目覚め
雷鳴轟く曇った空から、雨がポツリ、ポツリと、降ってくる。
灰路の灰が舞い落ちる中で、退廃的な雰囲気を醸し出す。
体が、雨に濡れる。
すずの血を、洗い流すかのように。
俺は、コモの力の使い方がなっちゃいなかった。
発想次第で何でも出来るこの世界で、斬撃を飛ばすしか脳が無かった俺に、つくづく呆れる。
――【狐幻】――
俺は俺の分身を出して、金冠騎士を挟み込むように動く。
紫焔は、俺の体を介して発動出来る術式だ。
なら……。
あの分身も、俺の筈だ。
出せねぇはずが、ないんだよ。
――【紫焔】――
俺は脳内で、分身を動かす。
精密に、寸分の狂いもなく。
分身は、封幻に紫焔を纏わせる。
こいつは、囮だ。
絶対にこの手で、アイツを消さないと気が済まない。
そのまま、金冠騎士へ、分身が斬りかかる。
――【隆起】――
俺は走った姿勢のまま、足から地面に隆起の余白を流し込む。
それは、地面に足が付いた瞬間に発動された。
地面が、金冠騎士の方向へ横へと伸びる。
俺はその柱に足を乗せ、爆発的に金冠騎士へ近づいた。
目指すは、金色煌めくその首。
金冠騎士は、俺の分身に気を取られ封幻を分身へ振るっている。
――貰った。
しかし、金冠騎士は横目で俺を捉えると、少し膝を屈め、封幻を横薙ぎに振るう俺の腕を、タイミング良く剣を持っていない左腕で下から押し出す。
剣の軌道を逸らした勢いそのままに、左足で俺を蹴り飛ばす。
……分かっている。
それぐらい。
お前は、プログラムだ。
最適な行動を取れる筈だよな。
だから――。
俺は蹴り飛ばされた姿勢のまま、空中で体を捻り、左手に持つソードブレイカーを金冠騎士へ投げつけた。
封幻は、柄に付く鎖をジャラジャラと鳴らしながら、金冠騎士の体へ纏わり付いていく。
ソードブレイカーの櫛状になった背面が、鎖に上手く引っかかり、金冠騎士を拘束する形となった。
……これで、終わりだ。
「【紫焔】」
俺の手から、鎖で繋がる封幻へと、紫焔の炎が伝って燃え広がっていく。
その炎は、金冠騎士の体を瞬く間に埋め尽くし、金冠騎士は、声にならない悲鳴の様な、謎の音を奏でた。
――しかし。
ゴーン……ゴーン……。
また、鐘が鳴った。
俺は思わず、門を見た。
そこには、先ほど見たのと全く同じ、金冠聖列の部隊が、増援として向かってくる姿が見えた。
……いいぜ。
どんどん来やがれ。
すべて、消してやる。
そうじゃなきゃ、俺の気が、収まらねぇんだよ。
その時――。
ドゴォオン!!
いきなり、世界が揺れた。
街の方向の空間に、大きく罅が入る。
ドゴォオン!!
その罅は、大きく広がっていき、罅の隙間から、赤い炎が漏れ出てくる。
バキィイィイン!!
