第27話 トイレ問題に決着!? コンポストとスライムの意外な活用法
翌朝。
「……さて、今日は水回りの問題を解決するぞ」
テントの前で、俺はそう宣言した。
「おー!」
唯衣が元気よく手を挙げる。
「ついに水洗トイレですか!?」
「いや、まだそこまでは決まってない」
「えーっ!」
「えーっ、じゃない。井戸の調査もあるし、排水をどう処理するかも考えないといけないんだぞ」
「分かってますけど……」
唯衣は残念そうに肩を落とした。
その気持ちは分かる。
俺だって、早く快適なトイレと風呂が欲しい。
異世界に来てからというもの、現代日本の生活環境がどれほど恵まれていたのか、嫌というほど思い知らされている。
蛇口をひねれば水が出る。
お湯を沸かすのも簡単。
トイレを使えば、汚物は水と一緒に流れていく。
そんな当たり前の生活が、今では夢のようだ。
「まずは、トイレの選択肢を整理しよう」
俺は頭の中でインターネット検索を起動した。
検索ワードは、トイレの種類と排泄物の処理方法。
すると、いくつもの情報が浮かび上がった。
汲み取り式トイレ。
コンポストトイレ。
水洗トイレ。
それぞれに長所と短所がある。
「……やっぱり、コンポストトイレは候補に入れておきたいな」
「コンポストトイレって、昨日も言っていたものですよね?」
蝉丸が眼鏡を押し上げる。
「ああ。排泄物を微生物の働きで分解し、適切な処理を経て堆肥として利用することを目指すトイレだ」
「肥料になるんですか?」
唯衣が尋ねた。
「条件を整えて、十分に処理すればな。もちろん、できたものを何でもすぐに畑へ撒けるわけじゃない。衛生面には注意が必要だ」
排泄物を堆肥化するには、水分や通気性などの管理が必要になる。
処理が不十分なものをそのまま使えば、病原体などの問題もある。
だが、適切に運用できれば、資源を循環させる仕組みになる。
「それに、水を大量に使わなくていいのも利点だ。井戸が完成しても、節水できるならその方がいい」
「なるほど……」
蝉丸が頷いた。
「水洗トイレを作るとしても、屋外用のトイレがあれば便利かもしれませんね」
「そう。それだ!」
俺は指を鳴らした。
「家の中には水洗トイレ。畑の近くにはコンポストトイレを設置する」
「畑の近く?」
唯衣が首を傾げる。
「畑仕事をしているとき、いちいち家まで戻るのは面倒だろ? 外用のトイレがあれば便利だし、きちんと堆肥化できれば畑に利用する資源にもなる」
「確かに!」
唯衣の顔が明るくなった。
「畑を作るなら、肥料も必要だもんね!」
「そういうことだ。ただし、堆肥は適切に処理したものを使う。トイレの中身をそのまま畑に撒くわけじゃないからな」
「分かりました!」
よし。
これでトイレの方針は決まった。
水洗トイレの実現を目指しつつ、畑の近くにはコンポストトイレを設置する。
あとは、生活排水をどう処理するかだ。
「……問題は、こっちだな」
俺は検索画面を切り替えた。
今度は、小規模住宅の排水処理について調べる。
風呂の水。
台所の排水。
洗濯に使った水。
そして、トイレの汚水。
それぞれを適切に処理しなければならない。
汚れた水をそのまま小川に流せば、環境を汚してしまう。
井戸を作る予定もある以上、地下水への影響にも気を配る必要がある。
「浄化槽、か……」
検索結果に表示された仕組みを眺めながら、俺は呟いた。
「汚水を微生物の働きで処理する設備ですね」
蝉丸が画面を覗き込む。
「ああ。複数の処理工程を組み合わせて、汚れを減らす仕組みらしい」
「それを、この世界で作るんですか?」
「できればな。でも、現代の浄化槽をそのまま再現するのは難しいと思う」
材料も設備も違う。
そもそも、現代の浄化槽は構造だけ真似すれば完成するようなものではない。
処理能力を考え、適切な環境を維持し、定期的な管理も必要になる。
しかし――。
「この世界には、魔法も錬金術もある」
「……何か思いついたんですか?」
「いや、まだ仮説だ」
俺は少し考えた。
「浄化に向いた魔物がいれば、利用できるかもしれないと思ってな」
「魔物を浄化槽に?」
「そう。例えば、スライムとか」
その言葉に、唯衣が反応した。
「スライム!」
「……食いついたな」
「だって、スライムって可愛いじゃないですか!」
「いや、見た目だけで判断するなよ」
「分かってます!」
……本当に分かっているのだろうか。
俺は少し不安になった。
とはいえ、発想自体は悪くない。
この世界のスライムには、種類によってさまざまな性質があるらしい。
もし汚れを分解する能力を持つ種類がいるなら、排水処理に利用できる可能性はある。
ただし、スライムなら何でもいいわけではない。
