改式
「何だこれ、めちゃくちゃうまい……」
目の前に並んだ目玉焼きとベーコン、レタスにご飯。
ありきたりな献立のはずなのに、疲れた体に五臓六腑まで染み渡る。
――と、そこでふと疑問が湧いた。
ダイブした時、地球は夕方だったはずだ。
この世界の時間軸は、一体どうなっているんだろう。
「なぁ凪。俺、こっちに来た時は夕方だったハズなんだが……朝食って、どういうことだ?」
朝食をがっついている凪に話しかける。
もうちょっと落ち着いて食えよ……。
「んが……あぁ、地球と真逆なんだよ、ココ。地球の夜七時にダイブすれば、こっちは朝の七時ってわけ」
「なるほどね。じゃあ、こっちの夕方六時くらいまで遊んでログアウトすれば、地球じゃ朝の六時。ちょうど起きる時間ってことか。……つーか、寝なくて大丈夫なのか?」
「地球の俺たちの肉体は、今ベッドで寝てる状態だな。夢を見てるのと一緒さ。ただ、普通の睡眠よりは脳が休まらないから、入り浸りすぎには気をつけろよ」
凄いテクノロジーだな。
時代はもう、ここまで来たのか。
「そういえばさ、ご飯食べた後で模擬戦しない? れいくんの今の実力も知りたいし。『Soul Link』は発動出来ないだろうけど、戦闘の基礎は知っておいた方がいいと思うんだ」
「そうだね。僕も零人君には興味があるな……」
アーサーが意味ありげな視線を向けてくる。
やめろ。俺にそっちの気はない。
「僕たちの実力、見せつけてやろうよ」
コモは口の周りに米粒を付けたまま、両手のフォークとナイフをブンブン振り回してアピールしている。
危ないだろ、それ。
「ルミナスの艦内には訓練区画があるんだ。食後の運動と洒落込もうか」
「よーしガル! 零人たちに先輩の威厳ってやつを見せつけてやろうぜ!」
「何じゃお主は。空亡の中でも下っ端じゃろうに。粋がりおってからに」
ガルがまたもや凪の頭をペチペチと叩いている。
やめろガル。これ以上凪の頭がおかしくなったら困る。
そもそも俺、このゲームの戦い方なんてSNSで流れてる情報程度しか知らないんだが。
「まぁまぁ……最初から本気で戦うわけじゃないよ。とりあえず誰でも使える『術式』を零人君に教えて、体の動かし方に慣れてもらうところから始めよう」
アーサーはそう言うと、食堂のおばちゃんに礼を言って席を立った。
俺達も同様に、その背中を追う。
「ここルミナスはかなり広いからね。移動が少し面倒なんだ。まぁ、そのおかげで大規模な訓練場も艦内に収まってるんだけど」
赤い絨毯の敷かれた廊下を突き進む。
道中、凪が紗奈さんに足を引っかけられたりしていじられていたが、俺は見て見ぬふりをした。
標的が俺に移ってはたまったものではない。
凪と目が合い、「助けろ」と訴えかけられた気がしたが、気のせいだろう。
しばらく歩くと、ひときわ重厚で巨大なドアの前でアーサーが立ち止まった。
「ここが訓練場さ。入ろうか」
アーサーがドア横のパネルに触れると、重々しい音を立てて扉がひとりでに開いた。
中に入ると、そこには天井がなく、外へ吹き抜けになった巨大な空間が広がっていた。
見上げれば抜けるような青空。
かすかに海の小波と、カモメの声まで聞こえてくる。
壁際のラックには様々な武器が備え付けられ、ぱっと見では用途の分からない機械のようなものまで並んでいた。
「デカいな……」
思わず呟いてしまう。
その声が聞こえたのか、紗奈さんがクスクスと笑いながら俺の脇を突いてきた。
「ここ、私達もよく使うんだ。今のれいくんには最適な練習場所だね」
「零人君。さっきの戦闘で消耗した体力は、少しは癒えたかい?」
「はい。飯のおかげか腕の痺れも取れて、体も大分軽くなりました」
俺の返事に、アーサーは満足そうに頷く。
「よし。じゃあ最初に、術式を身をもって覚えてもらおう。凪、相手になってあげて」
「りょーかい! 零人、いろいろ教えてやるよ。コモとリンクした時に成った武器、どんな形だったっけ?」
「刀と、鎖で繋がった短刀だったと思う」
俺がそう言うと、凪は壁に立てかけてあった武器の中から、長めの木刀と短刀サイズの木刀をヒョイッと投げて寄越した。
慌てて落としかけたが、なんとか両手で受け取る。
凪は槍と同じくらいの長さの棒を手に取り、部屋の中央へ向かった。
俺もそれに続き、凪の対面に立つ。
「とりあえず、三つの『改式』を教えるぜ。一つ目は【改式-点火】。手や武器の先から火の玉を出せる術式だ。こうやって飛ばしたりもできる」
凪が棒の先に火の玉を現出させ、軽く一振りする。
ボンッ。
放たれた火の玉が遠くに備え付けられた鎧のカカシに直撃し、ガタガタと揺らした。
「次に【改式-水膜】。薄い水の膜を作る術式だな。火を使う術式への対抗策か、物理的な衝撃を受け流す時に使う」
凪は床に落ちていた石ころを上に放り、腕をかざした。
手から水の膜が生成され、落ちてきた石は膜に触れた瞬間、反発することなく表面を滑るように流れて床へ落ちた。
「最後に【改式-雷燕】。瞬発力と、一定方向への加速を得る術式だ」
言い終わるや否や――俺と凪の間にあった数メートルの距離が、『ゼロ』になった。
一瞬で目の前に現れた凪に、思わず息を呑む。
凄いな。どれもシンプルだが、応用が効きそうだ。
「発動条件は、明確に『イメージすること』。そして、自分に『余白』があることだ。名前を唱えると発動しやすい。無詠唱でも発動は出来るが、慣れないうちは精度が落ちる」
「ちなみに、余白が切れたときはどうなるんだ?」
「当たり前だが、発動できなくなる。あれは大分気持ち悪いぞ。感覚で言うと――顔も声も雰囲気も完璧に思い出せるのに、名前だけがどうしても出てこない、あの感覚と似てるな」
うわ。それはムズムズするな。
「まぁ、やってみろよ」
凪はそう言って、カカシに向かって親指を立てる。
やってやろーじゃん。見事な火の玉を出して、ビビらせてやる。
見てろよぉ?
