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異世界に転移したら、何のスキル?スキル名が文字化けで役立たず扱いなんですけど?  作者: 奈汪翳芳
第1章 異世界転移とスローライフの始まり

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第10話 初めて見る異世界の村と、気になる生活事情

 翌朝。


 俺たちはいつもより少し早く目を覚ました。


 昨日のブラッドボア騒ぎがあったせいか、周囲の騎士たちはいつも以上に警戒している。


「おはよう、海斗」


「おはよう、唯衣」


 起き上がると、朝の空気がひんやりと肌に触れた。


 焚き火はすでに消えている。


 朝食を済ませ、荷物をまとめる。


 ここ数日、同じようなことを繰り返している。


 歩く。


 休む。


 食べる。


 寝る。


 そして、また歩く。


 たったそれだけなのに。


 俺たちの身体には、少しずつ疲労が溜まっていた。


「王都、まだ遠いのかな……」


 唯衣が小さく呟く。


「昨日の話だと、あと二日くらいじゃないか?」


「二日……」


 唯衣が遠い目をする。


「長いね」


「この人数だから仕方ないだろ」


「そうだけどさぁ」


 そこへ慎之助さんが割り込んできた。


「二日か……」


「何です?」


「二日も酒なしってことだろ?」


「そっちですか」


 俺は思わず笑ってしまった。


「王都に着いたら、まず酒を探すんですか?」


「当然だろ」


「まずは宿とか仕事とかじゃないんですか?」


「酒だ」


「即答……」


 蝉丸が呆れた顔をする。


「佐藤さん、本当に異世界に来てから酒のことばかりですね」


「失礼だな」


「違うんですか?」


「俺は酒を通じて、この世界の文化を知ろうとしているんだ」


「便利な言い訳ですね」


「言い訳じゃない!」


 朝からくだらないやり取りをしながら、俺たちは歩き始めた。


     ◇


 午前中。


 昨日までとは少し違う景色が見えてきた。


 道の両側に畑が増えている。


 小さな麦畑。


 何かの野菜を植えている畑。


 柵で囲まれた牧草地。


 そして。


 遠くに家が見えた。


「……あれ」


 唯衣が指を差す。


「あそこ、家じゃない?」


「本当だ」


 俺も目を細める。


 いくつかの建物が集まっている。


 煙が上がっているところを見ると、人が暮らしているらしい。


「村です」


 近くにいた騎士が教えてくれた。


「王都へ向かう途中にある小さな農村です」


「村……」


 俺たちは思わず足を緩めた。


 これまで見てきたのは、草原と森。


 そして野営地ばかりだった。


 初めて見る。


 この世界の人々が普通に暮らしている場所だ。


「寄るんですか?」


 蝉丸が尋ねる。


「予定では村の近くを通過するだけです」


 騎士が答えた。


「人数が多いので、村に入ることはできません。ただ、水の補給と必要な物資の購入をする予定です」


「買い物……」


 その言葉に、俺たちは顔を見合わせた。


 そこで。


 大きな問題を思い出した。


「……金」


 俺が呟く。


「あ」


 唯衣も気づいた。


「そういえば……」


 慎之助さんが頭を掻く。


「俺たち、金持ってないよな」


「持ってませんね」


 蝉丸も頷く。


 当然だ。


 俺たちは飛行機に乗っていただけなのだから。


 日本円なら持っている人もいる。


 だが、この世界では使えない。


「異世界で無一文か……」


 慎之助さんが遠い目をする。


「俺、財布の中に日本円が少しあるぞ」


「俺もです」


「私も」


 唯衣がバッグを確認する。


 当然ながら。


 全部、日本円だった。


「紙切れになっちゃったね……」


 唯衣が少し寂しそうに言う。


「まあ、今のところはな」


 俺は苦笑した。


 それでも。


 これから先、この世界で生活するなら。


 お金を稼がなければならない。


 食べ物を買う。


 服を買う。


