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異世界に転移したら、何のスキル?スキル名が文字化けで役立たず扱いなんですけど?  作者: 奈汪翳芳
第1章 異世界転移とスローライフの始まり

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第17話 夜の森と、初めての盗賊

「全員、動くな」

 ガルドの低い声が響いた。

「何がいるのか確認する」

 俺は無意識に短剣へ手を伸ばした。

 隣では唯衣が息を殺している。

 慎之助もいつもの軽い表情を消していた。

 蝉丸は眼鏡を押し上げながら、森の奥をじっと見ている。

「……グルルル……」

 また聞こえた。

 低い唸り声。

 しかも、さっきより近い。

「セラ」

「分かってる」

 セラが杖を構える。

「火を強くする?」

「まだだ」

 ガルドが止めた。

「相手にこっちの位置を正確に教える必要はない」

「分かった」

 セラが杖を下げる。

 俺は森を見る。

 暗闇の中では、何も見えない。

 月明かりも木々に遮られている。

 こういう状況では、人間よりも動物のほうが有利なのだろう。

 俺がそう考えていたとき。

 ――ガサッ。

「!」

 茂みが揺れた。

 唯衣が小さく息を呑む。

 俺も短剣を握り直した。

「来るぞ」

 ロイドが弓を引き絞る。

 ガルドが一歩前へ出る。

「……」

 全員が息を殺す。

 そして。

 茂みから飛び出してきたのは――。

「……鹿?」

 小さな鹿だった。

 こちらを見るなり、驚いたように目を見開く。

「……」

「……」

「……」

 数秒間。

 誰も動かなかった。

 鹿も動かなかった。

 そして。

「ピィッ!」

 鹿が鳴いて、森の奥へ走り去っていった。

「…………」

 沈黙。

 慎之助がゆっくり口を開いた。

「……鹿かよ」

「鹿ですね」

 蝉丸が頷く。

「なんか、すみません」

 唯衣が誰にともなく謝った。

 ガルドが剣を納める。

「まあ、こういうこともある」

「じゃあ、さっきの唸り声は?」

 俺が聞く。

「鹿じゃない」

「ですよね」

 ガルドが森を見る。

「だから、まだ警戒は解かない」

 ロイドも頷いた。

「さっきの鹿とは別に、何かいる」

「……」

 その言葉に、空気が再び引き締まった。

「何か分かる?」

 ガルドが尋ねる。

「分からない」

 ロイドが首を振る。

「ただ、音が妙だ」

「妙?」

「ああ。一定の間隔で聞こえている」

 ロイドが耳を澄ませる。

「動物なら、もっと不規則になるはずだ」

 俺も耳を澄ました。

 風。

 木々の音。

 虫の声。

 そして――。

「……グルル……」

 確かに。

 一定の間隔だった。

「……誰かが真似してるとか?」

 唯衣が言った。

「それなら厄介だな」

 ガルドが答える。

「人間が獣の声を真似しているなら、こちらを誘い出そうとしている可能性がある」

「……」

 俺の背筋に、少し冷たいものが走った。

 盗賊。

 さっき聞いたばかりの言葉だ。

「でも、どうしてわざわざ?」

 蝉丸が尋ねる。

「夜営している俺たちを警戒させるためかもしれない」

「警戒させる?」

「眠らせないためだ」

 ガルドが言う。

「疲労させてから襲う連中もいる」

「なるほど……」

 異世界の盗賊。

 思っていたより面倒だ。

「ガルド」

 ロイドが突然、低い声を出した。

「どうした?」

「今、左だ」

 全員が左を見る。

 森の中。

 何も見えない。

「……何か動いた」

 ロイドが弓を構える。

 セラが杖を握る。

 ガルドが手で合図した。

 俺たちは焚き火の近くで身を低くする。

 数秒。

