すずの能力
俺達は、ひどく重い空気の中、遅めの朝食を食べていた。
誰も口を開かず、フォークと食器が当たるカチャカチャという冷たい音だけが、食堂に響き渡っている。
すずは、アーサーの言葉の本当の意味までは理解できていないようだったが、それでも自分の体に『異常』があるという事だけは伝わっているみたいで、俯いたままあまり食事が進んでいない。
「……この後、依頼人の人に会いに行くのか?」
「うん。そうしようと思ってる」
この息の詰まるような空気に耐えきれず、俺はアーサーに今後の予定を尋ねた。
元よりこの街に来た彼らの理由は、「街の護衛」と「魔物の異常発生の調査」であり、断章の回収はあくまで可能性の話だった。
ならば、ギルドとして本来の目的である依頼を優先しなければならないのは分かる。
しかし、俺はどうしてもすずの身の安全が心配だった。
「一旦、空亡のルミナスに戻って、すずを安全に保護することは出来ないのか? 俺を助けてくれた時みたいに、空間に門を開いてさ」
「……残念だけど、ルミナスと今のカテナとでは距離が離れすぎていて、ゲートを繋げられないんだ。零人君を助けた時は、たまたまルミナスが君の座標のすぐ近くに停泊していたから、強引に門を開けられたんだけどね」
そうなのか……。
先に堅牢なルミナスにすずを保護してから、依頼を受ければいいと思ったんだけど、システム的に難しいらしい。
「でも、団長がこっちに向かってるってチャットで言っていたからさ。戦力的な面で言うと、俺たち全員ですずちゃんを守り切れると俺は思うぜ」
「あぁ。確かに赤ちゃん、こっち向かうって言ってたわね。赤ちゃんが来れば、少なくとも力技でどうにでもなるし」
「うん? 緋音さんがこっちに増援としてきてくれるのか。それはすごく心強いね」
そういえば、確かにチャットで『大至急向かう』って言っていたな。
すずの過去と体内の断章のインパクトが強すぎて、完全に頭から抜け落ちてしまっていた。
そういえば、紗奈さんの言う赤ちゃんって、もしや緋音さんか?
「紗奈さん。気になってたんですけど、赤ちゃんって、緋音さんの事ですか?」
「そだよー。赤井だから赤ちゃん。かわいいでしょ」
「そ、そうっすか?」
紗奈さんの感性だと、可愛いらしい。
俺は、朝食を頬張りながら半分忘れていた、チャットのやり取りを思い出していると、隣に座っているすずが、遠慮がちに肘で小突いてきた。
「……ねぇねぇ。その、団長さん? って、そんなにすごいの?」
「実は俺も底を見たことはないんだ。一回だけ俺の能力を確かめるために模擬戦をしたんだけど、本気を出されなかったから、イマイチどこまで強いのかが分からないんだよな」
「思いっきり背中から攻撃されて、床に転がされてたもんねー。ププッ」
コモはすずとは逆の俺の隣で、ニヤニヤしながら小馬鹿にしてくる。
すこしムカついたので、俺はコモの前に置いてある巨大なハンバーグにフォークを刺し、コモの口に無理矢理丸ごと詰め込んでやる。
「おわわ、おがわあぁっ!?」と言葉にならない声を出してジタバタ暴れているが、自業自得だ。
「そういえば、すずさん。すずさんってある程度は戦えたりするのかい?」
「私の能力は守りに特化してますけど、一応Soul Linkできます。この、筆と」
「えぇっ!? Soul Link出来るのかい!?」
「は、はい! あまりリンクする事も無いので、全然使いこなせてないですけど……」
アーサーはすずの答えを聞いて、本当に驚いたように目を見開いた。
マジか。すずって、Soul Link出来たのか。
アーサーの驚きようを見るに、ネーディアの人でSoul Linkを発動できるのは、相当に珍しいイレギュラーなのだろう。
……もしかして、それも『体内の断章』の力の影響なのだろうか。
「へ~! すずちゃんって意外と強いんだ。すごいね!」
「そんな! 全然すごくないし、強くないですよ! 実際にこれで魔物と戦ったこともありませんし、急にプレイヤーの人に襲われても、反応出来ないかもしれません……」
「いや、十分すごいことなんじゃねぇの? ネーディアのSoul Linkって、俺たちビジターと違ってバディの補助がないから発動がめちゃくちゃ難しい分、固有能力はチート級に強いって聞いたぜ? 現に、アーサーだってそうだし」