空間が、大きく割れた。
その割れた先の空間は、今のように曇ってはいない、晴れているこの場所の空間、そのものだった。
そして、その割れた空間の中心で立っているのは、赤く燃え上がる様な髪をした、女性。
……緋音さんだった。
「回収部隊に、嗅ぎつけられた様だな……。生きてるか、零人」
緋音さんは、この状況を見渡しながら、ゆっくりとした歩調でこちらへ向かってくる。
「アイツは……」
空中で翼装女騎士を相手にしていた灰路が、横目で緋音さんを見て、驚いた表情をしていた。
彼にとっても、緋音さんの存在は何かを意味するらしい。
「……」
俺は、何も言えなかった。
緋音さんに、当たってはいけない。
頭では、分かっている。
しかし――。
もっと速く来てくれていたら、すずは死ななかったのではないか。
そんな身勝手な思いが、一瞬頭をよぎってしまったのだ。
だけど、すぐに考えを改め直す。
本当は、俺が弱いから。
すべては、俺のせいですずは死んだ。
そんなことは、分かっているんだ。
感情と意識のせめぎ合いで、俺は、何も喋れなかった。
――ジリジリジリ……。
何かが、俺の中で、暴れている。
俺の目の前で、金冠騎士が、燃え尽きようとしている。
しかし、その光景が、少しずつ変化していき――。
文字の羅列の様な物が、薄らと、俺の視界に映し出されていく。
『どうして……僕を、信じてくれなかったの……。どうして……』
俺の脳内で、何かの声が、聞こえた。
それは、酷く悲しそうな声で、世界に訴えかけるようでもあった。
「グゥッ!!」
「おい……どうした、零人」
<SYSTEM ALERT:Unauthorized intervention detected>
突然、頭をバットで殴られたような痛みが、走る。
それと同時に、この世界の情報が、頭の奥へと津波のように流れ込んできた。
緋音さんは、俺の近く、しかし少し距離のあるところで、足を止める。
「グアアアァァァ!!!」
<SYSTEM ALERT:Out of control>
封幻の包帯が、シュルシュルと、独りでに解けていく。
包帯が解けていくと共に、記憶が、少しずつ、取り戻されていく。
解けきった刀身は、紫色に発光し、紫焔を溢れんばかりに吹き出していた。
……ハハ。そういうことかよ。ここは、アイツの……。
「……なんだ、この余白量は」
「オイオイ……あれが、アイツの本気かよ……」
……あぁ。ムカつくな。
俺は、門の先にいる、金冠聖列を、見つめる。
こんなプログラムに、手こずっていた俺が、情けない。
あんな物は、消してやる。
俺の瞳が、極彩色に光る。
――突如。
金冠聖列の全員に、紫焔が一斉に、纏わり付いた。
そして、悲しい鐘の音と共に、彼らは、燃えカスとなって、消えていった。
……門を、閉じるか。
俺は封幻を地面に突き刺し、手に紫焔を纏わせる。
そして――この世界のプログラムを、掴んだ。
「零人……一体、何を……」
緋音さんが、困惑した表情で、俺を見つめる。
――ギリギリギリィ……。
俺は、重い扉を閉めるような動きをした。
巨大な門は、軋む様な音を立てながら、強制的に、閉じられていく。
……さすがに、重いな。
俺は、奥歯を噛みしめながら、最後の一押しに、力を込めた。
そして巨大な門が、バタンと大きな音を立てて、完全に閉じられた。
あとは……あの空に飛んでる、翼装女騎士の連中だけか。
俺は、奴らを消す為に空を見上げようとした。
その時――。
バキン!!
何か、金属が弾けるような音が、辺りに響き渡った。
それは――。
封幻、だった。
封幻は、独りでに浮き上がり、いきなり俺の全身をその鎖で拘束し始める。
……おい。
何してる。
俺は、プログラムに触れようとする。
<SYSTEM ERROR>
俺は、奥歯を噛みしめた。
……まだ、信用出来ないのか。
俺が。
未だに、俺を……信じてくれねぇってのかよ……!!!
ソードブレイカーが、蛇の様に、俺の眼前へと迫る。
そこには――。
アイツの顔が、浮かんで見えた。
……これだけは、言う。
俺はもう守られるだけの存在じゃない。
オマエを無くした。
すずを無くした。
家族を亡くした。
俺は……すべてを失った。
……俺は、もう一度誓う。
強くなる。
この手で、守りたい人を、守れるほどに。
だから――。
覚えとけ。
俺の記憶を、封印しても。
オマエを、絶対――――。
――グサッ。
ソードブレイカーが、俺の額に突き刺さり、紫焔を頭の中へと注ぎ込んでくる。
空中に漂っていた包帯が、スルスルと封幻へと巻き付き、俺の記憶と共に再び、封印されていく。
『……私も、同じ気持ち』
そんな声が、俺の耳に、聞こえた、気がした。




