第23話 残りのスキルも翻訳! ……母さん、もしかしてクルド人だったのか?
さて。
俺のスキルが、どうやらインターネット検索らしいと分かった。
これは大きな収穫だ。
木材の運搬方法も調べられるし、家造りに必要な知識だって手に入る。
これなら、異世界での生活も何とかなるかもしれない。
……いや。
ちょっと待て。
「…………」
俺は、ふと考え込んだ。
王都でスキル鑑定を受けたとき、俺のスキル名は3つとも文字化けしていた。
鑑定士にも読めず、どんな能力なのかも分からない。
その結果、役立たずかもしれないと判断されたわけだ。
だが、今の俺には、あの文字列を読み解く手掛かりがある。
インターネット検索の画面に表示された、あの言葉。
『検索ワードを入力してください』
あれは、明らかに日本語だった。
ということは――。
「……翻訳機能みたいなものがあるのか?」
試してみる価値はある。
俺は頭の中に浮かぶスキルの画面へ意識を向けた。
すると、あの見慣れない文字列が再び現れた。
『گەڕان بە ئینتەرنێت』
日本語でも英語でもない。
異世界の文字とも違う。
けれど、俺はその文字を見ているうちに、あることに気づいた。
「……これ、もしかして」
文字列の意味を知りたい。
そう意識した瞬間、表示がかすかに明滅した。
そして、その下に日本語が浮かび上がった。
『インターネット検索』
「……やっぱり!」
思わず声が出た。
読めた。
あの文字化けしていたスキル名が、日本語に翻訳されたのだ。
だが、ここで新たな疑問が生まれた。
「……なんで、クルド語なんだ?」
そう。
表示されている文字は、クルド語だった。
正確には、ソラニー方言で使われるアラビア文字表記。
俺はクルド語を読めるわけではない。
そもそも、今までクルド語を勉強したことすらなかった。
なのに、なぜスキル名がクルド語なのだろう。
「…………」
俺は腕を組んだ。
そして、ふと思い出した。
母さんのことだ。
俺の母親は、海外で仕事をしている。
父さんと一緒に海外勤務を続けていて、俺が高校生になったころには、日本にいる時間もかなり少なくなっていた。
けれど――。
母さんについて、俺は知らないことが多い。
普段は日本語で話していたし、食卓に並ぶ料理も普通の日本の家庭と大きく変わらなかった。
外国語を話している姿を見た記憶も、ほとんどない。
……いや。
子供のころ、母さんが電話で誰かと話しているのを聞いたことがあった気がする。
何を話しているのか分からなかった。
英語だと思っていたが、今考えると違ったのかもしれない。
「……まさか」
俺は、ある可能性に思い至った。
母さんは、クルド人だったのだろうか。
いや、待て。
母さんは日本語を普通に話していたし、俺も日本で生まれ育った。
クルド語を教わった記憶もない。
だからといって、母さんにクルド系のルーツがないとは限らない。
ただ、今の情報だけで決めつけることはできない。
「……うーん」
俺は頭を掻いた。
考えても、答えは出ない。
そもそも、俺のスキルがクルド語で表示されていることと、母さんの出自に関係があるのかどうかも分からないのだ。
もしかすると、俺のスキルが何らかの理由でクルド語を選んだだけかもしれない。
だが――。
「母さんに聞いてみたいな……」
そう呟いてから、俺は苦笑した。
今は異世界にいる。
電話も繋がらない。
母さんに直接確認することなんて、できそうにない。
「……帰れたら聞いてみるか」
日本に帰れるかどうかも分からないのに、気の早い話だ。
それでも、気になるものは仕方がない。
俺はひとまず、考えるのをやめた。
今は目の前の問題を解決する方が先だ。
そして――。
「……そうだ。残りのスキルも確認しよう」
俺は、スキルの画面へ意識を戻した。
◇ ◇ ◇
