表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断界のネーデ  作者: 萱 景一
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/48

幸せ

 ……何かが、俺の頬に触れる。

 なんだ……?

 痛む全身と、割れそうな頭を押さえながら、俺は目を開けた。

 するとそこには――割れたガラスが剥がれ落ちるように、崩壊していく空が広がっていた。

 崩壊した景色はヒラヒラと揺れ落ち、地面に触れた途端、綺麗な粒子となって消えていく。

 剥がれ落ちた箇所の奥には、晴れ渡った空が覗いていた。


 俺は、周りを見渡す。

 左には、俺に背を向けて茫然と立ち尽くす緋音さんの姿。

 コモは少し離れた地面にへたり込み、ただ空を見上げている。

 なんで、緋音さんがここに……?

 というか、ここは一体……。


「痛っつ……」


 思い出そうとすると、頭に激痛が奔った。


「起きたか」


 俺の声に、緋音さんが振り向く。

 その顔は、喜びとはかけ離れた、なんとも微妙な表情をしていた。


「――おーい! 零人、大丈夫か!?」


 遠くから、俺を呼ぶ声が聞こえる。

 声のする方へ顔を向けると、凪達がこちらへ駆け寄ってくる姿が見えた。

 俺は、今まで何をしていたんだっけ……。


「零人! すずちゃんは?」


 駆け寄ってきた凪が、辺りを見渡しながら俺に問う。

 すず……?

 ――そうだ、すずは!?


 ――瞬間。


 頭が割れそうな程の激痛が奔った。

 ……。

 …………そうだ。

 す、ずは……。


 俺は、何も持たない両手を見る。

 その手は、赤く血に染め上げられていた。

 震える手を内ポケットへ忍ばせ、すずから貰った小さなキャンバスを取り出す。

 相も変わらず、そのキャンバスには、とても美しい芸術が彩られていた。

 空から落ちてきた空間の断片がキャンバスに触れ、砕け、粒子となって光る。

 その表面には、滴に濡れた跡が、点々と残っていた。


「……凪。ご、めん……。お……俺は……」

「おい……。まさか、そんな訳……」


 ――俺は、すずを守れなかった。


 ――ましてや、すずに守られた。


 ――あれだけ、誓っておいて。


 ――あれだけ、格好つけた癖に。


 ――結果、この様だ。


 ――口だけで、何も守れやしない。


 ――俺が……俺が、弱いから。


 ――意思も、覚悟も、実力も。


 ――何もかも、全部!