汚れを取り込むだけなのか。
分解までできるのか。
処理後の水はどうなるのか。
そもそも、汚水の中で安全に飼育できるのか。
確認しなければならないことは山ほどある。
「……よし。まずはスライムについて調べてみよう」
俺たちは、村の人たちから情報を集めることにした。
◇ ◇ ◇
午前中。
俺たちは村長の紹介で、井戸掘りの経験があるダンさんと合流した。
「井戸を掘るなら、まずは場所の確認だな」
ダンさんは地面の様子を見ながら言った。
「川が近いからといって、どこでも水が出るわけじゃない。水の深さも違うし、飲み水に向くかどうかも調べる必要がある」
「なるほど」
「それと、汚水を処理する場所とは十分に距離を取らなきゃならん。地下へ染み込んだ汚れが井戸に入ったら大変だからな」
「そこは、俺たちも気をつけたいと思っています」
俺は頷いた。
井戸の候補地は、家を建てる場所から少し離れたところになった。
ただし、実際に水が出るかどうかは、掘ってみなければ分からない。
ダンさんは村人たちと協力し、井戸掘りの準備を進めてくれることになった。
俺たちも、石や道具を運ぶ作業を手伝う。
その合間に、俺は村人たちへスライムについて尋ねてみた。
「スライムですか? この辺りにもおりますよ」
村人の一人が教えてくれた。
「森の近くや草地で見かけますな。大人しい種類なら、それほど危険ではありません」
「何かを食べているところを見たことはありますか?」
「落ち葉や虫を取り込んでいるところなら見たことがあります。ただ、種類によって違うでしょうな」
「なるほど……」
やはり、実物を見てみる必要がある。
「近くにいる場所を教えてもらえますか?」
「ええ。案内しましょう」
こうして、俺たちは村の近くにある草地へ向かった。
◇ ◇ ◇
「この辺りにいるはずです」
案内してくれた村人が、草むらを指差した。
しばらく探していると――。
「あっ、いた!」
唯衣が声を上げた。
草の陰に、半透明の小さな塊がいた。
ぷるん。
ぷるん。
水滴のような身体を揺らしながら、ゆっくり移動している。
「……スライムか」
俺はしゃがみ込み、少し離れた場所から観察した。
大きさは、両手で抱えられるくらい。
透明に近い身体の中に、淡い緑色の粒がいくつか見える。
「可愛い……」
唯衣の声が小さくなった。
「だから、まずは観察だぞ」
「分かってるよ」
唯衣はそう答えたが、目はスライムに釘付けだった。
俺はインターネット検索で、スライムの生態について調べてみた。
もちろん、地球上の知識がそのまま異世界の魔物に当てはまるとは限らない。
それでも、観察の仕方や実験の考え方を知る手がかりにはなる。
「まずは、何を食べるのか調べたいな」
俺は周囲を見渡した。
落ち葉。
草。
小さな虫。
そして、近くには果物の皮もあった。
村人が昼食に食べた果物の残りらしい。
「いきなり汚れたものを与えるのはやめておこう。まずは、餌になりそうなものを少しずつ試してみよう」
「分かりました」
蝉丸が頷く。
俺たちは村人に確認し、食べても問題のない果物の切れ端を少量分けてもらった。
それをスライムから少し離れた場所へ置く。
最初、スライムは反応しなかった。
ぷるん。
ぷるん。
ただ、周囲を移動しているだけだ。
「……食べないね」
唯衣が残念そうに呟く。
「まだ気づいていないだけかもしれないぞ」
しばらく待っていると、スライムがゆっくりと果物へ近づいた。
そして――。
ぷるんっ。
身体の一部を伸ばし、果物を包み込んだ。
「おおっ!」
唯衣が声を上げそうになり、慌てて口を押さえる。
スライムは果物を身体の中へ取り込み、少しずつ形を変えていった。
数分後。
果物の形は見えなくなっていた。
「……食べたのか?」
「取り込んだのは確かですね」
蝉丸が観察を続ける。
「消化したのか、それとも体内に保管しているのかは、もう少し様子を見ないと分かりません」
「そうだな」
俺は頷いた。
しばらく観察を続けたが、スライムは特に変わった様子を見せなかった。
そこで、今度は少量の落ち葉を置いてみる。
すると、こちらにも反応した。
スライムは落ち葉を取り込み、ゆっくりと身体を揺らす。
「……植物由来のものも食べるみたいだな」
「じゃあ、食べ物の残りも?」
「種類によるだろうな。何でも食べるとは限らない」
俺はそう答えた。
それから、俺たちは数回に分けて少量の餌を与え、反応を確かめた。
スライムは果物の切れ端や柔らかい落ち葉を取り込んだ。
一方、乾燥した硬い枝には、ほとんど反応しなかった。
少なくとも、何でも無差別に取り込むわけではないらしい。
「……興味深いですね」
蝉丸が呟いた。
