第01話 異世界転移? ……いや、ここどこだよ!
本日、2回目の投稿です。
目を開けた。
最初に感じたのは、背中に伝わる硬い感触だった。
「……痛っ」
どうやら俺は、地面に倒れているらしい。
ゆっくりと身体を起こす。
「……ここ、どこだ?」
周囲を見回す。
草。
どこまでも続く草原。
遠くには森があり、そのさらに向こうには、雲に届きそうなほど巨大な山がそびえている。
空は青い。
雲もある。
太陽もある。
少なくとも、空港ではない。
「…………」
俺は数秒、黙っていた。
そして、恐る恐る後ろを振り返る。
「……飛行機は?」
あった。
いや。
正確には、ある。
俺たちが乗っていた旅客機が、草原の上に横たわっていた。
胴体に大きな傷があるわけでもない。
翼も折れていない。
ただ、滑走路も空港も何もない草原に、旅客機だけがぽつんと存在している。
「……どういうことだよ」
俺は立ち上がった。
周囲を見る。
同じように起き上がる人たち。
「ここどこ!?」
「空港は!?」
「飛行機、どうなってるの!?」
「誰か電話!」
「圏外!」
「俺も!」
「警察に連絡できないの!?」
「そもそもここ、どこなんだよ!」
あちこちから声が上がる。
混乱。
当然だ。
俺だって混乱している。
さっきまで飛行機の中にいた。
それが突然、眩しい光に包まれて。
次に目を開けたら、草原。
意味が分からない。
「……人数、確認しないと」
近くにいた乗務員が声を張り上げている。
俺も周囲を見渡した。
乗客。
乗務員。
子供。
老人。
外国人。
日本人。
全員が、同じように状況を理解できずにいる。
最終的に確認された人数は――。
乗客四百七十六人。
乗務員十二人。
合計四百八十八人。
幸い、大きな怪我をしている人は少なかった。
だが、それ以上に問題なのは。
「スマホ、全部ダメなのか?」
俺も自分のスマートフォンを取り出した。
画面は普通につく。
しかし、通信はできない。
電話も。
ネットも。
位置情報も。
「……GPSも駄目か」
当然だ。
ここがどこなのか分からない。
そして、空港が見当たらない以上、普通の場所ではないことだけは分かる。
「海斗!」
聞き覚えのある声がした。
振り向くと、唯衣がこちらへ駆けてくる。
「佐藤さん、大丈夫ですか!?」
「俺は大丈夫。武藤さんは?」
「私も大丈夫です」
その後ろから、見覚えのある男が歩いてきた。
「いやぁ、まいったねぇ」
「……慎之助さん」
「おう。怪我はないか?」
「大丈夫です」
「なら良かった」
慎之助さんは、周囲を見回した。
いつものように落ち着いているように見える。
ただ。
「……酒、持ってきてないよな」
「こんな状況で酒の心配ですか?」
「こんな状況だからこそだよ」
「意味が分からないですよ」
「いや、こういうときこそ一杯――」
「飲めるわけないでしょう」
「ですよねぇ」
相変わらずだった。
こんな状況でも、この人はこの人らしい。
少しだけ緊張が解けた。
そのときだった。
「……あれ?」
唯衣が飛行機を見上げた。
「そういえば、飛行機ってどうなってるんですか?」
「それがな……」
慎之助さんが首を傾げる。
「普通に動かせそうに見えるんだけどな」
「でも滑走路がありませんよ?」
「だなぁ」
俺たちは飛行機へ近づいた。
機体そのものには大きな損傷は見当たらない。
だが、当然ながら飛び立てる状況ではない。
滑走路がない。
周囲は草原。
そして何より、ここがどこなのか分からない。
「……本当に何なんだろうな」
俺が呟いたときだった。
遠くから声が聞こえた。
「――おい!」
「……?」
何人かが一斉に振り返る。
草原の向こう。
こちらへ向かってくるものが見えた。
「人……?」
唯衣が目を細める。
確かに人影だった。
しかも、一人ではない。
何人もいる。
さらに、その下には四本の脚。
「……馬?」
俺が呟く。
次第に姿がはっきりしてきた。
馬に乗った人間。
いや。
俺たちが知っている普通の騎馬隊とは、明らかに違う。
乗っている人たちは、見たことのない装備を身につけていた。
身体を覆う防具。
腰には剣らしきもの。
手には槍を持っている者もいる。
まるで――。
「……騎士?」
誰かが呟いた。
俺も同じことを思った。
ただし、コスプレには見えない。
馬も本物だ。
そして何より。