 何も起きない。

 そして――。

 パキッ。

 木の枝が折れる音。

「……!」

 今度は明らかだった。

 森の中に何かいる。

「セラ」

「はい」

「少しだけ照らせ」

「分かった」

 セラが杖を掲げた。

「――ライト」

 小さな光球が浮かび上がる。

 森の一部が照らされた。

 木。

 茂み。

 地面。

 そして――。

「……誰もいない?」

 唯衣が呟いた。

 だが。

「違う」

 ロイドが言った。

「足跡がある」

 俺も目を凝らす。

 確かに。

 湿った土の上に、人間の靴跡らしきものが残っている。

「……」

 ガルドの顔が険しくなった。

「やっぱり誰かいる」

「盗賊?」

「まだ断定はできない」

 ガルドは慎重だった。

「旅人かもしれないし、冒険者かもしれない」

「でも、こっちを見てる可能性がある」

「そういうことだ」

 ガルドが俺たちを見る。

「ここからは、俺たちの指示に従ってくれ」

「分かりました」

 俺が答える。

「もし戦闘になったら?」

「馬車の中へ」

「はい」

「絶対に出ないでください」

 ガルドの言葉は真剣だった。

「相手が盗賊だった場合、目的は皆さんの命とは限らない」

「荷物……ですか?」

 俺が聞く。

「そうだ」

 ガルドが頷く。

「金。

 食料。

 馬。

 武器。

 場合によっては人そのものを狙うこともある」

 唯衣の顔から笑顔が消えた。

「……怖い」

「だからこそ、俺たちがいる」

 ミリアが言った。

「安心してください」

 その声には、妙な説得力があった。

 その直後。

「――動いた!」

 ロイドが叫んだ。

 森の奥。

 複数の影が動いた。

「……!」

「人数は?」

 ガルドが聞く。

「分からない!」

 ロイドが答える。

「少なくとも5……いや、もっといる!」

 ガルドが剣を抜いた。

「全員、警戒!」

 冒険者4人が一斉に動く。

 ミリアが前へ出て盾を構える。

 ロイドは後方。

 セラは中央。

 ガルドが最前列。

 俺たちはその後ろへ下がった。

「海斗さん!」

 唯衣が俺の腕を掴む。

「大丈夫」

 俺は答えた。

 怖くないと言えば嘘になる。

 だが。

 この4人がいる。

 今は任せるしかない。

「出てこい!」

 ガルドが森へ向かって叫ぶ。

「こちらは王国の護衛任務中だ!」

 返事はない。

 代わりに――。

 森の中から声がした。

「……へえ」

 男の声。

「王国の護衛か」

 続いて。

「それにしては、ずいぶん荷物が多いじゃねえか」

「……!」

 俺は思わず馬車を見る。

 食料。

 テント。

 生活用品。

 王国から支給された物資。

 確かに、盗賊から見れば魅力的に見えるだろう。

「盗賊……」

 唯衣が小さく呟く。

 森の中から、1人の男が姿を現した。

 その手には剣。

 粗末な革鎧。

 さらに、その後ろから次々と人影が現れる。

「……1、2、3……」

 蝉丸が数える。

「8人……いや、10人」

 俺は息を呑んだ。

 本当に10人いる。

「皆さん」

 ガルドが低い声で言う。

「下がってください」

 盗賊の1人が笑った。

「おいおい。そんなに警戒するなよ」

「……」

「俺たちはちょっと荷物を分けてもらいたいだけだ」

 ガルドが剣を構える。

「断る」

「そう言うと思ったぜ」

 盗賊が笑う。

「だったら――」

 その瞬間。

 男が手を上げた。

「やれ!」

「来る!」

 ロイドの矢が飛んだ。

 ――ヒュッ!

「ぐあっ!」

 先頭の男が足を押さえて倒れる。

「なっ……!」

 盗賊たちが動揺する。

「ミリア!」

「はい!」

 ミリアが一気に前へ出た。

 盾で盗賊の剣を受け止める。

 ガンッ!