「まぁ僕の場合は、兄の能力の『お下がり』みたいなところもあるんだけどね。ビジターみたいに気楽にホイホイとリンク出来る物でもないんだ」
確かに、俺とアーサーが初めて会った日以外に、アーサーがSoul Linkしたところを一度も見たことがない。
基本は腰に差した剣と素のステータスだけで戦っていることが多かった。
それでもリンクしてない状態で、俺達がリンクした状態と同等以上の身体能力をしているんだけど。
「ちなみに、すずさんのリンクはどういうことができるか聞いてもいいかな? これから一緒に行動する時に、お互いに出来ることを共有しておいた方が安全だと思うんだ」
「えーと、私、リンクしたのって以前お試しで一回やってみた時だけなんで、あんまり自分の能力に詳しくないんですけど……。空中に絵を描けて、その絵を『物体化』させたり、絵を動かしたり……描いた物を自由に現実に出現させる能力、ですかね」
「へ~! なんかすごいロマンチックな能力ね。すずちゃんのあの異常な絵の上手さで、即座に物を描いて出せたら、めちゃくちゃ便利じゃない」
「使い方によっては、とんでもなく化けるかもしれねぇな~」
凪の言うとおり、使い方によっては無限の自由が効きそうな能力だ。
あの人間離れした超スピードで絵を描けるんだ。
大砲でも壁でも、瞬時に描いて具現化できるなら、すずって戦闘においても意外と強いのかもしれない。
「まぁ、すずさんがSoul Linkを使わない事に越したことはないんだけどね。狙われない事が一番だよ」
「どっかの誰かさんが、一人でフラフラ変なプレイヤーについて行ったりしなければな~」
うぐっ。
凪がニヤニヤしながら、一番痛い所を突いてくる。
原因の10割が俺なので、なんも言い返せないじゃねぇか。
「……ごめんなさい。深く反省しております」
俺が素直に頭を下げると、テーブルに小さな笑いが巻き起こった。
先ほどまでの息の詰まるような重い空気は、すっかり晴れていた。
「おっと、もうこんな時間か。それじゃあそろそろ、本来の依頼主である領主様のところに行こうか」
「よっしゃ! ちゃちゃっと依頼をこなして、ヤバいプレイヤーに襲われる前にこの街から脱出するか!」
「依頼主のいる場所ってやっぱり、カテナの中心にあるあのデカい城みたいな所なのか?」
十中八九、街の中心にそびえ立つあの立派な城に居るとは思うが、一応アーサーに確認する。
領主であるならば、さすがに城に住んでるだろう。
「そうだね。そのお城にカテナの領主様はいるよ。中はすごく綺麗で、感動すると思う」
「私も一度だけ、あのお城の中に入った事があるけど、すっごく良いところだったよ。絵に描きたかったもん!」
それはすごく楽しみだな。
あれ? そういえば、俺たちはこのまま依頼主の元へ向かってしまって良いのだろうか。
俺の失態のせいだが、俺を狙うプレイヤーに、俺が『空亡の制服』を着ていることを見られてしまっている。
なにも変装せず、この目立つ黒いコートのまま『三毛猫の吐息』を出てしまって、すぐに見つかったりしないだろうか。
「あっそうだ。今から向かうんなら、変装とかしなくて大丈夫か? 俺を狙ってる連中に、空亡の制服モロバレしちゃってるんだけど」
「それは恐らく、あまり意味が無いかもしれないね。昨日、大通りをあれだけ堂々と歩き回った後だから、僕らが合流したことはすでにバレてると思うよ。相手もこっちの戦力を見て、警戒して手を出してきていない状態かもしれないし。後、急に顔を隠して変装したところで、明らかに周りと浮いちゃうから、逆にすぐ怪しまれるよ」
「なるほど。それに、この『空亡』のコート自体が、下手なプレイヤーを近づけない強力な魔除けになってるからね。堂々としてるのが一番よ」
紗奈さんがコートの襟をパタパタと揺らしながらウインクする。
そういう考えもあるか。
確かに、相手が俺達の戦力を見て手を出してきてない可能性が高い。
それなら逆にコソコソ隠れるより、戦闘力の高いギルドのコートを着て堂々と歩いていた方が、抑止力になって安全まであるかもな。
「それもそうだな。すず、もう行けそうか?」
「私は何時でも大丈夫だよ! またあのお城の中を見れると思うと、少しワクワクしてきちゃうな」
それならいいけど。
俺達は朝食の代金を払い、『三毛猫の吐息』の扉を開けて、街の中心にそびえ立つ領主の城へと向かって歩き出すのだった。




