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異世界に転移したら、何のスキル?スキル名が文字化けで役立たず扱いなんですけど?  作者: 奈汪翳芳
第1章 異世界転移とスローライフの始まり

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第30話 プルルのレベルアップ? そして、トイレ作りの難題

 手押しポンプが完成してから、数日が経った。

 畑側の井戸に取り付けたポンプは、今のところ順調に動いている。

 柄を上下に動かせば水が出る。

 桶を縄で引き上げる必要もない。

 それだけのことなのだが、実際に使ってみると、想像以上に便利だった。

「いやあ、これは楽ですね!」

 蝉丸が柄を動かす。

 ザッ、ザッ、ザッ。

 吐出口から水が流れ、下に置いた桶へと注がれていく。

「これなら畑の水やりも楽になるな」

 俺は水の流れを確認しながら頷いた。

「ただし、まだ試作品だからな。毎日使って、壊れやすいところがないか確認していこう」

「分かっています。特に、内部の部品と接合部分は注意が必要ですね」

 蝉丸は真面目な顔で答えた。

 その隣では、慎之助さんが感心したようにポンプを眺めている。

「これ、酒造りにも使えないか?」

「水を汲み上げる道具ですよ?」

「仕込みには水が必要だろう?」

「それはそうですが……」

「つまり、酒造りにも役立つ!」

「結論が飛躍しています」

 蝉丸が呆れたように眼鏡を押し上げた。

「まあ、使い道があるなら、いずれ考えてみてもいいんじゃないか?」

 俺が言うと、慎之助さんは満面の笑みを浮かべた。

「さすが海斗! 話が分かる!」

「いや、今すぐ酒造りを始めるとは言ってませんからね」

「細かいことは気にするな!」

「気にしてください」

 ……本当に、この人は。

 とはいえ、手押しポンプが役に立つことは間違いない。

 あとは、家の建築と水回りの整備を進めるだけだ。

 問題は、その水回りがなかなか難しいことなのだが。

   ◇ ◇ ◇

「さて、今日はいよいよトイレの話をしよう」

 昼食後。

 俺たちはテントの前に集まり、地面に広げた簡単な図を囲んでいた。

「おお、ついに来たか」

 慎之助さんが真剣な顔で頷く。

「待ちに待ったトイレ計画だな」

「そんなに待ち望んでいたんですか?」

「当たり前だろう。毎回、外まで行くのは面倒なんだぞ」

「それは全員同じです」

 蝉丸が即座に突っ込んだ。

 唯衣も大きく頷く。

「私も、できれば家の中にトイレが欲しい!」

「俺もだ」

 この件に関しては、全員の意見が一致している。

 現代日本で暮らしていた俺たちにとって、家の中にトイレがあるのは当たり前だった。

 しかし、この世界ではそうではない。

 村のトイレは簡素なものが多く、衛生面でも気になるところがある。

 せっかく自分たちの家を建てるのだから、できる限り快適なものにしたい。

「まず、俺たちが考えているのは、家の中に水洗トイレを設置することだ」

「水洗トイレ……」

 唯衣が図を覗き込む。

「水で流すんだよね?」

「ああ。ただし、流した先をどうするかが問題なんだ」

 俺は図の一部を指差した。

「排泄物をそのまま地面に流すわけにはいかない。井戸の水を汚す可能性もあるし、川へ流すのも駄目だ」

「それは当然ですね」

 蝉丸が頷いた。

「処理するための設備が必要です。便器だけ作っても意味がありません」

「そういうことだ」

 水洗トイレを作るだけなら、便器や水を流す仕組みを考えればいい。

 だが、排水先がなければ意味がない。

 下水道が整備されている現代日本とは違い、ここにはそんな設備は存在しない。

「それで、もう一つ考えているのが、屋外に作る堆肥用のトイレだ」

「堆肥用?」

 唯衣が首を傾げた。

「畑の近くに作って、適切に処理したものを肥料として利用するんだ。もちろん、排泄物をそのまま畑に撒くわけじゃないぞ」

「なるほど。きちんと処理して、時間をかけて使える状態にするわけですね」

 蝉丸が理解したように頷く。

「そうだ。衛生面を考えれば、処理方法や保管場所も重要になる」

「畑に使える肥料が増えるなら、いいことだね!」

 唯衣は前向きだ。

 一方、慎之助さんは腕を組んでいた。

「つまり、トイレを二つ作るのか?」

「そうなるな。屋内の水洗トイレと、畑の近くの堆肥用トイレだ」

「……トイレにずいぶん力を入れるな」

「生活の基本だからな」

「確かに」

 慎之助さんはあっさり納得した。

「酒も飲めて、トイレも快適。最高の暮らしじゃないか」

「酒の話に戻さないでください」

 そこで、唯衣が何かを思い出したように手を挙げた。

「あっ、海斗さん。外のトイレなんだけど、お願いがあるんだけど!」