 緋音さん以外の全員が、顔を伏せている。

 すずの結末を、察したのだろう。

 誰も、口を開かない。


「私は、そのすずという人間を知らない」


 沈黙が支配するこの空気を、緋音さんが破った。

 そうだろう。

 緋音さんは、すずに会ってすらいないのだから。


「大切な人だったのか?」


 そう、俺に問いかける。

 ……当たり前だ。

 過去の話を聞いた。

 辛い目に遭ってきた事も知った。

 そして、すずの優しい心を知った。

 こんな人が辛い目に遭うのは、間違っていると思った。

 助けたかった。

 幸せに、なって欲しかった。


「幸せにしたかったんですよ……俺は!」


 気持ちが、溢れ出す。

 俺の中でドロドロに煮詰められ、濁流となった負の感情が、口から止めどなく溢れ出す。


「なんで……なんでもっと速く来てくれなかったんですか!!」

「……」


 緋音さんは、何も言わない。

 止められない。

 間違っていると頭で分かっていても、この感情を止める術を、俺は知らない。


「緋音さんがもっと速く来てくれれば、すずは……すずは死な――」

「……歯ァ食いしばれ!」


 凪は、俺が最後まで言い切る前に、俺の顔面へ強烈な右ストレートを放った。

 俺は吹っ飛ばされ、地面に情けなく倒れる。


「……零人。俺はお前の、そんな情けねぇ言葉を聞きたくねぇよ。……誰かのせいにする姿なんて、よ」


 ――分かってる。

 分かってるさ、俺だって。

 でも……俺は、どうすればいいんだよ。


「零人。私を殴れ」


 緋音さんは俺の前に立つと、そんな言葉を口にした。


「それで気が済むだろう? 私を殴れ」

「……無理ですよ。そんなの」


 出来るわけが無い。

 緋音さんは、何一つとして悪くないのだ。

 俺が子供で、弱いから……。


「……人にやれることなんて、限度がある」


 緋音さんは俺の胸ぐらを掴み、鷹のように鋭い目を、俺の目と合わせた。


「全員が全員、守りたい物を守れるわけじゃない」


 その瞳は赤く燃えていて、そのまま俺の身まで焦がしてしまいそうだった。


「それでも守りたい物があるなら……強くなるしかないんだ」


 緋音さんはそのまま、俺を突き飛ばす。

 俺はよろめきながら、後退した。


「少し、頭を冷やせ」


 強く……なる?

 ――遅いよ。

 もう、ここにすずは居ないんだ。


 俺はみんなの目線を避けるように、ログアウトするため、街の方向へ歩き出す。


「コモ。一緒に居てやらなくて良いのか?」


 トボトボと歩く俺の後方で、何か話している声が聞こえた。


「……今の僕に、そんな資格はないから」


 ――――

 ――――――

 ――――――――


 俺は、ダイブギアを外す。

 その勢いのまま、ダイブギアを棚へ投げつけた。


 ガシャァァン!


