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断界のネーデ  作者: 萱 景一
第1章

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ヨル②

「【改式(かいしき)-点火(てんか)】!!」


 地上から、しわがれた、しかし力強い声が響き渡った。

 次の瞬間、今にも焼断線を発射する寸前のヨルの右頬に、小さな、しかし鋭い火の玉が直撃した。

 威力は弱い。

 だが、ヨルの顔を、わずかに横へと揺らすには、十分だった。

 瞬間、ヨルの目から、深紅の熱線が暴発した。

 俺の眼前を、焼き切るような熱が掠めていく。

 前髪が、ジリッ、と焼ける匂い。

 しかし、首は無事だった。

 ……あっぶねぇ……。


「カテリウス様! 何をしているのですか! 早くお逃げを!」

「私が治める街を、私が守らなくてどうする! あんな年端もいかぬ青年が、私達のために頑張っているではないか!」 


 声の方向を見下ろすと、城下の屋根のすぐ近く、地上の通りに、白髪交じりの威厳ある領主の姿があった。

 カテリウスさんが、衛兵の制止を振り切って、自分の意志で地上に降りてきたらしい。

 彼の右手には、領主の身分には不釣り合いな、武骨な小さな杖。

 ……まさか、あの人まで戦いに来てくれるとは。


「……邪魔するなよ。モブの癖に……死んじゃえ!」


 ヨルが、不機嫌そうに顔を歪めた。

 頬を撫でながら、地上のカテリウスさんを、改めて睨み付ける。


「【焼断線(しょうだんせん)】」


 ヨルの目が、再び赤く光る。

 今度の標的は、地上のカテリウスさん。

 不味い、止めきれない!


「【焔迅(えんじん)】!!」


 俺はカテリウスさんの盾になるため、照射された射線上に入ろうと、双槍の先端から炎を噴出させて加速する。

 しかし、光速で飛んでいく熱線には、追いつけない。

 ――間に合えぇぇ!!!


 その時――。

 ザァッ、と赤い閃光が、カテリウスさんの真横へ降り立った。


 「【改式(かいしき)-隆起(りゅうき)】」


 その赤い閃光は、空中から地面へと着地する勢いそのままに、地面に手を当てた。

 次の瞬間、土塊が、カテリウスさんと彼女自身の前に、巨大な障壁となって迫り上がる。


 ――ジュンッ!


 ヨルの熱線は、新たに出現した土の壁に阻まれ、表面を真っ赤に焼くだけで、貫通することは出来なかった。


 「おい凪。そんな子供相手に、何やってるんだ」


 赤い閃光――もとい団長が、俺に向かって、ジロリと睨み付ける。

 赤い長髪が、戦場の風に揺れていた。

 その姿を見た俺は、カテリウスさんが助かった安堵感と、この戦いが終わってしまうことへの、なんとも言われぬ損失感を、同時に感じていた。


 「……団長、カテリウスさんを助けて貰って、ありがとうございます」


 俺は空中で双槍を構え直し、ヨルから視線を外さずに、地上の団長へと声をかけた。


 「……だけど、この戦い、俺に任せて貰えないですか?」


 俺は、自分でも、自分の言っていることが間違ってると分かっていた。

 この状況で、戦いを楽しんでいる場合じゃない。

 団長と二人で当たれば、ヨル一人なんて、あっという間に決着が付く。

 だけど。 俺の心は、ワクワクしちまってる。

 ヨルとの戦いが、本気で楽しい。

 男として、こいつと最後まで戦いたい。

 どうしようもならねぇんだ、この気持ちは。

 

「……」

 

 団長は、しばらく沈黙していた。

 杖を構えるカテリウスさんを、自分の背後に庇いながら。

 そして、空中にいる俺と、目玉の上のヨルを、交互に観察する。

 

「……いいだろう」

 

 団長の声は、低く落ち着いていた。


「だが、街に被害を出させるな。それが条件だ」

「分かりました」


 恐らく、団長は完全には納得していないだろう。

 彼女は合理主義者だからだ。

 しかし、それでも俺の気持ちを汲んで、戦いを任せてくれる、最高の人だ。

 だからみんな、あの人の背中について行くんだろうな。


「ねぇ、誰あのおばさん。お兄さんの仲間?」


 ヨルが、空中で首を傾げながら、無邪気に呟いた。

 ……ヨル。

 お前、この世には言って良いことと、絶対に言っちゃいけないことがあるんだぜ。

 今のは……完全に、後者だ。


 地上で、団長のこめかみに、はっきりと血管が浮き上がるのが、ここからでも見えた。


「凪」


 団長の声が、戦場の空気を一段と冷やした。


「そのクソガキは、お前が教育しろ。……殺しても構わん」


 俺は、双槍を構え直し、ヨルへと改めて向き直った。

 ヨルは、地上の団長の怒気を、まったく察しないまま、目玉の上で楽しそうに足を組み替えている。

 ……ヨル。

 世の中に言って良いことと悪いことがある……。


「お兄さん、まだやろうよ。ね、ね?こんなAI共なんて気にしないで戦おうよ!」

「あ?」

 