「ん? 何だ?」

「男女、ちゃんと分けてください!」

「……ああ」

 俺は思わず頷いた。

 言われてみれば、当然の要望だ。

 屋外のトイレを一つだけ作って、男女共用にするつもりだったのだろうか。

 いや、そこまで深く考えていなかった。

「確かに、男女別の方がいいな。特に外に作るなら、安心して使えるようにしないと」

「そうそう! それに、誰かが使っているときに気まずいし、落ち着かないよ」

「ごもっともです」

 蝉丸も頷いた。

「出入口を分けるだけではなく、外から中が見えない構造にする必要がありますね。鍵も付けた方がいいでしょう」

「おお、鍵か!」

 慎之助さんが感心したように声を上げる。

「確かに、それは大事だな」

「慎之助さん、今まで何を考えていたんですか?」

「いや、トイレを作ることしか考えていなかった」

「正直ですね……」

 俺は苦笑した。

「よし。外のトイレは男女別に二つ作ろう。入口も別々にして、壁でしっかり区切る。内側から閉められるようにもしておこう」

「やった! ありがとう、海斗さん!」

 唯衣が嬉しそうに笑った。

「それと、場所も考えないとな」

 俺は地面に描いた図を見直す。

「畑の近くにはしたいけど、井戸からは十分に離す。雨が降ったときに汚れた水が井戸へ流れ込まないよう、地形や排水にも気をつける必要がある」

「処理後のものを肥料として使うなら、保管場所も別に用意した方がいいですね」

 蝉丸が付け加えた。

「未処理のものを、そのまま畑に使うのは避けるべきです。処理が十分かどうかも確認しなければなりません」

「うん。そこは慎重にやろう」

 俺たちの暮らしを快適にするための設備だ。

 それが原因で病気になったり、水を汚したりしたら本末転倒である。

「じゃあ、屋内の水洗トイレと、屋外の男女別堆肥用トイレ。この二つを並行して考えていこう」

「賛成!」

 唯衣が元気よく手を挙げた。

「俺は力仕事担当だな!」

 慎之助さんも拳を握る。

「穴掘りでも、材料運びでも、何でも言ってくれ!」

「ありがとうございます。では、重いものを運ぶときはお願いします」

「任せろ!」

「私は構造や必要な材料を整理します」

 蝉丸が続けた。

「海斗さんには、処理設備の基本的な仕組みを調べてもらいたいですね」

「分かった。まずは情報を集めて、こちらで用意できる材料に合わせて考えてみる」

 こうして、それぞれの役割が決まった。

 ……ただし、完成までの道のりはまだ長い。

   ◇ ◇ ◇

「まずは、排水処理の方法を調べないとな」

 俺は頭の中で検索を呼び出した。

 水洗トイレ。

 排水処理。

 小規模な浄化設備。

 検索結果から、基本的な仕組みを確認していく。

 汚水を一度ため、固形物と液体を分ける。

 微生物などの働きによって有機物を分解する。

 その後も適切に処理し、周囲の土壌や地下水を汚染しないようにする。

 ただし、具体的な設備は、土質や地下水位、使用する水の量などによって変わってくる。

「……なるほど」

 俺は地面に図を描きながら考え込んだ。

「海斗さん、何か分かりましたか?」

 蝉丸が覗き込む。

「大まかな仕組みは分かった。ただ、実際に作るとなると、材料や構造をこの世界に合わせないといけない」

「それはそうですね。現代の設備を、そのまま持ち込めるわけではありませんし」

「そうなんだ。特に、配管や接合部分をどう作るかが問題だな」

 金属の管を大量に用意するのは難しい。

 木材を使う方法も考えられるが、水漏れや腐食への対策が必要になる。

 それに、汚水を処理する設備は、失敗したときの影響が大きい。

「最初から完璧なものを作ろうとするのは危険だな」

「同感です。まずは構造を整理して、必要な材料と加工方法を確認しましょう」

 蝉丸は地面に描かれた図を見つめた。

「錬金術で部品を作れる可能性はあります。ただし、処理槽そのものをどう作るか、耐久性をどう確保するかは別の問題です」

「じゃあ、まずは屋内トイレの構造と、排水をためる設備について調べよう」

「分かりました」

 唯衣が再び手を挙げる。

「私は何をすればいい?」

「そうだな……。屋内のどこにトイレを設置するか、一緒に考えてくれないか?」

「任せて!」

「あと、屋外のトイレを作る場所も決めたい。男女別にするから、二つ分のスペースが必要だな」

「うん。入口も別々にして、ちゃんと目隠しを作るんだよね?」

「ああ。安心して使えるようにしよう」

「それなら、少し広めの場所がいいね!」

 唯衣はさっそく土地の方へ目を向けた。

 こういうところは、本当に頼りになる。

   ◇ ◇ ◇

 作業の合間。

 唯衣は、いつものようにプルルの様子を見ていた。

「プルル、ご飯だよー」

 小さく切った果実と、柔らかな草を少量。

