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断界のネーデ  作者: 萱 景一
第1章

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灰路

「クッ……すずは離れててくれ! 【紫焔斬(しえんざん)】!!」

 

 封幻に巻かれている包帯の隙間から、大量の紫焔が吹き出し、骨剣とヤツ諸共吹き飛ばす。

 目の端で、すずが言われた通りに後方の太い樹の陰へと駆け込むのが見えた。

 ……よし、まずは彼女の安全を確保。

 あとは、こいつだけだ。

 

「……なんだぁ? この感じ」

 

 吹き飛ばされた灰路は、骨剣で地面を抉りながら制止すると、自分の甲冑を撫で回し、不審そうに眉を寄せた。

 

「タダの斬撃のようで、少し違ぇな。……あいつが言ってた通りか」

 

 あいつ? 誰のことだ?

 灰路は俺の疑問を意に介さず、骨剣を地面に突き立てる。

 

「じゃあ、こうしてみるか。【改式(かいしき)-隆起(りゅうき)】」

 

 灰路が地面に手を当てると、姿を隠すように、ヤツの目の前に巨大な土の壁が湧き上がった。

 目隠しのつもりか。

 ……こいつ、頭が回る。

 一見ただの粗暴な男に見えて、戦い方は驚くほど合理的だ。

 あいつはどこから出てくる――右か、左か、上か。

 面倒くせえ、一気に叩き切ればいいだろ!

 

「【紫焔斬(しえんざん)】!」

【だめだよ!!】

「っは! 馬鹿の一つ覚えだな! 【改式(かいしき)地牙(ちが)】!」

 

 俺が大きく封幻を振りかぶった瞬間、コモの声が頭に響き、足元が小刻みに震えた。

 地面から巨大な土の牙が迫り上がり、俺の足を絡め取って、丸ごと飲み込もうとする。

 クソッ、このままじゃ紫焔斬を飛ばす前に喰われる!

 

「【雷燕(らいえん)】!!」

 

 俺は咄嗟に右腕に雷燕の余白を集中させ、振り抜く速度だけを限界まで加速させた。

 

 ズガガガガン!!

 

 ……コモの声のおかげでギリギリで間に合った。

 ――ごめんコモ。助かった。

【もっと戦い方を考えてよ!】

 

 刀身が土の牙を粉砕し、その勢いのまま、奥にあった灰路の土壁を爆音と共に貫通する。

 しかし、舞い上がる土煙の向こうに、灰路の姿はなかった。

 

 

「【骸群(がいぐん)】」

 

 頭上から、冷たい声が降ってきた。

 俺が反射的に見上げると、灰路は何の支えもなく空中に立ち、その周囲に大量のドクロを召喚していた。

 宙に舞う数十のドクロが、カタカタと不気味に音を鳴らして嗤っている。

 

「まさか、あの状況で咄嗟に雷燕を発動させるとはな。……なかなかやるなァ。お前、名前は?」

「……綴 零人」

「いい名前じゃねぇか。俺は屍野(しの) 灰路(はいろ)ってんだ。まぁ、冥土の土産で覚えとけや」

 

 灰路は両手を大きく広げ、上空から俺を見下ろした。

 

「で、零人。一個聞かせろ。お前、その女とどういう関係だ? 断章を持ってるネーディア風情を、何でそこまで庇う」

「……お前には関係ないだろ」

 

 灰路は片手で頭を押さえ、心底面倒くさそうにヤレヤレと首を振った。

 

「関係ねぇだァ? 大ありだねぇ。その女に用があるのに、お前が邪魔してんだよ。……なんで庇う? その女、ネーディアの癖に、なァんも出来てねぇじゃねぇか」

 

 灰路の言葉に、樹の陰のすずがビクッと肩を震わせるのが、目の端に映った。

 なぜ……そんな言葉を、こいつは平然と吐ける。

 すずの事を、何一つ知らないくせに。

 

【なにも出来てないなんて……】

 ――コモ……お前の言いたいことは分かってる。すずはみんなに笑顔を与えてくれるんだ。何も出来てない訳じゃない。

 

 内ポケットにしまってあるキャンバスから熱が伝わる気がした。

 

「……俺が、守りたいと思った人だからだ」

 

 俺は封幻を強く握り直し、灰路の冷たい瞳を真っ直ぐに見返した。

 

「すずの事を何も知らないお前が、何も出来ないと決めつけるんじゃねぇよ」

「零人君……」

 

