第18話 盗賊の後始末と、辺境への道
翌朝。
目を覚ますと、焚き火はすっかり消えていた。
「……朝か」
テントから出る。
少し冷たい空気が頬に当たった。
空を見上げると、東の空が薄く明るくなっている。
「よく寝た……」
大きく伸びをする。
すると。
「おはようございます」
ミリアが声を掛けてきた。
「おはようございます」
「よく眠れましたか?」
「はい。おかげさまで」
「それならよかったです」
少し離れた場所では、ガルドたちが朝食の準備をしている。
そして。
「あ……」
俺は昨日のことを思い出した。
「盗賊は?」
「まだいますよ」
ガルドが答える。
視線を向けると、少し離れた場所に盗賊たちが集められていた。
全員、武器を取り上げられている。
手も簡単に拘束されていた。
「このまま王都まで連れていくんですか?」
「いや」
ガルドが首を振る。
「途中にある宿場町の警備詰所へ引き渡す」
「宿場町?」
「ああ。街道沿いには、旅人や商人が休める宿場町がいくつかある。その中には王国の警備兵が常駐している場所もある」
「そこで?」
「そうだ」
ガルドが盗賊たちを見る。
「俺たち冒険者の仕事は、こいつらを捕まえるところまでだ」
「なるほど」
「その後の取り調べや裁判は、王国側の仕事になる」
「……冒険者が勝手に処罰するわけじゃないんですね」
「当たり前だ」
ガルドが苦笑する。
「俺たちにそんな権限はない」
なるほど。
確かにそうだ。
昨日の戦いで盗賊を倒すことはできても、その後どうするかまで冒険者が決めるわけではない。
「じゃあ、引き渡したら終わり?」
「基本的にはな」
「盗賊が何者なのかとか、どこを根城にしてるのかとかは?」
「それを警備兵が調べる」
ガルドが頷く。
「だから、俺たちは昨日の状況を説明する必要がある」
「ちゃんと報告するんですね」
「当然だ」
今度はロイドが口を開いた。
「何人いたのか。どこで遭遇したのか。武器は何を持っていたのか。何を要求してきたのか。そういう情報を伝える」
「なるほど……」
俺は感心した。
異世界だからといって、何もかもが適当なわけではないらしい。
「昨日の連中、どこから来たんでしょう?」
唯衣が盗賊たちを見る。
「それも聞くことになるだろうな」
ガルドが答える。
「俺たちも少し聞いたが、近くに使われていない村があるらしい」
「廃村?」
「そうだ」
「そこを根城にしてるんですか?」
「可能性は高い」
ガルドの表情が少し険しくなる。
「だから、警備兵には必ず伝える」
「……放っておくわけにはいかないですもんね」
「ああ」
ミリアも頷いた。
「もし本当に廃村を根城にしているなら、他にも仲間がいる可能性がありますから」
「昨日の10人だけとは限らない、と」
「そういうことです」
俺は小さく息を吐いた。
やっぱり。
昨日捕まえたから終わり、というわけではないらしい。
旅をしているだけでも、いろいろな危険がある。
魔物。
野生動物。
盗賊。
自然災害。
そして、人間同士の争い。
辺境へ行くということは、そういうものとも付き合っていかなければならないらしい。
「……気をつけないとな」
思わず呟く。
「その意識があれば十分だ」
ガルドが笑った。
◇ ◇ ◇
朝食を終える。
馬車に荷物を積み込む。
俺たちの馬車とは別に、盗賊たちを運ぶための馬車も用意されていた。
「こんなの、いつ準備したんですか?」
俺が聞く。
「昨日の夜のうちに話をつけておいた」
ガルドが答える。
「近くの宿場町へ向かう商人の馬車に、警備詰所まで運んでもらうよう頼んだんだ」
「なるほど」
「俺たちが直接運ぶ必要はないからな」
合理的だ。
冒険者が旅の目的を変更して、盗賊を王都まで連れていく必要はない。
あくまで自分たちの進路上にある警備詰所へ引き渡す。
それなら、俺たちも予定通りネリス村へ向かえる。
「それじゃあ、出発するぞ!」
御者の声が響いた。
馬車が動き出す。
俺たちは再び辺境への道を進み始めた。
◇ ◇ ◇
昼前。
馬車は小さな宿場町へ入った。
大きな町ではない。
街道沿いに宿屋や食堂が並び、その一角に石造りの建物があった。
入口には王国の紋章が掲げられている。
「あそこだ」
ガルドが指差す。
「街道警備詰所だ」
馬車が建物の前で止まる。
ガルドたちが先に降りた。
続いて、盗賊たちが降ろされる。
すると、建物から数人の兵士が出てきた。
「冒険者か?」
「ああ」
ガルドが答える。
「街道で盗賊を捕縛した。引き渡したい」
「何人だ?」
「10人」
兵士が驚いた。
「10人?」
「全員、生きている」
「怪我は?」
「戦闘による軽傷が数人。命に関わる者はいない」
ガルドは懐から紙を取り出した。
「こちらが報告書だ」
「分かった」
兵士が受け取る。
「確認させてもらう」
「頼む」
その後、兵士たちは盗賊たちを1人ずつ確認していった。
武器。
所持品。
人数。
怪我の状態。
そして、ガルドたちから昨日の状況を聞いていく。
