領主
「近くで見ると、滅茶苦茶でけぇなぁ……」
目の前にそびえ立つ、白亜の巨大な城壁を見上げ、凪がほうとため息をついた。
凪の言うとおり、凄まじく壮大な造りだ。
現実世界なら間違いなく世界遺産に登録されるレベルの荘厳さだった。
辺境の街カテナでこの規模なら、空中に浮かぶという大都市の城は一体どれほど規格外なのだろうか。
城の周囲には深く水を湛えた堀が巡らされており、内部へ続くルートは正面に架けられた巨大な跳ね橋のただ一カ所のみ。
その橋の入り口には、数人の衛兵達が不審な者が居ないか鋭く目を光らせていた。
「来て良かっただろう? 衛兵に話して中に入れて貰おうか」
アーサーはそう言うと、真っ直ぐに衛兵の元へと歩み寄る。
「あぁ、先日の。お話は伺っております。どうぞこちらへ」
警戒に当たる衛兵たちは、アーサーの顔を見るなり即座に槍を引いて道を開けた。
どうやら昨日のうちに彼が話を通しておいてくれたらしく、顔パスでスムーズに中に入ることができた。
橋を渡り、巨大な門をくぐって城壁の内側へと足を踏み入れると――そこには、色鮮やかな花々と手入れの行き届いた木々が並ぶ、広大な中庭が広がっていた。
ふわりと風が吹き抜けると、淡い色の花びらが陽光を反射しながら宙を舞い、自然の甘い香りが鼻をくすぐる。
まるで一枚の絵画のような、息を呑むほど幻想的な光景だった。
すずが言っていた通り、本当に美しい場所だ。
俺がその光景に見惚れていると、すずが嬉しそうに顔を覗き込んできた。
「ね! すっごく良いところでしょ? ここだけじゃなくて、お城の中にもお花が植えてあって綺麗なんだよ」
「そうだな。正直、ここまで綺麗だとは思ってもみなかったよ」
「本当に綺麗だね。すずはなんでこの城に来たことがあるの?」
コモが俺の肩から身を乗り出し、すずに質問する。
「カテナに住む人達はね、学校の見学で一回はこのお城に来るんだよ。私も最初はこんなに綺麗な場所だとは思ってなくて、キャンバスを持ってこなかったことをすごく後悔したんだ」
「これだけ手入れされてるところを見ると、まだ会ってないけど、領主様はいい人そうね~」
「そうだね。街の人からはすごく慕われているみたいだから、悪い人では無いと思うよ。……あ、あの人が領主様かな?」
磨き上げられた白石の道の先。重厚な扉の前に、一人の壮年の男性が立っていた。
両脇に執事とメイドを控えさせ、身なりの良い服を上品に着こなしたその人は、俺たちを見ると柔和な笑みを浮かべた。
「ようこそ、このカテナの街においでくださいました。私は、カテナの領主『カテリウス』と申します。空亡の皆様でよろしかったですね」
「これはどうも、ご丁寧に。今回依頼により伺わせていただきました、空亡の淺乃 剣でございます」
アーサーの挨拶に合わせ、俺たちもそれぞれ自己紹介をする。
カテリウスさんは、俺達一人一人の顔をしっかりと見て、温かい笑顔で応じてくれた。
街の評判通り、すごくいい人そうだ。
この美しい城からイメージされる人物像に、ぴったりと沿う人柄に思える。
それにしても、アーサーはこういう王族や貴族とのやり取りにすごく慣れているな。勇者だからなのだろうか。
「先日は申し訳ありません。魔獣の異変の対応に追われておりまして、直接お会いすることが出来ませんでした……」
「いえいえ、問題ありません。私共も、正確な到着日時までお伝えすることが出来ませんでしたから」
確かに、カテナの街に来るまで結構な時間が掛かったからな。
さすがにルミナスから徒歩でここまで来るのはしんどかった。道中で魔獣――特にあの異常な蜂に四六時中襲われていたし、尚更だ。
「立ち話もなんですし、どうぞ中にお入りください。お茶菓子も用意してありますので」
「本当!? おっかし~!おっかし~!」
「おいこらやめろ! 失礼だろ!」
「コモは本当に食い意地が張っておるのぉ」
「アタイは横になれればどこでもいいわぁ……」
『お茶菓子』という甘美な響きに反応し、コモが俺の肩の上で荒ぶるように頭をブンブンと振り始めた。
頼むから、落ち着いているガルを少しは見習ってくれ!