 樹の陰から、すずの小さな声が聞こえた。

 ネーディアとか、人間とか、そんな区別はどうだっていい。

 どんな気持ちで、何を想って生きているのか――それが一番重要なんだ。

 少なくとも、灰路のような、人の気持ちすら理解しようとしねぇ奴に、すずを悪く言われる筋合いはない。

 

「……気持ちわりぃな」

 

 灰路が、ポツリと呟いた。

 その声には、先ほどまでの嘲笑も狂気もなかった。

 ただ、深く沈んだ、底知れない――嫌悪。

 

「どういう意味だよ」

「そのまんまの意味だぜ」

 

 灰路は俺を見下ろしたまま、上空で骨剣を肩に担いだ。

 

「どうして、人間そっくりに作られた、ネーディアなんかを信用できる? 人間と一緒で、気持ちの悪ィそいつらを、よォ!」

骸口焔弾(がいこうえんだん)

 

 宙に舞うドクロが一斉に大きく口を開き、血のように赤黒い炎の塊を、樹の陰のすずに向かって一斉射出した。

 クソッ、すずが狙われた! 間に合えッ!

 

雷燕(らいえん)水膜(すいまく)

 

 俺は雷燕で地面を派手に削りながら、すずの正面へ滑り込み、左手のソードブレイカーに薄い水膜を纏わせて、迫り来る炎弾の群れを受け流した。

 赤黒い炎は、灰のような微粒子を撒き散らしながら、俺の後方の上空へと弾き飛ばされていく。

 

「お前だって見ただろ、零人」

 

 炎が散る向こうで、灰路の声が、急に低くなった。

 

「ネーディアの行動を。……人間と一緒で、強い者には逆らわず、弱い者には強く当たる。あの腐った根性をよォ」

 

 灰路がぶつけてくるのは、底知れないドロドロとした感情の塊だった。

 ……こいつにも、過去に何かあったんだろう。

 俺は、ほんの少し嫌な感情をぶつけられただけだ。

 それでもこの世界で精一杯生きているネーディアを、否定する気にはなれない。

 だが、すずから聞いた過去に出てきたネーディア達――善意のビジターを罵倒したあの街の人々の姿は、確かに、灰路の言うネーディアの姿そのものでもあった。

 

「だからって、ネーディア全員が同じじゃないだろ!」

改式(かいしき)石杭(せっこう)

 

 俺は地面に手を突き、土に余白を流し込む。

 地中から、無数の石の杭が灰路を貫こうと突き上がる。

 

「同じさ!」

 

 灰路は石の杭の間を、まるで踊るように紙一重で躱しながら、骨剣を構えて急降下してきた。

 

「本当に強ェ奴に出くわせば、必ず媚びる! 相手が善か悪かなんざ、関係ねぇんだよォ!!」

 

 ガキィン!!

 頭上から振り下ろされた骨剣を、左手のソードブレイカーで受け止める。

 こいつをへし折ってやる――!

 

 ガタガタガタガタ

 

 しかし、いくら腕に余白を流し込んでも、骨剣はビクともしなかった。

 むしろ、押し込まれている。

 ……俺の腕が軋む。


「零人よォ。お前なんで本気で戦ってねぇんだ?お前の余白ならもっと強力な技打てるだろ。……それとも、お前自身、その力を持て余してんのか?」

 

 ぐっ――。

 図星を突かれて、俺の動きが一瞬止まる。

 こいつ……戦いながら、俺の動きの『鈍さ』を見抜いていやがる。

 俺は今、紫焔を全開にできない。

 リミッターのせいで、本来出せるはずの威力の半分も出せていない。

 さらに、すずを巻き込まないように、攻撃範囲も自分で抑え込んでいる。

 俺の戦い方は、灰路から見れば『手加減』にしか見えないだろう。

 

「いいか、零人。力ってのは持ってるだけじゃ意味がねぇんだよ」

 

 灰路の骨剣が、ぐっと押し込まれる。俺の腕が、ミシリと軋む音を立てた。

 

「使えてこそ力だ。お前は、それが分かってねぇ」

 

 ガリッ――。

 ソードブレイカーの刃が、骨剣の重さに耐えきれず、わずかに削れた。

 くそっ……押し負けてる。力でも、技術でも。

 

「【雷燕】!」

 

 俺は咄嗟に、足元に雷燕を発動させて後方へ跳び退いた。

 鍔迫り合いから強引に離脱する。

 ザァッと地面を蹴って距離を取り、封幻を構え直す。

 ヤツの強さは、火力じゃない。

 戦況の読み、立ち回り、相手の動きを観察する目――そのすべてが、俺より一段上だ。

 くそ、もし俺が今、リミッターを外して、紫焔を全力で振るえたら……。

 ふと、そんな考えが脳裏に浮かんだ瞬間、俺は思わず奥歯を噛んだ。

 ダメだ。それをやったら、すずを巻き込む。

 封幻の暴走を、俺はまだ完全に制御できない。今ここで全力を出したら、紫焔の余波で、樹の陰のすずまで焼き払う可能性がある。

 