まずは、2つ目の文字列だ。
『هەڵگرتن』
俺は、その文字の意味を知りたいと意識した。
すると、すぐに日本語が表示された。
『ストレージ』
「……ストレージ?」
収納。
アイテムボックス。
異世界ものでは、お馴染みの能力だ。
物を収納し、必要なときに取り出せる。
容量に制限があるのか。
生き物も入れられるのか。
収納している間、時間が止まるのか。
分からないことは多い。
それでも、かなり便利な能力であることは間違いない。
「おお……」
俺は思わず声を漏らした。
そして、最後の文字列へ意識を向ける。
『بەهێزکردنی جەستە』
今度も、翻訳された日本語が浮かび上がった。
『身体能力強化』
「……なるほど」
身体能力強化。
確かに、異世界へ来てから身体が妙に軽く感じることがあった。
重い荷物を持つときも、以前より楽に動けている気がする。
これもスキルの効果なのかもしれない。
俺は、改めて3つのスキル名を見つめた。
インターネット検索。
ストレージ。
身体能力強化。
どれも、役立たずどころか、生活を大きく助けてくれそうな能力だ。
「……何で、これが読めなかったんだろうな」
もちろん、異世界の人間がクルド語を知らないのは当然だろう。
問題は、俺自身も読めなかったことだ。
俺のスキル名がクルド語で表示されている。
そして、俺が意味を知りたいと思うと、日本語に翻訳される。
何とも不思議な仕組みだ。
……まあ、魔法もスキルも存在する世界だ。
今さら不思議なことが1つ増えたくらいで、驚いていても仕方がない。
「よし。とにかく、使ってみるか」
俺は、目の前に積み上げられた木材へ視線を向けた。
そうだ。
ストレージがあるなら、試したいことがある。
昨日から頭を悩ませていた、木材の運搬問題だ。
太い丸太は重い。
何本も運ぶとなれば、荷車が必要になる。
それに、村から製材所まで運ぶだけでも一苦労だ。
だが、ストレージに収納できるなら――。
「……もしかして、これで解決するんじゃないか?」
俺は、目の前の丸太に手を伸ばした。
「収納」
そう念じる。
すると――。
ふっ。
丸太が消えた。
「…………」
俺は固まった。
地面に横たわっていた丸太が、跡形もなく消えている。
いや、正確には消えたわけではない。
頭の片隅に、収納した丸太の存在を感じる。
大きさも、形も、何となく把握できた。
「……おおおおお!」
思わず叫んだ。
「な、何ですか!?」
唯衣が飛び上がる。
慎之助さんも、手にしていた斧を取り落としそうになった。
「海斗君、どうした!?」
「丸太が!」
「丸太?」
3人が地面を見る。
そこには、さっきまであった丸太がない。
「…………」
「…………」
「…………」
全員が沈黙した。
「……海斗さん」
蝉丸が眼鏡を押し上げる。
「今、何をしました?」
「収納した」
「収納?」
「たぶん、ストレージっていうスキルだ。物を収納できるらしい」
「……え?」
唯衣が目を丸くした。
「今の丸太を?」
「ああ」
「どこに?」
「分からない。でも、スキルの中に入ったみたいだ」
「すごい……!」
唯衣が目を輝かせる。
「じゃあ、出すこともできるの?」
「たぶん」
俺は、収納した丸太を取り出すイメージを浮かべた。
――ポンッ。
次の瞬間。
丸太が、元の場所に現れた。
「…………」
「…………」
「…………」
またもや沈黙。
それから。
「すげえええええ!」
慎之助さんが叫んだ。
「何だそれ! 便利すぎるだろ!」
「本当ですね……」
蝉丸も目を見開いている。
「物体を収納して、必要なときに取り出せる。しかも、丸太ほどの大きさでも問題ないとは……」
「これなら、荷物を運ぶのも簡単だね!」
唯衣が嬉しそうに言った。
「ああ。これなら、木材を1本ずつ運ぶ必要もない」
俺は頷いた。
