暴走
凪の様子を窺っていると、外野が妙に騒がしいことに気付いた。
「さーどっちが勝つでしょう!! 当たった人は昼ごはんを大盛りにしてあげよう!!」
紗奈さんがどこからか取り出した丸ブチのサングラスを掛け、怪しい商売を始めていた。
「じゃあ僕、凪君!!」
「ワシは零人じゃな」
ガルとコモが、しゃがみ込んだ紗奈さんの持つ箱へ、紙のような物を投票している。
おいコモ、そこは俺に入れろよ……。
凪も同じ事を思ったのか、俺と同じくらい渋い顔をしていた。
だが、すぐに凪は気を取り直すように、鋭くこちらを見据える。
「いいねぇ。じゃあ次は、少し本気で行く」
凪が姿勢を低くし、棒を構えた。
空気がビリビリと震えるのを感じる。場に明らかな緊張感が漂った。
凪の足元と腕の周囲に、陽炎のような空気の歪みが見える。
――何か、仕掛けてくる……!
突然、凪が構えていた棒を、俺へ向かって力強く投擲した。
武器を手放した!?
俺は飛来する棒をギリギリで躱すイメージを描きながら、丸腰になったはずの凪へ向かって一気に踏み込む。
――ここで決める!
「【改式-雷燕】、そして【水膜】!」
凪が目にも留まらぬ速さで駆け出し――なんと、自ら投げた棒に追いついた。
棒を掴むと同時、足元に【水膜】を発動。摩擦を消し、スケートのように地面を滑りながら、突っ込んでくる俺の懐へと潜り込んでくる。
「クッ!?」
投擲はフェイントか!
まさか自分の投げた武器に追いつくとは思っていなかった俺は、眼前へ迫る棒を何とか短刀で弾き飛ばす。
だが、凪はそれすら読んでいたかのように、ニヤリとほくそ笑んだ。
空いた左手が、俺の目の前にかざされる。
「【改式-点火】+【水膜】……からの【雷燕】!」
目の前で、極限まで圧縮された炎と水が衝突し、激しい水蒸気爆発が起こった。
視界が真っ白な蒸気に包まれ、凪の姿を見失う。
しまった、目眩まし――!
熱風を切り裂いて凪を見つけ出した時には、既に遅かった。
滑るように俺の死角へ回り込んだ凪が、俺の首筋へ、手刀をピタリと寸止めしていた。
……負けたのか、俺。
凪の思惑に、マンマとハマった。
技術、経験、発想力。全てにおいて完敗だ。
……めっちゃ悔しい。
「降参だ……」
「ふーっ。いや、でもすげぇよお前。俺が武器を投げた瞬間に、前へ突っ込む判断ができるとはな。普通は動揺して足が止まるぞ」
凪は手刀を解くと、俺の背中をバンバン叩きながら息を吐いた。
痛ぇよ。
「凪の足と腕に、空気の歪みみたいなのが見えたんだ。投げてくるとは思わなかったけど、何かデカいアクションが来るって構えてたから、反応できただけだ」
「それは『余白』の動きだね。視覚で余白の流れを捉えられた時点で及第点だよ。もっと研ぎ澄ませば、肌で感じることもできるようになる」
アーサーが拍手しながら歩み寄ってくる。
その後ろでは、コモが「大盛り! 大盛り!」と奇妙なダンスを踊って喜んでいた。
ガルは食事にそこまで興味が無いのか、賭けに負けた事を特に気にしていないようだ。
「でも、初心者のれいくんが凪の小技を引き出したのは凄いよ。経験値の差に、純粋な身体能力だけで喰らいついてたんだから」
「そうだね。零人君、改式の使い方はある程度分かったかな? 改式以外にも色々と術式があるから、後々覚えていこうか」
「改式って、使い方次第で色々出来るんだってことが、よーく分かりました」
まさか凪が足の裏に水膜を出して、地面を滑って向かってくるとは想像もしていなかった。
全ては、発想次第ってことなんだろう。
「俺はここまでするつもりは無かったんだけどなー。零人なら普通にカウンターしてきそうな気がしてよ」
そう言ってもらえるのは嬉しい。
それでも、普通に負けたことが悔しかった。
「それじゃあ、本題の『Soul Link』に移ろうか。凪、ガル、手本を頼めるかい?」
アーサーの言葉に、ガルがコモの横を離れ、凪の元へトコトコと歩いていく。
「あいよ。おいガル!! お前さっき、なんで俺に投票しなかったんだよ」
「なんじゃ? ワシに入れて欲しかったのか? 可愛いヤツじゃのう」
詰め寄る凪を、ガルはやれやれといった様子で聞き流している。
「まぁいいや。やるぞ」
凪はそう言い、腕を前に突き出した。
「――Soul Link――『焔潮輪双槍』!!」
凪が真名を告げた瞬間、赤と青――炎と水が周囲に渦を巻く。
ガルは一瞬のうちに光の粒子となり、俺がネーデで初めて凪と会った時に見た、あの特殊な形状の槍へと姿を変え、凪の手の中へ収まった。
