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異世界に転移したら、何のスキル?スキル名が文字化けで役立たず扱いなんですけど?  作者: 奈汪翳芳
第1章 異世界転移とスローライフの始まり

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第20話 魔物の肉と、辺境の村が見えてきた

 黒い狼獣人――ペローと別れてから、しばらく。

 俺たちの乗った馬車は、再びネリス村へ向かって走っていた。

「……静かになったな」

 御者台の近くに座っていた慎之助さんが、ぽつりと呟く。

「そうですね」

 俺も森の奥へ視線を向けた。

 そこには、もうペローの姿はない。

 さっきまで俺たちの目の前でブラッドホーンベアと戦っていたとは思えないほど、森は静かだった。

「……ペローさん、大丈夫かな」

 唯衣が呟いた。

「怪我してたよね」

「左腕を少しな」

 ガルドさんが答える。

「ただ、あの程度なら大丈夫だろう。あれだけ動けるなら、致命傷じゃない」

「でも、ちゃんと治療したほうがいいよ」

「本人が拒否したからな」

 ミリアさんが苦笑する。

「まあ、あの態度を見る限り、人間に助けられるのが嫌なんだろう」

「……うん」

 唯衣は小さく頷いた。

 けれど、その表情は晴れない。

「唯衣さん」

「なに?」

「そんなに心配ですか?」

「……うん」

 少しだけ間があった。

「だって、怪我してたし」

「まあ、それはそうですけど」

「それに……」

 唯衣は森を見る。

「なんか、寂しそうだったから」

「……」

 俺は何も言えなかった。

 確かに、ペローはずっと警戒していた。

 人間を信用していない。

 俺たちにも距離を取っていた。

 それでも。

 唯衣に声を掛けられたときだけ、ほんの少し表情が変わっていた気がする。

「また会えるかな」

 唯衣が小さく呟く。

「どうでしょうね」

 俺は正直に答える。

「でも、会えるといいですね」

「うん」

 今度は、少し嬉しそうに笑った。

「次に会えたら、ちゃんと話してみたい」

「そんなに話したいんですか?」

「うん」

 唯衣は即答した。

「ペローさん、あんまり自分のこと話してくれなかったから」

「確かに」

「どこに住んでるのかとか、何をしてるのかとか、好きな食べ物とか」

「そこまで聞くつもりですか?」

「聞きたいよ」

 唯衣が笑う。

「だって、友達になりたいもん」

「……友達」

 俺は少し驚いた。

 出会って、まだそれほど時間が経っていない。

 しかも相手は、人間そのものを警戒している。

 それでも唯衣は、そんなことを気にしていないらしい。

「唯衣ちゃんらしいねぇ」

 慎之助さんが笑う。

「そういうところ、俺は嫌いじゃないぞ」

「何ですか、それ」

「いやいや。いいことだろ」

 慎之助さんが肩をすくめる。

「警戒されてるからって、こっちまで警戒してたら何も始まらん」

「まあ、それはそうですね」

 俺も頷いた。

 ◇ ◇ ◇

「そういえば、ペローに肉を渡すんだったな」

 ガルドさんが突然言った。

「あ」

 俺も思い出す。

 ブラッドホーンベアを解体するとき、ガルドさんたちはペローにも少し分けると言っていた。

「まだ近くにいるかもしれませんね」

「たぶんな」

 ロイドさんが森を見る。

「獣人なら、俺たちより移動が速いだろうけど」

「探してみます?」

 唯衣が聞いた。

 ガルドさんは少し考える。

「いや。無理に探す必要はない」

「でも……」

「ペローが俺たちを警戒しているのは分かるだろ?」

「うん」

「なら、追い回すような真似はしないほうがいい」

「……そっか」

 唯衣が残念そうにする。

 すると、セラさんが森の方を見て、首を傾げた。

「……あれ?」

「どうした?」

「向こうの木の間に、何かいませんか?」

 全員がそちらを見る。

 だが。

「……何も見えないぞ」

 ガルドさんが目を細める。

「私もです」

「俺も」

 ロイドさんも首を振る。

 俺にも何も見えない。

 ただ――。

 唯衣だけが、じっと森を見ていた。

「……いると思う」

「分かるのか?」

「なんとなく」