 住む場所を確保する。


 場合によっては道具も必要になる。


 つまり。


 日本と同じだ。


 生きていくには金がいる。


     ◇


 村に近づくにつれて、人の姿が増えてきた。


 畑で作業をする人。


 荷車を引く人。


 家の前で何かをしている人。


 俺たちの大集団を見ると、みんな驚いた顔をしている。


「……めちゃくちゃ見られてるな」


 慎之助さんが苦笑する。


「そりゃ、これだけ人がいたら見ますよ」


 蝉丸が答える。


 四百八十八人。


 それだけの人数が一度に歩いているのだ。


 この村の人たちからすれば、異様な光景に違いない。


 やがて。


 村の入口に一人の男性が走ってきた。


 四十代くらいだろうか。


 農作業用らしい服を着ている。


 騎士と何か話している。


 しばらくすると、その男性がこちらへ頭を下げた。


「この村の村長だそうです」


 騎士が教えてくれた。


「皆さんを歓迎すると言っています」


「歓迎?」


「はい」


 村長らしき男性が、もう一度頭を下げる。


 俺たちも慌てて頭を下げた。


「どうも」


 言葉は完全には通じない。


 でも。


 敵意がないことくらいは分かる。


 村人たちも遠巻きに集まってきた。


 子供たちもいる。


 その中の一人が、俺たちを指差している。


「珍しいんだろうな」


 俺が呟く。


「私たちも十分珍しい存在だよね」


 唯衣が苦笑する。


「日本人が四百人以上もいるんだからな」


 そう答えながら。


 俺はふと、違和感を覚えた。


 村人たちの服。


 建物。


 道。


 全部が、俺たちの知っている日本とは違う。


 当たり前だ。


 異世界なのだから。


 でも。


 こうして実際に人々の生活を見ると。


 今まで以上に実感する。


 俺たちは、本当に別の世界に来てしまったんだ。


     ◇


 村では、水や食料の一部を補給することになった。


 騎士たちが村人と話している間、俺たちは少し離れたところで待つ。


「なあ、海斗」


「はい?」


 慎之助さんが真剣な顔をしている。


「この村さ」


「はい」


「酒、あるかな?」


「……知りませんよ」


「聞いてみようぜ」


「自分で聞いてください」


「海斗ちゃん、冷たい!」


「俺を何だと思ってるんですか」


 その会話を聞いていた唯衣が笑い出した。


「慎之助さん、本当に好きなんだね」


「酒は人生だぞ」


「まだ会ったばかりだけど、もう分かります」


 蝉丸まで頷く。


「僕もです」


「お前らまで……」


 そんな話をしていると。


 俺はふと、自分の荷物を見た。


 飛行機に持ち込んでいた手荷物。


 財布。


 着替え。


 スマートフォン。


 それから――。


「そうだ」


 俺はバッグを開けた。


「どうしたの?」


 唯衣が覗き込む。


「これ、使えるんじゃないか?」


 取り出したのは、小袋に入ったキャンディだった。


 空港で買ったものだ。


 個包装されている。


「飴?」


「ああ」


 俺が一つ取り出してみせる。


「これなら交換に使えるかもしれない」


「なるほど」


 蝉丸が頷く。


「この世界では砂糖自体が貴重かもしれません」


「だったら、いきなり無料でもらうのは悪いしな」


 俺は頷いた。


「こっちも何か渡したほうがいい」


 慎之助さんも賛成した。


「それなら俺の酒代も……」


「まだ飲むと決まったわけじゃないですよ」


「分かってるよ」


 そう言いながら、顔は嬉しそうだった。


 しばらくして。


 騎士から村長に、俺たちが何か物を交換したいと伝えてもらう。


 村長は少し驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。


 俺は飴を数個取り出した。


 すると。


 村長はそれをじっと見つめた。


 近くにいた村人たちも、何だろうと言いたげな顔で覗き込んでいる。


「……やっぱり知らないみたいだな」


 俺が呟く。


「でしょうね」