 ヨルが、楽しげに俺を見上げる。

 その純粋な笑顔。

 罪悪感のない、子供の遊びの誘い。

 しかし聞き捨てならない言葉が聞こえた。

 AI共と……ヨルは言った。

 ヨルは分かってないんだろう。

 このゲームは普通のゲームとは違うと言う事を。

 少し冷めちまったな。

 

 ……これは団長の言うとおり、少し教育が必要かもしれないな。

 ゲームじゃ済まない『戦い』ってのが、どういうもんなのかを。

 俺は、奥歯を強く噛んだ。

 ガル、これは少し本気だ。

【任せろ、凪】

 

「ヨル、お前」

「うん?」

「楽しいか? 戦うのが」

「うん! すっごく楽しい!」


 即答。

 迷いのない、純粋な肯定。

 ……そうだろうな。

 お前にとっちゃ、これは、ただの楽しいゲームなんだ。

 目玉が壊れても、人が倒れても、お前の中じゃ『リセット』出来るんだろう。

 でもな、ヨル。

 俺は、双槍の両輪を激しく回転させた。 ギャリギャリと、水と炎が散る音が、空中に響き渡る。


「……痛みを、知った方が良いな」

焔迅(えんじん)


 俺は槍の先端の炎を最大出力で噴出させ、空中を一気に駆け抜けた。

 目指すは、ヨルの目玉の群れの中心。

 ヨル本人。


「あはは! 来た来た!」 


 ヨルが、目玉達を一斉にこちらへ向ける。

 しかし、もう、俺の動きは止まらない。

 ガルが、最適な軌道を頭の中に描いてくれる。


【焔潮輪・双破】


 左の槍から、衝撃波を放つ。

 目玉達が一気に弾け飛び、視界が開ける。

 その向こうに、ヨル。

 ヨルは、目玉達を盾にしようと、慌てて新しい目玉を分裂させようとした。

 しかし、間に合わない。


【改式-雷燕】

 

 俺は、右腕に雷燕を付与し、目にも留まらぬ早さで突きを放つ。


「ヨル、覚悟しろ」


 俺は、ヨルの肩めがけて、槍を突き刺した。


 ――ザシュッ!


