リミッター
目を開けると、俺は『封幻』から噴出する紫色の炎と共に、アーサーが張った光の結界の中に閉じ込められていた。
なんとか炎の噴出を止めようと意識を集中するが、俺の意思に反して止まる気配がない。俺の中から、別の巨大な力が突き破って出てこようとしている感覚だ。
「凪!!今の俺には制御出来そうにない!もっと詳しく教えてくれ!!」
結界の外にいる凪へと叫ぶ。凪は真剣な表情でこちらを見ていた。
「まず、自分の『余白』の流れを感じろ! そこで、心臓から1番余白が流れている『根元』に、リミッターを掛けるイメージだ!」
凪はそんな事を言うが、全身が焼き切れるようなこの状況下で、落ち着いて余白の流れなど読める訳がない。こっちは今日始めたばかりの初心者なんだぞ!
だが、やるしかない。
俺は吹き荒れる炎と熱風の中、目を強く閉じ、封幻から放出される炎から無理やり意識を切り離し、自分の内側から溢れ出るエネルギーに神経を研ぎ澄ませた。
……。
…………。
――これか?
脳から心臓、その心臓から四肢へ分岐して、特に『右肩』から右腕の刀へ向かって、巨大な濁流のようなエネルギーが流れ込んでいるのを感じ取ることができた。
ここが根元か!
しかし、そこにリミッターの蓋をするイメージを描こうとしても、暴走するエネルギーの濁流が強すぎて、すぐに意識が弾け飛んでしまう。
「クソっ! 場所は見つけたけど、余白の流れが激しすぎて意識が分散する!!」
【零人! かなり痛いけど、我慢出来る!?】
焦る俺の脳内に、コモの声が響く。
――痛みぐらい我慢してやる! 何をすればいい!?
【左手に持ってるその短剣を、右肩の『根元』に突き刺して! 痛みで嫌でもそこに意識が集中するから!】
嫌である。
だが、今問題なのは意識がバラけることであり、一点に意識を集中させる方法としては、痛覚を利用するのは確実で理にかなっている。
俺は左手に握られた凶悪な短剣を見つめた。
俺が肩を刺すことに激しい抵抗があるのには理由がある。こいつはただの短剣ではなく、峰の部分が櫛状になっている、所謂『ソードブレイカー』という奴だからだ。
普通の刃物を刺すだけでも痛いのに、こんなトゲトゲした拷問器具のような剣を自ら刺すなど、正気の沙汰ではない。
「あーもう、しょうがねぇ! やるしかねぇじゃねぇか!!」
俺はやけくそでソードブレイカーを大きく振りかぶり、自身の右肩へ目掛けて容赦なく突き刺した。
「――ッッ!!??」
ギザギザの刃が肉を抉る、とてつもない激痛が全身を駆け巡り、右肩から鮮血が派手に吹き出す。
だが、俺は白目を剥きそうになるのを気合いで堪え、この激痛を感じている『右肩のその一点』に、ソードブレイカーを通してリミッターを打ち込むイメージを強固に固めた。
すると、ソードブレイカーの刃から、紫色の炎が逆流するように俺の右肩へ注ぎ込まれ、血管を這うように呪文の文様が刻まれていく。同時に、脳内に無機質な女の声が響いた。
<LIMITER : SET>
<NOTE : RECOGNITION IS REQUIRED TO UNLOCK IT>
そのアナウンスと共に、今まで封幻から吹き出していた暴風のような炎が急速に勢いを弱め、包帯から微かに漏れ出る程度の陽炎へと収まった。
それを見たアーサーは、安堵の息を吐いて結界を解除し、周囲の損害状況を確認する。
俺の足元の床が炎の余波でクレーターのようにヘコんでいるだけで、なんとか訓練所の崩壊は免れたようだ。
「よぉ。どうにかなったな!」
凪が緊張を解き、サムズアップしながら俺に声をかけてくる。
だが次の瞬間、紗奈さんが凪の後頭部目掛けて、容赦のない回し蹴りを叩き込んだ。
「グハッ!」
鈍い音を響かせ、凪は潰れたカエルの様な声を出しながら床に倒れ込む。
現実であれば確実に死んでいる勢いだが、大丈夫なのだろうか。
「何が『どうにかなったな』よ。アンタ、横から助言しただけじゃない」
「まぁまぁ。とりあえず成功したんだからいいじゃないか。零人君、何とか制御出来たみたいで良かったよ」
巨大なカイトシールドを構えたアーサーが、紗奈さんを苦笑いしながら手で制しつつ、俺へと労いの言葉をかける。
対して俺は、右肩の激痛によりそれどころではなかった。
「あ……ありがとうございます。あの、とりあえず俺の右肩、どうにかならない? 痛すぎて気絶しそうなんですけど」
「あぁごめんごめん。僕の術式で治せるけど、治すためにはその刺さってる短剣を抜いてもらわないといけないんだよね」
絶望である。
あんなにトゲトゲした短剣が深く刺さっているのに、それを自力で抜く?
