第3話 争い以外の選択を
「村長……」
ベルルと呼ばれた門番の男性は、集落の中から現れた金色の長髪の男性——村長様を見てぽつりと呟く。
村長様の青い瞳は冷たかった。真っ直ぐとベルル様を射抜く視線はちらりとも動かさず、立ち姿には一切の無駄がない。
腕を組んだ状態ですらりと立っている彼には、不気味なほどに隙がなくて、それがよくわからなくて。わたしはソルダお兄様と繋ぐ手をぎゅっと握る。
人であるなら、いや、星神様であっても、隙というものは必ずある。にもかかわらず、村長様からは全くと言っていいほどに隙を感じられない。
わざと隠しているのだろうけど、その意図が読めるはずもなく、ただただ得体の知れない恐ろしさがあった。
「ええ。それで、何事ですか。その者たちは何者ですか」
青い視線がわたしたちに向けられる。お兄様は自らの体をそっと前に出して、わたしを影へと隠してくれた。守ってもらうばかりではいけないとわかっているのに、途端に呼吸が楽になる。だからこそ、安心できるここから出る勇気はなかった。
なかなか口を開かないベルル様は、まさに、状況を飲み込めていないという言葉がぴったりな風だった。それを見かねたのか、ソルダお兄様はあくまで落ち着き払ったように声を出す。
「俺たちは——」
「私はベルルに訊いています。邪魔しないでいただきたい」
その言葉は、青い瞳以上に冷たい。
思い切り氷のつぶてを投げられても、ソルダお兄様は守りの体勢に入ったり、投げ返したりはしなかった。だけどきっと、痛いものは痛いはず。驚くものは驚いたはず。わたしは繋ぐ手にもう片方の手を重ねる。
「……かい、」
ベルル様は何かを言おうとしていた。
「はい?」
「この方々は、星神〈ファミニア〉の使いだ」
彼は、地面に向けていた視線を一切の隙のない視線に荒々しくぶつけた。
村長様はわずかに目を見開き、すぐに、先ほどよりもずっと冷たい青を浮かべる。そしてひとこと。
「正気ですか?」
と、疑いの心を放つ。今度はベルル様が目を見開く番だった。
「至って正気だ!」
「とうとう気が触れましたか、ベルル」
「……気が触れたのはあんたの方だろ」
そのとき、冷んやりとした風が吹く。村長様はさらわれそうになった金色の髪を耳にかけ、さらりと、ベルル様の睨みを流した。
「ひとまずはそういうことにしておきましょう。ですが、その者たちを村に入れることはできません」
「村長……!」
「得体の知れない者をふところに入れるという愚策など、取れるわけがないです」
至極真っ当な考えだ。もしもファミニア様の御殿に見知らぬ者が訪ねてきて、どなたか星神様の使いだと名乗ったとしても、揺るぎない証拠でもない限り招き入れたくなんてない。
そのせいでファミニア様に危害が加えられたり、何か盗まれたり壊されたりしたら、わたしはわたしを許せなくなるだろう。村長様はどこまでも村長様なのだと、そう思った。
ならばわたしたちはこの村を騒がせるべきではない。ソルダお兄様と視線を交わして小さく頷き合う。
村長様にここまで言われたのだ。さすがにべルル様も諦めるだろう。
「この方々はファミニア様の使いだというのに?」
その考えは、甘かった。
「ええ。我らがユーニア村を加護する星神〈ファミニア〉の使いだとしても、村の皆々に危害を加えないという保証はありませんから」
「っ、だが!」
「だが、ではありません。この者たちを受け入れたとして、何かが起こったらどうするのです。何かが起こってからでは遅い。それはあなたもよくわかっているはずでは?」
「ファミニア様の使いの方々がそんなことをするわけがない!」
「ですから、それをどのように保証するのですか」
だんだんと声量が大きくなっていくやり取りを、交わされる速度が早くなっていくやり取りを、もう見たくはなかった。
わたしたちがやってきたせいで、本来起こるはずがなかった争いが始まる。不必要な争いが始まる。小さな争いは大きくなる可能性を十分に秘めていることを、わたしはよく知っているはずだ。
「ベルル様」
気づけばその名前を呼んでいた。ベルル様からも村長様からも、ソルダお兄様からも視線を向けられる。「ウィラ……?」と小さく呼ぶ声に、わたしは繋いでいた手を離すことで答えた。
お兄様の影から出て、暖かさの残る右手を左手で握って。一瞬だけ目を合わせた村長様には、気のせいでなければ隙があった。彼は組んでいた腕をゆっくりと下ろして、温度が揺らぐ青い瞳でわたしを見ている。
震わせないように気をつけながら、わたしはまず、呆然とこちらを見ているベルル様に声をかけた。
「ベルル様、わたしたちを信じてくださりありがとうございます」
息を呑む三つの気配がした。
「ですが……本当に勝手ながら、わたしたちが原因で村長様と言い争いをしてほしくないと、そんな綺麗事を言わせてください」
その亜麻色の瞳を真っ直ぐと見据えて、届けと願いながら言葉を紡ぐ。視線を横にずらして、わたしは続けて声を出す。
「村長様、初めまして。星神〈ファミニア〉の三番目の使い、ウィラ・ファミニアと申します」
左胸に手を当てて、腰から折るように礼をする。
これはファミニア様の下で幾度も練習を重ねてきたもの。大丈夫、いつものようにできている。その事実にほっと息を吐きそうになるけど、それはぐっと我慢する。
「突然現れたわたしたちに武力や暴力といったものを使わず、あくまで穏便に済まそうとしていただきありがとうございます。そして、わたしはその誠実に誠実を返したいと考えています」
どうか、届いてください。
どうか、わたしのこの言葉を真正面から受け取ってください。
どうか、争わないでください。
星神様と人とが想い合っているように、自然と人とが手を取り合って生きているように。ベルル様と村長様もどうか争い以外の選択をしてほしい。
わたしは、花の香りと木が燃える匂いが混ざり合う空気を吸い込んだ。
「わたしたちは、ここから去ります」
ぱちぱちと小さく爆ぜるかがり火の音、控えめに鳴く虫たちの声。それを上回るのは、わたしの心臓の鼓動だった。すっかり冷たくなった手を手で包み、ただ真っ直ぐと二人を見る。
視線が下がりそうになるたびに戻して、後ろのソルダお兄様を振り向きたくなるたびに堪えて、長い沈黙をひたすらに過ごす。
ふと、村長様は微かに泳いでいた視線をわたしの真正面で止めた。
「……行く当てはありますか」
「これから探すことになります」
そう答える以外はない。「そうですか」と返されたあと、またしばらくの沈黙が始まる……ことはなく。
ゆっくりと瞼を閉じてから、再び静かな青い瞳を見せた村長様。そこにあったのは、冷たさではなく覚悟のようなものだった。
別に、悪いものではない。むしろわたしたちにとって良いことかもしれない。そんな予想はある側面では当たっていて、ある側面では外れていた。
「ようこそユーニア村へ。村長としてあなた方を歓迎します、お客人。……一つ、条件はありますが」
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