第15話 いざ、辺境へ!……その前に旅の準備
翌朝。
俺たち4人は、王国の施設にある一室へ呼ばれていた。
「皆様、こちらへどうぞ」
案内してくれたのは、昨日のスキル鑑定にも立ち会っていた王国の文官だった。
俺たちは顔を見合わせる。
「何の話でしょう?」
唯衣が小声で聞いてくる。
「昨日の話の続きじゃないか?」
俺が答える。
「辺境へ行くなら、その準備も必要でしょうし」
「なるほど」
蝉丸が頷く。
「確かに、何の準備もなしに王都から出すわけにはいきませんからね」
慎之助だけは――。
「俺としては、酒を持たせてくれるかどうかが重要だな」
「お前はそればっかりだな」
「だって大事だろ?」
「まあ……否定はしないけど」
そんな会話をしながら部屋へ入る。
そこには、いくつもの木箱が並べられていた。
「……結構ありますね」
俺は思わず呟いた。
「はい」
文官が説明を始める。
「辺境で生活を始めるにあたり、王国から最低限の生活物資を支給いたします」
木箱の中には――。
固いパン。
干し肉。
豆。
干した野菜。
塩。
それから調理用の鍋や皿。
木製のコップ。
ナイフ。
簡単な調理道具。
毛布。
衣類。
水を入れる容器。
ランプ。
火を起こすための道具。
薬品類。
思っていた以上に揃っている。
「……これ、全部もらっていいんですか?」
唯衣が驚く。
「はい。皆様が新しい生活を始めるための支援物資です」
「ありがたいですね」
俺は木箱の中身を確認していく。
食料はそれほど贅沢なものではない。
だが、保存が利くものが中心だ。
辺境へ移住するなら、こういう物のほうが助かる。
「砂糖もありますよ」
唯衣が小さな袋を取り出した。
「本当だ」
俺も覗き込む。
量はそれほど多くない。
「砂糖は高価なんですか?」
蝉丸が文官に尋ねる。
「はい。一般的な家庭が日常的に大量に使えるものではありません」
「なるほど」
蝉丸が袋を眺める。
「お菓子作りには、なかなか贅沢な材料ということですね」
「そうなります」
唯衣が少し残念そうな顔をした。
「ケーキとか作れないかなぁ」
「そのうち、自分たちで砂糖を手に入れる方法を考えればいい」
俺が言う。
「そうだね!」
唯衣がすぐに笑顔になる。
◇
「それと、こちらも必要でしょう」
文官が別の場所に積まれていた荷物を指差した。
「これは?」
俺が近づく。
そこには、折り畳まれた大きな布の束がいくつも置かれていた。
「テントです」
「……ああ」
俺は思わず頷いた。
そういえば――。
「家が完成するまでの寝床が必要ですもんね」
「はい」
文官も頷く。
「皆様が到着する土地には建物がありません。家を建てるまで、どこかで寝泊まりしていただく必要があります」
「確かに」
唯衣がテントを見る。
「これ、4人分ですか?」
「大型のものを2張り用意しています」
「2張り?」
「男女で分けて使うこともできますし、荷物置き場として使うこともできます」
俺はテントを確認する。
かなり大きい。
4人が寝るだけなら十分すぎるほどの広さだ。
「設営は難しくないんですか?」
「簡単な説明書もあります。慣れれば、それほど時間はかかりません」
「それなら助かります」
俺はテントを持ち上げてみる。
……意外と重い。
「馬車に積んでもらえるんですよね?」
「もちろんです」
文官が笑う。
「寝袋……というものもあります」
「寝袋?」
唯衣が首を傾げる。
「こちらです」
今度は筒状の厚手の布が出てきた。
「これは?」
「テント内で寝る際に使用する寝具です」
俺は手に取ってみる。
「なるほど」
日本のキャンプ用品ほど洗練されてはいないが、考え方は同じだ。
毛布だけで寝るよりずっといい。
「人数分あります」
「ありがたいです」
俺は頷いた。
「これなら家ができるまで何とかなりますね」
「そのほか、地面に敷くための敷物も用意しています」
「至れり尽くせりですね……」
唯衣が感心する。
「王国は、思った以上にちゃんと考えてくれてるんですね」
「皆様を辺境へ送り出す以上、最低限の生活ができるようにするのは当然です」
文官はそう答えた。
「過去の異世界人の中にも、自分で家を建てた方はいました。ですが、完成までの間はやはり仮住まいが必要になりますから」
「なるほど」
俺は頷く。
確かに。
家を建てるにしても、土地を決めて、木材を集めて、加工して、組み上げる。
1日や2日で完成するとは限らない。
その間に野宿するわけにもいかない。
「テントは大事ですね」
蝉丸が言う。
「むしろ必須でしょう」
「だな」
俺も同意した。
◇
「それと、簡単な野営道具もあります」
さらに木箱が開けられる。
