表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断界のネーデ  作者: 萱 景一
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/48

救援

「……これどうしよう。私の能力じゃあ相性最悪で、あれをどうすることもできないし……凪かツルギちゃんの所に逃げる? ……逃げられるかしら」

 

 私は上空に広がる蜂柱を見上げ、絶望していた。

 

 ――ドォォォォォン!!

 

 その時、私達が居たカテリウスさんの城の上空で、巨大な爆発音が轟いた。

 黒煙が城の屋根から噴き上がるのが、遠目にも見える。

 

 ……この爆発、恐らく凪ね。

 私とツルギちゃんが出た後に、何かあったみたい。

 ……向こうも向こうで、大変ってわけね。

 

「あはははは! この術式を前に、為す術も無いようねぇ!!」

 

 あのアバズレが、上空でムカつく事をほざいている。

 ……悔しいけど、事実だわ。

 回避と防御に専念すれば、もしかしたら生き残れるかもしれないが、可能性は低い。

 しかも、相手は私を仕留めた後、ためらいなく街の人達まで殺すだろう。

 

「儚く散りなさぁい。……やれ」

 

 沙織が、鉄扇を優雅に振り下ろした。

 その瞬間、上空の巨大な蜂柱から、暴力の嵐が一斉に降り注いできた。

 無数の蜂、針、毒煙、蜜の塊。

 空全体が、絶望そのものになって、私に襲いかかってくる。

 

 ……死んだかな、これは。

 目を閉じようとした、その瞬間――。

 

「……――Soul Link――『緋律銃棍(ひりつじゅうこん)』」

 

 女性的でありながら、芯の通った、低めの声が、私の真横で響いた。

 ……遅いよ、赤ちゃん。

 

 私は閉じかけた目をうっすらと開けた。

 いつの間にか、私のすぐ隣の空中に、長い赤髪の女性が立っていた。

 月駆ではなく、彼女自身の余白で空を踏みしめている。

 その両手には、いつ顕現したのか、二振りの赤黒い金属のトンファー。

 ただし、ただのトンファーじゃない。

 握りの先端から、銃口がギラリと覗いていた。

 

「【緋弾(ひだん)】【返響(へんきょう)】」

 

 緋音は両手の緋律銃棍を、頭上に斜めに掲げて、流れるようにトリガーを引いた。

 

 カチッ。

 

 硬質な音と共に、緋律の銃口から、圧縮された赤く光る弾丸が、上空へと真っ直ぐに赤い線を引いて飛んでいく。

 トリガーを引くごとに、シリンダーがカシャン、カシャンと異質な音を立てて回転する。

 緋律から放たれた弾丸は、空中で『キィィン』という甲高い音と共に、無数に跳ね返り――降り注ぐ暴力を、一発、一発、確実に消していくのだった。

 毒煙は赤い閃光に弾けて消え、針は弾丸に貫かれて落ち、蜜の塊は爆ぜて霧散する。

 返響――音により跳ね返す性質を持っているらしい。

 

 数秒のうちに、私の周囲の死の雨は、すべて掻き消えていた。

 

「……だ……誰なの? お前は……」

 

 沙織が、初めて明確な動揺を見せた。

 その口元が、わずかに引き攣っている。

 

「ん? 赤井 緋音だが」

 

 緋音は、片方の銃棍を肩に担ぐようにして、淡々と名乗った。

 まるで、自己紹介の手間を惜しむような気軽さで。

 

「赤井……緋音……」

 

 沙織の声が、震え始めていた。

 

「まさか……あのRED!?」

「まぁ、そう呼ばれていた時もあったな」

 

 緋音は、興味なさそうに鼻を鳴らした。

 そしてふと、横にいる私の方を見て、静かに眉を寄せる。

 

「そんなことより紗奈、危なかったな。またお前の悪い癖が出たんじゃないか? 頭に血が上ると考えなしに突っ込むのは、やめた方が良い」

「えへへ、まぁ、そういうときもあるって!」

 

 私は、ピリつく手足を誤魔化すように、両腕を頭の後ろで組んだ。

 

「それより助かったよ、赤ちゃん。マジで死ぬところだった」

 

 その瞬間、緋音の眉が、明らかに歪んだ。

 

「……いい加減、その『赤ちゃん』っていうの、やめろ。恥ずかしい」

「え~いいじゃん。かわいいもん」

 

 でも、本当に助かったよ、緋音。

 ……私一人じゃ、こいつには勝てなかったわ。

 

「……分が悪いわねぇ。ここはちょっと、引かせてもらおうかしら」

 

 空中の沙織が、艶っぽい笑みを取り戻しながら、ゆっくりと後退し始めた。

 しかし、その目の奥には、明らかな焦りが見えている。

 

「逃がすわけないだろ」

 

 緋音の声が、底冷えするように低くなった。

 彼女の右手の緋律銃棍が、すっと沙織に向けられる。

 

緋弾(ひだん)

 

 カチッ。

 

 たった一発。

 無造作なトリガーの一引き。

 しかし、放たれた赤い弾丸は、跳ね返ることなく、真っ直ぐに沙織の左肩を撃ち抜いた。

 

「かはっ……!?」

 

 沙織の白い肩から、赤い血飛沫が舞った。

 彼女の体勢が空中で大きく崩れ、薄羽の制御を失う。

 しかし、緋音はそこで止まらなかった。


 緋音は左の緋律銃棍も構え直し、両手のトンファーを沙織へ向ける。

 その瞳には、冷たい光が宿っていた。

 

「【緋弾(ひだん)】」

 

 カチッ。カチッ。

 

 立て続けに二発。

 赤い弾丸が、よろめく沙織の体めがけて、二方向から放たれた。

 今度は跳ね返りの返響を込めていない。直接、肉を撃ち抜くための、純粋な銃撃。

 

「【蜂衣(はちごろも)】!」

 

 しかし沙織は、ボロボロの体でも、戦意までは失っていなかった。

 残った蜂を強引に呼び寄せ、薄い蜂の鎧を瞬時に再形成する。

 ボシュッ! ボシュッ!

