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断界のネーデ  作者: 萱 景一
第1章

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繰り返す

 淡く虹色に輝くすずが、静かに呟いた。

 

「【終彩(しゅうさい)世界一筆(せかいいっぴつ)】」

 

 すずが、大きくなった命彩筆を、空に向かって振り下ろす。

 すると、空中に降り注ごうとしていた黄金の暴力が――。

 その軌道を、極彩色の絵の具が、塗り潰していく。

 

 雷の槍が、一本、また一本と、色彩の渦に呑み込まれて、消えていく。

 すべてが塗り潰され、輝くような極彩色が空一面を埋め尽くしたと思ったら、今度は、その色彩の中に、下から段々と、絵が描かれ始めた。

 それは、湖だった。

 それは、湖に佇む、小さな島だった。

 それは、島に根を張る、立派で色鮮やかな大木だった。

 それは――。

 

 ……芸術だった。

 

 瞬く間に、暗く濁っていた空が、巨大な一枚のキャンバスへと、塗り替えられていく。

 禍々しい黄金の暴力など、もうどこにもない。

 ただ、すずの描いた、優しくて、温かい世界が、空いっぱいに広がっていた。

 

「ハハ……いやァ、すげェな……」

 

 灰路が、その光景を見上げて、ポツリと呟いた。

 ……その気持ちは、よく分かる。

 俺も、その光景に、すっかり見とれてしまっていた。

 

「零人君……これからだよ。これから、一緒に――」

 

 俺の後ろで、すずが、息を弾ませながら呟く。

 ……そうだ。

 すずにばかり、良いところを取られてる場合じゃない。

 俺だって、良いところを、見せなきゃな。

 

「ああ。ここを乗り越えて、アイツを……」

 

 俺は、空に浮かぶ芸術を見上げながら、振り返らずに言った。

 

「――おい! 後ろだ!!!」

 

 視界の端に映る灰路が、こちらを見て、血相を変えた表情をしていた。

 

 ……なんだ?

 

 次の瞬間――。

 何かが貫かれる鈍い音と、硬い物が地面に転がり落ちる音。

 そして、俺の右頬に、生暖かい何かが、ぴしゃりと飛び散った。

 俺は、不意に、自分の頬に触れる。

 指先を見ると――。

 それは、赤く、染まっていた。

 

 ……これは。

 一体、何だ。

 誰の、血だ。

 

 俺は、ゆっくりと、振り向いた。

 

 ――そこには、金冠騎士に、背後から剣で胸を貫かれた、すずが居た。

 

 その目の前の地面には、握り拳ほどの大きさの、淡く光る石が、赤い血に染まりながら、転がっている。

 

 ……は?

 いつだ。

 いつの間に、お前は、そこに――。

 

 ――ッ!!!

 

 俺は、咄嗟に雷燕を足に纏わせ、すずの元へと跳んだ。

 俺の手に、武器はない。

 しかし、その時頭の奥で、誰かが叫んでいた。

 リンク出来ると。

 

 <Compel(強制) Link(リンク) : ACTIVE(アクティブ)

 

 いつの間にか、俺の手には、封幻がしっかりと握られていた。

 俺は、それをすずを貫いた姿勢のまま固まっている、金冠騎士へと振りかぶる。

 

 ――キィン!!

 

 金冠騎士は、すずから剣を引き抜き、俺の封幻を受け止めた。

 

「……【紫焔斬(しえんざん)】!」

 

 俺は、剣が拮抗しているその状態で、紫焔斬を発動させ、力ずくで均衡を破った。

 金冠騎士は、紫焔斬の勢いそのままに、後方へと大きく弾き飛ばされ、距離を取る。

 俺は、すぐさま、崩れ落ちるすずを抱きかかえた。

 俺の腕は、すずの胸から溢れる血で、真っ赤に染まっていく。

 

「すず! すず!!」

 

 俺は、死に物狂いで叫んだ。

 俺の腕の中に収まるすずの体温が、急速に失われていくのが分かる。

 

「……ごめんね……油断……しちゃった……」

 

 すずと命彩筆のリンクが途切れ、彼女を包んでいたオーラが、薄れていく。

 すずの瞳に映り込んだ俺は、見たこともないような、酷い顔をしていた。

 

「喋らなくていい!! コモ! 何とか……何とか、出来ないのか!?」

【……何とか、してあげたいけど……今の僕には、無理だよ……】

 

 脳内に、コモの、哀しみを含んだ呟きが、響き渡った。

 ……なんで。

 なんで、いつも、俺は……!

