その姿
「一体、何が起こっている……」
私の目の前で、現実離れした事が、起こっていた。
零人が、極彩色に光らせた両目を門へ向けたかと思うと、中に居る騎士共が、突如として紫焔の炎へと飲み込まれていく。
そして、両手に紫焔を纏わせたかと思うと、空中を両手で押さえ、重い扉を閉めるような動きをし――。
門は、重い地響きの様な音を出しながら、ゆっくりと閉まっていった。
……あり得ない。
このゲームは、自由だ。
頭に思い描いた技を、上手く出力出来れば、出来ない事なんて無い。
しかし――もちろん、上限は存在する。
個人が持つ余白量も、その一つだ。
だが、余白量とは関係なしに、運営が干渉出来ない様に作っているプログラムについては、プレイヤーが弄ることなど、絶対に出来ないのだ。
回収部隊の出現に干渉する事なんて、今まで聞いたこともない。
私も試した事はある。
シグにアシストして貰いながら、余白にイメージを注ぎ込み、回収部隊の出現に、直接干渉しようとした。
しかし結果は、無。
余白を差し込む隙間なんて、有りはしなかった。
それを、零人は……。
――グサッ。
零人の持つ封幻が、零人の意思に反するかのように動き、零人を締め上げ、その額に己を、自ら刺した。
……異常なのは、コモか?
いや……両方か。
零人は、ドサリと、地面に倒れ伏した。
リンクが解けた瞬間、コモが封幻から自分の姿へと戻り、そのままバタリと零人の傍らに倒れる。
そして、零人の足下には――。
断章と思わしき、赤く輝く小さな石が、ぽつりと転がっていた。
「……これは」
私は慎重な足取りで、零人に近づき様子を伺う。
零人の額には、傷などはなかった。
……死んでは、いなさそうだな。
そして、足下の赤く輝く石を拾い上げる。
手に持つと、それは心臓の様に、一定の間隔で脈動を放っていた。
……どうやら、零人達は断章を見つけていたらしいな。
しかも、これは……。
石の触感に、何か温かい気配を感じる。
私の知る断章はもっと冷たく、不穏な物ばかりだ。
この断章は少し違うのかもしれない。
手の中の脈動する石を、私は、そっと、上着の内ポケットへとしまった。
今考えるのはよそう。
まずは、目の前のことを片付けるのが先だ。
あの空に居る回収部隊共を、片付けなきゃな。
あの空で、回収部隊と戦っているプレイヤーも気になるが――。
それより、プログラム如きが、私を見下ろすなど……。
「羽虫共。お前達は地面に這いつくばるのが、お似合いだ」
私は両手に持つ緋律を、勢いよく目の前で衝突させた。
「【耳鳴】」
キィィン――。
甲高い音が、空一面に響き渡った。
空に居た回収部隊共が、一斉に耳を塞ぎ、身を悶えながら、地面へと墜落していく。
空でその戦闘を続けていたプレイヤーも、頭を押さえ、よろよろと、地面へと降り立った。
「クソが! なんだァ、この音は!?」
プレイヤーの悪態が、遠くに響く。
ガタガタと甲冑を鳴らしながら、墜落した回収部隊共が、よろよろと、起き上がっていく。
彼らは、プレイヤーへ向けていたヘイトを、私へと一斉に切り替えた。
全員、両手に、雷の槍を現出させる。
半数が、私へと飛びかかり、残りの半数が、投擲する姿勢を構えた。
……久しぶりに、血が騒ぐかな。
最初の騎士が跳躍し、上から大ぶりに、私へと突きを放つ。
私は、下からすくい上げるように、右手の緋律で雷槍をかち上げ、左手の緋律で、緋弾を騎士の腹へと、撃ち込んだ。
ボシュッ!
騎士の腹に、赤い穴が穿たれ、彼女は声にならない悲鳴と共に、後方へと吹き飛んでいく。
すると、目の前に3本の雷槍が高速で飛来する。
「【返響】」
カチッ。
軽快なトリガーの音と共に、音の玉が、雷槍へと放たれた。
空中で、キィィンと甲高い音が広がり、その衝撃により、雷槍の軌道がすべて逸れていく。
次の瞬間――。
私を挟み込むように、左右から、槍を振るう騎士が二人、襲いかかってきた。
私は、大きく仰け反る。
二つの雷槍が、私の胸の真上で、ガキィンと音を立てて交差した。
その仰け反った勢いのまま、私はバク転をし、二人の騎士の頭部へ、緋弾をそれぞれ食らわせた。
ボシュッ! ボシュッ!
