ヨル
――城の上空。
俺は、空中に浮かぶ目玉に乗ったヨル、そしてその横で空中に立つ白髪の男――骨野郎へと、双槍を構えて突っ込んでいた。
「【焔潮輪・双破】!!」
俺は槍を二つに分け、強烈な水と炎の衝撃波を放った。
飛び散る熱風が、灰路をわずかに後退させる。
同時に、噴き出た熱が、増殖していたヨルの目玉のうち手前にあった三つを一気に焼き払った。
「ヨル、防げ」
「うん」
灰路の指示で、ヨルが残った目玉を盾のように展開する。
その瞬間が、零人達にとって、唯一の隙だった。
「すず! 行くぞ!」
零人がすずちゃんを抱え、城の壁を蹴り砕いて、街の外の方角へと飛翔していく。
すさまじい紫色の閃光が、空に尾を引いた。
……行けッ、零人! 守り抜けよ!
「チッ、逃げやがったか」
俺の視界の隅で、灰路が舌打ちした。
屍灰甲の兜の奥から、明らかに苛立った視線が、零人の去った方角を追っている。
「ヨル、こいつをやっとけ。俺は、あいつを追う」
「うん」
「お前の目玉、一個貸せ。空を駆ける足が、足りねぇ」
灰路が、宙に浮く目玉のうち一体を見上げた。
ヨルは面倒くさそうに、彼の足元に目玉を一つ降ろす。
灰路は、その目玉を踏み台にし、【雷燕】を発動させて、零人を追う。
「逃がすかよ……ッ!」
俺は咄嗟に灰路を追おうとした。
しかし、その視界を遮るように――。
「【焼断線】」
ヨルの巨大な目玉が、こちらに向けて、赤い光を一気に放った。
「クソが!」
俺は空中で身を捻り、熱光線を辛うじて回避した。
しかし、回避の動きで、灰路を追う機を完全に逃してしまった。
……チッ、行っちまったか。
なんとか、すずちゃんを守り切れよ、零人。
お前なら、出来るはずだ。
……俺は俺で、こっちの目玉小僧を片付けねぇとな。
時間をかけてる場合じゃねぇ。
さっさと終わらせて、零人達の援護に向かう。
「……んで、お前はまだ俺と遊びたいってか?」
「うん。だって、灰路は楽しそうにしてるのに、僕だけつまんないし」
ヨルは目玉の上で、両足をブラブラとさせながら、嬉しそうに微笑んだ。
……ガキの遊び相手になるのは趣味じゃねえんだけど、ま、しょうがないか。
「【焼断線】」
再びヨルの目玉が、こちらへ熱光線を放ってきた。
俺は咄嗟に空中で身を捻って回避するが、その瞬間に二体目、三体目の目玉が、別方向から同時に熱線を放ってくる。
空中を縦横無尽に、赤い線が縦横無尽に走る。
最小限の動きで回避をして、俺は反撃を試みる。
「【改式-火球】!」
俺は回避と同時に、矛先へ火球を生成し、小さな目玉達に当てていく。
しかし、ヨルの目玉は、減らしても減らしても、無限のように分裂し続ける。
「……うん、しつこい人、嫌い」
「ハッ!こっちのセリフだぜ。ポンポンと目玉を増やしやがって」
遥か上空に浮かぶ、ひときわ巨大な目玉の上で、ヨルが眠たげに呟いた。
その瞬間、彼の周囲の目玉達が、これまでとは違う、奇妙な動きを見せた。
空中に散らばっていた数十の目玉が、一斉に、ヨルの真上の一点へと集合し始めたのだ。
……何だ? なんかしらの大技か?