「襲撃場所は?」
「街道から少し外れた森の入口付近だ」
「何を要求された?」
「荷物と金品」
「殺傷目的は?」
「こちらが確認した限りでは、最初から殺すつもりではなかったようだ」
「仲間は他にいると思うか?」
「可能性はある」
ガルドが答える。
「連中の話では、北側にある廃村を根城にしているらしい」
兵士の顔が変わった。
「廃村?」
「ああ」
「それは重要な情報だ」
兵士はすぐに別の兵士へ声を掛けた。
「隊長に報告しろ」
「はい!」
兵士が走っていく。
「この件はこちらで預かる」
警備兵がガルドに言った。
「盗賊たちは取り調べを行う。必要なら廃村も調査する」
「分かった」
「協力に感謝する」
「こちらこそ」
ガルドが頷いた。
これで終わりらしい。
盗賊たちは警備兵に連れられて、建物の奥へ消えていった。
俺はその背中を見ながら思う。
「……本当に引き渡すだけなんですね」
「そうだ」
ガルドが答える。
「俺たちは冒険者。こいつらを捕まえたことを報告して、あとは王国に任せる」
「そのほうがいいですね」
「俺たちが勝手に裁いたら、それこそ問題になるからな」
「確かに」
異世界だから何でもあり。
そんなことはない。
ちゃんと、この世界にもこの世界のルールがある。
それが少し分かった気がした。
◇ ◇ ◇
宿場町を出る。
再び馬車が街道を進み始めた。
「……盗賊の件も終わったし、あとはネリス村ですね」
唯衣が言う。
「そうだな」
俺は頷いた。
「今日中には着きそうですか?」
御者に聞く。
「このまま順調なら、明日の昼頃には」
「明日?」
「はい」
「思ったより遠いですね」
「辺境ですからね」
御者が苦笑した。
なるほど。
王都から離れている。
それだけでも、この場所が辺境なのだと実感する。
しばらく進むと、道の周囲から建物が完全に消えた。
森。
草原。
山。
そして細い街道。
「……静かになったな」
慎之助が呟く。
「宿場町を出たばかりなのに、もう人の気配がほとんどない」
「本当ですね」
蝉丸も窓から外を見る。
「この辺りは人口が少ないんでしょうか?」
「そうだろうな」
ガルドが答える。
「王都周辺と違って、辺境は村と村の間がかなり離れている」
「つまり……」
俺は外を見る。
「何かあっても助けが来るまで時間がかかる」
「その通りだ」
ガルドが頷いた。
「だから、辺境で暮らすなら自分の身は自分で守る必要がある」
「……覚えておきます」
俺は周囲を見回した。
山。
森。
川。
自然は豊かだ。
俺が求めていた環境でもある。
でも。
自然が豊かということは、それだけ人の手が入っていないということでもある。
魔物もいる。
野生動物もいる。
天候も変わる。
盗賊だっている。
「スローライフって、結構大変なんだな」
思わず呟く。
「何か言いました?」
唯衣が聞く。
「いや」
俺は苦笑した。
「何でもない」
そのときだった。
――ガサッ。
「……?」
森の中から音がした。
俺たちは一斉にそちらを見る。
「動物か?」
ロイドが弓に手を掛ける。
「分からない」
ガルドも立ち上がった。
俺も窓から森を見る。
何もいない。
ただ、木々が風に揺れている。
「……もう一度」
ペリッ。
小さな枝が折れる音。
今度は少し近い。
「何かいる」
ミリアが盾を構える。
セラも杖を手にした。
唯衣が不安そうに俺を見る。
「海斗さん……」
「大丈夫」
俺は短剣に手を添えた。
森を見つめる。
すると――。
木々の奥を。
何か黒い影が走った。
「!」
一瞬だった。
人間?
動物?
それとも魔物?
判断できない。
「追うか?」
ロイドが聞く。
「いや」
ガルドが首を振った。
「森の中へ入るのは危険だ」
「そうですね」
俺も賛成した。
辺境へ来たばかりで、わざわざ森の中へ入る理由はない。
やがて。
気配は消えた。
「……何だったんでしょう?」
唯衣が呟く。
「分からない」
ガルドが答える。
「ただ、この辺りは森が深い。野生動物かもしれないし、魔物かもしれない」
「人間の可能性も?」
慎之助が聞く。
「なくはない」
ガルドが答えた。
「だから、気になるからといって追いかけないほうがいい」
「了解」
馬車は再び進み始めた。
俺はしばらく森を見ていた。
何だったんだろう。
気にはなる。
でも。
今は気にしないことにした。
――このときの俺は。
その森の中で。
1人の男が、こちらを見ていたことを知らなかった。
黒い毛並み。
狼の耳。
そして――。
木の陰からこちらを警戒する、鋭い目。
「……人間か」
男は小さく呟いた。
彼の名は――。
ペロー。
28歳。
黒狼の獣人だった。
だが。
俺たちが彼と出会うのは。
もう少しだけ先の話だ。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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