凪の姉
門を抜けた先には、中世の古城の会議室を思わせる荘厳な空間が広がっていた。
中央に鎮座する巨大な長方形のテーブルと、整然と並ぶ椅子。
一番奥には一際立派な上座が用意されている。ただ、天井にシャンデリアはなく、壁に埋め込まれた無機質なライトが室内を白々と照らしていた。
「ここはルミナス。空に浮かぶ戦艦の中だよ。僕たち『空亡』は、主にここを拠点にして探索や任務を行っているんだ」
「戦……艦……。今も、空にいるんですか?」
尋ねながらも、俺は膝の震えを必死に抑えていた。
安全地帯に来た安堵からか、アドレナリンの切れた右腕が鉛のように重く、ズキズキと熱を帯びている。
「いや、今は東京の港に停泊させて貰ってるかな。ずっと飛ばしてると、維持システムのリソース消費が馬鹿にならないからね」
アーサーはやれやれと首を振る。
そんな説明を受けていると、凪が少し遅れて門から出てきた。
その頭の上には、全体的に赤い鱗と青い瞳を持つ、小さなドラゴンのようなものが乗っている。
「おつかれ~。なんかワケのわからん事になっちまったな、零人」
「零人よ。そこのちっこいのが、お主のバディかの?」
ドラゴンは俺の足元にいるコモを指差して問う。
それを聞いたコモは一瞬呆気にとられた顔をしたが、自分のことだと理解した瞬間、頬を膨らませて怒り出した。
「ちっこくないよ!! 初対面で失礼だなぁ、このトカゲ!」
「ハハハ、相性が良さそうだな。もしかしてガルか? この小さい狐みたいなのはコモっていうんだ」
俺が紹介すると、コモは「だからちっさくない!」と俺のスネに強烈なローキックを食らわせてきた。
痛い。
痛いが……なんだか生きてる実感が湧いて、少しだけ安心する。
「おぉ、悪かったのぉ。ワシはガルグイユという。このバカタレのバディをやっておる。よろしく頼むの」
ガルは凪の頭をバシバシ叩きながら挨拶し、凪は邪魔くさそうにその腕を抑え込んでいる。
「とりあえず説明は後回しだ。食堂で飯でも食おうぜ。食えば少しは元気も出るだろ」
凪がそう言って、部屋の出口にある大きな扉に手をかけた――その時だった。
ドゴォォン!
鼓膜を震わせる爆音と共に、目の前から凪の姿が消えた。
正確には、内側から吹き飛んだ扉ごと、凪が背後の壁まで一直線に吹っ飛び、クレーターを作ってめり込んでいた。
「なっ……凪……!?」
「……やれやれ」
あいつ、死んだんじゃないのか!?
アーサーが、驚愕というよりは諦めに近い表情で天を仰ぐ。煙の立ち込める扉の向こうに、人影が立っていた。
「れいくん。久しぶり!」
悪魔がいた。
「ひっ……久しぶりです。紗奈さん……」
長いブラウンの髪を揺らし、白くしなやかな脚を蹴り上げた姿勢のまま、満面の笑みを浮かべる美女。柏木 紗奈。凪の姉だ。
凪と同じく容姿端麗で、一見すれば穏やかそうな大人の女性。
だがその本性は、すぐ手足が出るし、執拗にいじってくる超肉食系。
子供の頃、凪の家に居候していた時から、俺と凪は彼女の「おもちゃ」だった。
今もホットパンツから伸びる健康的な脚は、目のやり場に困るどころか、凶器にしか見えない。
「『紗奈さん』なんて水臭いなぁ。前みたいに『紗奈お姉ちゃん』って呼んでよ!」
「嫌です」
「な……なあ紗奈、凪が動かないんだけど……死んでないよね?」
アーサーが少し動揺した様子で、凪のめり込んだ壁を指差す。だが、紗奈さんは涼しい顔だ。
「ん? あぁ、どうせ気絶してる振りだよ。凪、三秒以内に起きないと、もう一度壁の一部にしてあげるけど?」
「起きた!! 今起きました!!!」
ドスの利いた声に、凪がとんでもない速さで壁から脱出し、直立不動の敬礼を見せた。
俺は凪へ近づき、恨みがましく囁く。
「……おい凪。なんで紗奈さんが居ること、言ってくれなかったんだよ」
「だってお前、姉ちゃんが居るって言ったら絶対来ねぇじゃん……。そもそも、こんな事にならなきゃ、登録早々ここに連れてくるつもりなんて微塵もなかったし……」
