第12話 王都到着と、488人の異世界人
王都に入ってから、俺たちはしばらく大通りを歩いた。
道の両側には、様々な店が並んでいる。
パン屋。
肉屋。
武器屋。
防具屋。
雑貨屋。
見たことのない道具を扱っている店もある。
「……すごいな」
思わず呟いた。
「何がです?」
唯衣さんが隣から聞いてくる。
「もっと田舎っぽい街を想像してたんだけどな」
「私もです」
王都というからには、それなりに発展しているとは思っていた。
それでも、実際に見ると驚く。
建物はほとんどが石造りか木造。
道は土と石で舗装されている。
馬車が普通に走り、人々が行き交っている。
ただ、日本の街とは決定的に違う。
「電線がない……」
「電線?」
「いや、こっちの話」
信号もない。
自動車もない。
コンビニもない。
当然だ。
ここは異世界なのだから。
「でも……」
唯衣さんが周囲を見渡す。
「思ったより普通ですね」
「そうですね」
蝉丸さんも頷いた。
「もっと魔法使いがそこら中で魔法を使っているのかと思いました」
「俺もです」
魔法。
異世界。
そう聞けば、誰だって派手な光景を想像する。
だが、実際の街は意外なほど普通だった。
魔法が存在していても、人々の生活そのものは地に足がついている。
火を起こすのだって薪を使う。
荷物を運ぶのだって馬車だ。
料理も人の手で作る。
そう考えると――。
「俺たちの世界と、そこまで違わないのかもしれないな」
そう呟いた。
「ただし、魔物はいますけどね」
蝉丸さんが言う。
「……それが一番大きい違いだと思います」
俺たちは顔を見合わせた。
その通りだった。
少なくとも日本には、街道を歩いていて狼型の魔物に襲われるようなことはない。
そこだけは、どう考えても別世界だ。
そんな話をしながら歩いていると。
「到着しました」
先頭を歩いていた騎士さんが足を止めた。
「ここが、皆様の滞在場所になります」
「……ここ?」
目の前にあったのは、大きな建物だった。
石造りの3階建て。
宿屋というより、学校や公共施設のような雰囲気がある。
「こちらは王国が管理している施設です」
騎士さんが説明する。
「今回の皆様のために、しばらくの間、こちらを使用していただきます」
「つまり……」
唯衣さんが建物を見上げる。
「私たち、ここに泊まるんですか?」
「はい」
「無料で?」
「もちろんです」
「……」
唯衣さんが俺を見る。
「海斗さん」
「はい」
「異世界って、意外と親切ですね」
「俺もそう思ってました」
建物の中に入る。
受付らしき場所には、何人もの王国職員が待機していた。
「皆様、お疲れ様でした」
女性職員が頭を下げる。
「本日は長旅でお疲れでしょう。部屋を用意しております」
「ありがとうございます」
俺たちも頭を下げる。
そのまま案内されることになった。
建物の中には、かなりの数の部屋がある。
どうやら、488人全員を収容できるように準備されているらしい。
「488人分……」
改めて数字にすると、とんでもない。
俺たちはたまたま同じ飛行機に乗っていただけの人間だ。
日本では、互いに名前すら知らない人たちだった。
それが今では。
全員まとめて異世界人。
そう考えると、不思議な気分になる。
「海斗さん」
「ん?」
「私たち、これからどうなるんでしょうね」
唯衣さんが小さな声で言った。
「……さあ」
俺にも分からない。
ただ、王国側が何も考えていないわけではないらしい。
その日の夕方。
俺たちは、建物内にある大きな食堂へ集められた。
そこには、すでに大勢の転移者が集まっている。
「多いな……」
見渡しても、人、人、人。
488人という人数を一度に見ることなんて、日本でだってそうそうない。
しかも全員が、同じ出来事を経験している。
「静かにしてください!」
前方に立った王国職員が声を張り上げた。
ざわついていた食堂が少しずつ静かになる。
「本日は皆様に、今後の予定について説明いたします」
その言葉に、あちこちから声が上がった。
「日本に帰れるのか?」
「家族には連絡できるのか?」
「俺たちは何をすればいい?」
「この世界って本当に異世界なのか?」
質問が飛び交う。
職員は慣れた様子で待った。
そして、十分に静かになったところで話し始める。
「まず、皆様が元の世界へ帰還する方法についてです」
食堂が静まり返った。
「現在、王国としても調査を進めております」
「……」
「ただし、現時点で帰還方法は発見されておりません」
何人かが俯いた。
当然だ。
俺だって、心のどこかでは期待していた。
すぐに帰れるんじゃないか。
そう思っていた。
だが。
「ただし、皆様を放置することはありません」
職員は続ける。
「王国は皆様の衣食住を当面の間、保証いたします」
ざわめきが起こる。
「また、この世界で生活するために必要な知識についても説明いたします」
「知識……?」
「通貨、食料、法律、魔物、魔法、職業、冒険者制度などです」
なるほど。
確かに必要だ。
異世界に来たばかりの人間が、いきなり外に放り出されたら生きていけない。
「さらに、皆様には後日、能力確認を受けていただきます」
その言葉に。
俺は少しだけ身構えた。
能力確認。
つまり――。
「スキル鑑定です」
やっぱりか。
俺の頭に、あの文字が浮かんだ。
あの意味不明な3つのスキル。
あれが、この世界でどう扱われるのか。
少し不安になった。
「能力確認の結果をもとに、皆様には適した仕事や生活環境をご案内します」
「仕事か……」
誰かが呟いた。
「希望者には職業訓練も用意いたします」
「へえ……」
思ったより手厚い。
俺は少し安心した。
王国は本当に、俺たちを放り出すつもりはないらしい。