「餌の種類によって反応が違います。これなら、今後も観察を続ける価値がありそうです」
「ああ」
俺はスライムを見つめた。
ここまでのところ、攻撃的な様子はない。
餌を与えても、こちらを襲ってくることはなかった。
しかし、それだけで安全だと判断するのは早い。
「唯衣。この子をテイムしてみたいか?」
「……いいの?」
唯衣が驚いたように俺を見る。
「ただし、テイムできるかどうかは分からない。無理に従わせようとするのも駄目だぞ」
「うん!」
唯衣はスライムの前にしゃがみ込んだ。
「さっき、果物を食べてくれたよね」
スライムが、ぷるんと揺れる。
「私たち、これから家を建てるんだ。もしよかったら、一緒に来ない?」
スライムはすぐには動かなかった。
唯衣は焦らず、もう一度、少量の果物を近くへ置いた。
スライムがそれを取り込む。
「……ありがとう」
唯衣は笑顔で言った。
それから、しばらく静かに待つ。
やがてスライムは、ゆっくりと唯衣の方へ移動してきた。
彼女の靴のそばで止まり、ぷるんと身体を揺らす。
「……あっ」
唯衣の表情が変わった。
「どうした?」
「なんか……この子の気持ちが分かる気がする」
「気持ち?」
「うん。怖がってるわけじゃないみたい。私と一緒に行くのも、嫌じゃないって」
「……テイムのスキルが働いているのかもしれませんね」
蝉丸が慎重に言った。
「ただ、念のため、もう少し様子を見ましょう」
「うん」
唯衣は頷き、スライムへ手を差し出した。
「ねえ。一緒に来てくれる?」
スライムはしばらくその場に留まっていた。
そして――。
ぷるんっ!
唯衣の手に、そっと身体を触れさせた。
その瞬間。
「……あっ!」
唯衣が目を見開いた。
「どうした、唯衣?」
「できた……!」
「何が?」
「テイム! この子、私の仲間になってくれたみたい!」
「おおっ!」
俺たちは顔を見合わせた。
今回は、ただ近づいただけではない。
餌を与え、反応を観察し、少しずつ距離を縮めた。
そして、スライム自身がこちらへ近づいてきたところで、唯衣のテイムが成立したのだ。
「やったね、唯衣!」
「うん!」
唯衣は嬉しそうに笑った。
スライムも、彼女の手の上でぷるぷると揺れている。
「……名前を付けてもいいかな?」
「もちろん」
「じゃあ、プルル!」
「……安直じゃないか?」
「可愛いでしょ?」
「まあ、呼びやすいとは思う」
「じゃあ決まり!」
こうして、俺たちの仲間に新しい存在が加わった。
名前は、プルル。
……もっとも、今のところは小さなスライムでしかない。
この子が本当に排水処理に使えるかどうかは、これから調べなければならないのだ。
◇ ◇ ◇
午後。
俺たちは、プルルの性質を調べるための簡単な実験を行うことにした。
もちろん、いきなり汚水を与えるようなことはしない。
まずは、泥のついた石と、きれいな水を用意した。
「プルル、これを見てくれ」
俺は小さな容器に入れた泥のついた石を見せた。
プルルは、ぷるんと揺れる。
そのまま容器の中へ入れると、石の表面に付着した泥へ身体を伸ばした。
しばらくすると、泥の一部がプルルの身体に取り込まれた。
「……おお」
俺は思わず声を漏らした。
石の表面が、先ほどよりきれいになっている。
「泥を取り込む性質はあるみたいですね」
蝉丸が観察する。
「ただし、泥そのものが分解されたのか、体内に取り込まれただけなのかは分かりません」
「そうだな」
俺は頷いた。
次に、少量の泥を混ぜた水を別の容器に用意した。
プルルを入れるのではなく、まずは容器の外から反応を観察する。
しかし、すぐに水がきれいになるような変化は見られなかった。
「……これは、時間がかかるのか?」
「それとも、泥を含んだ水には反応しないのかもしれません」
蝉丸が言った。
「今の段階では、判断できませんね」
「だな」
俺は少し考えた。
プルルが泥を取り込めることは分かった。
しかし、それが排水処理に使えるという証拠にはならない。
有機物を分解できるのか。
どれほどの量を処理できるのか。
処理後の水に危険なものが残らないか。
確認すべきことは、まだまだある。
「……焦らず、少しずつ調べていこう」
「賛成です」
蝉丸が頷いた。
「錬金術で、プルルが活動しやすい環境を作れる可能性もあります。ただ、先に性質を把握してからですね」
「そうだな」
俺はプルルを見た。
小さな身体を揺らしながら、容器の中を移動している。
今すぐ浄化槽に利用するのは無理だろう。
だが、汚れを取り込む性質があるなら、何かしらの可能性はある。
「……よし。まずはプルルを大切に育てながら、性質を調べていこう」
「うん!」
唯衣が嬉しそうに頷いた。
「プルル、よろしくね!」
ぷるんっ!
