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断界のネーデ  作者: 萱 景一
第1章

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守りたい気持ち

「何だ……? 何してんだ、お前」


 俺の突然のリンク解除に、灰路は明らかな困惑の声を上げ、攻撃の手を止めた。

 すずが俺へ駆け寄ってきて、腕を失った俺の左肩を見るなり、口元を両手で押さえた。

 彼女の瞳が、見開かれている。

 ……すまない、すず。情けねぇところを見せた。

 しかし、不思議なことに――俺の脳内は、この危機的状況に、急速に、冷静さを取り戻していくのを感じていた。


<RECOVERY U(回収部隊)NIT : DISPATCH(派遣)ED>

TARGET(目標) PRIORITY(優先度) : HIGH()

<RECOVERY U(回収部隊)NIT : ARRIVAL(到着まで) ETA 00:00:26>


 脳内に無機質な女のシステムコールが鳴り響く。

 こんな時に回収部隊かよ……。

 恐らく断章を持つすずが狙われているはずだ。

 

「すず、落ち着いて聞いてくれ」


 俺は、痛みを噛み殺しながら、出来るだけ冷静な声を出した。


「回収部隊とやらが、こっちに向かって来てる。狙いは、恐らくすずだ。今すぐ街に戻って、アーサー達に助けを求めるんだ」

「零人君!そんなこと言わないで!!私が腕を繋げるから、この状況を一緒に何とかしよう!!」


 すずの顔には、はっきりとした怒りすら浮かんでいた。

 俺が、彼女に逃げてくれと言ったことへの、怒り。


「【一筆結(ひとふでむす)び】!」


 すずが、彩筆を空中に振り抜くと、地面に転がる俺の左腕と、肩の切断面の間に、一本の細い光の線が引かれた。

 

 次の瞬間――。

 

 離れていた俺の左腕が、独りでに、まるで磁石に引き寄せられるかのように、ふわりと宙に浮き上がり、俺の肩へと吸い込まれていく。

 俺の左肩で、肉と神経が、繋がっていく感覚があった。

 断ち切られた感覚が、徐々に、確かなものとして戻ってくる。

 ……すずの能力、こんなことまで出来るのか。


<RECOVERY U(回収部隊)NIT : ARRIVAL(到着まで) ETA 00:00:15>


「おいおい。俺が逃がすと思ってるのかァ?」


 灰路が、骨剣を担いで、こちらへ近づいてきた。

 彼の口元は、まだ獰猛な笑みを保っているが、目の奥には、僅かな警戒の色がある。

 俺の状況の異常さ――Soul Linkが突然解除されたこと――を、彼も感じ取っているのだろう。

 

「灰路、俺に協力しろ」


 俺は、即座に、彼に告げた。

 今は、迷っている暇はない。

 

「断章が欲しいんだろ。回収部隊が来る。このままだと、すずも、その断章も、まとめて連中に持って行かれるぞ」

「……なんで、お前にそれが分か――」

 

 灰路の問いかけは、最後まで続かなかった。


 ――パキィ。


 森の中の、空中の一点で、空間そのものに、亀裂が入る音が響いた。

 俺、灰路、すず、コモ――四人が同時に、その音の方へと目を向ける。


 ――パキパキパキ。


 ガラスが剥がれ落ちるかのように、空間が、次第に剥がれていく。

 その奥から、巨大な何かが、徐々に姿を現していた。

 ……違う。

 俺が、最初回収部隊に襲われた時の状況と、明らかに違う。

 あの時は、ただ闇の中から黒い甲冑が現れただけだった。

 しかし、これは――。


 次第に空に、不自然な黒い雲が立ち込めていく。

 森の中の、明るかった陽の光が、急速に翳っていく。

 天候の悪化と相まって、現れつつあるその『門』は、独特の、神々しいとも、禍々しいとも、つかぬ雰囲気を、纏い始めていた。


「どうやら、本当らしいなァ。……おい、零人」


 灰路は、門を凝視したまま、俺に顔を向けずに呟いた。

 