向こうも俺たちを見て、明らかに警戒している。
「止まれ!」
遠くから声が飛んできた。
俺たちの足が止まる。
騎馬隊も少し離れた場所で停止した。
先頭の男が、こちらをじっと見ている。
そして。
「……なんだ、あれは」
小さな声が聞こえた。
おそらく、こちらには聞かせるつもりのない言葉だったのだろう。
けれど、静かな草原では妙によく聞こえた。
「見たことがない……」
「巨大な乗り物か?」
「いや、あれほど大きなものを動かす獣が見えないぞ」
「魔道具なのか?」
「分からん。近づくな」
騎士たちは飛行機を見ながら、互いに言葉を交わしている。
当然だ。
俺たちにとって飛行機は当たり前のものでも、彼らにとっては違う。
巨大な機体。
翼。
窓。
車輪。
そして、遠くからでは細かな構造など分からない。
彼らが知っている乗り物の範囲では、到底説明できない代物なのだろう。
「……何かの魔物じゃないだろうな」
「魔物?」
思わず聞き返してしまった。
騎士たちがこちらを見る。
「しゃべったぞ」
「人間だ」
「だが、服装が……」
今度は俺たちの服装を見ている。
Tシャツ。
ジーンズ。
スニーカー。
スーツ。
旅行用の服。
こちらからすれば普通の格好だ。
だが、彼らからすれば、それすら見慣れないものらしい。
「そっちこそ、何なんだよ……」
俺が呟く。
当然、答えは返ってこない。
しばらくの沈黙。
やがて、先頭にいた騎士が馬から降りた。
そして、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
腰の剣に手を添えている。
警戒しているのだろう。
「武器を持っている者は?」
騎士が尋ねる。
誰も答えない。
「……武器?」
日本人の集団に、剣を持っている人間なんてほとんどいない。
少なくとも俺の周囲にはいない。
ただ、俺はキャンプ用のナイフを持っている。
しかし、それを今出す必要はない。
「武器は持っていません」
俺が答えた。
「そうか」
騎士は少しだけ警戒を緩めた。
そして、改めて俺たち全員を見渡す。
「お前たちは何者だ?」
「それは……」
俺たちにも分からない。
「俺たちは日本人です」
「ニホン……?」
「国の名前です」
「聞いたことがない」
「……ですよね」
俺は頭を抱えたくなった。
嫌な予感がする。
いや。
予感なんてものじゃない。
状況を整理すればするほど、現実離れした答えにたどり着いてしまう。
空港がない。
通信できない。
見たことのない土地。
見たことのない騎士。
そして――。
彼らが話している言葉は、確かに日本語ではない。
なのに。
なぜか俺たちには意味が理解できている。
「……海斗さん」
隣で唯衣が小声で言った。
「もしかして……」
「言うな」
「まだ何も言ってませんよ?」
「分かるから言うな」
慎之助さんも、少し離れたところで腕を組んでいる。
「おいおい……まさかな」
「考えたくないですね」
「でもよ」
慎之助さんが空を見上げた。
青い空。
白い雲。
その下に広がる、見渡す限りの草原。
「こういう状況ってさ」
「……はい」
「普通じゃないよな」
「……はい」
俺も空を見上げる。
飛行機はある。
俺たちもいる。
けれど、俺たちが知っている世界は――どこにもない。
先ほどまでいた飛行機の中。
突然の光。
そして、この場所。
もし。
もし、本当にそんなことがあるのなら。
「……異世界、ってことか?」
俺が小さく呟いた。
誰にも聞かせるつもりはなかった。
けれど。
「…………」
「…………」
「…………」
近くにいた何人かが、こちらを見た。
そして、騎士たちも。
誰も何も言わなかった。
ただ。
誰も笑わなかった。
俺自身も、笑えなかった。
こうして俺たち四百八十八人の、長い長い異世界生活が始まった。
――この時の俺は、まだ知らなかった。
この世界で「スキル」と呼ばれるものを。
そして。
俺自身に与えられたスキルの名前が、後々とんでもない問題を引き起こすことになるとは。
もちろん、その時点では。
そんなことを知る由もなかった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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