二人の頭が、赤い飛沫を上げて、後方へ吹き飛ぶ。
……あとは、遠くで投擲姿勢を取っている奴らか。
「……【緋閃】」
パンパンパン――。
緋律の銃口から、炎が連続して吹き出る。
その炎が吹き出るとともに、私は、瞬間移動とも呼べる程の加速を得て、遠く離れた騎士との距離を、一瞬でゼロに縮めた。
周りから見れば、一つの赤い線が、地上を縦横無尽に奔っているように見えることだろう。
そのまま、遠くにいた騎士全てを、私は葬り去った。
「ふぅ」
私は、一息ついた。
辺りは、騎士の死骸で、埋め尽くされていた。
一人は頭を打ち抜かれ、一人は腹に大穴を空け、一人は燃えカスとなり、一人は両断され――。
……歯ごたえの、ない。
あの兜の中身は、空っぽのプログラムか。
戦いというには、あまりに、味気がなさ過ぎる。
「……おい、RED」
遠くで、懐かしいあだ名で私を呼ぶ声が聞こえた。
……あの男だ。
戦闘の途中で、回収部隊と戦っていた、あのプレイヤー。
状況を見るに、恐らく断章を狙っている可能性の高い、例のプレイヤーだろう。
よく見ると、顔の特徴も話で聞いていたものと一致している。
「断章を、渡せ」
男は、骨剣を肩に担ぎ、ゆっくりとこちらへと歩いてきた。
その口調は、戦闘の余韻を残しながらも、確かな主張を含んでいる。
「俺は、コイツらを倒す事を協力する代わりに、断章を貰うと零人と約束してんだ」
……約束、だと? 私は思わず、地面に倒れている零人を見た。
起きそうな気配は、ないな……。
「悪いが、そんな約束、私は、聞いていないのでな」
私は、両手の緋律を、改めて構え直した。
「渡すことは、出来ない」
「チッ……じゃあ、力ずくで――」
灰路が、骨剣を構え直そうとした、その時。
私の後方で、ノイズの様な、奇妙な音と共に――。
間延びした、調子の良さそうな男の声が、響き渡った。
「おぉ~い。灰路さぁん! 生きてたんすね!」
……ッ!?
私の頭上を、茶色の古びたコートを着た男が、ふわりと飛び越え、灰路と呼ばれた男に向かって、軽快に走っていった。
……なん、だ? コイツ。
後ろから現れることに、私が気付かないなんて――。
私の本能が、警鐘を鳴らしている。
「……お前……ジン、か?」
「そうっすよぉ! もう、忘れちゃったんですかぁ?」
「微妙に、キャラと顔と声を変えるのやめろや。わかりずれェ……」
……何かが、おかしい。
理由は分からない。
しかし、漠然と、私の体がそう告げてくる。
必然と、緋律を握る力が、強くなる。
「そんなぁ、ヒドいですよぉ。いツものコとじゃんか。ねっ?」
ザッ――。
視界に、ノイズが走った。
ジンと呼ばれた男が、ゆっくりとこちらを振り返る。
振り向く、その最中――。
ノイズと共に、ジンの声と、姿が変わっていった。
――ッ!!
ウェーブのかかった、燃える様な赤髪を、肩口で揃え、活発そうな印象を受ける笑顔を、私へと向けるその顔は――。
……妹の、顔、そのものだった。
その声、口調、表情、佇まい――。
全てが、妹であった。
「――お前ッ!!」
「おおっと、怒らない怒らない。こんなに可愛い顔を、傷付けたくないよね?」
ジンが、首を傾げる仕草さえ、妹そのものだった。
「おいジン。遊ぶのは大概にしろ。それより断章だ。今あのREDが持っている」
灰路の言葉に、ジンは、キョトンとした顔をする。
しかし、その表情も妹のものだった。
「これのこと?」
ジンの手には――。
赤く輝く、心臓の様に脈動する石が握られていた。
……あり得ない。
私は、確かに、胸の内ポケットにしまったはずだ。
私は思わず、自分の胸元を触る。
そこには、四角く薄い何かが入っていた。
私はそれを取り出した。
……それは、トランプのジョーカーだった。
――いつだ。
いつの間に、すり替えた。
……私の、背筋が、凍る。
ジンが私を後ろから飛び越えた、その一瞬。
あの僅かな空中での通り過ぎ際に、コイツは、私の内ポケットの中身をすり替えたというのか。
「クッ……!」
私は、緋律をジンへと構えた。
しかし――。
トリガーを、引くことが、出来なかった。
あの、妹そっくりのあの姿を……攻撃することなんて――。
「……相変わらず、良く分かんねェなお前……まぁ、いい。引くぞ」
「バイバ~イ、お姉ちゃ~ん」
ジンが、私に向かって、無邪気に手を振る。
その仕草も、その声も、その「お姉ちゃん」という呼び方も――。
全て、妹のものだった。
次の瞬間、灰路とジンの周囲を、ザザザザッ、と激しいノイズが包んだ。
ノイズが消えた時――。
二人の姿は、すでにその場から消えていた。
……やられた。
私は、緋律をゆっくりと下ろす。
手の力が、抜けていく。
どうしてジンという男が、私の妹を知っているのかは分からない。
しかし、私の弱点を見抜かれた。
戦闘の最中ではなく、戦闘の終わりに、最も油断するタイミングを狙って、刺された。
……燈乃。
私の唇から、零れたのは――。
ネーデに意識を囚われたまま、戻ってこない私の最愛の妹の名前だった。