「なんで、お前、リンク解除してんだ」

 

 ……俺だって、わかんねぇんだよ、そんなこと。


「零人! 外部から、干渉された……!」


 コモが慌てたように声を上げる。


「今、システムを改変してる! ……リンクできるまで、少し、時間がかかる!」

「リンク出来るようになるまで、私が守る。零人君が、私を守ってくれたように」


 コモがいつの間にか、俺の隣に立っていた。

 その小さな瞳に映る世界には――無数のコードが、下から上へ、時折書き換わりながら、流れている光景が、はっきりと映り込んでいた。

 

 そして、すずもまた、決意を固めた表情で、彩筆をぎゅっと握りしめていた。

 ……ちがう。そうじゃない、すず。

 俺は、お前に、逃げて欲しいんだ。

 お前には、生きていて欲しいんだ……!

 

<RECOVERY U(回収部隊)NIT : ARRIVAL(到着まで) ETA 00:00:6>


「……訳が分かんねェが、無力の相手を一方的に倒すのは、趣味じゃねェな」

 

 灰路が、観念したように、骨剣を改めて構え直した。


「回収部隊とやらの相手は手伝う。だが、片付き次第、断章は貰うぜ。それでいいな」

「ああ、それでいい」

 

 俺は、立ち上がりながら、左手を開いたり閉じたりして、感覚を確認した。

 ……すずのおかげで、繋がってる。

 少し違和感はあるが、しっかりと動かせそうだ。

 ありがとう、すず。


「だが、すずは、絶対にやらせねぇ」

「ハッ! そういうことは、戦えるようになってから言うんだなァ!」


<RECOVERY U(回収部隊)NIT : ARRIVED(到着)


 空間が、完全に剥がれ落ちた。

 森の中の空中に、巨大な『門』の全貌が、姿を現す。

 

 ゴーン……ゴーン……。

 

 門の中から、深く、重い、鐘のような音が、何度も漏れ出てきた。

 空全体の天候が、急激に悪化していく。

 雨はまだ降っていない。

 しかし、雲の中で、ゴロゴロ、ゴロゴロと、雷鳴が、絶え間なく響き渡っていた。

 

 ギギギィ……。

 

 巨大な門が、軋む音を立てながら、ゆっくりと、外側へ向かって開かれていく。

 その隙間から、覗き見える光景は――。

 

 金色の光が、空間を染め上げるように差し込み、白い大理石の柱が並ぶ、神々しい神殿のような場所が、その奥に広がっていた。

 まるで、別世界の入り口だ。


「こういう時はなァ!先手必勝だッ!【改式(かいしき)-地牙(ちが)】」


 灰路は、門が完全に開ききる前に、両手を地面に叩きつけた。

 地中から、これまでとは比較にならない量の余白を込められた、巨大な地牙が、迫り上がってくる。

 その大きさは、開きつつある門全体を、丸ごと丸呑みできるほどの規模だった。


 ズガァァァン――!


 地牙が、まさに門を上下から噛み砕こうとした、その瞬間。

 

「ガハッ!?」


 凄まじい轟音と共に、地牙が、一瞬で粉砕されて吹き飛ばされた。

 そして、その爆ぜた土塊の中から、光のような速さで、一筋の閃光のような斬撃が、灰路めがけて襲いかかる。

 灰路の体が、くの字に折れ曲がり、俺の視界から、一気に消し飛ばされた。


「灰路!」


 俺は、思わず叫んだ。

 凄まじい勢いで吹き飛ばされ、はるか後方で、土煙を上げながら転がっていく灰路。

 その光景を横目で確認しながら、俺は、改めて門の方へと視線を戻した。

 

 地牙の破壊によって生まれた、土煙の奥。

 その向こうから――。


 一人の騎士が、ゆっくりと、こちらへ歩いてきていた。

 