 蝉丸も頷く。


「形からすると、食べ物だとは思っていないかもしれません」


「じゃあ、どうする?」


「一つ、説明してみては?」


 俺は騎士に頼み、村長へ説明してもらう。


 包みを開けて、そのまま口に入れて食べる物だということ。


 ただし、硬いので噛まずに舐めてもいいこと。


 村長は半信半疑といった様子だった。


「俺が食べて見せたほうが早いか」


 そう言って、一つ口に入れる。


 甘い。


 当然だ。


 日本で食べ慣れた普通のキャンディ。


 それを見た村長が、少し驚いたような顔をした。


 俺はもう一つ取り出し、村長へ差し出す。


 村長は少し迷ったあと、受け取った。


 包みを開ける。


 匂いを確かめる。


 そして、恐る恐る口に入れた。


「……!」


 村長の目が大きくなる。


 どうやら、かなり驚いたらしい。


 近くにいた村人たちも、その様子をじっと見ている。


 村長が何かを話した。


 騎士が通訳する。


「甘い、と言っています」


「やっぱり甘いんだ」


 俺は笑った。


 村長は周囲の村人にも何か説明している。


 すると、今度は子供たちが興味深そうに飴を見つめ始めた。


 その中の一人が、母親らしき女性の服を引っ張っている。


 だが、当然ながら俺たちにも無限にあるわけではない。


「……子供にも一つ渡してみる?」


 唯衣が言う。


「ああ」


 俺は一つ取り出して、村長に渡す。


 村長が子供に手渡す。


 子供は母親の顔を見てから、包みを開けた。


 そして、恐る恐る口に入れる。


「……!」


 子供も驚いた顔をした。


 それを見た母親が笑う。


 周囲の村人たちも、少しずつ表情を和らげていった。


「なんか、いいな」


 唯衣が小さく笑う。


「うん」


 俺も笑った。


 ただ。


 この時点では、俺たちはまだ知らなかった。


 この飴や、後で取り出すことになるチョコレートが。


 この世界では、俺たちが想像している以上の価値を持つことを。


     ◇


 その後。


 村長から、こちらの飴と交換できる物を見せてもらうことになった。


 干し果物。


 乾燥させた薬草。


 保存用のパン。


 そして――。


「……これ」


 慎之助さんの目が輝いた。


 小さな陶器の瓶。


 中には琥珀色の液体が入っている。


 村長が何か説明する。


 騎士に通訳してもらうと、それは村で作っている果実酒だという。


「果実酒!」


 慎之助さんが思わず声を上げる。


「これ、交換できるんですか?」


 騎士が村長に確認する。


 村長は頷いた。


 ただし。


 飴数個では釣り合わないらしい。


「そりゃそうだよな」


 俺は苦笑する。


 酒を作るには果物も必要だし、時間もかかる。


 飴を数個渡しただけで一本丸々もらうなんて、さすがに都合が良すぎる。


「じゃあ……」


 俺はバッグの中を探した。


 そこで。


 個包装された小さな袋を見つけた。


 チョコレートだ。


「これも使えそうだな」


「チョコまで持ってたんですか?」


 蝉丸が驚く。


「非常食代わりに買ってたんだよ」


「なるほど」


 俺はチョコレートを数個取り出した。


 飴とチョコ。


 それをまとめて村長に見せる。


 村長はしばらく考えた。


 そして。


 果実酒一本と、干し果物を少し。


 それと交換することになった。


「……成立した」


 俺は思わず笑った。


「異世界初の物々交換だな」


「いいじゃん!」


 唯衣も嬉しそうだ。


「これなら、もらったんじゃなくて交換だもんね」


「ああ」


 俺も頷いた。


「お互い納得してるなら、そのほうが気持ちいい」


 慎之助さんはというと。


 すでに果実酒の瓶を見つめていた。


「……飲んでいい?」


「みんなで分けるなら」


「よし!」


「ただし、今じゃないですよ」


「なんで!?」


「これからまだ歩くからです」


「……そうだった」


 慎之助さんが肩を落とす。


 俺たちは思わず笑った。


     ◇