「【焔潮輪・双破】!」
俺は咄嗟に、ヨルが大技を準備している間に距離を詰めようと、双槍の衝撃波を放ちながら、背中に現したドラゴンの翼を使って一気に上昇した。
「あー、邪魔しないで」
ヨルは、興味なさそうに片手を振った。
すると、彼の周囲に集まりかけていた目玉のうち十体ほどが、こちらに向けて散開し、それぞれが俺に焼断線を向けてくる。
チッ、雑魚を盾にしやがる。
少し余白を多く使うけど……しょうがねぇか。
――ガル、位置のアシストを頼む。
【分かっておる。あの小僧をギャフンと言わせるぞ】
「【位相式-強化水膜】【硬化】」
俺は焔潮輪を二輪同時に高速回転させ、強化された水膜を空中に連発した。
硬化した水盾が、空中で次々と熱線を屈折させ、明後日の方向へと逸らしていく。
しかし、目玉の数が多すぎる。十体の焼断線を全て捌くのに、俺は完全に足を止められてしまった。
その間に――。
ヨルの真上の一点に集合した目玉達が、一つの巨大な複合眼へと融合し始めた。
数十の目玉が、ぐじゅぐじゅと粘着質な音を立てて、互いを取り込み合っていく。
最終的に、ヨルの頭上には、人の家ほどの大きさの、巨大なひとつの眼球が浮かんでいた。
その瞳孔の中心に、これまで見たことのない規模の、深紅の光が、ゆっくりと、しかし圧倒的な密度で、収束していく。
「【全瞳焼斬】」
ヨルが、間延びした声で、その技の名を呟いた。
巨大複合眼の瞳孔から、まさに『光の柱』としか言いようのない、規格外の極太の熱線が、俺めがけて、真っ直ぐに放たれた。
俺はそれを見上げ、左手に持つ槍を我が自分の正面に来るように構える。
大きく右腕を引き、俺は目を閉じ力を込める。
すると左手に持つ槍の輪が、高速回転を始め、まるで野に咲く花の様に、空中に火花を散らす。
輪の中に赤と青が渦巻く膜のようなエネルギーの塊が生成される。
「【焔潮・双輪砲】!」
俺は目を見開き、右手に持つ槍を、輪目がけ貫いた。
貫かれたエネルギーの塊は、炎と水の奔流となって、凄まじい威力で照射される。
赤と青の螺旋が、対角線上に伸びていく。
俺の槍の先端から、ヨルの放った深紅の光の柱めがけて、真っ直ぐに突き進んでいく。
ドゴォォォン――!!
空中で、二つの光が真っ向から衝突した。
赤と青と深紅が、空中の一点で、せめぎ合う。
お互いに譲らない、絶対的な火力同士の押し合い。
俺の双輪砲の出力を、限界まで引き上げる。
ガルが「踏ん張れ!」と頭の中で叫ぶ。
しかし、ヨルの全瞳焼斬も負けていない。
むしろ、徐々にこちらを押し返してくる。
……このままじゃ、押し切られる! その時――。
パキィッ!
空中の衝突点で、何かが砕けるような音がした。
次の瞬間、両者のエネルギーが臨界に達し、空中で、巨大な爆発を起こした。
ドォォォォン――!!
城下町全域に、衝撃波が広がる。
俺は爆発の余波で、空中から地上の屋根の上へと吹き飛ばされた。
ガルの翼を辛うじて広げ、屋根の瓦を蹴り砕きながら受け身を取る。
……ヨルは?
巻き上がる土煙の向こう、空中で、ヨルもまた、複合眼の上から弾き飛ばされていた。
彼は自分が乗っていた複合眼を、小さな目玉に再分裂させて、ぎりぎりで体勢を立て直していた。
「あー……びっくりした」
ヨルが、目玉の上で身を起こしながら、ぽつりと呟いた。
その声は――。
これまでの、眠たげで興味なさそうな声と、明らかに違っていた。
目を、見開いている。
顔に、これまで一度も浮かばなかった表情が、はっきりと宿っていた。
……笑顔だ。
心の底から、楽しそうな、子供の笑顔。
「ねぇ、お兄さん」
ヨルが、空中で身を乗り出すように、俺を見下ろした。
「お兄さん、強いね。僕の全瞳焼斬、押し返したの、初めてだよ」
俺は屋根の上で立ち上がり、双槍を構え直した。
息は乱れているが、まだ動ける。
「お前こそ、なかなか良い技持ってんじゃねぇか」
