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断界のネーデ  作者: 萱 景一
第1章

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その姿

「一体、何が起こっている……」

 

 私の目の前で、現実離れした事が、起こっていた。

 

 零人が、極彩色に光らせた両目を門へ向けたかと思うと、中に居る騎士共が、突如として紫焔の炎へと飲み込まれていく。

 そして、両手に紫焔を纏わせたかと思うと、空中を両手で押さえ、重い扉を閉めるような動きをし――。

 門は、重い地響きの様な音を出しながら、ゆっくりと閉まっていった。


 ……あり得ない。

 

 このゲームは、自由だ。

 頭に思い描いた技を、上手く出力出来れば、出来ない事なんて無い。

 しかし――もちろん、上限は存在する。

 個人が持つ余白量も、その一つだ。


 だが、余白量とは関係なしに、運営が干渉出来ない様に作っているプログラムについては、プレイヤーが弄ることなど、絶対に出来ないのだ。

 回収部隊の出現に干渉する事なんて、今まで聞いたこともない。

 私も試した事はある。

 シグにアシストして貰いながら、余白にイメージを注ぎ込み、回収部隊の出現に、直接干渉しようとした。

 しかし結果は、無。

 余白を差し込む隙間なんて、有りはしなかった。

 それを、零人は……。

 

 ――グサッ。


 零人の持つ封幻が、零人の意思に反するかのように動き、零人を締め上げ、その額に己を、自ら刺した。

 ……異常なのは、コモか?

 いや……両方か。


 零人は、ドサリと、地面に倒れ伏した。

 リンクが解けた瞬間、コモが封幻から自分の姿へと戻り、そのままバタリと零人の傍らに倒れる。


 そして、零人の足下には――。

 断章と思わしき、赤く輝く小さな石が、ぽつりと転がっていた。


「……これは」


 私は慎重な足取りで、零人に近づき様子を伺う。

 零人の額には、傷などはなかった。

 ……死んでは、いなさそうだな。


 そして、足下の赤く輝く石を拾い上げる。

 手に持つと、それは心臓の様に、一定の間隔で脈動を放っていた。


 ……どうやら、零人達は断章を見つけていたらしいな。

 しかも、これは……。


 石の触感に、何か温かい気配を感じる。

 私の知る断章はもっと冷たく、不穏な物ばかりだ。

 この断章は少し違うのかもしれない。

 

 手の中の脈動する石を、私は、そっと、上着の内ポケットへとしまった。

 今考えるのはよそう。

 まずは、目の前のことを片付けるのが先だ。

 

 あの空に居る回収部隊共を、片付けなきゃな。

 あの空で、回収部隊と戦っているプレイヤーも気になるが――。

 それより、プログラム如きが、私を見下ろすなど……。


「羽虫共。お前達は地面に這いつくばるのが、お似合いだ」


 私は両手に持つ緋律を、勢いよく目の前で衝突させた。


 「【耳鳴(じめい)】」


 キィィン――。


 甲高い音が、空一面に響き渡った。

 空に居た回収部隊共が、一斉に耳を塞ぎ、身を悶えながら、地面へと墜落していく。

 空でその戦闘を続けていたプレイヤーも、頭を押さえ、よろよろと、地面へと降り立った。


「クソが! なんだァ、この音は!?」


 プレイヤーの悪態が、遠くに響く。 

 

 ガタガタと甲冑を鳴らしながら、墜落した回収部隊共が、よろよろと、起き上がっていく。

 彼らは、プレイヤーへ向けていたヘイトを、私へと一斉に切り替えた。

 全員、両手に、雷の槍を現出させる。

 半数が、私へと飛びかかり、残りの半数が、投擲する姿勢を構えた。 


 ……久しぶりに、血が騒ぐかな。


 最初の騎士が跳躍し、上から大ぶりに、私へと突きを放つ。

 私は、下からすくい上げるように、右手の緋律で雷槍をかち上げ、左手の緋律で、緋弾を騎士の腹へと、撃ち込んだ。 


 ボシュッ!


 騎士の腹に、赤い穴が穿たれ、彼女は声にならない悲鳴と共に、後方へと吹き飛んでいく。


 すると、目の前に3本の雷槍が高速で飛来する。


「【返響(へんきょう)】」 


 カチッ。


 軽快なトリガーの音と共に、音の玉が、雷槍へと放たれた。

 空中で、キィィンと甲高い音が広がり、その衝撃により、雷槍の軌道がすべて逸れていく。 


 次の瞬間――。

 私を挟み込むように、左右から、槍を振るう騎士が二人、襲いかかってきた。


 私は、大きく仰け反る。

 二つの雷槍が、私の胸の真上で、ガキィンと音を立てて交差した。

 その仰け反った勢いのまま、私はバク転をし、二人の騎士の頭部へ、緋弾をそれぞれ食らわせた。


 ボシュッ! ボシュッ!