 唯衣は目を細める。

「さっきと同じ感じがする」

「同じ?」

「うん」

 少しだけ笑った。

「ペローさんが見てる感じ」

 俺は森を見る。

 何も見えない。

 それでも。

「……呼んでみます?」

「うん」

 唯衣が森へ向かって声を掛ける。

「ペローさーん!」

 返事はない。

「……いないかな」

 唯衣が少し肩を落とす。

 そのとき。

 木々の間から、黒い影が現れた。

「……」

 黒い毛並み。

 狼の耳。

 大きな尻尾。

 ペローだった。

「いた!」

 唯衣の顔が明るくなる。

 ペローは少し困ったような顔をした。

「……何だ」

「よかった。まだ近くにいたんだ」

「……」

 ペローが唯衣を見る。

「何か用か?」

「うん」

 唯衣は嬉しそうに頷いた。

「渡したいものがあるの」

「俺に?」

「そう」

 ガルドさんが布で包んだ肉を持ち上げる。

「ブラッドホーンベアの肉だ」

 ペローの視線が肉へ向く。

 だが、すぐにガルドさんへ戻った。

「……俺は必要ない」

 即答だった。

「でも――」

 唯衣が一歩近づく。

「ペローさんも戦ったんだよね?」

「……」

「それに、私たちを助けてくれた」

「別に」

「でも、助かったよ」

 唯衣はまっすぐペローを見る。

「本当にありがとう」

「……」

 ペローは何も言わなかった。

 ただ、耳がわずかに動いた。

「だから、これ」

 唯衣が肉を見る。

「これを食べて、怪我を治してほしい」

「……」

 ペローが黙り込む。

 その表情からは、何を考えているのか分からない。

 俺は横から口を挟んだ。

「もちろん、素材の権利がペローさんにあるという意味じゃありません」

「……」

「ガルドさんたちが倒した魔物ですから、素材の権利は冒険者の皆さんにあります」

 俺は肉を見る。

「そのうえで、ガルドさんたちが好意で分けてくれるそうです」

 ペローはガルドさんを見る。

「本当に?」

「ああ」

 ガルドさんが頷く。

「俺たちだけで食べるには多い。それに、お前が最初に戦ってくれたことも事実だ」

「……」

「それに――」

 ガルドさんは少しだけ笑った。

「俺たちを助けてくれた礼でもある」

「……礼?」

「ああ」

 ペローが黙る。

「俺たちが勝手に渡したいだけだ。だから、遠慮する必要はない」

「……」

「施しだと思う必要もない」

 ガルドさんは続けた。

「助けてもらったことへの、俺たちからのお礼だ」

 ペローは肉を見つめた。

 それから、俺たちを見る。

 最後に――。

 唯衣へ視線を向けた。

 唯衣は何も言わなかった。

 ただ、静かにペローを見つめている。

 急かすこともしない。

 無理に笑わせようともしない。

 ただ、受け取ってくれるのを待っていた。

「……」

 ペローはしばらく黙っていた。

 やがて。

「……分かった」

 小さく頷いた。

「本当に?」

 唯衣の顔がぱっと明るくなる。

「ああ」

 ガルドさんが布包みを差し出す。

 ペローは少し警戒しながら近づき、それを受け取った。

「……ありがとう」

「どういたしまして!」

 唯衣が笑う。

 ペローは一瞬だけ目を丸くした。

 それから、ほんの少しだけ口元を緩める。

「……そんなに嬉しいのか?」

「うん」

「なぜ?」

 唯衣は少し考えて。

「だって――」

 照れたように笑った。

「また会えたから」

「……」

「さっき、もう会えないかもしれないって思ってた」

 ペローが黙る。

「だから、また会えて嬉しい」

「……そうか」

 短い返事。

 それだけだった。

 けれど。

 さっきまでより、声が少しだけ柔らかかった。

「それと!」

 唯衣が続ける。

「お肉、美味しいよ」

「そうなのか?」

「うん! 私、さっき食べたけどすごく美味しかった!」

「……」

 ペローが布包みを見る。

「なら、食べてみる」

「うん!」

 唯衣が嬉しそうに頷く。

「ちゃんと食べて、怪我を治してね」

「……ああ」

「約束だよ?」

 ペローが少しだけ目を見開く。

「……約束?」

「うん」

 唯衣は笑った。

「また会うためにも、ちゃんと元気になってね」

「……」

 ペローはしばらく唯衣を見つめた。

 そして。