いや、待て。
1本ずつどころではない。
容量が許す限り、まとめて収納すればいいのだ。
木材の運搬問題は、ほぼ解決したと言っていい。
「よし! これで家造りが進むぞ!」
俺は拳を握った。
だが、その直後だった。
「……あれ?」
蝉丸が、何かを思い出したように声を上げた。
「どうした?」
「いえ……。収納スキルなら、私も持っています」
「…………」
「…………」
「…………は?」
俺は思わず聞き返した。
「今、何て?」
「ですから、私も収納スキルを持っています」
蝉丸は、ごく普通の顔で答えた。
「鑑定のときに確認しました。道具や小物を収納するのに使っていたんですが……」
「…………」
俺はゆっくりと唯衣を見た。
唯衣も、ゆっくり俺を見返した。
それから、2人で蝉丸を見る。
「……え?」
唯衣が首を傾げた。
「蝉丸君も収納できるの?」
「はい」
「じゃあ……」
俺は額に手を当てた。
「木材を運ぶ方法を考えていたとき、蝉丸も収納できるってことは……」
「……あ」
蝉丸の表情が変わった。
「…………」
「…………」
「…………」
3人で顔を見合わせる。
そして。
「……うっかりしてました」
蝉丸が苦笑した。
「お前、そこは忘れるなよ!」
俺は思わず突っ込んだ。
「いや、すみません。普段は小物を入れるくらいしか使っていなかったので、完全に頭から抜けていました」
「収納スキルがあるのに、収納のことを忘れてたのか……」
慎之助さんが呆れたように呟く。
「まあ、俺も人のことは言えないけどな」
「慎之助さんもですか?」
「いや、俺は収納スキルなんて持ってないからな。忘れようがない」
「そういう問題じゃありません」
唯衣が吹き出した。
「ふふっ……! もう、みんな何やってるの!」
「いや、だってなあ……」
俺は頭を掻いた。
そもそも、俺は自分のスキルの正体すら分かっていなかった。
インターネット検索に気を取られていたせいで、ストレージの存在を思い出すのが遅れた。
そして蝉丸は、収納スキルを持っているのに、運搬方法を考える場面でその存在を忘れていた。
……俺たち、大丈夫だろうか。
「まあ、結果オーライだ」
慎之助さんが、いつもの調子で笑った。
「これで木材の運搬は楽になる。問題は解決だ!」
「そうですね」
蝉丸も頷く。
「ただし、私の収納容量には限界があると思います。どれくらい入るか、正確には確認していません」
「俺の方も、どこまで入るか分からない」
俺は丸太を見た。
「だから、少しずつ試してみよう」
まずは、俺のストレージに木材を収納する。
太い丸太。
細い木材。
枝。
試しにいくつか収納してみたが、特に問題はなかった。
収納できる量には、まだ余裕があるように感じる。
少なくとも、今ある木材を運ぶくらいなら何とかなりそうだ。
「……これ、かなり便利ですね」
蝉丸が感心したように言う。
「運搬だけじゃなく、道具や食料の保管にも使えます」
「そうだな」
俺は頷いた。
食料を収納しておけば、持ち運びも楽になる。
雨に濡れる心配もない。
収納中に時間が経過するのかどうかは、まだ分からないが、それも後で確かめればいい。
「よし。今日は木材を集められるだけ集めよう」
「賛成!」
唯衣が手を挙げる。
「これなら家造りも早く進みそう!」
「酒の保管場所も近づいてきたな……」
「慎之助さん、それは後です」
「なぜだ!」
「家そのものがまだありませんから」
「……正論だ」
慎之助さんが肩を落とした。
俺たちは笑いながら、作業を再開した。
◇ ◇ ◇
その後の作業は、驚くほど順調だった。
切り倒した木を、俺が次々とストレージへ収納する。
蝉丸も、自分の収納スキルを使って、道具や細かい木材を運ぶ。
村人たちは最初こそ驚いていたが、事情を説明すると、感心したように頷いてくれた。
