない構造にする。

 地下水を汚染しないよう、場所と深さを慎重に考える。

 処理方法も決めておく。

 堆肥として利用する場合だって、十分に処理されていないものを、そのまま畑に撒くわけにはいかない。

 衛生面を軽く考えると、結局は自分たちに跳ね返ってくる。

「……なかなか、一筋縄ではいかないな」

 帰り道、俺は小さく呟いた。

「でも、少しずつ進んでますよ」

 唯衣が笑う。

「井戸もできましたし、手押しポンプも動いてます。家も形になってきました」

「そうですね」

 蝉丸も頷いた。

「トイレも、仕組みを整理して一つずつ作ればいいんです。分からないところは調べて、必要なら村の人たちにも相談しましょう」

「……ああ」

 俺は空を見上げた。

 青い空。

 遠くに広がる森。

 風に揺れる草原。

 日本にいたころ、俺はこんな暮らしを想像していただろうか。

 会社を辞めて、のんびり暮らしたい。

 そう思っていた。

 まさか異世界で、井戸を掘り、丸太小屋を建て、トイレの構造を考えることになるとは。

「……人生、何があるか分からないな」

「何か言いました?」

「いや。何でもない」

 俺は笑った。

 まずは屋外トイレを完成させる。

 それから、室内の水洗トイレと排水処理の仕組みを考える。

 そして、いつかは風呂も作りたい。

 快適な暮らしへの道のりは、まだまだ長い。

「ぷるっ!」

 足元でプルルが跳ねた。

「……お前も手伝ってくれるのか?」

「ぷるるっ!」

「頼もしいな」

 もちろん、何を手伝ってくれるのかは分からない。

 だが、少なくとも。

 俺たちの生活は、昨日より少しずつ前に進んでいる。

 そう思えた。


いつも読んでいただきありがとうございます。


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