 二人の頭が、赤い飛沫を上げて、後方へ吹き飛ぶ。

 ……あとは、遠くで投擲姿勢を取っている奴らか。


「……【緋閃(ひせん)】」


 パンパンパン――。


 緋律の銃口から、炎が連続して吹き出る。

 その炎が吹き出るとともに、私は、瞬間移動とも呼べる程の加速を得て、遠く離れた騎士との距離を、一瞬でゼロに縮めた。 

 

 周りから見れば、一つの赤い線が、地上を縦横無尽に奔っているように見えることだろう。

 

 そのまま、遠くにいた騎士全てを、私は葬り去った。


「ふぅ」


 私は、一息ついた。

 辺りは、騎士の死骸で、埋め尽くされていた。

 一人は頭を打ち抜かれ、一人は腹に大穴を空け、一人は燃えカスとなり、一人は両断され――。


 ……歯ごたえの、ない。

 あの兜の中身は、空っぽのプログラムか。

 戦いというには、あまりに、味気がなさ過ぎる。


「……おい、RED」


 遠くで、懐かしいあだ名で私を呼ぶ声が聞こえた。


 ……あの男だ。

 戦闘の途中で、回収部隊と戦っていた、あのプレイヤー。

 状況を見るに、恐らく断章を狙っている可能性の高い、例のプレイヤーだろう。

 よく見ると、顔の特徴も話で聞いていたものと一致している。


「断章を、渡せ」


 男は、骨剣を肩に担ぎ、ゆっくりとこちらへと歩いてきた。

 その口調は、戦闘の余韻を残しながらも、確かな主張を含んでいる。


「俺は、コイツらを倒す事を協力する代わりに、断章を貰うと零人と約束してんだ」


 ……約束、だと? 私は思わず、地面に倒れている零人を見た。

 起きそうな気配は、ないな……。


「悪いが、そんな約束、私は、聞いていないのでな」


 私は、両手の緋律を、改めて構え直した。


「渡すことは、出来ない」

「チッ……じゃあ、力ずくで――」


 灰路が、骨剣を構え直そうとした、その時。


 私の後方で、ノイズの様な、奇妙な音と共に――。

 間延びした、調子の良さそうな男の声が、響き渡った。


「おぉ~い。灰路さぁん! 生きてたんすね!」


 ……ッ!?


 私の頭上を、茶色の古びたコートを着た男が、ふわりと飛び越え、灰路と呼ばれた男に向かって、軽快に走っていった。


 ……なん、だ? コイツ。


 後ろから現れることに、私が気付かないなんて――。

 私の本能が、警鐘を鳴らしている。


「……お前……ジン、か?」

「そうっすよぉ! もう、忘れちゃったんですかぁ?」

「微妙に、キャラと顔と声を変えるのやめろや。わかりずれェ……」


 ……何かが、おかしい。

 理由は分からない。

 しかし、漠然と、私の体がそう告げてくる。


 必然と、緋律を握る力が、強くなる。


 「そんなぁ、ヒドいですよぉ。いツものコとじゃんか。ねっ?」


 ザッ――。


 視界に、ノイズが走った。

 ジンと呼ばれた男が、ゆっくりとこちらを振り返る。

 振り向く、その最中――。


 ノイズと共に、ジンの声と、姿が変わっていった。


 ――ッ!!


 ウェーブのかかった、燃える様な赤髪を、肩口で揃え、活発そうな印象を受ける笑顔を、私へと向けるその顔は――。

 

 ……妹の、顔、そのものだった。


 その声、口調、表情、佇まい――。

 全てが、妹であった。


「――お前ッ!!」

「おおっと、怒らない怒らない。こんなに可愛い顔を、傷付けたくないよね?」 


 ジンが、首を傾げる仕草さえ、妹そのものだった。


「おいジン。遊ぶのは大概にしろ。それより断章だ。今あのREDが持っている」


 灰路の言葉に、ジンは、キョトンとした顔をする。

 しかし、その表情も妹のものだった。


 「これのこと?」


 ジンの手には――。

 赤く輝く、心臓の様に脈動する石が握られていた。


 ……あり得ない。


 私は、確かに、胸の内ポケットにしまったはずだ。

 私は思わず、自分の胸元を触る。

 そこには、四角く薄い何かが入っていた。

 私はそれを取り出した。


 ……それは、トランプのジョーカーだった。


 ――いつだ。

 いつの間に、すり替えた。


 ……私の、背筋が、凍る。

 ジンが私を後ろから飛び越えた、その一瞬。

 あの僅かな空中での通り過ぎ際に、コイツは、私の内ポケットの中身をすり替えたというのか。


 「クッ……!」


 私は、緋律をジンへと構えた。

 しかし――。

 トリガーを、引くことが、出来なかった。


 あの、妹そっくりのあの姿を……攻撃することなんて――。


「……相変わらず、良く分かんねェなお前……まぁ、いい。引くぞ」

「バイバ~イ、お姉ちゃ~ん」


 ジンが、私に向かって、無邪気に手を振る。

 その仕草も、その声も、その「お姉ちゃん」という呼び方も――。 


 全て、妹のものだった。


 次の瞬間、灰路とジンの周囲を、ザザザザッ、と激しいノイズが包んだ。

 ノイズが消えた時――。

 二人の姿は、すでにその場から消えていた。


 ……やられた。

 私は、緋律をゆっくりと下ろす。

 手の力が、抜けていく。


 どうしてジンという男が、私の妹を知っているのかは分からない。

 しかし、私の弱点を見抜かれた。

 戦闘の最中ではなく、戦闘の終わりに、最も油断するタイミングを狙って、刺された。


 ……燈乃(ひの)


 私の唇から、零れたのは――。

 ネーデに意識を囚われたまま、戻ってこない私の最愛の妹の名前だった。

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