 全身に、金の装飾が綺麗に施された、美しい銀の甲冑。

 兜の隙間からは、感情の読めない、白い光だけが漏れている。

 俺が以前見た回収部隊とは――全く、かけ離れた姿。


 彼は、右手に、豪華な装飾の施された剣を、たった一振り、持っているだけだった。

 たった一人。たった一振りの剣。

 しかし、彼から漏れ出る余白の圧は、俺がこれまで対峙してきた、どんな敵とも、桁が違っていた。


 一際強い風が、これまでの戦闘で禿げ上がった森の地面を、吹き荒れて行く。

 土煙が、ゆっくりと晴れていく。

 門の中の光景が、徐々に、はっきりと見えるようになってきた。


 そして、前を歩く騎士の、その後方。

 その上空に――。


 ……何だ、これは。


 天使のような、純白の翼を生やした、女性の体つきの騎士達が、数十体、上空に浮かんでいた。

 全員が、白銀の甲冑を纏い、表情は兜で隠されている。

 その手に、武器は持っていない。

 ただ、整然と、上空に浮かんでいるだけ。

 しかし、その存在感だけで、空気を凍りつかせるような威圧を放っている。

 

<RECOVERY U(回収部隊)NIT : The Golden Crown(金冠聖列) of Saints>


 脳内に、奴らの名前が、淡々とアナウンスされた。

 

 ……金冠聖列……?

 数も多すぎる。

 あの数を、相手にできるのか。

 

 その時――。

 すずが、彩筆を、これまでで一番強く握りしめた。

 そして、一歩、俺を庇うように、前へと進み出た。


「今度は、私が守る番」

 

 すずの背中が、震えていた。

 でも、その声には、これまで聞いたことのない、覚悟が宿っていた。

 

「今まで、誰かに助けて貰ってばっかりだった、私との、お別れ。零人君、だから、もう私に、逃げろなんて言わないで」

 

  ……止められない。

 ここで「お前は下がってろ」と言うのは、簡単だ。

 しかし、彼女の小さな背中から立ち昇る、その覚悟を、否定する言葉を――俺は、持ち合わせていなかった。


 ……なら、一緒に戦って、すずを守るしかない。

 リンク出来なくとも、改式であれば、多少使える。

 攻撃手段に乏しいが、コモがシステムを書き換えるまでの時間稼ぎなら、出来る。


「……分かった。リンク出来るまで、俺も時間を稼ぐ。すずも、出来ることをやってくれ」

「うん!」

 

 金冠騎士が、カシャカシャと甲冑を鳴らしながら、ゆっくりとした歩調で、こちらへ近づいてくる。

 

 ……いつ来る?

 あいつの攻撃方法は?

 空に浮かぶ翼の女騎士達は、何で攻撃してくる?

 分からないことだらけだ。

 しかし――ここで、何とかしないと、すべてを失う。

 やるしかないんだ。やるしか。

 

 その時、金冠騎士の歩調が、徐々に速くなっていく。

 歩くから、駆けるへと、滑らかに移行する。


 ……来る!

 ならばタイミングを取らせず、俺が先に!

 

「【改式かいしき-雷燕(らいえん)】」


 俺は両脚に、雷燕のイメージを描いた余白を、一気に流し込んだ。

 弾けるように、地面を爆裂させながら、俺は金冠騎士へと突っ込んでいく。

 姿勢を低くし、スライディングするかのように、彼の足下へと、滑り込んだ。


「【改式(かいしき)石杭(せっこう)】!!」

 

 滑り込みながら、地面に左手を当て、金冠騎士の腹めがけて、地中から鋭い石の杭を、勢いよく突き上げる。

 金冠騎士はそれを察知し、剣を横一閃に振るって、石杭を叩き折ろうとした。


「【一筆守(ひとふでも)り】!」


 しかし、そこに、すずが完璧に合わせた。

 金冠騎士が剣を振るう、その瞬間に――。

 空中に、白色の細い境界線が、すっと引かれる。

 金冠騎士の剣は、その境界線に阻まれ、横薙ぎの軌道を、完全に逸らされた。


 そして、俺の石杭は、ガラ空きになった金冠騎士の腹部に、まっすぐ突き刺さり――。

 その勢いのまま、彼の巨体を、宙へと突き上げた。

 

 ……いいぞ、すず!