 村を出てしばらく歩いたところで。


 俺たちは小休憩を取ることになった。


 さっき交換した果実酒は、荷物の中に大切にしまってある。


「いやぁ、いい買い物だったな」


 慎之助さんが満足そうに言う。


「買ったんじゃなくて、交換ですよ」


「細かいこと言うなって」


 その時だった。


「佐藤さん」


 後ろから声を掛けられた。


 振り返ると、村で一緒にいた騎士の一人だった。


「どうしました?」


「先ほどの物々交換のことですが」


「はい」


 騎士は少し困ったような顔をしている。


「一つ、お伝えしておいたほうがいいことがあります」


「?」


「あの甘い食べ物と、もう一つの甘い菓子ですが……」


 俺は首を傾げた。


「かなり珍しいものですよ」


「珍しい?」


「はい」


 騎士は頷いた。


「少なくとも、この国では、先ほど見せてもらったような菓子を作る文化はありません」


「……え?」


 俺たちは顔を見合わせた。


「飴がない?」


「正確には、砂糖を使った菓子自体が非常に高価です。似たような甘味が存在する地域もありますが、一般の村人が気軽に口にできるようなものではありません」


「……」


 俺はさっきの村長を思い出した。


 初めて甘い食べ物を口に入れた時の、あの驚いた顔。


 そして。


 それを見ていた村人たち。


「じゃあ……あれって」


「はい」


 騎士は少し言いにくそうに続けた。


「かなり価値のある品です」


「…………」


 俺は固まった。


「もう一つの、黒っぽい菓子も?」


「もちろんです。あのような菓子自体を知らない人のほうが多いでしょう」


「……」


 隣を見る。


 唯衣も目を丸くしている。


 蝉丸は眼鏡を押し上げながら、何か考え込んでいた。


 そして。


「海斗」


「何?」


「僕たち……結構すごいものを渡してません?」


「……そうみたいだな」


 慎之助さんだけは。


「でも酒が手に入ったんだからいいじゃん」


「慎之助さん」


「ん?」


「そういう問題じゃないと思います」


 俺は苦笑した。


 確かに。


 俺たちは日本では普通に売っている菓子を、何も考えずに交換に使った。


 でも、この世界では違う。


 同じ物でも、場所が変われば価値が変わる。


「なるほどな……」


 俺は自分の荷物を見た。


 中には、まだ日本から持ってきた物がいくつか入っている。


 お菓子。


 日用品。


 スマートフォン。


 衣類。


 どれも日本では特別珍しくない。


 だけど。


 この世界では、とんでもない価値を持つ物が混ざっているかもしれない。


「……勉強になったな」


 俺が呟く。


「何が?」


 唯衣が聞く。


「物の価値って、場所が変われば全然違うんだなってこと」


「確かに」


 蝉丸も頷く。


「今後、何かを交換したり売ったりするなら、もっと慎重になったほうがいいですね」


「そうだな」


 俺は頷いた。


 今回の交換は、結果的にはお互い納得している。


 村人も喜んでくれた。


 だから問題はなかった。


 でも。


 もしこれが、もっと高価な物だったら?


 俺たちは何も知らないまま、価値のある物を簡単に渡してしまうかもしれない。


 逆に。


 価値のある物を安く買い叩かれる可能性だってある。


「異世界って、魔物や魔法だけじゃないんだな」


 俺がそう呟くと。


「そうですね」


 蝉丸が笑った。


「経済も異世界仕様です」


「難しいこと言うなぁ」


 慎之助さんが頭を掻く。


「俺は酒が手に入れば、それでいい」


「慎之助さんは少し勉強してください」


「はいはい」


 俺たちは笑いながら、再び歩き始めた。


 王都までは、もう少し。


 そして。


 この先には。


 俺たちが知らない、この世界の常識がまだまだ待っている。


 異世界生活は。


 どうやら、思っていた以上に勉強することが多そうだった。


いつも読んでいただきありがとうございます。


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