「……零人君」

 

 風に乗って、すずの小さな声が届いた。

 俺は振り向かずに答える。

 

「大丈夫だ。絶対に、お前のところまでは行かせねぇ」

「うん……」

 

 すずの返事は、震えていた。

 でも、彼女は逃げなかった。俺を信じて、樹の陰で身を縮めて、待っている。

 ……守り切らなきゃ。

 俺の弱さで、彼女の信頼を裏切るわけにはいかない。

 

「お前さ」

 

 灰路が、ふと骨剣を肩に担いで、俺を観察するように首を傾げた。

 

「なァ、零人。なんでそこまでして、ネーディアを庇う? ……教えてくれや。俺はずっと、それが分からなくてよ」

 

 その声には、戦闘中とは思えない、奇妙な静けさがあった。

 いや、静けさではない。乾いた、答えを求めるような響き。

 俺は警戒を解かないまま、灰路を睨みつけた。

 

「……何度も言わせるな。すずは、すずだからだ。ネーディアだからとか、関係ねぇんだよ」

【そうだ。すずはすずなんだ!】

 

 灰路は、しばらく無言で俺を見つめていた。

 骨の兜の奥の瞳が、何かを探るように細められる。

 

「……分かんねぇな」

 

 ポツリと呟いた灰路は、片手で自分の頬の傷を撫でた。

 無意識の仕草だった。

 深く刻まれた、古い傷跡。

 

「分かりたくもねぇや。気持ちわりぃ」

 

 その言葉とは裏腹に、灰路の声には微かな揺らぎがあった気がした。

 ほんの一瞬で、すぐに彼の目に冷たい殺意が戻ってくる。

 

「もういい。さっさと終わらせるぞ」

 

 灰路が、骨剣を再び構え直した、その時だった。

 ――ドォォォォォン!!

 遠く、街の方角から、大気を震わせるような爆発音が轟いた。

 俺と灰路は、同時にそちらへ視線を向ける。

 森の樹冠の向こう、城のあるあたりから、巨大な黒煙の柱が天高く立ち上っていた。

 さらにその上空には、夥しい数の蜂の群れが、何か巨大な渦を作って蠢いている。

 

「……街、にぎやかだな」

 

 灰路の口元が、薄く歪んだ。

 愉悦ではない。確認するような、満足するような、奇妙な薄笑い。

 

「あいつもあいつで楽しんでやがる。……まったく、元気な連中だ」

 

 その言葉に、俺は思わず噛みついた。


「お前らの仲間が、街を……!」

「仲間ねぇ……」

 

 灰路は、その言葉に微かに反応して、皮肉そうに口の端を上げた。

 

「俺に、仲間なんていねぇよ。ただ、目的が一緒なだけの連中だ」

 

 骨剣の切先が、まっすぐに俺を捉えた。

 空気が、ぐっと重くなる。

 灰路の周囲の温度が、急激に下がっていくような錯覚。

 

「……さて、零人」

 

 灰路の声が、これまでで一番低く、平坦になった。

 

「お前との戯れも、そろそろ飽きてきた」

 

 灰路の足元から、骨が地面を這うようにして無数に湧き出してくる。

 空中に浮かぶ骸群のドクロが、一斉にカタカタと音を立て、その目の窪みに、暗紅色の小さな炎が灯り始めた。

 数十、数百、数千――。

 森の空を埋め尽くすほどの、夥しい数のドクロ。

 灰路は、骨剣を高々と掲げた。

 

「これで、終わらせる」

 

 骨剣の切先に、紅蓮の炎が螺旋を描いて巻きつき、ドクロの口が開いて、赤黒い光がじんわりと光り始める。

 空気が、ピリピリと痺れる。

 森の木々が、ザワッと一斉に揺れた。

 

 ……来る。

 俺の本能が、警鐘を鳴らした。

 これは、これまでの技とは比較にならない、決定的な何かだ。

 俺は封幻を構え、すずの方向にだけは絶対に被害を出さないよう、自分の体を盾にする位置に立つ。

 頼む、間に合ってくれ――。

 封幻に、ありったけの余白を流し込む。

 しかし、リミッターが、それを許してくれない。

 奥歯を噛み締める。

 

「【千骸(せんがい)――」

 

 灰路の口から、技の名が漏れた、その時。

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