「いやあ、便利なスキルをお持ちですな!」
「おかげで助かります」
俺は笑って答えた。
もちろん、ストレージの詳しい性能については、まだ分からないことが多い。
それでも、今の俺たちにとっては十分すぎるほど便利だった。
日が傾くころには、かなりの量の木材を確保できた。
これだけあれば、家造りの準備も大きく進むだろう。
「今日はここまでにしよう」
俺が言うと、3人も頷いた。
「疲れたぁ……」
唯衣が大きく伸びをする。
「でも、楽しかった!」
「確かに。作業自体は大変でしたが、成果が目に見えるのはいいですね」
蝉丸も満足そうだ。
慎之助さんはというと――。
「帰ったら酒が飲みたい」
「はいはい」
俺は苦笑した。
こうして、俺たちの家造りは一歩前進した。
そして俺は、改めて自分のスキルについて考えていた。
インターネット検索。
ストレージ。
身体能力強化。
名前が分かっただけでも、できることが少しずつ見えてきた。
特にインターネット検索は、まだ使い始めたばかりだ。
今は木材の運搬方法を調べる程度だが、もっと幅広い知識を得られる可能性がある。
家の構造。
水回りの設備。
食料の保存方法。
農業。
医療。
この世界で暮らすために必要なことは、いくらでもある。
そして、身体能力強化も気になる。
今まで感じていた身体の軽さが本当にスキルの効果なら、どの程度まで強化されているのだろう。
……考えることが多いな。
でも、焦る必要はない。
少しずつ確かめていけばいい。
「……まずは家だな」
俺は、村の外れに広がる土地を見渡した。
ここに自分たちの家を建てる。
そのために必要なものを、自分たちの手で少しずつ整えていく。
ようやく、異世界での生活が形になり始めた気がした。
ただし――。
「……そういえば」
ふと、俺は思い出した。
「収納スキルって、時間が止まるんだろうか?」
「……え?」
蝉丸が固まる。
唯衣も固まった。
慎之助さんだけが、目を輝かせる。
「おいおい! それができたら、食料を大量に保存できるじゃないか!」
「いや、まだ分からないから」
「肉も魚も、いつでも新鮮なまま!」
「だから、まだ分からないって」
「酒も熟成させずに保管できる!」
「それは熟成させたいのか、させたくないのか、どっちなんですか……」
蝉丸が呆れたように呟いた。
俺は苦笑しながら、頭の中のストレージを意識した。
収納した丸太は、確かにそこにある。
だが、その内部がどうなっているのかまでは分からない。
時間が止まっているのか。
それとも、普通に流れているのか。
これは、今後の生活に大きく関わる問題だ。
「……明日は、そのあたりも試してみるか」
俺はそう呟いた。
インターネット検索の正体が分かった。
ストレージも使えるようになった。
そして、身体能力強化というスキルもある。
それから――。
俺のスキル名がクルド語で表示されていた理由。
母さんがクルド人、あるいはクルド系のルーツを持っている可能性。
今は、どちらも確かめようがない。
けれど、もし日本へ帰ることができたなら、いつか母さんに聞いてみたい。
俺の知らない家族の話が、まだあるのかもしれないから。
「……帰れるといいな」
小さく呟く。
そして俺は、もう一度、目の前の土地を見渡した。
今はまだ、何もない。
家も、畑も、風呂も、快適なトイレもない。
けれど、俺たちには仲間がいる。
役立つスキルもある。
分からないことを調べる手段だって手に入った。
ならば、少しずつ作っていけばいい。
ここでの生活を。
自分たちが望む、快適な暮らしを。
そう思いながら、俺たちは夕暮れの村へ戻っていった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
もしよろしければ、ブックマークと評価の方もよろしくお願いいたします。