小型の鍋。
フライパン。
水桶。
ロープ。
火打ち石。
ランタン。
簡単な工具。
それに、薪を割るための斧まで入っていた。
「……斧まである」
俺は手に取る。
「家を建てるなら必要になるでしょう」
「確かに」
俺は柄の状態を確認する。
悪くない。
「これなら木材を集めるのにも使えそうですね」
「ただし、森へ入る際には十分注意してください」
文官が念を押す。
「ネリス村周辺の森には魔物がいます」
「分かっています」
俺は頷いた。
「無茶はしません」
この世界に来てから、何度も魔物を見てきた。
魔物がいる世界で、無警戒に森へ入るほど俺は楽観的ではない。
まずは村人から周辺の情報を聞く。
危険な場所。
水場。
採取できる場所。
魔物の出現地域。
そういうことを確認してから行動するつもりだ。
◇
「それと、こちらが皆様の生活費です」
次に文官が取り出したのは、小さな袋だった。
ジャラッ。
中から金属の音がする。
「貨幣ですね」
蝉丸が興味深そうに覗き込む。
「はい。金貨、銀貨、銅貨を用意しています」
俺たちは王都で説明された貨幣制度を思い出す。
この世界では、日本円なんて当然使えない。
最初の村で物々交換をすることはできても、これから生活していくなら現地の貨幣が必要になる。
「これは4人で共有するんですか?」
俺が聞く。
「いえ。皆様それぞれに同額をお渡しします」
「なるほど」
1人ずつ袋を受け取る。
俺は中身を確認した。
金貨。
銀貨。
銅貨。
まだ金銭感覚は完全には身についていない。
だが、王都である程度の物価を教えてもらっている。
「しばらくは大丈夫そうですね」
「はい。無駄遣いをしなければ」
文官が慎之助を見る。
「……」
慎之助も文官を見る。
「何ですか?」
「いえ」
「何か言いたそうですね?」
「特には」
「絶対、酒のこと考えてると思われてますよ」
唯衣が笑う。
「失礼な」
「実際そうでしょう」
「否定できない……」
慎之助が肩を落とした。
◇
支給品の確認が終わったところで、今度は別の文官が地図を持ってきた。
「こちらが、ネリス村までの地図になります」
「おお」
俺は机の上に地図を広げた。
王都。
そこから伸びる街道。
途中にはいくつかの町や村がある。
そして、さらに先へ。
「ここがネリス村です」
文官が指を差した。
「王都から馬車で数日。大きな街道から少し外れた場所にあります」
「周囲は?」
俺が聞く。
「森があります」
「森……」
「さらに、その先には山があります」
俺は地図を見る。
山。
森。
川。
そして村。
俺が求めていた環境に近い。
「いいですね」
「気に入りました?」
「はい」
俺は頷いた。
「静かに暮らせそうです」
「ただし、森の奥には危険な魔物が確認されています」
「そこは注意します」
俺は地図をじっくり見る。
川が近い。
森も近い。
山もある。
水と木材が確保できるなら、生活するにはかなり都合がいい。
「畑も作れそうだね」
唯衣が地図を覗き込む。
「土地については、村長に話を通してあります」
「家は?」
「建築の許可も出ています」
それを聞いた瞬間。
「よし」
俺は小さく拳を握った。
「まずは土地を見てからだな」
「うん!」
唯衣も嬉しそうに頷く。
「どんな家にする?」
「まずは住める家」
「夢がない!」
「生活ができないと始まらないだろ」
「じゃあ、キッチンは広めがいい!」
「それは賛成」
「お風呂も!」
「当然」
「トイレも!」
「それも必要」
唯衣が嬉しそうに笑う。
「日本みたいなお風呂にしたいなぁ」
「そこは俺も同意する」
異世界生活で困ることの1つ。
食事。
寝床。
そして――。
「風呂だな」
俺が呟く。
「ですよね!」
唯衣が勢いよく頷いた。
「毎日お風呂入りたい!」
王都にいる間も、風呂に入れる機会はあった。
ただし、日本のように毎日湯船に浸かる文化ではない。
「水を温める方法ならあります」
蝉丸が口を挟む。
「魔石を利用すれば、ある程度の温度まで上げられるはずです」
「本当か?」
「ええ。仕組みを工夫すれば、生活用の給湯設備も作れると思います」
「それなら、風呂は何とかできそうだな」
「楽しみ!」
唯衣が満面の笑みを浮かべる。
「家ができたら、絶対お風呂作ろうね!」
「分かった」
俺は頷いた。
◇
「ところで」
慎之助が地図を指差した。
「ネリス村に酒場はあるのか?」
「ありますよ」
「よし!」
慎之助が立ち上がった。
「最高の村じゃないか!」
「まだ行ってもいないだろ」
「酒場があるなら十分だ」
「お前の判断基準、どうなってるんだ」
「重要だぞ?」
「はいはい」