 

 俺は、言わずとも、彼女が完璧に合わせてくれると信じていた。

 その無言の期待に、すずは応えた。

 俺達は二人で、ようやく、この圧倒的な敵に一撃を入れることが出来たのだ。


 しかし――。


 ――ジリジリジリ……。


 頭上から、電気が迸るような音が、曇った空全体から聞こえる

 俺は、はっと、上を見上げた。

 ……翼装の女騎士達が。

 

 彼女達は、いつの間にかその白い両手に、金色に輝く雷の槍をそれぞれ握っていた。

 そして、その全員が、雷槍を俺一人に向かって、振り下ろそうとしている。

 

 ――これは、防げない!!


「……【千骸(せんがい)焔葬(えんそう)】!!」


 その時、俺の遥か後方から、地鳴りのような声が、響いた。

 大量の、赤黒い火の玉が、降り注ぐ雷の槍の群れを、吹き飛ばすように、空高く打ち上げられていく。


 灰をまき散らしながら、雷の槍が、火の玉に貫かれて、空中で消滅していった。

 俺は、思わず後ろを振り返った。


 ……灰路。


 頭上に、再び大量のドクロを浮かべて、屍灰甲を血で汚しながら、彼は俯いて、こちらに歩いてきていた。

 その足取りは、戦って吹き飛ばされた直後とは思えないほど、確かなものだった。

 

「うぜェ。対等じゃねェ。理不尽だ」


 灰路は、無意識のように、自分の頬の傷を、指でなぞった。

 屍灰甲の兜の奥から覗くその瞳には――。

 今までに見たことのない、純粋な、深い、怒りが、滲み出ていた。


「たった、二人に……寄ってたかりやがって……」


 握りしめた骨剣の刀身に、赤黒い炎が、螺旋を描いて渦巻く。


「強者が、弱者を甚振るんじゃねェよ……ッ!」


 次の瞬間――。

 灰路は、両脚に紫色の紫電を迸らせながら、まるで弾けるように、上空へと一気に駆け上がった。

 雷燕を、極限まで応用した超加速。

 空に浮かぶ翼装女騎士の一人に、彼は迫る。


 ザン――!


 骨剣が、女騎士の体を、上下に両断した。

 切り裂かれた女騎士の体から、金色の靄のような何かが、ぶわりと吹き出していく。

 女騎士は、断たれた体のまま、ゆっくりと、石杭で腹部の鎧を凹ませた金冠騎士のすぐ近くの、地面へと落下していった。

 金冠騎士は、腹部の凹みからは大したダメージを感じさせず、その堅牢さを誇っていた。


 ――グサッ。


 金冠騎士は、地面に落ちた翼装女騎士へ、無感情に近寄り――。

 彼女の兜の、顔の部分めがけて、自分の装飾剣を、まっすぐに突き刺した。

 

 「は……?」

 

 俺は、息を呑んだ。

 金冠騎士は、自分の仲間を、躊躇なく――。

 

 すると、突き刺された翼装女騎士の体から、彼女の余白が、剣を伝って、金冠騎士へと、ゆっくりと、しかし大量に、流れ込んでいった。


 ……奴ら、味方を、エネルギー源として、使うのか?