「……分かった」

 今度は、はっきりと答えた。

「約束する」

「うん!」

 唯衣の顔がさらに明るくなる。

「じゃあ、またね!」

「……ああ」

「今度会ったら、もっとお話ししようね」

「……」

 ペローが一瞬、固まる。

「……分かった」

 そう言って。

 今度こそ森の中へ消えていった。

「……行っちゃった」

 唯衣が森を見つめる。

「でも、また会えるよね」

「きっと会えますよ」

 俺が答える。

「だって、約束しましたから」

「うん!」

 唯衣が嬉しそうに笑った。

 その笑顔を見ていた慎之助さんが、ニヤニヤする。

「いやあ、青春だねぇ」

「慎之助さん」

「はい」

「余計なこと言わないでください」

「はいはい」

 唯衣は意味が分からないという顔をしている。

 俺はため息をついた。

 ……まあ。

 あのペローが、唯衣の言葉には少しずつ反応している。

 それだけでも、悪いことではないだろう。

 ◇ ◇ ◇

「さて」

 ガルドさんが手を叩いた。

「俺たちも飯にするか」

「賛成です」

 ロイドさんが頷く。

「腹が減った」

「私も」

 セラさんも笑う。

 俺たちは道の脇に馬車を止め、簡単な昼食の準備を始めた。

「じゃあ、この肉を焼きますか」

 俺がブラッドホーンベアの肉を取り出す。

「海斗君」

 慎之助さんが横から覗き込む。

「酒は?」

「ないです」

「ないのか……」

「村に着いてから探してください」

「異世界の熊肉に異世界の酒……最高の組み合わせなのになぁ」

「まだ村にも着いてませんよ」

「分かってるよ」

 慎之助さんがため息をつく。

 俺は苦笑しながら肉を切り分けた。

 串に刺して焚き火の上へ。

 じゅうじゅうと脂が焼ける音がする。

 香ばしい匂いが広がっていく。

「美味しそう……」

 唯衣が肉を見つめる。

「まだだぞ」

「分かってるって」

「本当か?」

「……ちょっとだけ待ちきれない」

「やっぱり」

 俺が笑う。

 しばらく焼いていると、表面がこんがりと色づいた。

「よし」

 一切れ切って、自分で食べてみる。

「……」

 口に入れた瞬間。

 肉汁が広がった。

「……うまい」

「本当?」

 唯衣が身を乗り出す。

「うん。かなり濃い」

「濃い?」

「肉の味が強い」

 この世界では、魔物の肉には普通の味とは別に、魔力による味――魔味がある。

 魔力を多く含む魔物ほど、その味が強いらしい。

「これが魔味なのかな」

「たぶんね」

 ミリアさんが頷く。

「ブラッドホーンベアの肉は、結構人気があるよ」

「じゃあ……」

 唯衣が手を伸ばす。

「いただきます!」

「熱いから気をつけろよ」

「うん!」

 唯衣が肉を口に入れる。

「……!」

 目が大きくなる。

「美味しい!」

「そんなに?」

「うん!」

 嬉しそうに頷く。

「普通のお肉より味が濃い!」

「だろ?」

 慎之助さんも一切れ受け取る。

「じゃあ俺も――」

 ぱくっ。

「…………」

「どうです?」

 ロイドさんが聞く。

 慎之助さんは真剣な顔で肉を噛み。

 そして――。

「酒が欲しい」

「感想それですか?」

「いや、肉は美味い!」

 慎之助さんが力強く頷く。

「だからこそ酒が欲しい!」

「はいはい」

 俺は呆れながら笑った。

 セラさんたちも肉を食べ始める。

「美味しいですね」

「普通の肉より力がある感じがする」

 それぞれ感想を言いながら、昼食を楽しむ。

 ほんの少し前まで魔物に襲われていたとは思えない。

 だが。

 こういう時間も悪くないと思った。

 ◇ ◇ ◇

 昼食を終え、再び馬車を走らせる。

 森を抜けると、少しずつ景色が変わってきた。

 道の両側に畑が増える。

 小さな農地。

 木造の小屋。

 薪を積んだ家。

 人の姿も、少しずつ見えるようになってきた。

「人が増えてきましたね」

 唯衣が窓から外を見る。

「ああ」

 ガルドさんが頷く。

「この辺りまで来れば、もうネリス村は近い」

「本当ですか?」

「あと少しだ」

「やった!」

 唯衣が嬉しそうに笑った。

 俺も少しだけ肩の力が抜けた。

 王都を出てから、かなりの日数が経った。

 盗賊。

 魔物。

 悪路。