シーのことは見習わなくていいぞ。
「ははは。大丈夫ですよ。お菓子もいっぱい用意しておくからね」
カテリウスさんは、騒ぐコモ達へ優しくウインクした。
なんか、すごく茶目っ気があって親しみやすい人だ。
俺達はカテリウスさんの案内で城の中へ入り、広々とした応接室へと通された。
テーブルにはすでに人数分の飲み物とお茶菓子が並べられており、ティーカップからは淹れたてを思わせる湯気が立ち上っていた。
「では、そちらにお掛けください。君たちはこっちだよ」
驚いたことに、コモ達バディの分まで用意されていた。
俺達が座る大きな椅子とは別に、横に子供が座るぐらいの小さな椅子とテーブルがセッティングされ、そこにもしっかりとお菓子が置かれている。
すごく用意が良い。
この細やかな気配りだけでも、カテリウスさんがただの良い人ではなく、非常に有能な人物であることが伝わってくる。
「それでは、今回の依頼についてお話ししましょうか。……単刀直入に言います。今、カテナの街は危機的状況に陥っています」
全員が席に着くと、カテリウスさんは先ほどまでのニコニコとした笑顔を引き締め、ひどく沈痛な面持ちで口を開いた。
「実は最近になって、街への魔獣の襲撃が『減って』いるのです」
俺は最初それを聞いたとき、「減っているなら良いことじゃないか」と思った。
しかし、カテリウスさんの言葉は、俺の楽観的な思考を容易く打ち砕いた。
「魔獣の数が減ったから、襲撃が減ったわけではないのです。逆に、森の中の魔獣は異常なペースで増え続けている。……問題は、その魔獣たちが『謎の蜂』に寄生されていることです」
「蜂……」
「はい。その蜂に寄生されてからというもの、魔獣たちは本能を失ったかのように不気味に静まり返り、全く動きが読めなくなってしまった。まるで、一つの巨大な意思によって『統率』され、何かを待っているかのように……」
背筋がゾッとした。
間違いなく、俺達がカテナの街に来る道中に襲ってきたあの巨大蜂のことだ。
バラバラに動く野生の獣が、蜂という媒介を通じて『軍隊』のように統率されているとしたら、それは単なる魔獣災害の枠を大きく超えている。
その寄生蜂の生態調査と、不気味に増殖する魔獣群の駆除。それが俺たち空亡への正式な依頼だった。
「……なるほど。事情は分かりました。私たちが調査し、駆除いたします。カテリウス様はご安心なさってください。必ず街の安全を確保いたします」
「それは心強い! お金は幾らでもお支払いいたしますので、どうか、どうか街の民をよろしくお願いします!」
カテリウスさんは机に両手をつき、俺たちに向けて深く頭を下げた。
本当にこの街が好きなのだろう。
街で一番偉い立場でありながら、見ず知らずのプレイヤー達にこれほど必死に頭を下げられるのだから。
その時だった。
応接室の外から、ドタドタと軍靴を鳴らす慌ただしい足音が響いてきた。
バンッ! とドアが激しくノックされ、カテリウスさんが返事をする間もなく扉が開け放たれる。
「カテリウス様!! 大至急、ご報告があります!!」
転がり込むように入ってきたのは、血相を変え、激しく息を切らした衛兵だった。
「どうした!? 何か悪いことでもあったのか!!」
カテリウスさんはガバッと勢いよく立ち上がり、衛兵へ詰め寄る。
「南の防壁が……無数の魔獣の群れに、突破されました!!」
その絶望的な一報は、カテリウスさんの顔から完全に血の気を引かせた。
最悪の事態が、ついに動き出してしまったのだ。




