繰り返す
淡く虹色に輝くすずが、静かに呟いた。
「【終彩・世界一筆】」
すずが、大きくなった命彩筆を、空に向かって振り下ろす。
すると、空中に降り注ごうとしていた黄金の暴力が――。
その軌道を、極彩色の絵の具が、塗り潰していく。
雷の槍が、一本、また一本と、色彩の渦に呑み込まれて、消えていく。
すべてが塗り潰され、輝くような極彩色が空一面を埋め尽くしたと思ったら、今度は、その色彩の中に、下から段々と、絵が描かれ始めた。
それは、湖だった。
それは、湖に佇む、小さな島だった。
それは、島に根を張る、立派で色鮮やかな大木だった。
それは――。
……芸術だった。
瞬く間に、暗く濁っていた空が、巨大な一枚のキャンバスへと、塗り替えられていく。
禍々しい黄金の暴力など、もうどこにもない。
ただ、すずの描いた、優しくて、温かい世界が、空いっぱいに広がっていた。
「ハハ……いやァ、すげェな……」
灰路が、その光景を見上げて、ポツリと呟いた。
……その気持ちは、よく分かる。
俺も、その光景に、すっかり見とれてしまっていた。
「零人君……これからだよ。これから、一緒に――」
俺の後ろで、すずが、息を弾ませながら呟く。
……そうだ。
すずにばかり、良いところを取られてる場合じゃない。
俺だって、良いところを、見せなきゃな。
「ああ。ここを乗り越えて、アイツを……」
俺は、空に浮かぶ芸術を見上げながら、振り返らずに言った。
「――おい! 後ろだ!!!」
視界の端に映る灰路が、こちらを見て、血相を変えた表情をしていた。
……なんだ?
次の瞬間――。
何かが貫かれる鈍い音と、硬い物が地面に転がり落ちる音。
そして、俺の右頬に、生暖かい何かが、ぴしゃりと飛び散った。
俺は、不意に、自分の頬に触れる。
指先を見ると――。
それは、赤く、染まっていた。
……これは。
一体、何だ。
誰の、血だ。
俺は、ゆっくりと、振り向いた。
――そこには、金冠騎士に、背後から剣で胸を貫かれた、すずが居た。
その目の前の地面には、握り拳ほどの大きさの、淡く光る石が、赤い血に染まりながら、転がっている。
……は?
いつだ。
いつの間に、お前は、そこに――。
――ッ!!!
俺は、咄嗟に雷燕を足に纏わせ、すずの元へと跳んだ。
俺の手に、武器はない。
しかし、その時頭の奥で、誰かが叫んでいた。
リンク出来ると。
<Compel Link : ACTIVE>
いつの間にか、俺の手には、封幻がしっかりと握られていた。
俺は、それをすずを貫いた姿勢のまま固まっている、金冠騎士へと振りかぶる。
――キィン!!
金冠騎士は、すずから剣を引き抜き、俺の封幻を受け止めた。
「……【紫焔斬】!」
俺は、剣が拮抗しているその状態で、紫焔斬を発動させ、力ずくで均衡を破った。
金冠騎士は、紫焔斬の勢いそのままに、後方へと大きく弾き飛ばされ、距離を取る。
俺は、すぐさま、崩れ落ちるすずを抱きかかえた。
俺の腕は、すずの胸から溢れる血で、真っ赤に染まっていく。
「すず! すず!!」
俺は、死に物狂いで叫んだ。
俺の腕の中に収まるすずの体温が、急速に失われていくのが分かる。
「……ごめんね……油断……しちゃった……」
すずと命彩筆のリンクが途切れ、彼女を包んでいたオーラが、薄れていく。
すずの瞳に映り込んだ俺は、見たこともないような、酷い顔をしていた。
「喋らなくていい!! コモ! 何とか……何とか、出来ないのか!?」
【……何とか、してあげたいけど……今の僕には、無理だよ……】
脳内に、コモの、哀しみを含んだ呟きが、響き渡った。
……なんで。
なんで、いつも、俺は……!