「なお、皆様の中には戦闘能力に優れた方もいらっしゃる可能性があります」
職員が続ける。
「そうした方には、騎士団や冒険者としての道もございます」
「冒険者!」
どこかから声が上がった。
「本当にいるのか!?」
「はい」
職員が頷く。
「魔物の討伐、護衛、採取などを請け負う職業です」
食堂の空気が少し変わった。
特に若い男性たちは目を輝かせている。
「異世界の冒険者か……」
慎之助さんが俺の横で呟く。
「やってみたいんですか?」
「いや」
「ですよね」
「酒場には興味あります」
「そっちですか」
「冒険者といえば酒場でしょう?」
「偏った知識ですね」
唯衣さんが笑う。
「でも、冒険者って大変そうですよ」
「まあ、そうでしょうね」
俺は周囲を見渡した。
この中には、本当に冒険者になる人もいるのだろう。
元の世界に帰ることを諦める人。
帰還方法を探すために力を求める人。
この世界で新しい人生を始める人。
それぞれの考えがあるはずだ。
「それから――」
職員が続けた。
「皆様の中には、これまでの職業や知識を活かせる方もいらっしゃるでしょう」
「知識?」
「はい」
「こちらの世界には存在しない技術や知識を持っている方もいるかもしれません」
その言葉に、少しざわめきが起こった。
「皆様がこれまで培ってきた経験は、決して無駄ではありません」
職員はそう言った。
「王国としても、皆様の能力を尊重し、可能な限り希望に沿った生活を提供したいと考えています」
俺は少し驚いた。
もっと一方的に扱われると思っていた。
異世界から来た人間。
つまり、この世界から見れば完全な異物だ。
それなのに。
少なくとも今のところ、王国は俺たちを人間として扱ってくれている。
「……悪くない国なのかもしれないな」
俺が呟く。
「私もそう思います」
唯衣さんが頷いた。
「ただ」
蝉丸さんが眼鏡を押し上げる。
「少し気になることがあります」
「何です?」
「この国は、僕たちのことをかなり手際よく扱っています」
「……確かに」
言われてみればそうだ。
488人。
それだけの人数を突然受け入れたにしては、準備が整いすぎている。
宿泊場所。
食事。
説明。
能力確認。
仕事の斡旋。
まるで――。
「こういう事態に慣れてるみたいですね」
俺が言うと。
蝉丸さんは頷いた。
「僕も、そこが気になります」
そのとき。
前方の職員が、ふと口にした。
「なお、過去にもこの世界へ異界から来られた方々がいらっしゃいます」
「……!」
俺たちは顔を見合わせた。
過去にも。
つまり――。
「俺たちが初めてじゃない?」
唯衣さんが聞く。
「はい」
職員が答える。
「記録が残っている限り、何度か確認されています」
食堂がざわめく。
俺は思った。
それなら。
帰る方法を知っている人もいるんじゃないか?
「その人たちは、どうなったんですか?」
誰かが聞いた。
職員は少し考えてから答えた。
「この世界で生活された方もいれば、国を出られた方もいます」
「帰った人は?」
「……」
一瞬。
職員が言葉を止めた。
「現時点では、確実に元の世界へ帰還したと確認できた記録はありません」
「…………」
空気が重くなった。
俺は無意識に拳を握っていた。
帰れない。
その可能性が、初めて現実味を持った。
両親。
祖母。
日本の家。
俺が置いてきたもの。
全部が、遠い。
「海斗さん……」
唯衣さんが小さく声を掛けてくる。
「大丈夫です」
俺は笑った。
「まだ決まったわけじゃないですよ」
「……はい」
そう答えた唯衣さんも、少しだけ笑った。
説明が終わると、俺たちは部屋へ戻ることになった。
部屋は思っていたより広かった。
ベッド。
机。
椅子。
洗面台。
最低限だが、ちゃんと生活できる。
「今日はゆっくり休みましょう」
唯衣さんが言う。
「そうですね」
俺も頷いた。
そして部屋へ戻る直前。
「海斗さん」
慎之助さんが肩を叩いた。
「どうしました?」
「明日、酒場探しましょう」
「……」
「王都ですよ?」
「分かりましたよ」
「約束ですよ?」
「はいはい」
「絶対ですよ?」
「しつこい!」
慎之助さんは満足そうに笑った。
その横で蝉丸さんが呆れている。
「この人、本当に酒のことしか考えてないんですね」
「異世界に来ても、そこだけは変わらないみたいです」
俺は笑った。
部屋に戻り、ベッドに腰を下ろす。
柔らかい。
今日は久しぶりに、ちゃんとしたベッドで眠れる。
それだけでもありがたかった。
「……異世界、か」
窓の外を見る。
王都の夜。
街灯の代わりに、魔石を使った明かりらしきものが道を照らしている。
知らない世界。
知らない国。
知らない人々。
そして――。
俺自身の、知らないスキル。
明日はスキル鑑定。
何が分かるのか。
少し楽しみでもある。
そして同時に。
少しだけ怖い。
俺の3つのスキル。
誰にも読めなかった、あの文字。
あれが一体何なのか。
明日になれば、分かるのだろうか。
「……まあ、なるようになるか」
俺はベッドに倒れ込んだ。
異世界に来てから、まだ数日。
俺の人生は、とっくに予定表から大きく外れている。
会社を辞めた。
アメリカへ行こうとした。
飛行機に乗った。
異世界へ来た。
そして今。
王都の宿泊施設で、明日のスキル鑑定を待っている。
「……人生、本当に何が起こるか分からないな」
そう呟いて。
俺は目を閉じた。
明日。
俺の人生を大きく変えることになる――。
スキル鑑定が始まる。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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