「Soul Linkを行うと、こんな風にバディが固有の武器に変わるんだ」
凪は手の中で槍をクルクルと回して見せる。
矛が両端に付いた双頭槍。
矛先の手前には奇妙な輪が付いていて、時折その輪が回転し、ジャリジャリと重々しい音を鳴らした。
……何か、かっこいいな。
俺とコモも、あんな風になるんだろうか。
「俺とガルの場合は、炎と水の適性が上がって、純粋な身体能力も向上する。あとは、ガルの特性を俺も使えるようになる。――空も飛べるしな」
凪が黒いコートをはためかせると、背中に半透明の龍の翼が展開し、ふわりと宙へ浮かび上がった。
すごいな。空を飛ぶっていう、誰もが一度は夢見るロマンを体現してるじゃないか。
「それじゃあ、次は零人君とコモもやってみよう。発動条件について説明するね」
アーサーは空中にホログラムのタブレットを呼び出し、ペンで何かを書き始める。
壁に備え付けられた巨大なホワイトボードに、アーサーの書いた図がリアルタイムで浮かび上がった。
「まず、Soul Linkを発動させるためには『互いの同調』が必要だ。心を通わせ、共鳴する事で初めてシステムが起動する。どちらかが拒絶するか、波長が合わなければ発動しない」
アーサーは俺とコモの似顔絵を描き、その間に太い線とハートマークを書き足した。
……要するに、互いを深く理解し合わないと発動しないらしい。あのハートマークが無駄にムカつくが。
「互いに同調出来た時、システムから脳内に『真名』が提示される。凪で言う『焔潮輪双槍』だな。その浮かんだ真名を唱えればいい」
「でも、同調って具体的にどうやればいいんだ?」
「一番簡単なのは、意識の共有かな。例えば二人が『この敵を倒したい』とか『誰かを助けたい』と強く願えば、同調しやすい。ただ、それは根源の感情だ。思考の深くまで潜らなければならない。……まぁ、とりあえずやってみようか」
アーサーは近くにいたコモの背中を押し、俺の正面に立たせる。
コモは腕をグルグルと回し、意気揚々としていた。
「よし零人! 頑張ろうね!」
「あぁ。コモは準備いいか?」
「ばっちし!」
コモがサムズアップしてくる。
……不安しかない。
「じゃあ、お互いに目を瞑って。リンクすることを強く意識しながら、リンクする相手の存在を、内側から感じるんだ」
アーサーの指示に従い、俺は凪がやったように腕を前に出し、目を閉じて『リンクする事』を強く念じた。
……………………。
しばらくの静寂。
何も起きない。何も感じない。
俺はさらに深く、自分の思考の奥底へと意識を沈めていく。
過去の記憶、コモの笑った顔――色々なものがゴチャゴチャに混ざり合い――
【……れて!…………人……あなただ……は……】
突如、脳内に『全く身に覚えのない映像』がフラッシュバックした。
「――ッ!?」
とてつもない頭痛と、眼球を裏側から抉られるような激痛。
脳内で、どこかで聞いたような――それでいて、絶対に忘れてはならない『誰かの悲鳴』が木霊する。
それと同時に、システムログなんかじゃない、まるで魂に刻み込まれていたかのような『ある名前』が、脳裏へと焼き付いた。
「うぁ……が……!『封……幻』!!」
俺がその名を叫んだ瞬間。
俺とコモを中心に、爆発的な『紫色の炎』が渦を巻いて吹き上がった。
「なッ!? なんだあの炎は!?」
「アーサー! 仮想空間の結界が……削られてる!!」
凪と紗奈さんの焦燥に満ちた声が、遠くで聞こえる。
訓練場全体が地震のようにビリビリと震え、空の景色にノイズが走ってヒビが入り始めた。
俺の意思に反して、紫の炎は狂ったように燃え盛り、止めることが出来ない。
頭を抱えて蹲っていたコモの体が崩れ、異形の形へと再構成されていく。
<Soul Link : ACTIVE>
<BIOLOGICAL REACTION : ABNORMALITY>
――WARNING――WARNING――WARNING――
脳内に、無機質な女の声で警告が鳴り響く。
俺は頭と目の激痛に耐えながら、両手にズシリと現れた質量を見下ろした。
――それは、呪文のような禍々しい文字が血で描かれた包帯で、刀身をぐるぐる巻きにされた刀。
柄尻からは鎖が伸び、俺の背中を通って、左手に握られた凶悪なナイフへと繋がっている。
紫色の炎が包帯の隙間から間欠泉のように吹き出し、俺の力では到底制御しきれない。
「ぐ、ぅぅ……ッ!!」
俺は、ガタガタと悲鳴を上げるように震え続ける『封幻』を、暴走させまいと、両腕で必死に抑え込むことしかできなかった。