「零人君……私……貴方に、伝えたいことが、あるの」
すずは、そう言うと、俺の頬に、そっと手を触れた。
その手の先から、彼女の体が、段々と透け始めている。
俺は、溢れる涙を止められぬまま、頷いた。
「私は……今、世界と、一瞬だけ、繋がった……。その時、全部……分かっちゃったんだ……。私が、何なのか。この世界が、何なのか……。この世界が、作られた、意味も……」
すずは、薄れゆく意識の中で、それでも力強い眼差しで、俺を見つめた。
対して、俺は、なんて情けない表情をしているのだろうか。
守りたい人も守れず、自分の言った事すら、守れない、情けない自分に――。
何度も、同じ過ちを繰り返す、成長しない自分に……。
「それでも……貴方は、すずという、一人の存在を、認めてくれた……。文字の羅列に、過ぎない、私を……」
……文字の羅列が、なんだよ。
俺達人間だって、突き詰めりゃ、原子の羅列に過ぎないじゃないか。
「お前が、何だろうと、関係ねぇよ……。すずは、すずじゃん……」
俺の言葉を聞いて、すずは少しだけ笑った。
「嬉しかった……。本当に。でも……」
そこで、すずの言葉が、詰まる。
何かを、言うべきか、言わざるべきか、悩んでいる様子だった。
「でも……貴方は、ここで、死んでは駄目なの……。じゃなきゃ……あの子が、救われない……」
……なにを、言っているんだ?
……あの子って、誰だよ。
「貴方に……この世界を、救って欲しいんだ……。あの子の為にも……私の為にも……。この、残酷で、優しさに溢れた、この世界を……」
すずが、俺の頭を、優しく撫でた。
――ジジジ。
瞬間――俺の脳内に、ノイズが走り、鋭い痛みが、脳の奥を突き抜けた。
――すると、とある光景が、脳裏に浮かび上がってきた。
そこは、どこか見覚えのある、公園だった。
その公園の中心で、誰かが、いじめられていた。
『お前って――――――気持ちわりぃ~!』
その誰かは、何人かに、揶揄われていた。
俺には、それが、許せなかった。
『おい!――――――――』
ノイズが激しく、はっきりとは思い出せない。
しかし、俺は、そいつらを、追い払ったようだった。
その誰かは、俺を見て、泣いていた表情から、次第に、笑顔へと変わっていく。
そして、口を、開いた。
『――――――――』
俺は、その言葉を聞いて、とてつもない罪悪感を、覚えた。
子供ながらに、なんとなく、俺のせいで、その子がそうなっているということに、薄々、気がついていたのかもしれない。
――そこで、俺の意識は、急速に、引き戻された。
「……やっぱり、そうだよね。私も……そうするもん……」
いつの間にか意識の外に飛んでいて、戻ってきた俺を待っていたのは、悲しそうな表情をした、すずだった。
すずは、光の粒子となって、体が、どんどん、透けていく。
「すず……」
「時間が……ないかな……。最後に、一つだけ……」
すずは、そのまま、俺の頭をそっと抱え――。
口づけをした。
その唇は、体温が下がって、冷たいはずなのに……。
とても、温かい、気がした。
「零人君の事が――――大好きだった――」
すずは、完全に、光の粒子となって、空へと消えていく。
俺の手には、すずの温もりと、ほのかな金木犀の香りだけが……残されていた。
……また、俺は。
守れ、なかった。
いつも。
いつも、いつも、いつも……!
肝心なところで、大切な物を、失う!
――ジリ……。
すずは……死んでは、いけない人だった。
幸せに、ならなきゃ……いけなかったのに。
あんなに辛い思いをしたまま、終わりを迎えるなんて――そんな悲しい話が、あって良いはずが無いのに!
――ジリジリ……。
『まだ……僕は、同じ過ちを、繰り返しているんだね――』
俺の脳内で、何かの声が、聞こえた。
『あの時に、誓ったのに――』
脳が、焼ける。
目の前が、暗くなっていく。
――何、してるんだろうな、俺は。
本当なら、すずを守れたはずだ。
あの操り人形も、本気の俺なら、破壊できたはずだ。
……本当に、クソだな。俺は。
<SYSTEM ALERT:Unknown biological response detected>
<SYSTEM ALERT:Anomaly detected>
システムが、けたたましく、騒ぎ立てる。
……どうだって、いい。
まずは、すずを殺した、目の前のあの操り人形を、消さないと、気が済まない。
――コモ。力を、貸せ。
【うん……わかった】
無表情で、感情の抜け落ちたコモの様子が、脳に流れ込んでくる。
まるで――一つの、データのように。
俺は、操り人形――もとい、金冠騎士へと、飛びかかった。
こいつは、消す。
何が、何でも。
金冠騎士の鎧に反射する俺の瞳は極彩色に輝いて光っていた。
色々考えて、少し悩んだため更新が遅れました。
次話も少し遅くなるかもしれません。
この話も加筆があるかもしれません。
本当はもっと時間をかけたいのですが、現実は難しい物ですね。