 プルルはそれを身体の中に取り込み、ぷるぷると揺れた。

「よしよし。今日もちゃんと食べてるね」

「唯衣、昨日より大きくなったか?」

 俺が尋ねると、唯衣はプルルを両手に乗せた。

「うーん……。やっぱり、ちょっと大きくなってる気がする」

「気のせいではないかもしれませんね」

 蝉丸も記録帳を持ってきた。

「体格の変化は、同じ容器や目盛りを使って測れば比較できます。感覚だけで判断するより確実でしょう」

「なるほど。じゃあ、明日から大きさも記録しよう」

 俺は頷いた。

 そのとき、唯衣がふと思い出したように言った。

「そういえば、私のステータスの従魔のところ……。昨日はプルルの情報が少し見えにくかったんだけど、もう一度確認してみてもいい?」

「もちろんだ」

 唯衣は目を閉じ、ステータスを確認した。

 しばらくして、眉を寄せる。

「……あれ?」

「どうした?」

「昨日と表示が違う気がする」

「違う?」

「うん。名前と種族は同じなんだけど、何か数字が見えるようになってる」

 俺たちは顔を見合わせた。

「レベルか?」

「まだ分からない。ちょっと待って……」

 唯衣は集中を続けた。

 そして――。

「……あっ!」

「どうしたんです?」

 蝉丸が身を乗り出す。

「レベルの欄が見える! プルル、レベルが上がってる!」

「本当か!?」

「うん! 前に見たときは読めなかったのに、今はちゃんと表示されてる!」

 唯衣は嬉しそうにプルルを抱き上げた。

「すごいね、プルル!」

「ぷるっ!」

 プルルが身体を揺らす。

 ただし、表示が見えるようになった理由までは分からない。

 レベルが上がったからなのか、テイムした従魔の情報が時間とともに確認できるようになるのか。

 今の段階では判断できなかった。

「蝉丸の鑑定でも、もう一度確認してみてくれないか?」

「分かりました」

 蝉丸はプルルに向き直った。

「鑑定」

 少し間を置いて、蝉丸が顔を上げる。

「……こちらでも、前より情報が確認しやすくなっています。レベルについても、表示が出ているようですね」

「つまり、唯衣のステータスと蝉丸の鑑定、両方で確認できたわけか」

「はい。ただ、レベルが上がった原因や、今後どのように成長するかまでは分かりません」

「それでも、成長していることが分かっただけで十分だよ!」

 唯衣は満面の笑みだった。

 俺も、少しほっとした。

 プルルは、唯衣が少しずつ餌を与え、時間をかけて懐かせたスライムだ。

 そのプルルが成長しているのなら、素直に嬉しい。

「よし。これからも餌の量と大きさ、ステータスの変化を記録していこう」

「はい!」

 蝉丸が記録帳に新しい項目を書き加える。

 唯衣はプルルを地面に下ろし、優しく声をかけた。

「これからも、ゆっくり大きくなろうね」

「ぷるっ!」

 プルルは、元気よく身体を揺らした。

   ◇ ◇ ◇

 夕方。

 俺たちは今日の作業を終え、テントの前で一息ついていた。

 家の建築は少しずつ進んでいる。

 井戸も、手押しポンプも、試験運用を続けながら改善していく予定だ。

 そして、新たに取り組むことになったトイレと排水処理。

 屋内の水洗トイレ。

 屋外の男女別堆肥用トイレ。

 考えることは多いが、一つずつ進めるしかない。

「海斗さん」

 唯衣が隣に座った。

「ん?」

「この世界に来たときは、どうなることかと思ったけど……」

 唯衣は遠くの山を見つめた。

「今は、ここでの暮らしも少しずつ楽しくなってきたね」

「……そうだな」

 俺は頷いた。

 日本に帰れるかどうかは、まだ分からない。

 家族や友人のことを考えれば、不安が消えたわけでもない。

 それでも、今できることはある。

 暮らす場所を整える。

 仲間と協力する。

 少しでも快適な生活を作っていく。

 それが、今の俺たちにできることだ。

「よし。明日も頑張るか」

「うん!」

「俺は明日こそ、酒造りの計画を進めたいな」

 慎之助さんが口を挟んだ。

「……まだ諦めてなかったんですか」

「当然だ!」

「蝉丸、酒造りに必要な設備も調べることになりそうだぞ」

「仕事を増やさないでください」

「ははは!」

 いつもの賑やかな声が、夕暮れの草原に響く。

 その足元では、プルルがぷるぷると揺れていた。

 俺たちのスローライフは、まだ始まったばかりだ。

 家も、井戸も、トイレも。

 どれも完成したとは言えない。

 けれど、少しずつ前に進んでいる。

 明日はどこまで進められるだろうか。

 そんなことを考えながら、俺は夕焼けに染まる山々を眺めていた。


いつも読んでいただきありがとうございます。


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