 棚にしまってあった物が、色々と落下していく。

 窓を見ると、日が落ち、雲に覆われて月すら見えない夜の暗闇が映っていた。


「……寝よ」


 寝て目が覚めたら、実は今のが悪夢で、ソウルリンカーにはすずが生きているかもしれない。

 ――そんなこと、あるはずもないのにな。


 俺は、目を瞑る。

 カチカチカチ、と秒針の動く音が部屋に響く。

 普段ならそんな音、気にもしないのに。今の俺には、やけに癪に障った。

 ――。

 ――――。

 目を開ける。

 ……いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。

 最近連続でダイブしていたから、脳が疲れて、気づかないうちに寝ていたのだろう。


 ……今日は、学校か。

 ――休もう。

 到底、学校に行けるような気分じゃない。

 だが、この最悪な気分を少しでも晴らしたくて、外には出たかった。

 俺は適当な私服を引っつかみ、今着ている服をベッドへ放り投げ、着替える。

 玄関へ行き扉を開くと、外は土砂降りの雨だった。


 ハハ。

 まさに今の俺の気持ちそっくりだ。

 このクソみたいな俺を、そのまま洗い流してくれよ……。


 俺は傘も持たず、アパートの階段を降りる。

 すると雨のためか、いつもの中庭ではなく、一階の廊下にベンチを移してタバコを吹かす薫さんがいた。


「零人、おはようさん。……ん? 今日、学校のある日だよな。私服なんて着て、どうした?」

「……」


 薫さんに話しかけられる。

 しかし俺は今、誰とも話す気分になれない。

 顔を俯け、出来る限り顔を見られないようにして、雨の中を駆け出した。


「おっ……おい!」


 薫さんが俺へ手を伸ばす。

 しかしその手は、空を切った。


 雨が、全身を濡らす。

 その不快感が、今の俺には、心地よかった。


 土砂降りの雨の中、傘も差さずトボトボ歩く俺に、通行人はギョッとした反応をしながらも、脇を通り抜けていく。

 今は、誰にも話しかけられたくない。


「……大丈夫ですか?」


 誰かが俺の前で立ち止まり、傘を差しかけてきた。

 なんだよ。

 俺を心配するなよ。

 ……もう、放っておいてくれよ。


 しかし、傘を持つ腕を俺へ向けたとき、フッと香水の匂いが香った。

 金木犀の匂い。

 梅雨時だというのに、この季節はずれの匂い。

 そして……この声。


 俺は、顔を上げる。

 そこには――。


 ――すずが、いた。


 俺を心配するような表情を浮かべ、片手にハンカチを握っている。


 ――なんで……。

 すずはネーディアで、ソウルリンカーの世界にしか居ないはずなのに。

 俺は、思わず声が漏れた。


「す、ず……?」


 俺の呟きが聞こえた彼女は、目を見開く。


「え……? どうして私の名前を? ……どこかで、お会いしましたっけ」


 違う。

 顔も声も、一つ一つの仕草も、まるですずだ。

 しかし、俺の心は明確に「違う」と叫んでいる。


「あっ……間違え……ました」


 彼女は俺の答えに、不思議そうな顔をした。


「こんな雨の中、傘も差さずにいたら、風邪を引いちゃいますよ」


 すずであり、すずではない。

 グチャグチャになりそうな感情の中、俺は、無意識に口を開いていた。


「俺の……独り言を、聞いてくれませんか?」

「え?」


 駄目だ。

 止められない。

 鼻をくすぐる金木犀の香りが、俺を狂わせる。

 見ず知らずの人間にこんなこと言われても、訳が分からないはずなのに……。


「――守れなくて……ごめん。あれだけ格好つけて……誓った癖に。守るどころか、守られて……」


 彼女は、黙って俺の話を聞く。

 俺は、彼女の顔が見られない。

 どんな顔をしているのだろう。

 どんな気持ちで、俺の話を聞いているのだろうか。

 だが、見なくても――彼女がまっすぐ俺へ視線を向けているのが、分かった。


「幸せにしたかったのに……。すずを……すずを死なせて――」


 その先の言葉が、出なかった。

 溢れ出す感情に、口が追いつかない。


「……私には、貴方に何があったのか、分かりません」


 言葉に詰まり俯き続ける俺に、彼女は静かに声をかけた。


「だけど……私なら……そう。私がそのすずさんだったら、幸せだったと思います」


 俺はその言葉に、思わず顔を上げる。

 そこには――俺に傘を差し出したせいで、自分は濡れているにも関わらず、俺へ笑顔を向けるすずがいた。


「私を守るために、必死になってくれて。守れなくて、こんなに悲しんでくれて。そんな人に守ってもらえて……そして私が守れたなら……たとえどんな結果であれ、私なら……幸せに感じると思います」


 俺は、顔を上へ向ける。

 目の前には彼女の差し出す傘があるはずなのに、空から降る雨は、俺の顔へ落ちることを止めない。

 彼女の言葉で、俺の中に渦巻いていた感情の嵐が――雨となって、世界に降り注いでいくようだった。


「あ……ありが、とうござい……」


 溢れ出す感情に言葉が詰まり、感謝の一言すら、まともに言えない。


「よかったら……これで元気出してください。つまらない物ですけど……私が作ったんですよ!」


 彼女はハンカチをポケットへしまい、肩にかけた手提げ鞄を漁る。

 そこから取り出されたのは、オリジナルらしき可愛いキャラクターが描かれた、アクリルのキーホルダーだった。


「こ、れは……」

「私、自分の作った物で人を笑顔にするのが夢なんです。……漠然としてるでしょ?」


 あぁ……。

 ちゃんと、すずはこの人が元になっているんだな。

 心優しく、才能に溢れ、強い。

 そんな彼女が、とても眩しかった。


「貴方なら……叶えられますよ。絶対」

「ありがとう。励ましてるつもりが、なんだか私が励まされちゃったね」


 彼女は照れながら、笑みを浮かべる。


「私、折りたたみ傘も持ってるんで、この傘あげます! その代わり、元気出してくださいね」


 手提げ鞄からピンクの折りたたみ傘を取り出し、彼女は俺へウインクをした。


「それじゃあ、お元気で!」


 彼女は土砂降りの雨の中、力強い足取りで俺に背を向け、歩いて行く。

 俺は、そんな彼女の背中を見送った。


 ――強く……ならなきゃな。


 守りたい人を、守れるように。

 この理不尽で、それでも素敵な世の中を、力強く歩んで行けるように。


 俺は振り返り、彼女の進む道とは逆の道を歩き出す。

 謝らなきゃいけない人が、大勢いる。

 

 ふと、頬に当たる雨が、少しだけ弱まった気がした。

 俺は、空を見上げる。

 遠い空の先――雲が途切れ、その隙間から、黄金色に輝く太陽が顔を覗かせていた。

第一章の終わりです。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

もっと話を長くしたかったんですが、僕の力不足により、駆け足になってしまいました。

反省です……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