プルルが元気よく跳ねた。
◇ ◇ ◇
夕方。
俺たちはテントへ戻り、今後の計画を整理した。
「トイレについては、方針が決まりましたね」
蝉丸が言った。
「ああ。家の中には水洗トイレ。畑の近くにはコンポストトイレを設置する」
「水洗トイレの排水は、浄化槽で処理する方向ですね」
「そう。ただし、プルルが利用できるかどうかは、まだ分からない」
俺は念を押した。
スライムをテイムできたからといって、すぐに浄化槽の代わりになるわけではない。
もし利用できるとしても、スライムだけに頼るのではなく、適切な処理設備と組み合わせる必要があるだろう。
「風呂や台所の排水も、同じように処理できる仕組みを考えたいな」
「生活排水も、きちんと処理する必要がありますからね」
蝉丸が頷く。
「水洗トイレの汚水とは性質が違いますし、処理方法も検討しないといけません」
「そうだな。まとめて一つの設備で処理できるかどうかも、調べる必要がある」
俺は頭の中で、インターネット検索の画面を開いた。
浄化槽の構造。
微生物による処理。
排水の流れ。
維持管理の方法。
情報を集めながら、俺たちの環境で実現できそうな仕組みを考える。
現代の設備をそのまま再現するのは難しい。
それでも、この世界には魔法があり、錬金術があり、スライムがいる。
それらを組み合わせれば、現代日本と同じではなくても、快適な暮らしに近づけるかもしれない。
「……よし。明日も続きを調べよう」
「はい!」
唯衣が元気よく返事をした。
「プルルのことも、ちゃんとお世話するね!」
「頼むぞ。餌の与えすぎには気をつけてくれよ」
「分かってるって!」
「本当かな……」
「海斗さん、疑いすぎです!」
唯衣が頬を膨らませる。
蝉丸が苦笑した。
「まあ、テイムしたばかりですからね。餌の種類や量も、少しずつ確認していきましょう」
「そうだな」
俺は頷いた。
コンポストトイレは、畑の近くに設置して資源を循環させる。
水洗トイレは、適切な排水処理の仕組みと組み合わせて実現を目指す。
風呂や台所の生活排水も、同じく処理方法を考える。
そして、プルルの性質を調べ、もし適性があるなら浄化槽の仕組みに組み込む。
やるべきことは多い。
だが、少しずつ道筋が見えてきた。
「……異世界に来てまで、排水処理について真剣に考えることになるとはな」
俺が呟くと、慎之助さんが笑った。
「いいじゃないか。快適な生活には必要なことだろ?」
「まあ、それはそうですけど」
「家に風呂があって、水洗トイレがあって、酒も冷やせる。最高じゃないか!」
「最後のは、まだ実現できるか分かりませんよ」
「そこは何とかしてくれ!」
「俺に言われても……」
思わず笑ってしまった。
こうして、俺たちの家造りは、新たな段階へ進み始めた。
ただ丸太小屋を建てるだけではない。
水を確保し、排水を処理し、資源を循環させる。
この世界で長く快適に暮らすための仕組みを、自分たちの手で作っていくのだ。
そして、その第一歩として。
唯衣がテイムした小さなスライム――プルルが、俺たちの仲間になった。
……果たして、この小さな身体に、浄化槽の一部を任せられる日が来るのだろうか。
それは、これからの検証次第だ。
俺たちの異世界スローライフは、まだ始まったばかりなのだから。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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