「ぐっ!」

 盗賊の男がよろめく。

 その隙を逃さず、ミリアが盾を叩き込んだ。

「ぐあっ!」

 男が地面に転がる。

「すごい……」

 唯衣が呟く。

 だが。

「まだです!」

 セラが叫んだ。

 杖の先に光が集まる。

「――風よ!」

 突風が吹き抜けた。

「うわあああっ!」

 数人の盗賊が吹き飛ばされる。

「魔法まで使うのか!」

 盗賊たちが慌て始める。

 ガルドが踏み込んだ。

「遅い!」

 剣が閃く。

 盗賊の剣を弾き飛ばし、そのまま男の胸元に剣を突きつける。

「武器を捨てろ!」

「……!」

 男が固まる。

 その周囲では、すでに数人が地面に倒れていた。

 わずか数十秒。

 戦闘は、ほとんど終わっていた。

「……強い」

 俺は思わず呟いた。

 王国の騎士も強かった。

 だが。

 この冒険者たちも、十分に強い。

 4人だけで10人以上の盗賊を圧倒している。

「逃げろ!」

 盗賊の1人が叫んだ。

 残った連中が森へ逃げようとする。

「逃がすか!」

 ロイドが矢を放つ。

 地面に矢が突き刺さる。

「次は足に当てる」

「ひっ!」

 盗賊が止まった。

 そのまま両手を上げる。

「降参だ!」

 他の盗賊たちも武器を捨てた。

 ◇ ◇ ◇

「……終わった」

 唯衣が呟いた。

「うん」

 俺も頷く。

 初めて見る盗賊との戦闘。

 思っていた以上にあっけなかった。

 だが。

 だからといって、怖くなかったわけではない。

 もし護衛がいなかったら。

 俺たちはどうなっていたか。

 考えたくもなかった。

「大丈夫ですか?」

 ミリアがこちらへ戻ってくる。

「はい」

 俺は答えた。

「ありがとうございます」

「仕事ですから」

 ミリアが笑う。

 ガルドも戻ってきた。

「怪我は?」

「ありません」

「それならよかった」

 ガルドが息を吐く。

「これで分かっただろ?」

「何がですか?」

「旅は、魔物だけを警戒していればいいわけじゃない」

「……はい」

 俺は素直に頷いた。

「盗賊もいる」

「そうだ」

「自然も危険」

「そう」

「魔物もいる」

「その通り」

「……」

 俺は周囲を見た。

 暗い森。

 夜空。

 焚き火。

 そして、少し離れた場所に座り込む盗賊たち。

「この世界で暮らすなら、ちゃんと危険を知っておかないとな」

 俺が呟くと、ガルドが笑った。

「その通りだ」

 そして。

「ただし、全部を恐れる必要はない」

「?」

「危険を知って、備える」

 ガルドが剣を鞘に戻した。

「それが一番大事だ」

「……なるほど」

 俺は頷いた。

 日本にいたころ。

 俺は田舎で暮らすことを、もっと気楽なものだと思っていた。

 家を建てて。

 畑を作って。

 森で薪を拾って。

 静かに暮らす。

 それだけだと思っていた。

 でも。

 ここは異世界だ。

 森には魔物がいる。

 街道には盗賊がいる。

 自然そのものも危険だ。

 それでも――。

「まあ、何とかなるか」

 俺がそう言うと。

「海斗君、前向きだねぇ」

 慎之助が笑った。

「いや、俺はただ……」

「ん?」

「家を建てたいだけです」

「そこに戻るのか」

「戻りますよ」

 唯衣が笑った。

「私も早く家を建てたい!」

 蝉丸も頷く。

「僕も錬金術用の作業場が欲しいです」

「俺は酒場」

「お前はそればっかりだな」

 4人で笑う。

 さっきまでの緊張が、少しだけ和らいだ。

 そして。

 俺たちはまだ知らなかった。

 ネリス村へ向かうこの旅が。

 これから出会う人々や出来事への――。

 最初の一歩に過ぎないことを。


いつも読んでいただきありがとうございます。


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