 

「零人君……私……貴方に、伝えたいことが、あるの」

 

 すずは、そう言うと、俺の頬に、そっと手を触れた。

 その手の先から、彼女の体が、段々と透け始めている。

 

 俺は、溢れる涙を止められぬまま、頷いた。

 

「私は……今、世界と、一瞬だけ、繋がった……。その時、全部……分かっちゃったんだ……。私が、何なのか。この世界が、何なのか……。この世界が、作られた、意味も……」

 

 すずは、薄れゆく意識の中で、それでも力強い眼差しで、俺を見つめた。

 対して、俺は、なんて情けない表情をしているのだろうか。

 守りたい人も守れず、自分の言った事すら、守れない、情けない自分に――。

 何度も、同じ過ちを繰り返す、成長しない自分に……。

 

「それでも……貴方は、すずという、一人の存在を、認めてくれた……。文字の羅列に、過ぎない、私を……」

 

 ……文字の羅列が、なんだよ。

 俺達人間だって、突き詰めりゃ、原子の羅列に過ぎないじゃないか。

 

「お前が、何だろうと、関係ねぇよ……。すずは、すずじゃん……」

 

 俺の言葉を聞いて、すずは少しだけ笑った。

 

「嬉しかった……。本当に。でも……」

 

 そこで、すずの言葉が、詰まる。

 何かを、言うべきか、言わざるべきか、悩んでいる様子だった。

 

「でも……貴方は、ここで、死んでは駄目なの……。じゃなきゃ……あの子が、救われない……」

 

 ……なにを、言っているんだ?

 ……あの子って、誰だよ。

 

「貴方に……この世界を、救って欲しいんだ……。あの子の為にも……私の為にも……。この、残酷で、優しさに溢れた、この世界を……」

 

 すずが、俺の頭を、優しく撫でた。

 

 ――ジジジ。

 

 瞬間――俺の脳内に、ノイズが走り、鋭い痛みが、脳の奥を突き抜けた。

 

 ――すると、とある光景が、脳裏に浮かび上がってきた。

 

 そこは、どこか見覚えのある、公園だった。

 その公園の中心で、誰かが、いじめられていた。

 

『お前って――――――気持ちわりぃ~!』

 

 その誰かは、何人かに、揶揄われていた。

 俺には、それが、許せなかった。

 

『おい!――――――――』

 

 ノイズが激しく、はっきりとは思い出せない。

 しかし、俺は、そいつらを、追い払ったようだった。

 その誰かは、俺を見て、泣いていた表情から、次第に、笑顔へと変わっていく。

 そして、口を、開いた。

 

『――――――――』

 

 俺は、その言葉を聞いて、とてつもない罪悪感を、覚えた。

 子供ながらに、なんとなく、俺のせいで、その子がそうなっているということに、薄々、気がついていたのかもしれない。

 

 ――そこで、俺の意識は、急速に、引き戻された。

 

「……やっぱり、そうだよね。私も……そうするもん……」

 

 いつの間にか意識の外に飛んでいて、戻ってきた俺を待っていたのは、悲しそうな表情をした、すずだった。

 すずは、光の粒子となって、体が、どんどん、透けていく。

 

「すず……」

「時間が……ないかな……。最後に、一つだけ……」

 

 すずは、そのまま、俺の頭をそっと抱え――。

 口づけをした。

 

 その唇は、体温が下がって、冷たいはずなのに……。

 とても、温かい、気がした。

 

「零人君の事が――――大好きだった――」

 

 すずは、完全に、光の粒子となって、空へと消えていく。

 俺の手には、すずの温もりと、ほのかな金木犀の香りだけが……残されていた。

 

 ……また、俺は。

 守れ、なかった。

 いつも。

 いつも、いつも、いつも……!

 肝心なところで、大切な物を、失う!

 

 ――ジリ……。

 

 すずは……死んでは、いけない人だった。

 幸せに、ならなきゃ……いけなかったのに。

 あんなに辛い思いをしたまま、終わりを迎えるなんて――そんな悲しい話が、あって良いはずが無いのに!

 

 ――ジリジリ……。

 

『まだ……僕は、同じ過ちを、繰り返しているんだね――』

 

 俺の脳内で、何かの声が、聞こえた。

 

『あの時に、誓ったのに――』

 

 脳が、焼ける。

 目の前が、暗くなっていく。

 

 ――何、してるんだろうな、俺は。

 本当なら、すずを守れたはずだ。

 あの操り人形も、本気の俺なら、破壊できたはずだ。

 ……本当に、クソだな。俺は。

 

 <SYSTEM ALERT:Unknown(不明な) biological(生体反応を) response(検知) detected>

 <SYSTEM ALERT:Anomaly(異常が) detected(検出されました)

 

 システムが、けたたましく、騒ぎ立てる。

 ……どうだって、いい。

 まずは、すずを殺した、目の前のあの操り人形を、消さないと、気が済まない。

 

 ――コモ。力を、貸せ。

【うん……わかった】

 

 無表情で、感情の抜け落ちたコモの様子が、脳に流れ込んでくる。

 まるで――一つの、データのように。

 

 俺は、操り人形――もとい、金冠騎士へと、飛びかかった。

 こいつは、消す。

 何が、何でも。


 金冠騎士の鎧に反射する俺の瞳は極彩色に輝いて光っていた。

色々考えて、少し悩んだため更新が遅れました。

次話も少し遅くなるかもしれません。

この話も加筆があるかもしれません。

本当はもっと時間をかけたいのですが、現実は難しい物ですね。

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