「えへへ」
ヨルは無邪気に笑った。
しかし、その瞳の奥には、もう『興味のなさ』はない。
純粋な――戦闘者の喜びだけが、煌めいている。
「ねぇ、お兄さん。僕、もっと楽しんでもいい?」
「あ?」
「これまでさぁ、僕、誰と戦っても、つまんなかったんだ。みんな、僕の目玉と熱線で、すぐ動けなくなっちゃうから」
ヨルは、両手を空中で広げ、彼の周囲に再び新しい目玉達が分裂していく様を、嬉しそうに眺めた。
「でも、お兄さんは違う。僕の全力を、受け止めてくれる。だから――」
ヨルの周囲に、これまで以上の数の目玉が、爆発的に増殖していく。
空全体が、再び、無数のギョロついた瞳で覆われていく。
「もっとやろうよ。ね?」
その笑顔は、純粋で、無邪気で――そして、底冷えするほどに、恐ろしかった。
……このガキ。
戦いを、本気で楽しみ始めやがった。
しかし、不思議なことに、俺の口元にも、似たような笑みが浮かんでいた。
……認めねぇわけにはいかねぇな。
こいつは強い。
俺と全力で戦う相手として、認めるしかねぇ。
「上等だぜ、ヨル」
俺はギャリギャリと音を立てて、輪が回転している双槍をヨルへ向ける。
「本当は、こんな状況で戦いを楽しんでちゃ駄目なんだが――」
俺は地面を蹴って、空中へと飛び上がる。
ガルの翼が、力強く広がる。
「お前みたいな、本気で楽しんでる相手の遊びになら、俺も、本気で付き合ってやるよ!」
「うん! じゃあ、いくよ!」
ヨルの周囲の数百個の目玉が、一斉に俺へと殺到してきた。
しかし今度のヨルは、目玉の影に隠れていない。
巨大な目玉の上で、両足を踏ん張り、自分自身も俺と戦う気満々の姿勢で、こちらを真っ向から見据えている。
「【焔迅】!」
右手に持つ槍の先端を後ろへ向け、炎の爆発を噴出させる。
数百個の目玉の中を、赤と青の閃光となって、突き進んでいく。
熱線の網が、四方八方から襲いかかってくる。
しかし、もう俺は、足を止めない。
「ガル、頼むぞ!」
【無論ッ!】
ガルの位置アシストが、頭の中で響く。
熱線の隙間。
次に来る目玉の動き。ヨル本体の死角。
すべてが、俺の頭の中で、一筋の道として見える。
俺は双槍を交差させ、目玉の壁を斬り裂きながら、ヨルへと一直線に突き進んだ。
「【焔潮輪・双破】ァァァァ!!」
双槍から放たれた炎と水の衝撃波が、目玉の群れを一気に吹き飛ばす。
しかし、ヨルは焦らない。
彼は楽しそうに笑いながら、自分の足元の巨大目玉ごと、空中で大きく身を翻して、俺の攻撃を躱した。
「あはははは! もっと、もっとぉ!」
「ハッ、止まれって言われても止まらねぇぞッ!」
空中で、赤と青の閃光と、無数の赤い瞳が、交錯し続けた。
ヨルの目玉は、削っても削っても増殖し続ける。
しかし、俺もまた、ガルのアシストを最大限に活用しながら、目玉の網を縫って、確実にヨルとの距離を詰めていく。
……あと、もう少し。
あと、もう少し、距離を詰めれば、こいつの本体に届く。
その瞬間――。
ヨルが、自分の乗っていた巨大目玉を、不意に俺の方へと蹴り落とした。
「えっ!?」
巨大目玉が、巨体ごと俺に向けて、押し潰すように降下してくる。
俺は身を捻り、双槍で目玉を真っ二つに斬り裂いた。
ボシュンッ! 斬られた目玉が、空中で爆ぜる。
嫌な液体が、俺の全身に降り注いだ。
「うわっ、キモッ!」
しかし、目玉の液体に気を取られた、その一瞬。
俺は、ヨルが何処に消えたのかを、見失っていた。
……どこだ?
「ねぇ、お兄さん」
声は――真下から。 俺は反射的に視線を下げる。
俺の真下、屋根のすぐ上の空中に、ヨルが新しい目玉に乗って、にこやかに浮かんでいた。
その顔の高さ、彼の目線の先には――。
俺の首が、あった。
「【焼断線】、零距離」
ヨルの右目に、深紅の光が、これまでで最も近い距離で、収束していた。
ヤバい――!