「【改式-点火】!」
ポフン。
すかしっぺみたいな炎が出た。
……あ、あいつら笑ってやがる……!
アーサーと紗奈さんは肩を震わせて必死に堪え、コモに至っては床を転げ回って大爆笑している。
「……ま、まあ! 最初にしてはちゃんと形になってたよ! 戦いながらイメージを固めていこうか……ブフッ」
アーサーがフォローを入れてきたが、完全に吹き出している。
あー、キレちまったよ俺は。
絶対しばく。あのドヤ顔の凪をボコボコにしてやる。
「よーしやるぞ! 今すぐやるぞ! さあ来い!!」
「クックック、ハァハァ……じゃ、じゃあ模擬戦を始めようか。凪、Soul Linkは禁止な。お互い武器と改式だけで戦うように。零人君は、自分と空間、それと相手の"余白"の流れを感じるように意識しながら戦うんだ」
アーサーはそう言うが……そんな難しい事、本当に出来るのか?
「ステージは『草原』にでもしておこう。仮想空間で体感は広くなるけど、見えない結界があるから、端には気を付けてね」
直後、部屋全体が瞬時に広大な草原へと切り替わった。
今まであった壁すらも空に溶け込み、遥か遠くに地平線が見える。
「お互い、準備はいいかな?」
「「やってやらぁ!」」
俺と凪は武器を構え、意気揚々と声を張った。
「じゃあ始めようか。――模擬戦、開始――」
アーサーの宣言と同時。凪が槍を構え、地を蹴って踏み込んでくる。
てっきり最初は雷燕で距離を詰めてくると読んでいた俺は、虚を突かれた。
「ほいっと!【点火】」
「っつ!」
凪は右手を大きく引き、俺の顔を目掛けて棒を鋭く突き出してきた。
俺は首を傾けて直撃を避けた――と思った瞬間、突き出された棒の先で火の玉が突如膨れ上がり、棒の軌道から直角に曲がって、俺の顔面めがけて飛んできた。
フェイントか!
咄嗟の判断で、後ろへ大きく跳び退く。
鼻先を、熱い火の玉が掠めていった。
「危ねぇな! そんな変則的な撃ち方できるのかよ!」
「……おいおい」
凪は棒を突き出した体勢のまま固まり、信じられないものを見るような目で俺を見ていた。
「今の、避けるか……? タイミングも軌道も完全にズラしたんだぞ。初見で躱せるヤツなんて、そうそういねぇぞ」
「うーん……零人君、反射神経が常軌を逸してるね。目が良いのか、直感が鋭いのか……」
アーサーが腕を組み、面白そうに目を細めて俺たちの模擬戦を観察している。
「れいくん、昔から運動神経だけは野生児みたいにズバ抜けてたからねぇ」
紗奈さんも感心したように頷いた。
「次は俺から行かせて貰うぜ。【改式-雷燕】!!」
足に雷燕の感覚を描き、無理やり『余白』を捻り出してイメージを発動させる。
ドンッ!!
妙な加速感、どころではなかった。足元で爆発が起きたような制御不能の推進力が生まれ、凪との距離が一瞬で縮まる。
――やべぇ! 速すぎる!
俺は前のめりに転びかけた体を持ち前の反射神経だけで無理やり捻り、勢いそのままに、長い方の木刀を横薙ぎに振り抜いた。
「うおっ!? だが動きが直線的で読みやすいぜ!」
凪は驚きながらも素早く屈み込み、俺の横薙ぎをギリギリで避けると、カウンターで無防備な胴体へと棒を突き出してくる。
「マズッ」
勢い余って体勢を崩していた俺は、咄嗟に左手の短刀を盾にして、突き出された棒を強引に弾き返した。
「【改式-点火】!」
「【水膜】!」
先程の凪の真似だ。棒を弾いた短刀の先から強引に火の玉を捻り出し、至近距離で凪へ放つ。
だが凪は冷静に左手へ水膜を現出させ、腕を横に払って火の玉を霧散させると、素早くバックステップで距離を取った。
ジリッ、と草を踏む音が響く。
俺たちは一呼吸置き、ヒリつくような緊張感の中で、互いの様子を窺い合った。