絶対に、引き抜く時に肉に引っかかって地獄の痛みを見るに決まっている。
俺が青ざめて愕然としていると、背後から紗奈さんがニコニコとした表情で近寄ってきた。
「えいっ」
「あ」
俺は死んだ。
紗奈さんは一切の躊躇なく、俺の右肩に刺さっていたソードブレイカーの柄を掴み、勢い良く引っこ抜いたのだ。
右肩から噴水のように鮮血が吹き出し、あまりの激痛に俺は言葉も出ず、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
「って、おいぃ! 【ヒール】!!」
アーサーが普段の落ち着いた様子から一変し、慌てふためいた声で俺の肩へ回復術式をかける。
右肩に白く淡い光が集まり、温かい感覚と共に、抉れた肉がモリモリと再生されていった。
俺は痛みの余韻で肩を抑えて蹲りながら、紗奈さんを恨めしい顔で睨みつける。
「ちょっと、いきなり過ぎますって! マジで天国で両親が手招きしてるのが見えましたよ!?」
「こういうのは一気にやった方が痛みが少なくて済むんだから。死にはしないんだし、結果オーライでしょ」
紗奈さんは手についた血をヒラヒラと払い、そっぽを向きながらしれっと言ってのけた。やはり凪の姉だけあって、無茶苦茶である。
そんな紗奈さんに蹴られ、地面に伏した状態のまま、顔だけこちらに向けた凪がポツリと言った。
「……そもそも、リンクを解除すれば武器は消えるから、抜かなくても良かったんじゃ……?」
「「「……」」」
シーンとした空気が訓練所の中を漂う。
痛みで頭が回っていなかったが、よくよく考えれば完全にその通りであった。
俺はゆっくりと立ち上がり、明らかにその事に気づいていたであろうアーサーを横目で見る。
アーサーはバツが悪そうに俺から顔を背け、肩を震わせてクスクスと笑っていた。
「ま……まぁ、リミッターは必要になってしまったけど、無事Soul Linkできて良かったじゃないか!」
「ソウデスネ」
【ブフッ】
アーサーの白々しいフォローに、俺はジト目を向けながら棒読みで返す。
コモまで俺の頭の中で爆笑していた。
そんな気の抜けたやり取りをしていると、突如、訓練所の重厚なドアが荒々しく開け放たれた。
空気が、一瞬で凍りつく。
ドアの先に立っていたのは、凪達と同じギルドの黒いコートを纏い、燃えるような長く赤い髪をなびかせた、モデルのような美しい女性だった。
女性は鋭い視線で周囲の惨状を見渡し、コツコツとブーツの音を響かせながら、俺達へと一直線に近づいてくる。
そしてアーサーの前で立ち止まると、鷹のような目つきで睨みつけ、低く威圧的な声で口を開いた。
「アーサー。どういう状況だ、これは。説明しろ」
「あー、これはですね……色々ありまして……」
いつもは余裕のあるアーサーが、目を泳がせながら言葉を濁している。
そんなアーサーを横目に、女性は俺へと視線を移した。
「お前、空亡の団員じゃないな。どうしてここにいる?」
「赤ちゃん?これには深ーい事情が……」
「紗奈。お前に聞いてない。私はこいつに聞いているんだ」
女性の冷徹な一瞥に、あの暴虐武人な紗奈さんが為す術なく口を噤んだ。
俺は、その圧倒的なプレッシャーと鷹のような鋭い視線を浴び、思わず言葉を詰まらせた。
「きょ、今日初めてこの世界に来まして……その際、ちょっとトラブルに巻き込まれて、ここに保護されました……」
女性は俺の足先から頭の先までジロリと観察し、顎に手を当て覗き込む。
「今日、初めて……? 『Soul Link』が発動しているのにか?」
女性は俺の両手に握られた『封幻』を見て、怪訝な表情を浮かべる。
やはり、初心者がSoul Linkを成功させている事は、ベテランから見ても異常事態らしい。
「自分もイマイチ状況が飲み込めてないんです」
「……」
女性は目を閉じ、腕を組んで考え込むような姿勢で黙り込んだ。
「アーサー。こいつは、今リンク出来たばかりか?」
目を開けた彼女は、いくらか落ち着きを取り戻したアーサーへ問いかける。
「えぇ。先程まで膨大な力を制御できずに暴走していましたが、リミッターをかけて、何とか『形だけ』は制御出来るようになったところです」
「だろうな。この余白量……常人には到底扱いきれまい」
女性は再び、鋭い眼光で俺を見据えた。
俺の肉体ではなく、俺の魂の奥底にある『何か』を値踏みされているような感覚に陥る。
「お前私と戦え」
はい?