文官が苦笑している。
「小さな酒場だと聞いています」
「小さくてもいい!」
慎之助の目が輝いた。
「酒が飲めるなら問題ない!」
「……まあ、いいけど」
俺はため息をついた。
「ただ、家ができるまでは酒場通いよりテント生活を優先しろよ」
「分かってるって」
「本当かな……」
唯衣が疑わしそうに見る。
「それに、家ができるまでの間も、料理くらいはできるようにしておかないとな」
俺が言う。
「テント生活でも食事は必要だ」
「じゃあ、簡単な料理からですね」
蝉丸が支給品の鍋を見る。
「干し肉と豆なら、煮込み料理くらいはできます」
「いいな」
「私はパンを焼いてみたい」
唯衣が言う。
「それは設備が整ってからだな」
「むぅ」
唯衣が頬を膨らませる。
そんな会話をしていると――。
「……なんだか」
蝉丸が笑った。
「本当に、これから新生活が始まるんですね」
「ああ」
俺も頷く。
王国から支給された物資。
テント。
寝袋。
食料。
工具。
貨幣。
地図。
そして――。
自分たちで作る家。
まだ何も始まっていない。
だからこそ、楽しみだった。
◇
準備が終わったころには、昼を少し過ぎていた。
「出発は明日の朝です」
文官が伝える。
「今日はこの施設で最後の夜を過ごしていただきます」
「分かりました」
俺たちは荷物をまとめ始めた。
支給された物資のうち、旅の途中で使うものは手元に残す。
それ以外は馬車へ積み込んでもらう。
テントも。
寝袋も。
調理器具も。
家が完成するまで必要になるものは、すべてまとめて運んでもらう。
「これなら、村に着いても寝る場所は確保できますね」
唯衣が安心したように言う。
「ああ」
俺は頷いた。
「家ができるまではテント生活だ」
「キャンプみたい!」
「そう思えば悪くないな」
「楽しそう!」
唯衣はすっかり乗り気だった。
「でも、雨の日は大丈夫かな?」
「テントなら多少の雨は問題ないでしょう」
蝉丸が答える。
「ただし、設営場所はちゃんと選ばないといけませんね」
「そうだな」
俺も頷く。
「川の近くすぎる場所や、水が溜まりそうな低い場所は避ける」
「さすが海斗君」
慎之助が感心したように言う。
「キャンプ慣れしてるだけだ」
「それでも頼りになるよ」
唯衣が笑った。
俺は少しだけ照れくさくなって視線を逸らした。
◇
夕方。
荷物の最終確認を終えた俺たちは、食堂で最後の夕食を取っていた。
「明日からテントかぁ」
唯衣が呟く。
「ちゃんと眠れるかな?」
「寝袋があるから大丈夫だろ」
「虫とか来ない?」
「それは……」
俺は少し考える。
「まあ、多少は覚悟したほうがいい」
「えぇ……」
「森の近くだからな」
「海斗、虫よけは?」
「支給品の中に薬があったはず」
「よし!」
唯衣が安心する。
蝉丸が笑った。
「本当にキャンプみたいですね」
「俺は結構好きだけどな」
慎之助が言う。
「酒さえあれば」
「結局そこか」
「重要だからな」
4人で笑う。
こうしていると。
つい数日前まで飛行機に乗っていたことが、嘘のように感じられた。
日本。
会社。
祖母。
両親。
今までの生活。
それらは、まだ遠い。
帰れる保証もない。
それでも。
今は前へ進むしかない。
「明日、王都を出るんだな」
俺が呟く。
「うん」
唯衣が頷く。
「楽しみだね」
「ああ」
蝉丸も頷く。
「僕も、どんな素材があるのか楽しみです」
「俺は酒場」
「お前はもういい」
「ひどい!」
また笑いが起きた。
◇
その夜。
俺はベッドに横になりながら、天井を見ていた。
明日の朝には王都を出る。
向かう先は辺境。
ネリス村。
そこには、まだ何もない。
家もない。
家具もない。
風呂もない。
畑もない。
あるのは――。
与えられた土地と、テント。
そして、これから自分たちで作っていく生活だけだ。
「……悪くないな」
思わず笑う。
仕事に追われていた日本での生活とは、まるで違う。
自分で土地を選び。
自分で家を建て。
自分で畑を作る。
必要なら森へ行き、薪を集める。
食べ物も。
住む場所も。
生活そのものを、自分たちで作っていく。
「スローライフ……か」
俺は目を閉じた。
まずは村に着くこと。
それから土地を確認する。
テントを張る。
生活できる環境を整える。
そして――。
その後で、家を建てる。
焦る必要はない。
少しずつでいい。
そう思いながら、俺は眠りについた。
翌朝。
俺たちは王都を出発する。
まだ見ぬ辺境へ。
そして――。
これから始まる、俺たち4人の新しい生活へ。
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