「い……いづっ!?」


 槍が、ヨルの右肩を貫いた。

 ヨルの体勢が、目玉の上で、大きく傾く。

 彼は、咄嗟に肩を押さえて、空中の目玉から滑り落ちかけた。


「い、いた……いたい……っ!?」


 ヨルの顔が、これまでの楽しげな表情から、一気に歪んだ。

 涙が、彼の目尻に、じわっと滲み始める。

 ……当然だ。

 人に攻撃されたら、痛いんだ。

 もしかしたら、ヨルにとっちゃ、これは初めての『本物の痛み』だったかもしれない。

 ヨルは、ようやく目玉の上で体勢を立て直しながら、震える手で、自分の肩を撫でていた。

 その表情には、もう先ほどまでの楽しさは、一切なかった。


「な、なんで……?」


 ヨルが、震える声で、俺を見上げた。


「だって、ゲームなのに……。何で、こんなに痛いの……?」


 その瞳には、初めて見る『恐怖』が、はっきりと宿っていた。


 俺は、双槍を構えたまま、ヨルにゆっくりと近づいた。

 ヨルは、肩を押さえて目玉の上に縮こまり、もはや戦う姿勢ですらない。

 彼の周囲を覆っていた無数の目玉達も、ヨルの動揺に呼応するように、ふわふわと頼りなく漂うだけ。


「ヨル。お前、現実世界じゃ、痛い思いしたこと、ねぇだろ」


 俺は、出来るだけ静かな声で、彼に告げた。


「ないよ……。痛いの、いやだもん」


 ヨルは、子供らしい単純な答えを返した。

 ……うん。だろうな。


「じゃあな、ヨル」


 俺は、ヨルの正面で、空中で足を止めた。


「お前が、面白いから、楽しいから、ってだけで攻撃してた連中。みんな、今のお前と同じ気持ちだったんだぜ」


 ヨルが、はっとした顔で、俺を見上げた。


「お前の焼断線で、避けきれずに焼かれた連中。お前の目玉に潰された連中。みんな、痛かったんだ。今のお前みたいに、泣きたかったんだ」


 俺は、双槍をゆっくりと降ろした。


「ゲームだから、リアルじゃないから――そういう理由で、何やってもいいわけじゃねぇんだ。お前が誰かに『痛み』を与えたら、相手は、本気で『痛い』んだぜ」


 ヨルは、答えなかった。

 ただ、肩を押さえたまま、唇を噛んで、俺の言葉を聞いていた。

 その目尻からは、涙が、ぽろぽろと零れ落ちていた。


 ……届いてんのか、これ。

 子供の心ってのは、よく分からねぇ。

 でも、今のお前は、少なくとも『痛み』を知った。

 それは、お前にとって、初めての一歩だ。


「……ぼく」


 ヨルが、震える声で、ようやく口を開いた。


「ぼく、悪いこと、してたの……?」

「ああ」

「……ぐすっ……ぐすっ……」


 ヨルは、子供らしく、本気でしゃくり上げ始めた。

 目玉の上で小さく丸まって、肩を震わせて、泣いている。

 ……ったく、こんな小さい子供が、こんなゲームやってるのが、間違ってんだよな。

 俺は、深く息を吐いた。


「もう、二度とやるなよ」

「……うん」

「これっきりだ。次に俺と戦場で会ったら、容赦しねぇぞ」

「……うん。わかった」


 ヨルは、しゃくり上げながら、それでも素直に頷いた。

 ……素直なんだよな、本来は。

 だから余計にやるせねぇ。

 

「……お兄さん」

「あん?」

「ごめんなさい」


 ヨルが、しゃくり上げながら、はっきりと謝罪した。

 その声には、最後まで残っていた挑発も、無邪気な悪意も、もうなかった。

 ただ、子供らしい、純粋な反省だけが、滲んでいた。

 俺は、なんとも言えない顔で、頭を掻いた。


「……次に会う時は、敵じゃないといいな」

「……うん」


 ヨルは、最後に小さく頷くと、しょぼくれた様子で、残った目玉達を集めて、街の外の方角へと、ふらふらと飛び去っていった。

 その背中は、来た時の不気味さの欠片もない、ただの泣きべその子供のものだった。 


 ……ふぅ。 俺は、ようやく双槍を解いて、屋根の上にどっかりと座り込んだ。

 ガルが、頭の中で、優しく労ってくる。


【よくやったぞ、凪】


 ……ああ。

 多分、これが、俺に出来る精一杯だ。

 あいつを倒さず、痛みだけを教えて、帰す。

 それが、人として正しいことかどうかは、分からねぇ。

 でも、子供をゲームとは言え、本気で殺すのは、俺には出来なかった。


「凪」


 地上から、団長の声が聞こえた。

 見下ろすと、団長とカテリウスさんが、屋根のすぐ下まで来ていた。


「……お前、思ったより、いい兄貴分してるじゃないか」

「えー、それ褒めてます?」

「褒めてる」


 団長は、珍しく口元を緩めて、フッと笑った。

 その笑顔は、戦場では滅多に見られないものだった。


「で、団長。次は?」

「ああ。零人だ」


 団長の表情が、一瞬で戦場のものに戻った。

 彼女は、空を見上げる。

 森の方角――まだ、紫の閃光が、不規則に瞬き続けている場所。


「あの紫の光、まだ続いてる。零人はまだ戦闘中だ。すぐに、合流する」


 俺は、屋根から立ち上がった。

 肩の傷は、まだ痛む。

 しかし、団長が来てくれた以上、ここで休んでいる場合じゃない。


「……俺も、行きます」

「いや、お前はカテリウスさんを護衛しろ。傷だらけのお前を、これ以上戦場に出すわけにはいかん」

「うっ……了解です」


 団長は、すでに余白を脚に纏わせ、地面を蹴って空へと飛び上がろうとしていた。

 その背中に、俺は、思わず声をかけた。


「団長」

「ん?」

「……零人と、すずちゃんを、頼みます」 


 団長は、わずかに振り返ると、無言で頷いた。

 そして、迷うことなく、森の方角へと飛び立っていった。


 ……頼みます、団長。

 あいつらは、絶対、無事に連れて帰ってきてください。

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