 そして、ペローとの出会い。

 色々あった。

 それでも――。

「ようやく、落ち着けそうですね」

 俺が言うと。

「海斗君」

 慎之助さんが笑った。

「その台詞、フラグじゃないか?」

「……やめてください」

「いや、だって異世界だぞ?」

「そういうこと言うから、本当に何か起こるんですよ」

「まあまあ」

 慎之助さんが笑う。

「何か起きても酒があれば――」

「その理屈、もう聞き飽きました」

 唯衣が呆れた顔をする。

 そのときだった。

「……あ」

 唯衣が窓の外を指差した。

「見て!」

「どうした?」

「あそこ!」

 俺もそちらを見る。

 遠くに、煙が上がっている。

 その下には――。

 小さな家々。

 畑。

 木の柵。

 そして、そのさらに向こう。

 大きな山が見える。

「……あれが?」

 俺が聞く。

 ガルドさんが頷いた。

「ああ」

 その顔に笑みが浮かぶ。

「ネリス村だ」

「……」

 しばらく、誰も言葉を発しなかった。

 俺は窓から村を見つめる。

 王都のような大きな建物はない。

 立派な城壁もない。

 大きな店もない。

 ただ、山と森に囲まれた小さな村。

 俺が求めていた場所。

「……いいな」

 自然と、そんな言葉が出た。

「うん」

 唯衣も頷く。

「私、こういうところ好き」

「俺は酒場が気になる」

「慎之助さんはそればっかりですね」

 思わず笑ってしまう。

 王都からここへ来ることを決めたとき。

 俺たちは、それぞれ違う理由を持っていた。

 俺は静かな生活。

 唯衣は自然の中での暮らし。

 慎之助さんは酒。

 そして蝉丸は錬金術。

 今は、蝉丸とは村で落ち合う予定になっている。

 あいつがこの景色を見たら、どんな顔をするだろう。

 そんなことを考えていると。

「海斗」

 ガルドさんが声を掛けた。

「はい?」

「村に入る前に、1つだけ」

「何でしょう?」

「王国からの書状を出してくれ」

「ああ」

 俺は荷物から書状を取り出した。

 ネリス村へ向かうこと。

 土地の使用を認められていること。

 家を建てることを許可されていること。

 そこには、王国の正式な印が押されている。

「これがあれば大丈夫ですか?」

「ああ」

「ありがとうございます」

 書状をしまう。

 馬車がゆっくりと速度を落としていく。

 村の入り口が近づいてきた。

 すると――。

「馬車が来たぞ!」

 村の中から声が聞こえた。

 何人かの村人がこちらを見ている。

 子供たちが興味深そうに駆け寄ってくる。

 大人たちは少し警戒しながらも、こちらの様子を窺っている。

「王都からの人たちか?」

「何か書状を持ってるらしいぞ」

「例の移住者か?」

 そんな声が聞こえる。

 俺は少し緊張した。

 これから、ここで暮らすことになる。

 上手くやっていけるだろうか。

 そんなことを考えていると。

「止まります」

 御者が声を掛けた。

 馬車が、村の入り口で止まった。

 そして。

 人の群れの中から、1人の老人が前へ出てきた。

 60代くらいだろうか。

 白髪交じりの髪。

 少し曲がった背中。

 だが、その目にはしっかりとした光がある。

「王国から来られた方々ですかな?」

 老人が尋ねる。

「はい」

 俺は馬車から降りた。

「佐藤海斗です」

 続いて。

「武藤唯衣です!」

「佐藤慎之助だ」

 最後の名前を聞いた瞬間。

「酒は――」

「慎之助さん」

「はい」

 俺は即座に止めた。

 老人が苦笑する。

「ははは……元気な方ですな」

「すみません」

 俺は頭を下げる。

 老人は笑いながら手を振った。

「いやいや。王国から話は聞いております」

 そして――。

「ようこそ、ネリス村へ」

 その言葉を聞いた瞬間。

 俺は改めて思った。

 ――ここからだ。

 王都で用意された部屋ではない。

 誰かに与えられた仕事でもない。

 自分たちで選んだ。

 自分たちで暮らす場所。

 俺たちの異世界生活は――。

 ここから、本当に始まるのだ。


いつも読んでいただきありがとうございます。


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