 

 次の瞬間、金冠騎士の周囲の空間が、ぐにゃりと歪むほどの、凄まじい量の余白が、彼の体から放たれた。

 金冠騎士は、剣を翼装女騎士から引き抜くと、それを自分の頭の上へと、ゆっくりと振りかぶっていく。

 

 また――辺り全体に、鐘の音が響き渡った。

 

 ゴーン。

 

 ――鐘が鳴る。

 すると、金冠騎士の頭上、遙か上空に、巨大な雷の槍が一本出現した。

 その一本に込められた余白量は、尋常ではない。

 

 ゴーン。

 

 ――鐘が鳴る。

 その雷の槍が、二本に増殖した。

 

 ゴーン。

 

 ――鐘が鳴る。

 二本の槍が、四本に増殖する。

 

「おいおい……なんだそりゃ……」


 空中に立つ灰路が、その光景を見上げて、明らかに動揺していた。

 骨剣を握る彼の手が、わずかに震えている。

 鐘が鳴るたび、上空にある黄金の暴力が、倍々に増えていく。

 その一つ一つに込められた余白量が、桁違いだった。


 今の俺が、リミッターをかけられた状態で、全力で込められる紫焔斬と、ほぼ同等の威力。

 それが、一本ずつ。

 あれが、このまま辺り一帯に振り下ろされれば――。

 森は更地になるどころか、巨大なクレーターが、ここに刻まれることになるだろう。


 さすがに卑怯だろ……それは。

 どうすりゃいいんだよ。

 どうすずを守れば……。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 その時――。

 

 私は、空を見上げていた。

 そこには、神秘的な光景が、広がっていた。

 大量の雷。

 黄金色に輝く、無数の槍。

 

 ……こんな状況で、何をと自分でも思う。

 みんなの命が関わっている、今。

 絵描きとしての自分が、少し嫌になる。

 でも――。

 

 そんな自分を、零人君は、認めてくれた。

 嬉しかった。

 優しい絵と、言ってくれたこと。

 私の絵を……『本物』と、言ってくれたこと。

 

 ……その時、かな。

 零人君を、一人の男の子として、見ちゃうようになったのは。


 私は守りたい。

 私を守ると言ってくれた、零人君に死んで欲しくない。

 私の大好きな――。

 

 ――ジジジ。

 

 視界に一瞬ノイズが走る。

 心臓が……熱くなる。

 何だろうこれ。


 すると彩筆が、すずの手の中で、急に重くなった。

 いや、重くなったのではない。

 筆そのものが、変わり始めている。

 

 彼女の体から溢れる、強い感情に呼応するように、彩筆の柄に七色の光が螺旋を描いて巻き付き、穂先には、淡い金色の光が宿った。

 それは、もはや絵筆ではなかった。

 もっと深い、もっと本質的な何か。

 私は、その筆の真の姿を、本能で理解した。


 「――Over(オーバー) Link(リンク)――『命彩筆(めいさいひつ)』」


 私の右手が、ふわりと宙に上がる。

 その手の中に、淡い七色の光を放つ巨大な彩筆が、しっかりと握られていた。

 私の周囲を、無数の光の粒子が、舞い始める。

 いや――光の粒子ではない。

 それは、世界そのものを構成する『データ』だった。

 

 私の目に映る世界が、一気に変わっていく。

 空も、地面も、木々も、曇った空に浮かぶ大量の雷も、すべてが、光るコードと数字の流れに見えた。

 

 ああ――そういうことなんだ。

 すべてを理解した。

 

 私は、データだった。

 最初から。

 私が描いてきた絵も、零人君と過ごした時間も、お父さんの筆も、すべて、データの集合だった。

 

 でも――。

 私は、彩筆を、ぎゅっと握り直した。

 

 でも、それでも。

 私はここにいた。

 絵を描きたかった。

 零人君を、好きになった。

 

 それは、データだとしても、『本物』の気持ちだった。

 ……だから、いま、それを最後まで貫く。


 金冠騎士が、ゆっくりと剣を振り下ろし始めた。

 空を埋め尽くす、巨大な黄金の暴力。

 それが、私達を押しつぶそうと、降り注いでくる。

 

「【終彩(しゅうさい)……――」

 

 私は、空中にゆっくりと筆を構えた。

 迫りくる死の権化。

 

 私は、目を閉じない。

 その全てを、視界に収めたまま――。

 世界の上に、一本の線を描いた。

 

世界一筆(せかいいっぴつ)】」

 

 命彩筆が、世界そのものに、一筆を入れた。

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