紗奈さんは、俺のボロボロになった初期装備をマジマジと見つめ、不思議そうに首を傾げた。
「ていうか、れいくん。なんで登録初日からそんなボロ雑巾みたいになってるの? レイドボスにでも轢かれたみたいな顔してるけど」
「それについては、僕たちも聞きたいことが山ほどある。……まずは朝食にしようか」
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戦艦内部の廊下は、西洋の城を思わせる豪華なデザインだった。
食堂へ向かう道すがら、俺はアーサーの話を聞きながら、ある事実に衝撃を受けていた。
「……え、ちょっと待ってください。アーサーさんって、プレイヤーじゃないんですか?」
「うん? そうだよ。僕は『ネーディア』。君たちで言う『AI』かな。君たちビジターと違って、ログアウトはできないけどね。あと、敬語はいらないよ。凪も使ってないから」
アーサーは事もなげに笑うが、俺は呆然としていた。
SNSで『AIの進化がすごい』とは散々聞いていた。だが、目の前で優雅に歩くこの男は、どこからどう見ても、意思を持った『人間』そのものだ。
食堂に近づくと、肉を焼く香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。
「おばちゃん、おはよう。四人分、お願いできるかな?」
「あら剣ちゃん、おはよう。すぐ準備するよ」
気の良さそうなふくよかなおばちゃんが、カウンターの奥で手際よく皿を並べていく。
「コモ達も食べるかい?」
「たべるたべる!!」
「ワシはいらぬ」
跳ねて喜ぶコモと、凪の頭の上で偉そうに腕を組むガル。
そんな二匹に、アーサーは優しい笑みを浮かべる。
「じゃあ五人分お願いします。それじゃあ零人君、そこに座って。色々と話を聞かせてもらえるかい」
アーサーはニコニコと笑みを浮かべながら、俺をテーブルへ促した。
だが、席に着くなり――先程までの柔和な雰囲気を消し、真剣な表情で俺を見つめる。
「さて……零人君。何が起きたのか、詳しく聞かせてもらえるかい?」
俺は困惑しながらも記憶を辿り、順を追って話した。
案内人と契約手続きをしていたこと。
突如現れた奇妙なログ。
カウントダウンと共に、空間を割って現れた、あの禍々しい甲冑のこと。
「……なんだそれ。そんな演出、聞いたこともねぇぞ」
凪が椅子をガタンと鳴らして身を乗り出す。
「さらに契約を強制的に解除されて、コモが割り込んできたんです。それでコモに言われるまま『紫焔』って言葉を唱えたら……腕から紫色の炎が吹き出て、あの甲冑が吹っ飛んでいきました」
その瞬間、食堂が静まり返った。
紗奈さんの笑顔が消え、アーサーの目が見開かれる。
「……ちょっと待って、れいくん。登録したばかりで、バディの固有術式を放ったの?」
「ありえない……。普通は、バディとプレイヤーがお互いを深く知って、時間をかけてリンク率を上げて――そうして初めて、バディの固有術式は使えるはずだ」
「まぁ、そうだよね。私もシーの固有術式が使えるようになるまで、結構な時間かかったし。コモちゃんが異常なのかな? あっ、シーっていうのは私のバディのケットシーね。今は私の部屋で寝てるけど」
紗奈さんはコモをジーッと見つめるが、当の本人は運ばれてきたハンバーグを幸せそうに頬張っている。
紗奈さんのバディは、シーと言うらしい。
ケットシーか……どんな見た目なんだろう。気になる……。
「それから……脳内で『Compel Link』って声が聞こえた途端、コモがノイズまみれの武器に変わって……」
「「「…………」」」
重苦しい沈黙が、テーブルを包んだ。
ベテランプレイヤーと、この世界の住人であるアーサー。
そんな彼らから見ても、俺の体験は異常の連続だったらしい。
「はいお待ち! 特製モーニングだよ!」
張り詰めた空気を流すように、おばちゃんが声を掛けた。
テーブルへ並べられた朝食から漂ういい匂いが、鼻腔をくすぐった。