 一発目は太腿に直撃して貫通したが、二発目は蜂衣の何匹かを犠牲にして辛うじて逸らされた。

 

「あ、ぐっ……!」

 

 足を貫く痛みに耐えながらも、沙織は鉄扇を必死に振った。

 

「【針嵐(はりあらし)】!」

 

 扇の縁の小さな針が、一斉に剥がれて、緋音と私を狙って嵐のように飛んでくる。

 目に見える限り、もう蜂衣の防御が崩れている。

 残った針すべてを、最後の悪足掻きとして放ったのだろう。

 

「面倒な」

 

 緋音は、興味なさそうに呟くと、右手の緋律を、針嵐の中心めがけてトリガーを引いた。

 

「【緋弾(ひだん)】【返響(へんきょう)】」

 

 カチッ。

 

 赤い弾丸が、針嵐の真ん中で『キィィン』と音を立てて爆ぜ、波紋のように音の反発が広がっていく。

 無数の針が、その音の波に押し戻されるように、一斉に方向を変え、沙織自身の元へと逆流していった。

 

「ひっ……!?」

 

 沙織は咄嗟に蜂衣の残りを総動員して、自分の針から身を守る。

 しかし、それで彼女の余白は完全に底を尽きた。

 ボロボロになった蜂衣が、空中で、ぱらぱらと崩れていく。

 

「もう一発で死ぬぞ。立ち去るか、ここで死ぬか、選べ」

 

 緋音は、両方の銃口を、改めて沙織に向け直した。

 

「……ッ」

 

 沙織は、奥歯を強く噛み締めた。

 その目の奥に、屈辱と、それを上回る恐怖が、はっきりと浮かんでいる。

 

「……灰路くん、ごめんねぇ……」

 

 彼女は、もう緋音にも私にも視線を向けなかった。

 誰に向けてでもない独り言を、力なく呟いた後、沙織はわずかに残った蜂達の力を借りて、ふらふらと街の外の方角へ飛び去っていった。

 血の線が、空中に点々と引かれていく。

 

 ……灰路? またその名前ね。

 私は、空から落ちる血の跡を目で追いながら、その名を頭の片隅に刻み込んだ。

 あの女が、本気で執着していた相手。

 アイツらのリーダー格、ってところかしらね。

 

「……ふぅ」

 

 緋音は緋律を解除し、ようやく緊張を緩めた。

 空中に立っていた彼女の体が、ふわりと地上へ降りていく。

 私も月駆を解いて、彼女の隣に並ぶように石畳へ着地した。

 着地した瞬間――。

 ふらっ。

 手足のピリつきが、急に強くなった。

 毒の影響が、ようやく本格的に出てきたらしい。

 

「おっと」

「あ、ごめん……」

 

 膝が抜けかけた私を、緋音が片腕で支えてくれた。

 ああもう、情けない。空亡の二番手が、毒程度でこの体たらくとは。

 

「毒か? 動けるか」

「ん……動けるけど、本調子じゃないわ。針嵐の擦過傷も、ちょっと痛む」

「無理するな。少し休んでろ」

 

 緋音は私を近くの建物の壁に背を預けさせ、自分のポーチから小さな緑色の薬瓶を取り出した。

 

「ちょうど持ってた回復薬だ。飲んどけ」

「あんがと」

 

 苦い薬を一気に飲み下す。

 ……効果は、思ったよりすぐに表れた。手足のピリつきが、徐々に和らいでいく。

 

「で、状況は」

「ツルギちゃんがイノシシ討伐に向かってる。私はあのアバズレと、零人と凪は……」

 その時、再び――。

 

 ――ドォォォォン!

 

 城の方角で、二度目の爆発音が轟いた。

 今度はさっきよりも大きい。

 城の上空、青空の只中に、黒煙が浮かんでいる。


「凪のヤツ、やってるな」

 

 緋音が、城の上空を見上げて、わずかに口角を上げた。

 

「私は凪のところに行く。お前は、ここでしばらく休んでろ」

 

 緋音は立ち上がり、空を見上げた。

 

「動けるようになったら、街の南口に向かえ。アーサーに合流して、状況を立て直す」

 

 緋音は、空中の戦場ではなく、その向こうの森の方角に、ふと視線を投げた。

 遠目に、紫の閃光が、森の上空に瞬いている。

 あれは……紫焔斬? れいくん、何であんな所に?

 

「……凪のところを片付け次第、私が向かう」

 

 そう言うと、緋音は迷うことなく、自分の余白を脚に巡らせて、地面を蹴った。

 ふわりと、しかし力強く、彼女の体が空へと駆け上がっていく。

 その背中は、すぐに屋根を越えて、城の上空――凪と青髪の少年が戦う、空中の戦場へと飛び去っていった。


 ……行ったわね。

 私は壁にもたれたまま、深く息を吐いた。

 れいくん、無事でいてね。

 ツルギちゃんも、凪も。

 私はそっと目を閉じ、自分の体が回復するのを、待った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